複雑・ファジー小説

Re: 空の心は傷付かない ( No.16 )
日時: 2015/10/21 20:22
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 僕の言葉に教室がシーンとなる。女子三人が呆然とした表情でこっちを見てくる。それに背を向けて、僕は背後にいる岩瀬さん(仮)の方を見る。

「そもそもさ、『皆』って誰?」

 僕の質問に岩瀬さん(仮)はしばらくフリーズし、それからぎこちなく答える。

「有沢さんとか……井上さんと……上田さん……」

 あの三人の名前だろうか。誰が誰か分からないけど。

「だったら、お前が迷惑を掛けているのは、お前を嫌っているのは、有沢さんと井上さんと上田さんだろ? 『皆』なんて言い方するなよ」
「三人だけじゃなくて……他の人にも」
「だから? 有沢さんと井上さんと上田さんとプラス数人程度だろ? クラス全員が、この学校の生徒全員が、この世界の全員がお前を嫌っている訳じゃないんだろ? だったら『皆』じゃないじゃないか。クラスの連中について僕はよく知らないけど、少なくとも僕はお前を嫌ってなんかいない」
「……っ」

 息を飲む岩瀬さん(仮)。僕は続ける。

「『皆』はお前を嫌わないしイジメたりしない。だって『皆』なんてどこにもいないんだから。お前を嫌ってイジメてるのはたった三人とプラス数人だろうが」
「何言ってんだよ!!」

 有沢さんと井上さんと上田さんが僕に文句を言ってくるけど、僕は振り返らない。

「黙れよ。僕は今この子と話してるんだ。どうでもいい君達の言葉は必要ない」

 少しだけ語気を強めてそう言うと、彼女達はそれだけで黙った。

「皆に迷惑を掛けているから、私が悪いから、イジメられても仕方ない? それはおかしいだろ。僕にイジメられてるのをどうにかしたいって、言っただろう。それはイジメられるのが嫌だって事なんだろ? だったら仕方ないなんて言うなよ。全然仕方なくなんかない」
「で、でも」
「皆に迷惑を掛けている? あんなどうでもいいような連中に迷惑を掛けてるから何だって言うんだよ。お前は誰だよ。お前はお前だろ? お前が嫌なんだったら迷惑だとかそんなのは関係ない。お前はお前の好きなようにするべきだ」

 間。

「お前はどうしたいんだ。このままでいいのか」
「い……」

 岩瀬さん(仮)が口を開く。

「い、や……です」

 岩瀬さん(仮)は不安げに視線を彷徨わせ、涙を零し。

 それでも、言った。


「このままじゃ、嫌ですッ! イジメられるのは嫌もう嫌ッ!!」
「ああ……そうか」

 何だよ。ハッキリ言えるじゃないか。
 僕は後ろで固まってる三人に振り返る。

「っていう訳だからさ、彼女はイジメられたくないんだってさ」
「ふざけんなよ。そんな理屈が通用すると思ってんの? 私達やめないから」

 リーダー格の言葉に同調する二人。どうでもいい。本当にどうでもいい。
 僕はポケットからスマートフォンを取り出して、さっき教室の扉の前で中に入るか悩みながら撮影しておいた動画を再生する。そこには涙を零す岩瀬さん(仮)を殴ったり、髪を引っ張りながら罵声を飛ばす三人の姿があった。

 目を見開き、動きを止める三人。口をパクパクと金魚の様に動かし、身体をブルブルと震わせる。僕に指を突き付けて何かを言おうとするけれど、言葉が出てこないようだった。

「この学校って結構厳しいしさ、もしこの動画が表に出たら、君達はちょっと不味いんじゃないかな。最近、イジメで自殺する人とか増えてきてるでしょ? 確か二年くらい間に近所の中学校でイジメられて生徒が自殺するって事件があったし、この動画を使ってこの子が学校側に訴えたら……。どうなるかは君達でも分かるよね?」
「ふ……ふざけんじゃ……」
「ふざけているつもりはないし、ごくごく真面目だよ。真剣と言ってもいいよ。岩瀬さん(仮)が僕に頼むんだったら、証人になってもいい」
「う……」
「岩瀬さん(仮)はどうか知らないけど、僕は君達がこれ以上彼女をイジメないっていうんだったらこれを表に出すつもりはないよ。あ、あと僕に何かしてもこれを公開するからね」

 「ふざけんじゃねぇ!」と喚き立てて、有沢さんと井上さんと上田さんは教室から飛び出ていってしまった。バタバタと騒がしい。彼女達がいなくなった教室の中には僕と岩瀬さん(仮)が取り残された。うるさかった教室の仲が一気に静まり返る。

 僕は自分が倒した机を起こし、元あった場所に戻す。散らばった教科書も机の中に入れておいた。八つ当たりして悪かったね、机。君に罪はない。

「ふぅ、何だか遅くなっちゃったし、帰ろうか」

 固まっていた岩瀬さん(仮)の肩をポンと叩いて、僕は教室から出る。はぁ、疲れた。帰ったら風呂に入って速攻で寝よう。

「ま、待って」

 後ろから岩瀬さん(仮)が追いかけてきた。短距離だというのに息を切らして、僕の服の裾を掴む。はぁはぁとしばらく苦しそうにしてから、彼女は泣き腫らした目で僕を見上げる。

「どうして……助けてくれたんですか……?」
「別に。僕は助けたつもりはないよ。君が嫌だって言っただけだし。あ、あの動画が必要になったら渡すからいつでも言ってね。」
「でも……」
「でももデーモンも無いよ。僕眠たいしもう帰る」

 歩き出そうとするけど、岩瀬さん(仮)が服の裾を離してくれない。彼女に視線を向けると、顔を真赤にして意を決したように口を開いた。

「久次君……ありがとう……」

 だから助けたつもりはないんだけどなぁ。
 岩瀬さん(仮)の頭をポンポンと叩くと、彼女は耳まで赤くして飛び退いた。腕を突き出したまま、間抜けた状態で固まる僕。岩瀬さん(仮)は「ぁう……」と小動物みたいな顔をして俯いてしまう。一体なんだって言うんだ。
 まあ、いいか。

「じゃあね、岩瀬さん」
「……え」

 と、そこで僕は初めて彼女の名前を呼んだ。それを聞いた彼女の顔から何故か感情が消え去った。 
 どうしてそんな顔をするんだろう、と疑問に思いながらも、僕は彼女に背を向けて歩き出す。しばらく歩いてから何だか叫び声みたいなのが聞こえたけど、多分幻聴だろう。


 そして家に帰ってから、僕は宿題を持って帰ってくるのを忘れた事に気が付くのだった。