複雑・ファジー小説
- Re: 空の心は傷付かない ( No.40 )
- 日時: 2015/12/04 20:25
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
第四章 終える幕
まずは一発、振り向いた瞬間に殴った。思ったより当たりが弱かったのでもう一発。今度は目論み通りに倒れてくれた。
壁に頭をぶつけて朦朧としている所を、反撃を喰らわない程度の距離で見下ろす。
「だ……誰だ?」
僕が誰か分かっていないようだったので、「やあ」と手を上げた。僕を見て大きく目を見開き「なんで……なんでお前がここにいるんだよ」。まるで小説の一幕の様だな、と思った。
「屋久の肉は美味かったかよ、陣城」
僕の言葉に更に目を見開く、陣城一色。
「何で僕がここにいるかって? 一度学校に行って、君がいるのを確認してから早退してここに来たんだよ」
「どうやって家の中に入った!」
「簡単だよ。君の鍵を使った」
そう言って僕はポケットから、この家の鍵を取り出した。数日前に陣城がなくしたとぼやいていたけど、実はあれ、僕がこっそり盗んでおいたんだよ。
「泥棒が……」
屋久の死体を泥棒している君に言われたくないな。それに、人間っていうのは一度命を失ってしまえば、もう元に戻せないんだよ。返せない分お前の方が質が悪い。
「だけど……待てよ。お前が僕の鍵を盗んだのは、屋久を殺す前だった筈だ。なんで盗んだんだよ」
「勘違いだったら、申し訳ないなと罪悪感に浸る振りをするつもりだったんだけどね」
「何を言ってるんだ」
「石杖さやか……って名前に聞き覚えはないかな」
僕が口にした名前に、陣城は大きく目を見開く。
「七年前にこの辺りで行方不明になった女の子の名前だ。当時は確か、小学四年生の女の子だっけ?」
「なんで、そいつの名前が出てくるんだよ!」
声を荒らげる陣城。まあ落ち着けよ。
「その女の子、お前が喰ったんじゃないか?」
当たりだったのか、口をパクパクと閉口し始める陣城。
「勘って言うのかな。初めてお前に会った時、他の連中とは違うなって思ったんだよ」
「はぁ?」
まあ普通はそんな反応だろうね。
「それと経験から、かな。類は友を呼ぶ、なんてことわざがあるけど、僕に近付いてくる人って、頭のネジが何本か外れてる奴が多いんだよ」
舎仁とか、お前とかな。
屋久と岩瀬さん(仮)は多分除外してもいいと思うけどさ。
「だからちょっとお前の事を調べさせてもらった」
友達がいないからかなり苦労したけどね。
「そしたら偶然、七年前の事件が出てきたってわけさ。石杖さやか。お前の幼馴染だったんだろ?」
「…………」
沈黙。肯定と捉えさせて貰おう、
「僕に近づいてきた奴の幼馴染が、過去に行方不明になっている。もしかしたら、何かあるかもしれないと思って、鍵を盗ませてもらった。屋久が行方不明になったと聞いて、真っ先にお前を思い浮かべたよ。『屋久屋久』いつも言ってたからな。それで、遅くなったけど今日、忍び込ませて貰ったら、ビンゴだったって訳だ。まさか切り刻んで冷凍保存しているとは思わなかったけどね」
ふらつきながら立ち上がり、僕の方を睨み付けてくる陣城。ギリギリと歯ぎしりをしている。そんなに強くやったら歯が欠けちゃうよ、という言葉は掛けてやらない。
「興味本位で聞くんだけど、どうして屋久や石杖さやかを食べたりしたんだ?」
無視されると思ったけど、意外な事に陣城は答えてくれた。バン、と壁を強く叩き、叫ぶような口調ではあったけど。
「理由? 決まってる! 好きだったからだよ! 僕は石杖さやかと屋久終音を愛していた! それ以上の理由があるか!? お前という邪魔な奴がいたせいでロクに屋久に近付く事も出来なかった! 本当に鬱陶しかったよ! だけど、今はもう、屋久は僕の物だ! ざまあみろ! お前が屋久に好意を抱いている事は気付いていたさ! 僕に屋久を奪われた気分はどうだ!」
どうだ、と言われてもな。僕はお前が思っている様な感情は屋久に抱いてなんかいないし。
「お前が屋久とファミレスで食事した後に僕は屋久と会っているんだよ! そこであいつに告白してみたんだけどな、『私には好きな人がいるから、応えられない』だってさ! 恐らくお前の事だろうなぁ! 嫉妬しちゃって、その場で絞め殺してやったよ! 屋久が死ぬ瞬間をお前に見せてやりたかった!」
嬉しそうに、僕に色々と教えてくれる陣城。彼の表情を見て、僕は妹からの手紙をビリビリに破って笑っていた母を思い出していた。母も、陣城も、どうしようもなく醜悪な表情を浮かべている。
「屋久の肉は美味しかったぜ、久次。太腿の肉はステーキにして食べたけど、本当に美味しかった。屋久の肉はな、ミディアムレアで焼いて食うのが一番美味しいんだよ。お前はそんな事知らなかっただろ? 僕は知ってるんだよ!」
そんな風に勝ち誇られてもな。そう口にしようとして、ガリっと歯が欠ける感触が伝わってきた。ペッとそれを吐き出す。歯が弱ってるのかな? 歯磨きはちゃんとしているつもりなんだけど。
陣城の話を聞いているのにも飽きたので、僕は手を上げて彼の話を中断させる。
「事情を聞かせてくれてありがとう。僕から聞いておいてあれだけど、クソどうでもいい事情だったよ」
こんな事情で殺されたら、死んでも死にきれない。
屋久も、多分石杖さやかも。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.41 )
- 日時: 2015/12/07 20:44
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
僕の言葉に顔を真っ赤にして何事かを叫ぶ陣城。笑み限定じゃなかったけど、僕はやっぱり誰かの顔を完熟トマトの様にする能力を備えている様だった。
それにしても損したな。陣城から事情を聞くためにこの家で待っていたのに。こんなんだったらさっさと帰って小説でも読んでいればよかった。
「ここにお前がいるって事は、もう警察は呼んでいるのか?」
あ。
警察呼ぶの忘れてた。
「さぁ、想像に任せるよ」
そんな事はおくびにも出さず、僕はハッタリをかます。効果があったのかなかったのか、眉を顰めっぱなしの陣城からは判断できない。ギリギリセーフだろうか。
しかし、暇な時間の間に警察を呼べばよかったな。頭の中からすっかり抜け落ちてたぜ。僕としたことが、こんな失敗をしてしまうとは。まあ、こんな失敗は日常茶飯事過ぎるんだけどね。
「僕はまだ、屋久の肉を食べ尽くしてないんだよ」
酔っ払っているみたいに、陣城は顔を赤くしたままそう言う。体をブルブルと震わせている。携帯のバイブみたいだな。
「誰にも、邪魔される訳にはいかないんだよ。お前なんかに。僕の愛を邪魔されてたまるか」
「…………」
そうだ、と名案を思い付いたように陣城は頷く。酔っ払っているかのように上擦ったその声に、僕は僅かに陣城から距離を取る。
「今、お前を殺せば間に合うかもしれない。どうにかして誤魔化す事が出来るかもしれない。そうだ、そうだ。きっとそうだ。そうしよう。お前をズタズタに殺そう。死体はバラバラにして、近所の犬にでも食わせてやろう」
僕の肉なんか食べたら、その犬死にそうだな。
「まだ大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。屋久の肉を喰らい尽くすくらいの時間は残ってる」
警察の捜査状況は知らないけど、実は通報してないからまだ結構余裕あるんだよ。教えてやらないけど。
一人でコクコクと頷いた後、陣城は制服のポケットに手を突っ込んだ。そして手を取り出すと、折りたたみナイフが握られていた。陣城の手の中で刃が鈍い光を放つ。
「僕からの連絡が途絶えたら、お前を即逮捕して貰うように後輩に頼んである。僕を殺しても無駄だぞ」
嘘です。舎仁には首を突っ込むなと釘を刺しているから、あいつがどうこうすることはない。頼んでいたら言うこと聞いてくれたかもしれないけど。
今度のハッタリは利かなかったようで、陣城はジリジリと距離を詰めてくる。目がギラギラと異様に輝いていて、何だかやばい。
「ッ!」
ナイフを前に構えて、陣城が突進してきた。幸いにもこの家は広かったので、横に飛び退くスペースがあった。間一髪の所で攻撃を回避する。背中から壁に激突するけど、今はその衝撃を気にしている暇はない。
というか、こいつの前に姿を表したら戦闘が開始されることくらい分かっていたのに、何で僕はなんの対策も取っていなかったんだ。考えなしの行動のツケが今、ナイフを構えて僕に向かってきている。
「くっ」
ナイフが右肩をかすった。制服を切り裂き、その下の肌に線を引く。傷口から血がジワリとにじみ出てくる。
「おい陣城、今僕を殺したら屋久と同じあの世に行っちゃうんだぜ。いいのかよ」
「残念だったな、久次。屋久はあの世に行ってない。屋久は今、僕の体の一部になってるんだよ。つまり、僕が屋久なんだよ」
何を言っているんだこいつは。
「やっぱりお前、尋常じゃねえよ」
「お前にだけは言われたくないな久次」
「まあね」
「それに僕は陣城、だっ!」
そう叫ぶと、三度目の陣城の攻撃。首を狙った攻撃だったけど、僅かにそれて肩が切り裂かれた。ナイフを突き出している一瞬を狙って蹴りを繰り出すけど、軽々と躱された。
陣城に背を向けないようにしながら、突っ込んでくるタイミングを合わせて回避しているけど、それも限界が近い。無理な体勢で飛んだり跳ねたりしているから足首をぐねったし、壁際に追い込まれてしまった。
「はぁ…はぁ……」
勝利を確信して、にじり寄ってくる陣城。次の攻撃はもう躱せない。ぐねったせいで右足に力が入りづらいし、何より回避するスペースがない。
危機一髪。
窮途末路。
絶体絶命。
僕の状況をざっと並べてみたけど、絶体絶命が一番相応しい気がする。どれでもいいし、どうでもいいんだけど。いつもの如く現実逃避している暇はなさそうだ。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.42 )
- 日時: 2015/12/09 00:43
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
「そろそろ諦めろよ、久次」
陣城は勿体ぶるように、一歩一歩ゆっくり近付いてくる。それは確実に僕を殺せるという余裕があるからか、それとも僕に恐怖を感じさせようとしているのか。どちらにしろ、僕が絶体絶命の状況にあるのは変わりないが。
それにしても、諦めろ、か。
今更だけど、何で僕はまだ生きようとしているんだろう。いつも疑問に思っていた。何で僕は生きているんだろうって。お前なんか、死んだほうがいいんじゃないか、って。それなのにどうして、僕は僕を殺そうとしてくれる陣城の攻撃を回避してしまっているのだろうか。
そう考えると、何だか全身から力が抜けた。強張っていた筋肉が伸びる。
「諦めたみたいだな」
諦める。生きる事を、生存しようとする事を諦める。まるで肩の荷が下りたような気分だった。
「なぁ、陣城」
死ぬ前に、聞いてみたいことが会った。
「生きている意味ってなんだ?」
「生きている意味? お前にはもうないだろうけど、僕には屋久の肉を食べることが、今生きている意味だよ」
なるほど。そういう考え方もあったんだな。
「じゃあ、もう死ねよ」
ナイフを構えた陣城が突進してくる。
ナイフが僕の体に突き刺さるまであと一秒程度。やけに時間の経過が遅く感じた。走ってくる陣城の動きがスローモーションの様に見える。
これで終わる。
僕は死ぬ。
僕が死んでもきっと世界は何も変わらないだろう。
心が死んでも、世界は何も変わらなかった。
屋久が死んでも、世界は変わらなかった。
だから、僕が死んでも何も変わらない。
だから、死んでも構わない。
ああでも、もしかしたら、祖父と祖母と舎仁と岩瀬さん(仮)は悲しんでくれるかもしれない。
もしそうだったら。
僕は嬉しい、のかもしれない。
屋久は僕が死んだら、どう思うだろう。
「 」
誰かが何かを叫んだ。
叫んだのが自分だと、遅れて気付いた。
次の瞬間、僕の右手にナイフが突き刺さった。肉を突き破って刃が手の裏から突き出る。刺された瞬間は焼けるような痛みが走った。次の瞬間には、肉の中に氷を入れられていると錯覚するぐらいの冷たさを感じた。これが刺されるということか。
「お前……」
陣城がナイフを引き抜こうとする。僕はナイフが刺さったまま、陣城の腕を掴んだ。溢れ出る血で滑りそうだ。
「悪いな、陣城。もう少しだけ、生きてやりたいことがあったんだ」
僕はまだ、屋久の葬式に出ていないから。もう少しだけ生きていたいんだ。
「ふざけ」
陣城が叫ぶよりも早く、左手をチョキの形にして陣城の眼球に突き刺した。ツルンとした感触。
陣城はナイフから手を離し、目を押さえてよろめいた。僕はナイフを右手から抜いて、地面に放り捨てる。傷口から血が滝みたいに溢れ出てきた。僕は気にせずに、まだ目を押さえている陣城にタックルした。
肩が陣城の腹に減り込む。「ぎゃ」と悲鳴を上げて地面にぶっ倒れる陣城。僕は倒れた陣城の上に馬乗りになって、目を押さえている手を強引に引き剥がす。そして、あらわになった陣城の顔面を殴りつけた。
両手で、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も殴りつけた。
その度に血が陣城の顔面を赤く染め上げていく。完熟トマト以上に赤くなれ。もっと赤く染め上げろ。
「僕はまだ、死なない」
- Re: 空の心は傷付かない ( No.43 )
- 日時: 2015/12/12 02:09
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
気付いたら、顔を血でグチャグチャにして、陣城は気絶していた。涙とか涎とか鼻水とかが混ざってとんでもないことになっている。殴っていた僕の両手も酷い有様だ。特に右手は傷口から溢れでている血の量がとんでもない。これはまずいんじゃないか。
僕は立ち上がって洗面所へ向かう。両手の血を洗い流して、勝手にタオルを拝借する。右手をタオルできつく縛って止血を試みた。白かったタオルがあっという間に赤くなる。
それから僕はスマホで警察に電話を掛けた。何て説明していいのか分からなかったので、取り敢えずナイフで襲われた事と、誰かのバラバラ死体が冷凍保存されていた、という事を報告しておいた。電話相手はバラバラ死体という単語にギョっとしている様だった。すぐにこちらに来るので、君はその場に留まっていて欲しいと言われた。
「……ふう」
電話終了。
鍵を盗んで陣城の家に忍び込んだことを言ったら怒られそうだな。祖父母にも連絡が行くだろうし、この後も色々大変そうだ。
「返すよ」
盗んだ鍵を適当な場所に放り投げる。
それから僕は冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の二段目は冷凍庫になっていて、そこに屋久の死体がバラバラになって入っている。
手とか足とか胸とか腹とか、色々な部位が中に入っている。これだけだと誰の物かは判断がつかなさそうだ。
あった。
冷凍庫の奥の方に、スイカくらいの大きさの物が転がっていた。
屋久の首だった。
いつものポニーテールじゃなくて、髪は解いてある状態だった。凍りついて白くなっている。
表情はなかった。両目と口は閉じられていた。だから、死ぬ瞬間に屋久がどんな感情を抱いていたのかは知ることが出来ない。
陣城が尋常じゃない事には気付いていた。なのに僕は、お前を陣城から守る事が出来なかった。あの時、強引にでも着いていっていれば、お前は殺されなかったのにね。
「お前は僕を恨んでいるか?」
返事はない。
当たり前だ。死んだ人間は喋れない。
「ごめん」
僕はまだ死なない。お前の魂を喰らって、また生きながらえた。
頬を温かい何かが伝ったような気がした。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.44 )
- 日時: 2015/12/15 03:59
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
エピローグ しろいそら
あの後は本当に色々面倒だった。
病院に行って治療やら検査を受けたり、警察の人に色々聞かれたり、答えたら説教を喰らったり、やってきた祖父母に説教を喰らったり、担任教師とか校長先生にも説教を喰らったり。
屋久の母親に、色々な事を言われたり。大きな声で罵られた。何度も何度も。僕は何も言わなかった。ただ、それを聞いていた。冷静になった屋久の母親には後から謝られた。それから「ありがとう」と礼を言われた。
礼を言われる事なんて、何もしていないのに。
右手が結構酷い事になっていた様で、医者にも怒られたな。だけどあの時はああしてなかったから死んでたんだし、そこは多目に見て欲しかった。手術をするのは初めてだったからどんな物かと思ったけど、特に大したことはなかった。麻酔のせいで何も感じなかったし、ただ医者達の声を聞いているだけで終わった。
右手の握力は多少落ちるらしい。何の運動もしていなくて良かった。帰宅部たる僕の帰宅に多少影響は出るかもしれないけど。まあどうでもいいや。
そしてしばらく念の為に入院しろと言われて、何日か入院生活を強いられてしまった。お見舞いにやってきた岩瀬さん(仮)がフルーツの詰め合わせを置いていったり、お見舞いにやってきた舎仁にそれを全て食われたりと色々あって、そこまで退屈はしなかったけど。
休んでいる間、学校の単位がどうなるのだろうと疑問に思っていたけど、何だか学校側が配慮してくれて『公式欠席』みたいなのになるらしい。つまり単位の心配はしなくていいんだって。ありがたい。留年とかしたら舎仁と同級生になってしまうからな。それだけは避けたい。同級生になったら舎仁が僕をなんて呼ぶのかは少し興味があるけど。
陣城と言えば、「屋久を食わせろ」と大暴れして警察の方々に迷惑を掛けたらしい。僕にボコボコに殴られた後だというのに、そんなに元気があるなんてな。びっくりだよ。
冷凍保存されていた屋久の死体は無事回収された。僕が警察を呼んでから十分と経たずにやってきた警察の方々だけど、バラバラ死体を見て顔を青ざめていたなあ。死体は見慣れていると思ったんだけど、やっぱりあの光景は尋常じゃなかったんだな。心中お察し……出来たらいいのに。
陣城は当然退学で、精神鑑定とか何か色々とあるみたいだけど、まあどうでもいいから適当に聞き流しておいた。後は僕と関係ない所で自由に生きてくれ。
それから数日後、屋久の葬式が行われた。
葬式には屋久のクラスメイトとか、部活の先輩とか、かなりの人数が集まっていた。僕を殴った先輩方も当然来ていたけど、何も言われなかった。
死体はとてもお見せできない状態だったので、棺の中は未公開だった。陣城に食われて足りない部分もたくさんあったらしいし、見たらその場の人に一生モンのトラウマを植え付けそうだな。
声を上げて皆が泣いている中で、泣いていないのは僕と舎仁と屋久の遺影だけだった。遺影の屋久の写真はポニーテールで、解いた状態の方があいつには似合うのにな、と思った。
泣くこともせず、ただ無表情で参加している僕と舎仁は他の人から見て、異様に映っただろうな。僕はとにかく、舎仁は屋久と大して関係なかったし、泣けなくて当然かもしれないが。その場の雰囲気に流されて涙を流すような奴でもないしな、こいつは。
……涙を流している人達が少しだけ、羨ましいと感じた様な気がした。
なんて。
本当はどうでもいいけど。
そして、火葬が行われて、屋久は骨だけになった。
全てが終わって、皆は屋久の母親に会釈して帰っていく。その時、僕の番になった時に「終音は貴方の事が好きだったの」と言われた。「貴方に見つけて貰えて、多分嬉しかったと思うわ」とも言われた。
僕は何て返していいのか分からなくて、ただ黙って会釈をして、家に帰った。
何となく、妹の葬式の事を思い出した。あの時は僕の身内だったから、皆が僕に何か声を掛けていたような覚えがある。内容は覚えてないけどね。あの何とも言えない、静かな雰囲気を思い出した。屋久は人気者だったみたいだから、妹より来てくれた人は多かったけどね。
僕の葬式には誰が来てくれるのかな。
空はどんよりと曇っていて、白かった。空を見上げながら、そんな事を考えた。
これでもう、僕は永遠に屋久に会うことはない。
これが別れだ。
永遠の別れ。
屋久の葬式が終わった今、僕の生きる理由はなくなってしまったけど、もう少しだけ生きていこうかな、と思った。
心や屋久、色々な人の魂を喰らって、僕はまだ生きている。
ばいばい、屋久。
今度お墓参りしにいくよ。
手ぶらでは何だから、花でも持って行こうかな。
お前だったら、花よりも食べ物の方が喜びそうだけど。
「……じゃあね」
- Re: 空の心は傷付かない ( No.45 )
- 日時: 2015/12/18 22:50
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
それから更に数日後。
僕は舎仁と二人でショッピングモールに買い物に来ていた。
服とか帽子とかアクセサリーとか色々と欲しい物があるから、先輩も付き合ってください、と僕の都合を完全無視したメールが送られてきて、暇だったし、特に断る理由がなかった僕がそれに付き合ったという形だ。
舎仁は試着室で、まるでファッションショーをしているかのように何着も試着していた。店員さんが舎仁に何か言おうとしていたけど、その度に「これ買おうかなーどうですかー先輩」と棒読みで言ってたな。
着替え終わると、胸を張りながら「どうですか」と言ってくるんだけど、その時に胸のなさが強調されてちょっと滑稽だった。それを舎仁に指摘した所、「屠殺するぞ!」とマジギレしてきてやばかった。その後、僕がトイレに行って、こっそり戻ってきたら一人で椅子に座りながら自分の胸を凝視していてやばかった。
結局何も買わなかった舎仁と服屋を出てから、僕達はグルメ街という色々な店が並んでいるコーナーにやってきて、舎仁の希望によりピザやパスタが食べ放題の店に入った。
席に熱せられた鉄板が置いてあり、それでピザを温める事が出来る。バイキング形式だから置いてあるピザは徐々に冷たくなっていくからな。鉄板で温かくして食べられる、というのは面白い発想だと思った。
「へぇ……そんな事があったんですねぇ」
舎仁は自分の持ってきた分のピザを温め、コーヒーを啜りながらそう言った。彼女の向かいに座っている僕は、左手でパスタをフォークに巻いて、一口で食べる。カルボナーラだ。上に掛かっているホワイトソースが濃厚で美味しい。胡椒がピリッと聞いているのもいい。具の厚切りのベーコンはジューシーで、ホワイトソースがよくあっている。
「大変でしたね、先輩。ボコボコに殴られたと思ったら、今度は右手をナイフで刺されるなんて。そんな経験、滅多に出来ませんよ」
「こんな経験はしたくなかったよ」
左手でご飯を食べるのにも、大分慣れてしまった。右手にはまだ包帯が巻かれていて、しばらくは使うことが出来ない。色々不便だよと舎仁に愚痴ったら「私がお世話してあげましょう先輩、あーん」とかしてきたのでもう愚痴らない。
後、岩瀬さん(仮)にも同じことされた。前にマンションの位置を教えたから、あいつも僕の家に来たんだよな。カレーを作りすぎちゃったとかで、僕にお裾分けに来たらしい。メインはお見舞いだと言ってたけど。その時に「右手が使えないと不便……だよね?」って聞かれたから、「そうだね」と答えたら、「じゃ、じゃあ、私が……その、色々手伝いましょうか?」とか言ってきた。何を手伝ってくれるんだろうと疑問に思いながらも断っておいた。何だか残念そうな顔をしていた気がするけど、気のせいだと思いたい。「また来ますね」という言葉を残して去っていった岩瀬さん(仮)だけど、今度は何をしにくるんだろう。
あ、カレーは納豆カレーにして食べました。屋久のカレーよりも甘かったな。
「そういえば舎仁。お前、陣城が犯人だって気付いてただろ」
「気付いていたというか、前にも言いましたが勘ですよ。陣城先輩が先輩の側にいるのを見た時に、何となく『この人は先輩と同じで頭がどっかおかしいんだろうな』って思いまして。それで調べてみたところ、まあ七年前の事件に行き当たったと言うわけです」
前にこいつと話した時に七年前の事件について知っていますか、と聞いてきたのは僕への忠告のつもりだったらしい。その時にはすでに僕も陣城について粗方調べ終わっていたんだけどね。
「屋久先輩が行方不明になったって聞いた時、最初は遂に先輩が殺したのかって思いましたけどね」
「…………」
「先輩の雰囲気から違うなーって思って、だとしたら後は陣城先輩くらいかな、と思いました」
舎仁は陣城と全く関わっていないのに、勘だけであいつが犯人だと気付いていた。やっぱりこいつの勘は普通じゃないな。
「ま、乙女の勘という奴ですよ」
「乙女というよりは、異常者の勘って奴だろ」
こいつも僕と同じで、過去に人を殺している。殺人者なのだ。異常な人間に対して勘が働くのも頷ける。
舎仁は目を細めて笑うと、「失礼ですねー」と頬を膨らませる。
それから温め終わったピザを手にとって、美味しそうに頬張る。屋久や岩瀬さん(仮)は少食だったけど、こいつは僕よりも多く食べる。カロリー摂取を控えている屋久と岩瀬さん(仮)の方が胸が大きくて、カロリーを多く摂取しているこいつの胸が小さいのは何故だろうな。本人に聞いたら怒りそうだから言わないけど。
「それにしても、これで一気に先輩の周りから人がいなくなってしまいましたね」
と、舎仁は次のピザに手を伸ばしながら言ってくる。
「元々、僕の周りに人なんて殆どいなかったし、こっちの方が普通だよ」
「そうですか」
ほんの数ヶ月の間、友人と接していた陣城。
だけで結局、あいつが僕の友人になったのは、屋久に近付く為だった。屋久と仲の良い僕に近付けば、屋久にも近付けると思っていたらしい。
「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』っていうやつですね」
僕が持ってきたピザに手を伸ばしながら、舎仁がそう言う。
結局、あいつは僕に対してこれっぽっちの友情も持っていなかった様だ。友情なんて物、僕だって感じた事はなかったけどね。
「まあ、そんな事どうでもいいじゃないですか」
もう終わった事なんですし。
そうだね。もう終わった事だ。
全部終わった。
幕は下りた。
終幕。
「それに先輩には私がいますから、そんなに気にしなくていいんじゃないですか」
「…………。そうだな。僕にはお前がいる」
「ふぇっ!?」
あと、岩瀬さん(仮)も。
祖父も祖母もいる。
屋久はもう居なくなったけど、まだ僕の周りには人がいる。屋久が居なくなっても、世界は何も変わらなかった。だけどほんの少しだけ、僕は変わったのかもしれない。自分の周りに誰が居るかなんて、気にした事はなかったから。
誰が死んでも世界は変わらない。
だけど、誰かに変化はあるかもしれない。
心が死んだ時、僕が空っぽになったように。
屋久が死んで、周りにいる人間に気付いたように。
彼、彼女達の魂の喰らって、僕がまだ生きているように。
心がいたから。
屋久がいたから。
彼、彼女がいたから。
僕はまだ生きていくことが出来る。
僕はあの夜、屋久を呼び止めて言った言葉を思い出した。
僕が気まぐれに掛けた、あの言葉を。
屋久が生きている間に、言うことが出来てよかった。
それを僕は、小さく口にした。
「ありがとう」
- Re: 空の心は傷付かない【12/18 完結】 ( No.46 )
- 日時: 2015/12/21 02:24
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
—ネタバレ注意—
登場人物紹介 『バラして晒す』
・久次空(ひさつぎ くう)
主人公。
物事に対して『どうでもいい』としか感じられない『空』の少年。
幼い頃から母から虐待を受けており、その頃はまだ『空』ではなかった。
『空』になったのは、虐待に耐えかねた妹を救うために、自らの手に掛けたからである。
屋久が殺されたことで『空』だと思い込んでいた心が動き、動揺する。
そのため、屋久を殺した犯人の対処へ動き出した。
・屋久終音(やく ついね)
ヒロイン兼幼馴染。
妹を殺したことで空っぽになってしまった空に甲斐甲斐しく世話を焼く。
空に好意を抱いている。
食人鬼に目を付けられ、物語の中盤でその『役を終えた』。
・陣城(じんじょう)
友人兼食人鬼。
愛した者に対して食欲を抱いてしまう、『尋常』ではない少年。
過去に石杖さやかという幼馴染を喰らっている。
一人称は『僕』。
・舎陣札(しゃじん さつ)
空の後輩。
過去に人を殺した経験を持つ『殺人者』。
陣城を見ただけで異常者と見抜いており、本人曰く『乙女の勘』。
空に好意を抱いており、時折家に上がり、空のベッドに潜り込んでいる。
『◯殺しますよ』が口癖。
・岩瀬さん(仮)
本名不明の同級生。
飄々とした空に憧れを抱いており、いじめから助けられたことで好意を抱くようになる。
陣城との一件で怪我をした空の面倒を見ている。
空に「岩瀬さん」と呼ばれた時の反応から、岩瀬という苗字は空の覚え間違い。
・石杖さやか(いしずえ さやか)
陣城の幼馴染。
屋久に似たポニーテールの少女。
陣城が最初に好意を抱いた相手で、また最初に食べられた相手でもある。
乾きに飢えていた陣城を潤し、彼の『礎』となった。
・久次心(ひさつぎ こころ)
空の妹。
兄と同じように母から虐待から受けており、幼くして世界に絶望する。
『生きているから痛くて苦しくて辛いんだ』という考えに至り、空に自分を殺すように頼み込む。
空の『心』を殺した原因。
- Re: 空の心は傷付かない【12/18 完結】 ( No.47 )
- 日時: 2015/12/24 20:31
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
後語り
どうも、空の心は傷付かないを執筆しました之ノ乃(ノノノ)と申します。
ここまで物語にお付き合いしてくださった方、ありがとうございました。
これにて、ひとまずは空の心は傷付かないは完結となります。
プロローグからいきなり食人描写と、かなりぶっ飛んだ話になりましたが、グロが苦手だった方、申し訳ないです。
ヒロインがサクッと死んだり、頭の中が食人しかない奴とか色々アレな展開でしたが、書いていて最高に楽しかったです。
この作品、途中から叙述トリック……といいますか、キャラの入れ替わりが起こっております。
◇の時は久次空、◆の時は陣城の描写です。
違和感がないように時系列をあわせたり、空に思わせぶりなことを言ったりしましたが、読んでいて気付いたでしょうか?
誰が誰か分かってから読み返すとまた面白いかもしれません。
この話、実は過去にカキコのシリアス大賞を取った物語のリメイクとなっております。
といっても、前の話は削除申請して管理人様に消してもらったので、今はもう記録に残っていないのですが。
今回は屋久と空と陣城に視点を置いた物語でしたが、乙女殺人者の舎陣札や、岩瀬さん(仮)を主軸に置いた物語なんかも構想にあります。
同時並行で書いている物語が三つくらいあるので、手を付けられるかは分かりませんが……。
ともあれ、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
それでは失礼します。