複雑・ファジー小説

Re: 空の心は傷付かない ( No.44 )
日時: 2015/12/15 03:59
名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)

エピローグ  しろいそら

 あの後は本当に色々面倒だった。
 病院に行って治療やら検査を受けたり、警察の人に色々聞かれたり、答えたら説教を喰らったり、やってきた祖父母に説教を喰らったり、担任教師とか校長先生にも説教を喰らったり。
 屋久の母親に、色々な事を言われたり。大きな声で罵られた。何度も何度も。僕は何も言わなかった。ただ、それを聞いていた。冷静になった屋久の母親には後から謝られた。それから「ありがとう」と礼を言われた。

 礼を言われる事なんて、何もしていないのに。
 

 右手が結構酷い事になっていた様で、医者にも怒られたな。だけどあの時はああしてなかったから死んでたんだし、そこは多目に見て欲しかった。手術をするのは初めてだったからどんな物かと思ったけど、特に大したことはなかった。麻酔のせいで何も感じなかったし、ただ医者達の声を聞いているだけで終わった。

 右手の握力は多少落ちるらしい。何の運動もしていなくて良かった。帰宅部たる僕の帰宅に多少影響は出るかもしれないけど。まあどうでもいいや。

 そしてしばらく念の為に入院しろと言われて、何日か入院生活を強いられてしまった。お見舞いにやってきた岩瀬さん(仮)がフルーツの詰め合わせを置いていったり、お見舞いにやってきた舎仁にそれを全て食われたりと色々あって、そこまで退屈はしなかったけど。

 休んでいる間、学校の単位がどうなるのだろうと疑問に思っていたけど、何だか学校側が配慮してくれて『公式欠席』みたいなのになるらしい。つまり単位の心配はしなくていいんだって。ありがたい。留年とかしたら舎仁と同級生になってしまうからな。それだけは避けたい。同級生になったら舎仁が僕をなんて呼ぶのかは少し興味があるけど。

 
 陣城と言えば、「屋久を食わせろ」と大暴れして警察の方々に迷惑を掛けたらしい。僕にボコボコに殴られた後だというのに、そんなに元気があるなんてな。びっくりだよ。

 冷凍保存されていた屋久の死体は無事回収された。僕が警察を呼んでから十分と経たずにやってきた警察の方々だけど、バラバラ死体を見て顔を青ざめていたなあ。死体は見慣れていると思ったんだけど、やっぱりあの光景は尋常じゃなかったんだな。心中お察し……出来たらいいのに。

 陣城は当然退学で、精神鑑定とか何か色々とあるみたいだけど、まあどうでもいいから適当に聞き流しておいた。後は僕と関係ない所で自由に生きてくれ。

 それから数日後、屋久の葬式が行われた。
 葬式には屋久のクラスメイトとか、部活の先輩とか、かなりの人数が集まっていた。僕を殴った先輩方も当然来ていたけど、何も言われなかった。

 死体はとてもお見せできない状態だったので、棺の中は未公開だった。陣城に食われて足りない部分もたくさんあったらしいし、見たらその場の人に一生モンのトラウマを植え付けそうだな。

 声を上げて皆が泣いている中で、泣いていないのは僕と舎仁と屋久の遺影だけだった。遺影の屋久の写真はポニーテールで、解いた状態の方があいつには似合うのにな、と思った。

 泣くこともせず、ただ無表情で参加している僕と舎仁は他の人から見て、異様に映っただろうな。僕はとにかく、舎仁は屋久と大して関係なかったし、泣けなくて当然かもしれないが。その場の雰囲気に流されて涙を流すような奴でもないしな、こいつは。

 ……涙を流している人達が少しだけ、羨ましいと感じた様な気がした。
 なんて。
 本当はどうでもいいけど。

 そして、火葬が行われて、屋久は骨だけになった。

 全てが終わって、皆は屋久の母親に会釈して帰っていく。その時、僕の番になった時に「終音は貴方の事が好きだったの」と言われた。「貴方に見つけて貰えて、多分嬉しかったと思うわ」とも言われた。
 僕は何て返していいのか分からなくて、ただ黙って会釈をして、家に帰った。

 何となく、妹の葬式の事を思い出した。あの時は僕の身内だったから、皆が僕に何か声を掛けていたような覚えがある。内容は覚えてないけどね。あの何とも言えない、静かな雰囲気を思い出した。屋久は人気者だったみたいだから、妹より来てくれた人は多かったけどね。
 僕の葬式には誰が来てくれるのかな。
 空はどんよりと曇っていて、白かった。空を見上げながら、そんな事を考えた。

 これでもう、僕は永遠に屋久に会うことはない。
 これが別れだ。
 永遠の別れ。

 屋久の葬式が終わった今、僕の生きる理由はなくなってしまったけど、もう少しだけ生きていこうかな、と思った。
 心や屋久、色々な人の魂を喰らって、僕はまだ生きている。
 ばいばい、屋久。
 今度お墓参りしにいくよ。
 手ぶらでは何だから、花でも持って行こうかな。
 お前だったら、花よりも食べ物の方が喜びそうだけど。
 
「……じゃあね」

Re: 空の心は傷付かない ( No.45 )
日時: 2015/12/18 22:50
名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)

 それから更に数日後。

 僕は舎仁と二人でショッピングモールに買い物に来ていた。
 服とか帽子とかアクセサリーとか色々と欲しい物があるから、先輩も付き合ってください、と僕の都合を完全無視したメールが送られてきて、暇だったし、特に断る理由がなかった僕がそれに付き合ったという形だ。

 舎仁は試着室で、まるでファッションショーをしているかのように何着も試着していた。店員さんが舎仁に何か言おうとしていたけど、その度に「これ買おうかなーどうですかー先輩」と棒読みで言ってたな。
 着替え終わると、胸を張りながら「どうですか」と言ってくるんだけど、その時に胸のなさが強調されてちょっと滑稽だった。それを舎仁に指摘した所、「屠殺するぞ!」とマジギレしてきてやばかった。その後、僕がトイレに行って、こっそり戻ってきたら一人で椅子に座りながら自分の胸を凝視していてやばかった。 

 結局何も買わなかった舎仁と服屋を出てから、僕達はグルメ街という色々な店が並んでいるコーナーにやってきて、舎仁の希望によりピザやパスタが食べ放題の店に入った。

 席に熱せられた鉄板が置いてあり、それでピザを温める事が出来る。バイキング形式だから置いてあるピザは徐々に冷たくなっていくからな。鉄板で温かくして食べられる、というのは面白い発想だと思った。

「へぇ……そんな事があったんですねぇ」

 舎仁は自分の持ってきた分のピザを温め、コーヒーを啜りながらそう言った。彼女の向かいに座っている僕は、左手でパスタをフォークに巻いて、一口で食べる。カルボナーラだ。上に掛かっているホワイトソースが濃厚で美味しい。胡椒がピリッと聞いているのもいい。具の厚切りのベーコンはジューシーで、ホワイトソースがよくあっている。

「大変でしたね、先輩。ボコボコに殴られたと思ったら、今度は右手をナイフで刺されるなんて。そんな経験、滅多に出来ませんよ」
「こんな経験はしたくなかったよ」

 左手でご飯を食べるのにも、大分慣れてしまった。右手にはまだ包帯が巻かれていて、しばらくは使うことが出来ない。色々不便だよと舎仁に愚痴ったら「私がお世話してあげましょう先輩、あーん」とかしてきたのでもう愚痴らない。

 後、岩瀬さん(仮)にも同じことされた。前にマンションの位置を教えたから、あいつも僕の家に来たんだよな。カレーを作りすぎちゃったとかで、僕にお裾分けに来たらしい。メインはお見舞いだと言ってたけど。その時に「右手が使えないと不便……だよね?」って聞かれたから、「そうだね」と答えたら、「じゃ、じゃあ、私が……その、色々手伝いましょうか?」とか言ってきた。何を手伝ってくれるんだろうと疑問に思いながらも断っておいた。何だか残念そうな顔をしていた気がするけど、気のせいだと思いたい。「また来ますね」という言葉を残して去っていった岩瀬さん(仮)だけど、今度は何をしにくるんだろう。

 あ、カレーは納豆カレーにして食べました。屋久のカレーよりも甘かったな。

「そういえば舎仁。お前、陣城が犯人だって気付いてただろ」
「気付いていたというか、前にも言いましたが勘ですよ。陣城先輩が先輩の側にいるのを見た時に、何となく『この人は先輩と同じで頭がどっかおかしいんだろうな』って思いまして。それで調べてみたところ、まあ七年前の事件に行き当たったと言うわけです」

 前にこいつと話した時に七年前の事件について知っていますか、と聞いてきたのは僕への忠告のつもりだったらしい。その時にはすでに僕も陣城について粗方調べ終わっていたんだけどね。

「屋久先輩が行方不明になったって聞いた時、最初は遂に先輩が殺したのかって思いましたけどね」
「…………」
「先輩の雰囲気から違うなーって思って、だとしたら後は陣城先輩くらいかな、と思いました」

 舎仁は陣城と全く関わっていないのに、勘だけであいつが犯人だと気付いていた。やっぱりこいつの勘は普通じゃないな。

「ま、乙女の勘という奴ですよ」
「乙女というよりは、異常者の勘って奴だろ」

 こいつも僕と同じで、過去に人を殺している。殺人者なのだ。異常な人間に対して勘が働くのも頷ける。

 舎仁は目を細めて笑うと、「失礼ですねー」と頬を膨らませる。
 それから温め終わったピザを手にとって、美味しそうに頬張る。屋久や岩瀬さん(仮)は少食だったけど、こいつは僕よりも多く食べる。カロリー摂取を控えている屋久と岩瀬さん(仮)の方が胸が大きくて、カロリーを多く摂取しているこいつの胸が小さいのは何故だろうな。本人に聞いたら怒りそうだから言わないけど。

「それにしても、これで一気に先輩の周りから人がいなくなってしまいましたね」

 と、舎仁は次のピザに手を伸ばしながら言ってくる。

「元々、僕の周りに人なんて殆どいなかったし、こっちの方が普通だよ」
「そうですか」

 ほんの数ヶ月の間、友人と接していた陣城。
 だけで結局、あいつが僕の友人になったのは、屋久に近付く為だった。屋久と仲の良い僕に近付けば、屋久にも近付けると思っていたらしい。

「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』っていうやつですね」

 僕が持ってきたピザに手を伸ばしながら、舎仁がそう言う。
 結局、あいつは僕に対してこれっぽっちの友情も持っていなかった様だ。友情なんて物、僕だって感じた事はなかったけどね。

「まあ、そんな事どうでもいいじゃないですか」

 もう終わった事なんですし。

 そうだね。もう終わった事だ。
 全部終わった。
 幕は下りた。
 終幕。

「それに先輩には私がいますから、そんなに気にしなくていいんじゃないですか」
「…………。そうだな。僕にはお前がいる」
「ふぇっ!?」

 あと、岩瀬さん(仮)も。
 祖父も祖母もいる。
 
 屋久はもう居なくなったけど、まだ僕の周りには人がいる。屋久が居なくなっても、世界は何も変わらなかった。だけどほんの少しだけ、僕は変わったのかもしれない。自分の周りに誰が居るかなんて、気にした事はなかったから。

 誰が死んでも世界は変わらない。
 だけど、誰かに変化はあるかもしれない。
 心が死んだ時、僕が空っぽになったように。
 屋久が死んで、周りにいる人間に気付いたように。
 彼、彼女達の魂の喰らって、僕がまだ生きているように。
 心がいたから。
 屋久がいたから。
 彼、彼女がいたから。
 僕はまだ生きていくことが出来る。
 
 僕はあの夜、屋久を呼び止めて言った言葉を思い出した。
 僕が気まぐれに掛けた、あの言葉を。
 屋久が生きている間に、言うことが出来てよかった。
 それを僕は、小さく口にした。


「ありがとう」