複雑・ファジー小説

Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐  ( No.9 )
日時: 2018/12/26 20:16
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 ここは河川敷だった。どこにでもありそうな普通な場所。特に変わったものはなく何かあるとすれば小さな公園くらい。川の水が静かに流れていた。そのせせらぎが疲労した身体と心を安らげる。もしゆっくり休息をとったり外で読書をしたいならここがもっとも最適な場所だ。

 公園から離れた所にあるベンチに1人の女子高生が座っていた。読み終えたのかやや厚い本を膝の上に置きたまに左右を見回している。すると向こうから1人の女子高生がふらふらと片足を引きずりながらやってきた。よく見ると微笑みながら手を振っておりそれに対しこちらも笑顔で手を振る。

「お待たせ詩織、結構待った?」

 後から来た女子高生が言って自身もベンチに座った。

「ううん、10分くらい。今日は早かったんだね?部活休んだの?あれ?その右腕の包帯は・・・・・・!?香織ちゃん怪我したの!?」

「まあそんなところ。だから今日は部活を休んだ」

 香織は今日あった嫌な出来事を誤魔化す。

「そんな事より今日はどうだった?」

「あ、うん・・・・・・今日はね・・・・・・」

 2人は今日体験したことを互いに語り始める。香織にとって学校帰りにこの河川敷のベンチで友人と待ち合わせをし話をするのが何よりの楽しみだった。それがいつもの日課で唯一心の安らげる時間帯。

 香織が詩織と出会ったのは2年前、高校1年生の時だった。ある日の夕方、学校から帰宅している途中で香織は道路の横の道を歩いているとそこで後ろ足を負傷した猫を見つけた。猫は道路沿いにいて苦しそうに何度も鳴いていた。車にはねられたのだとすぐに香織は確信した。可愛そうに思い猫に駆け寄ったのだが自分と同じ行動をとった人間がもう1人いた。それが森川詩織だった。彼女は急いで猫に応急処置を施した。

 そして私が抱きかかえ動物病院へと連れて行った。その後、の手術で猫は無事に命を取り留めた。詩織が応急処置をしなかったら猫は助からなかっただろう。その日をきっかけに彼女との付き合いが始まり最終的には親友となった。そして今に至るのである。

「へえー、今日そんなことがあったんだ」

「うん、それでね・・・・・・」

 香織は今日自分がいじめられていた下級生をかばったことを話した。自慢しているつもりはなかったが話のきっかけがそれしかなかった。いつもの授業と剣道、それといじめばかりで他は何もない。そんな内容を毎日話してもつまらないだろう。詩織は"すごいね"と誉めるわけでもなくただ香織の話を最後まで聞いた。

「もしかして、そんなことしたからいじめてた人にやられて怪我したの?」

「・・・・・・!」

 絆が深いだけあって流石と言うべきか、それとも彼女の勘がいいだけか?それとも香織の嘘が致命的なくらい不器用なのか?どうであれこの親友を誤魔化すことなんてできない。全くと言いたそうな顔をしてため息をする。

「まあそんなところ。心配しなくてもいいよ。大した怪我じゃなかったし」

「そんな想いをしてまで守らなくていいと思うけど」

「そうね、でも何故か見て見ぬふりできないのよね」

「それじゃ香織ちゃんが・・・・・・」

「あなただって弱い者いじめを見たら放っておけないでしょ?」

「そうだけど・・・・・・」

 詩織の顔が急に暗くなった。少し嬉しそうに微笑んではいるがいつ泣きだしてもおかしくない表情だった。何か傷つけるようなことを言ってしまったかと香織は不安になる。

「さっきメールで話さなきゃいけないことがあるって言ってたよね?このことは香織ちゃんに直接会って話した方がいいと思って・・・・・・」

「え、何?」

 香織も真剣な顔で詩織を見る。表情を見るからにしていい知らせではなさそうだ。すごく嫌な予感がする。顔を近づけよく見ると詩織の口が震えているのが分かる。

「実は私・・・・・・、2週間後にアメリカに行くの・・・・・・!」

「え、嘘!?どうして!?」

 香織は当たり前な反応をした。驚きを隠せなかった。ネガティブな感覚が体に重くのしかかる。

「お父さんの仕事の都合で・・・・・・仕方なかったの・・・・・・」

「その事が決まったのはいつ・・・・・・?」

「今からちょうど2ヶ月前、すぐ言おうと思ったんだけど早く言ったら香織ちゃんを悲しませると思って・・・・・・」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 香織は親友を責める気はなかった。ただ残念でならなかった。あまりにも急なことだったので逆に涙が出なかった。

「じゃあもう、二度と会えないの?」

「ううん、いつかまた日本に帰ってくる。でも当分は会えない。帰ってこれるのはしばらく先かも・・・・・・」

 今の言葉を言い終わってすぐに詩織は涙を流した。それは香織にとって二度と会えないと言っていることとほぼ同じ事だった。今は平気そうな顔をしていても家に帰ったら自分の部屋で声を出して泣く事だろう。

「ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・」

 香織はそんな詩織を優しく抱きしめる。