複雑・ファジー小説

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.203 )
日時: 2016/10/16 12:21
名前: 雪兎 (ID: QLMJ4rW5)

お疲れ様です!
いやー最後は本当に泣きそうになりましたよ。良かったね風間さん、秋樹ちゃん(´;ω;`)
とはいえ、平子ちゃんや時雨さんもこれから先心配ですね…他キャラクターの身も案じつつ、これからも楽しみにしております。更新頑張ってください!

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.204 )
日時: 2016/10/17 19:51
名前: 波坂 (ID: aU3st90g)

雪兎さん感想ありがとうございます。

いやホント……貰った可愛いキャラの脚を銃弾でぶち抜くなんてえげつない真似をしてしまって申し訳ない。
これからも更新頑張ります!

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.205 )
日時: 2016/11/12 06:22
名前: 波坂 (ID: hQNiL0LO)

7.5章、タロットカードを覆せ

※これは参照数5000回記念の小話です。読まなくとも本編を読むにあたって支障は出ません。




「……はぁ」

少女ーーーー平野平子はうんざりした表情を顔と吐息に表していた。
その疲れたような表情から放たれる視線は、目の前のただ喋り続ける一人の男性へと向けられている。
ペチャクチャと一人で勝手に喋っているその様子。最早自分一人が喋っていれば会話だと言わんばかりの態度。
そんな相手にしつこく絡まれていた平子は、鬱陶しい思いをしつつもテキトーにその自慢話の挟まれたナンパを聞き流していた。

「ーーという訳なんですよ。私はその中ではNo.1の実績を誇りーー」

砂のような淡い黄色の髪を横分けにした髪型。自慢げに歪められた唇と目。体はスマートと言えば聞こえは良いが、実際はガリガリという表現が正しいほど細い。
スーツに袖を通してはいるものの、着崩されていてとても真面目な人間のやることとは思えない。
セールスマンよろしく、喋り続けるこの目の前の男性に対し、平子はナンパされていたのだ。

「ーーそして……聞いてます?」

図々しいにも程がある。平子は思わずそう口に出しそうになる。が、寸で飲み込み次の言葉を喋った。

「聞いてません」

「そうですか。そして私はーーーーえ?」

再び喋りだそうとした男性の表情が『意外』の一言に染められる。
じゃあこれで。そう言ってスタスタと男性を迂回し歩き出した平子。しかしーーーーその腕が不意に掴まれる。
思わず反射的に手を振りほどき振り返る平子。先程の男性が手を伸ばしていた辺り、間違いなくこの男性が手を掴んだのだろう。

「待って下さい。私の誘いを断るのですか?」

「そうですけど?」

そのやり取りの後、再び男性が喋り始め、終わりの見えそうにない、いたちごっこが展開される。
そして平子が再びため息をついたとき、男性の肩に手が乗せられた。
男性が手を払い、首を背後に回した。平子も釣られてそちらを見る。

「私に何か用ですか?」

男性が苛立たしげに言葉を吐く。それには若干の棘が含まれており、平子をナンパしているときとは違った声色だった。
それに相対している人物は、青い髪をしていた。正しく純色の青色で、瞳も同じく青色。
黒いパーカーとジーパンという服装。手には小さめのビニール袋が下げられている。

「止めた方が良いんじゃないかな。彼女、嫌がってるよ」

「失礼な。何を根拠にそんなことを言っているのです?
女性だからと言って私は非礼を許しませんよ?」

その女性のような顔立ちの人物はやれやれといった様子でため息を付き、男性に対して言い放つ。

「僕、男なんだよね。
それと君は馬鹿だね。人が嫌がってることもわからないなんてさ」

「なっ……!」

「ほら帰った帰った。粘着は嫌われるよ?」

そのパーカーの女性のような見た目をした男性がひらひらと手を振る。その動作は所謂「しっしっ」である。
邪険に扱われた男性はとても怒りを堪えきれていない。だが、周りを見渡し人がいることを確認すると軽く舌打ちをした。恐らくは人目があったために物理的な干渉を諦めたのだろう。

「……覚えてろよ」

その捨て台詞を吐き、粘着質の男性は踵を返して去って行った。

「大丈夫かい?」

「あ……ありがとうございます……」

「ん、大丈夫そうだね。……あ、気が向いたら来てよ」

その謎の人物は、ポケットから財布を取り出し、財布から一枚の名刺を取り出して平子に渡した。されるがままにそれを受け取る平子。

「じゃあ僕はこれで」

「あ、ちょっと待って下さ」

平子のその言葉が言い終わる前に、その謎の人物は人混みに紛れて姿を眩ませてしまった。
大して目立つ恰好では無かったので、捜索を断念する平子。
仕方なく渡された名刺を読む。

名刺には、大きめのゴシック体の字で『止川占い事務所』と書かれていて、『とめがわうらないじむしょ』とルビが振られている。下には『占い師・止川未来』と記入されていて、後は細かい記述が書かれている。
よく見れば住所と電話番号も書かれていた。
どうやら占い師らしい人物の名前を、平子は読み仮名を推測して、こう読んだ。

「止川未来(とめがわ/みらい)さん……かな?」

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.206 )
日時: 2016/10/22 23:50
名前: 波坂 (ID: aU3st90g)

「ここ……かな?」

スマートフォンに映し出される地図情報を確認しつつも平子はそう呟く。
昨日、謎の男性こと止川未来なる人物から渡された名刺には住所もキッチリと記入されていた。
平子はそれを頼りに止川未来の居場所を目指していた。目的、と言えどあまりなく、ただ気になったからである。
位置情報と看板から割り出された建造物を見てみよう。一階の看板はどうやらBARのようで、目の前の一階の今はドアに『CLOSE』と文字が印刷されたプラカードのようなものがぶら下がっている。
二階の看板には明らかに怪しげな香りが漂っていた。一瞬キャバとかクラとかいう字が見えたものの、平子はそれに軽く無視を決め込んだ。私は何も見ていないと言い聞かせながら。
三階の看板は恐らく止川未来の占い事務所だろうか。堅い雰囲気の文字で質素だ。それ以外に特徴は無く、地味なものである。
平子は四階の看板をスルーし三階の止川占い事務所に向かった。これまた質素なドアの横には、ただ『開けてます』とだけ読めないことはない字で書かれた、ホワイトボードが立て掛けられていた。
インターホンを押すと、十五秒ほどした辺りで反応が返ってきた。まあそれも『どうぞ』の一言だけなのだが。
ドアノブを回し、ドアを開けると年代物なのかいざ知らず、軋むような音が出迎えた。靴を揃えて置くと、スリッパが目についたのでそれを履いて短い通路を進む平子。
次の部屋を開けた瞬間、平子の耳に怒号の声が突き刺さる。

「ふざけるな!」

「ふざけてません。これが占いの結果です。諦めて下さい」

三十代程度の金髪の男性が両手を机に置く姿で立っていた。恐らくは立っている姿勢から机を叩いたのだろう。
男性は正しく獅子のような風貌だった。三白眼は目の前の止川未来へと向けられており、今にも掴みかからんばかりの様子だ。
対して止川未来はと言うと非常に落ち着いていて冷静に、淡々とした様子で無表情を向けるだけだ。

「心配しないで下さい。これはあくまで占いですので当たらない場合もあります。…………もっとも僕は占いを外したことは僕の知る限りありませんが」

「…………チッ」

その淡々とした物言いに冷めてしまったのか、男性はタバコを取り出しながらも部屋を出て行った。

「済まないね。せっかく来てくれたのに騒がしくしてしまって」

椅子に座りながら平子に頭を下げる未来。
平子としては色々急すぎて何が何なのかわかりはしないが、取り合えず案内されるがままにテーブルを挟む形で置かれたソファに座る。
向かい側に未来が座ると話が始まった。

「さて、止川占い事務所へようこそ。今日はどのような占いをご所望で……とまあこれが僕の台詞だけど、いきなり占いって言われてもわからないよね」

「……まあ……確かに」

主に理系である平子は理論とか数値に知識が偏っている面があるので、オカルトについては知識は薄いと言わざるを得ない。
未来は予想通りと言わんばかりの様子だ。

「基本的には今取り組んでいる物事についてや、未来そのもの……まあ運命だね。もしくはその人自身について。これは人間関係などだね。
僕ができるのはこのあたりだよ。さて、何か占いたいことはあるかな?」

平子は少し考え込んだ後、じゃあ。と言葉を続けた。

「私の人間関係についてお願いします」

「分かったよ。取り合えず本来ならお香焚いたりしなくちゃいけないんだけど、生憎僕のところでは一年前にお香が切れた時からやってないんだよね」

そう言いながら、未来は先程腰掛けていた机から一つのゴムで纏められたカード達を取り出した。軽く10枚を超える数だ。
平子は何となくそれの名前を憶測で呟く。

「タロットカード?」

「そう、僕の占いに使うものだよ」

タロットカード、発祥は古代エジプトだの古代ユダヤだのと言われているが実際には起源は不明で謎のあるカード。
78枚1組がもっとも一般的で、4種類の区分がある56枚の小アルカナと、寓意画が描かれた22枚の大アルカナに分けられるが、実際に占いに使われるのが大半は、『0 愚者』『I 魔術師』『II 女教皇』『III 女帝』『IV 皇帝』『V 教皇』『VI 恋人』『VII 戦車』『VIII 正義』『IX 隠者』『X 運命の輪』『XI 力』『XII 吊された男』『XIII 死神』『XIV 節制』『XV 悪魔』『XVI 塔』『XVII 星』『XVIII 月』『XIX 太陽』『XX 審判』『XXI 世界』の計22枚からなる大アルカナのみを用いたものが多い。

多少の作業の後、平子の占いが開始された。
未来がタロットカードをシャッフルし、数枚を上から順に引き、それらを机の上のクロスに、絵柄が見えないように置いた。
そしてその内二枚のカードを表向きにめくる。

「うんうん、正位置は『恋人』で逆位置は『運命の輪』か……さて、どうしたものか」

「……えーっと?」

「ああごめん。少し解釈を纏めていてね。
人間関係。だったね。
君は今の人間関係が楽しくて仕方がないんじゃないかな?
それを維持する為に大事なことは一つ。『今は深入りしないこと』だ。
そして……君、何か人間関係が一気に広がったり、歪んだ関係ができていないかい?
まあ人間関係なんて変わるものだから心配するだけ無駄だよ……。といったところかな。
うーん、何と言うか、微妙だね。矛盾しているのかしていないのか。僕にははっきりと読み取れない組み合わせだ」

そう呟くように話す未来を傍目に、平子は驚愕の念を抱いていた。
平子は、今の人間関係が楽しくて仕方がない。それはあっているが、舌を巻いたのは次の言葉だ。
『深入りしないこと』
事実、平子は深入りしてしまい、結果的にその後未来が言ったように歪んだ関係となってしまった。秘密を持つ友人と、それを黙る友人という、少し歪んだ関係に。

「と、まあこれが占いかな。僕の占いは殆ど当たるけどどうだったかな?」

平子はその問いに、ただ上の空で首を縦に振ることしかできなかった。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.207 )
日時: 2016/10/24 21:44
名前: 波坂 (ID: aU3st90g)

「……そういえば、さっきの人って……?」

平子はふと、先程退出していった男性のことを思い浮かべた。
少なくとも、今のところ平子には怒りを作り出す要素など見当たらないのが正直な感想であり、何故あの男性が憤怒に顔を染めていたのか平子はわからなかった。

「ふむ、個人情報とか色々あるから名前は仮称で話そう……固有名詞は三月桝(みつき/ます)さんで行かせてもらうよ」

一瞬、平子の頭に某夢の国のヒーローの「ハハッ」というやけに高い軽快な声が聞こえたが、すぐに考えをしまう。きっと気のせいだと信じて。

「三月さんは今、仕事で失敗できない注文をされたらしいんだよ。で、その仕事の結果について占って欲しいと言われたのさ。
結果はズタボロ。まあ『塔』と『死神』なんていう組み合わせは中々見ないものだから目を疑ったけどね」

平子は何となくその二つの名前からして悪印象を覚えた。何だか不吉な名前から推測するによほど悪い組み合わせだろうと察する。

「……でも……占いくらいでそんなに怒るって訳ですか……?」

平子のその発言。何となく口から出たような軽い一言。
その一言に対して、未来も軽く言葉を返した。



「僕の占いは絶対に当たるからね。僕の占いで失敗なら失敗なのさ」

絶対的な自信を含んだ口調で。









平子は翌日、またも止川占い事務所へ足を運んでいた。
今度は理由もはっきりと持っている。最も他人にはおおっぴらに公開できないような理由だが。

「スマホ忘れるなんてついてないって訳だよ……」

軽くため息をつく平子。まさかこんな下らないミスのせいで貴重な夏休みの一日を潰してしまうとは思いもしていなかった。
再びあの建造物へと向かい、三階を目指して階段を上る平子。
三階へつくと、ホワイトボードには驚愕の文章が書かれていた。

『止川占い事務所は本日を以て閉鎖』

驚いてすぐさまインターホンを押す平子。今度はすぐに反応があり、ドアから鍵を開ける音が響いた。

「……ああ、昨日の君か。
これだろう?君のスマホ」

未来がドアを開けた。そのまま右手に持っている平子のスマートフォンを差し出す。
受けとる平子。だがもはや平子はそれどころではなくなっていた。

「未来さん!?本日を以て閉鎖って!?」

未来はその平子の忙しい口調にのんびりと答える。

「ああ、単純な理由だよ」





「僕、今日死ぬみたいだ」

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.208 )
日時: 2016/10/29 15:47
名前: 波坂 (ID: aU3st90g)

平子がポカンと口を小さく開けたまま黙り、静寂が訪れる。
数十秒間の空白の時の後、平子がハッとしたように口を閉じて再び会話を再開する。
否、それは会話とは呼べない。なぜなら平子が発した言葉は

「は?」

という、聞き返すニュアンスしか含んでいない、一つの平仮名にすぎないからだ。
退屈そうにあくびをした未来。そして何気なく「だから死ぬんだって」と物分かりの悪い子供に教えるかのように言う。
当然、平子は物分かりはとにかく言葉の意味は理解していた。ただ、未来の言い方があまりにも軽すぎて、一瞬の思考では処理が追いつかなかったのだ。
そして、ようやく処理が追いついた平子。勿論真っ先に湧いた感情は驚愕。

「……本当ですか……?」

小さな声で再び聞き返した平子。未来としては二回も言ったのに理解していないのかと感想を抱かざるをえないが、ここは大人の対応としてもう一度教える事にしたようだ。

「ああ、本当さ。僕の占いは絶対当たる。その占いで僕が死ぬって出たんだ。もう決定したに等しいね」

その表情からは諦めの念が色濃く滲み出ていた。

「……じゃあ」

そして数秒後に出た言葉に、未来は勿論のこと平子自身さえも驚かされた。

「私が未来を覆します」

その、平子の一言によって。








その言葉に、平子自身すら驚かされる。
なぜ自分はそう言ったのか。平子にはそれすらも理解することができなかった。
平子の思考も、未来の声によって中断されてしまう。

「……やるだけ無駄……とだけ言っておくよ。好きにするがいいさ」

そう言い、未来はそのまま戸締まりをして建造物から出ていってしまう。慌てて追い掛ける平子。

「未来さん!?危ないなら外に出ないほうがいいって訳ですよ!?」

追いついたのちに平子が外の危険性を指摘する。
しかし、未来は首を縦には振らず横に振る。そして相変わらず諦めの表情で、悟ったように話す。

「いいかい?占いで僕は死ぬと出た。僕が何もアクションを起こさなければ占いが覆ることはまず無いんだよ。
仮に家にずっといたら、家に強盗が入ってきて殺されるかもよ?
君だって、流石にサブマシンガン抱えた狂人なんて相手できないだろう?」

だから、僕は日常生活を送るだけ。最後だからって言っても、何もすることなんてありゃしないからね。そう呟いて未来は再び歩み始める。
平子は、ただ未来の横を歩くことしかできなかった。









未来はその後、特にこれといって特別な行動を起こすことはなかった。
平子からしては、アクションを起こさなければ死ぬと言っていた割にはそんなことをしないので、最早未来は自分が死ぬと本気で思っているんだなと確信していた。

「あ、そこは通らない方がいい」

「えっ?」

急に声をかけられたかと思えば、止まれと言われて慌てて止まる平子。
何があるんだと前を見ても、特にこれといってピックアップするべきものは何一つとしてない。平子はそう感じた。
そんな平子の思考を読んだか否か、未来は平子の少し頭上辺りを指差した。
正確には、その延長線上にある、クレーンに吊された鉄骨を指差していた。

「多分、僕が通ったら鉄骨が落ちて来るよ」

「……未来さん、死にたくないんです……か?」

平子は、もう止川未来という人間がわからなくなっていた。
諦めているようで、今のように注意したり。
何かを起こすと言いながら、何も起こさないところ。
元から理解していた訳でも無い人間のことを、平子は理解できなくなっていた。

「死にたい訳じゃない。ただ……僕が死ぬとき、他人に迷惑をかけたくないだけだよ」

鉄骨が落ちれば、建設会社に迷惑がかかる。
家にいたまま襲われれば、ほかの階層の住人に迷惑がかかる。
だから注意したし、家を出ている。未来はそう何事もなく話す。

「……ちょっとだけ、わかった気がします」

「何の事かな?」

「……未来さんって、優しいんですよ。
ちょっぴり無口なだけで、根は優しいんです」

未来は、無言できびすを返して行ってしまった。
平子は、柔らかい微笑みを浮かべてその背中を追った。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.209 )
日時: 2016/10/30 23:40
名前: 波坂 (ID: aU3st90g)

時刻は過ぎ去り、未来は帰路へ着く。

「やっぱり、占いは外れてたって訳ですよ」

結局何も起こらなかった事に対し、平子が唇を尖らせるが未来は平然と「頼んだ覚え無いけど?」と切り返す。
そんな未来に平子はムッとするが、何を言い返せる訳でも無いのでそのまま怒りを飲み込む事にした。

「……ああ、もう僕の家だね。
今日はありがとう。最後の日が女子高生とのデートなんて中々酔狂な人生だったよ」

横断歩道の向かい側に見える未来の居住地に目を向けながら、未来が皮肉ったように話す。

「デートって……そんなつもりじゃ……」

平子がボソボソと呟くが未来には聞こえていないようだ。そのまま反応もせずに横断歩道を渡ろうとしている。
不思議な人だなぁ。そんな感想を抱き、平子もまた自分の帰路に着こうとしたーーーーその時だった。
目に映ったそれに、平子が咄嗟に体を動かし全力疾走で横断歩道へ走る。

「未来さん!危ないってーーーー」

平子が跳び、思い切り未来を突き飛ばした。痩せてた体型なのか未来は抵抗も少なく前に突き飛ばされた。
平子自身も肩からアスファルトと接触し、摩擦力で皮膚を削られる。
思わず平子の悲鳴が口から漏れ、表情が苦痛に変わる。
そしてーーーーその平子のすぐに後ろを、ブレーキ音を響かせタイヤを地面に擦りつけて停止を謀っている一台のトラックが、かなりの速度で通り抜けた。
間一髪。そう言えるほどに、平子のすぐに後ろを通っていったトラック。仮に平子が未来を突き飛ばさなければ、未来はグロテスクなスクラップと成り果てていただろう。
未来が文句を言いながら体を起こすと、そのトラックが他の車と衝突し刺激的な破壊音を生み出していた。頭が混乱するも、周囲を見て状況を把握しようと試みる。
すぐに状況を理解した未来。すぐさま平子に駆け寄る。

「大丈夫……じゃないね。すぐに治療したほうがいい」

そう呟くと、平子の返事すら待たずに未来が平子を抱える。膝裏と背中に手を回してお姫様だっこと呼ばれる姿勢で、一目散に止川占い事務所に向かう未来。
平子が痛がっているのか、苦悶の表情を浮かべた。どうやら肩がアスファルトと盛大に摩擦したらしい。服の肩辺りに深紅が滲んでいる。

「大丈夫」

平子を安心させるために、その言葉をかけた未来。必死に階段を駆け上がり目的の場所に到達した。

「大丈夫。だから」

未来はもう一度その言葉を復唱し、自室のドアの鍵を開けて、ドアを思い切り開け放った。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.210 )
日時: 2016/11/06 03:30
名前: 波坂 (ID: hQNiL0LO)

「……んあ」

平子が目を覚ました。
あの後、未来は自室で平子の治療を行った。
無論、医師免許など持っていない未来は医学に関しての知識がそこまで深くはない。仮に持っていたとしても、自室に医療設備などがあるはずもない。
ではなぜ未来は治療を行うことができたのか。
コーヒーの入ったマグカップ片手に未来が声をかける。

「ああ、起きたんだね。
服が邪魔だったから少し脱がせて貰ったよ。別に変な事はしてないから心配はしなくていいよ」

「……ふぇ?」

未来の言葉が、服ではなくタオルを纏った平子の頭の中で数回バウンドする。
首をカクンと落とすと、服がはだけられている状態に気が付く。
止川占い事務所が沈黙に包まれる。今ある音は未来がコーヒーをすする音だけだ。
平子は自分の顔を手で覆う。恥ずかしいのはやまやまだが、未来は容姿的に女性にしか見えないのと、この静かな空気が平子が悲鳴をあげなかった要因と言えるだろう。

「……未来さん」

「ん、なんだい?」

「……見ました?」

「何のことかな?」

「わ、私の……し、下着姿……」

慌てて服を着直す平子。幸い未来の視線は平子に向いていない。
平子が顔を羞恥に染めて絞り出した声を聞くと、未来はそっぽを向いてコーヒーをすすりはじめた。しかし音がしないのでどうやら飲み干したものを未だに飲んだフリをしているだけらしい。

「……少し、ね」

「うわぁぁぁぁぁん!」

平子が未来の正面に回り込み、そのしなやかな腕を伸ばした。
その手が拳の形で未来の溝尾に減り込み、未来は軽く空気を吐きながら倒れ伏した。









「……酷いなぁ。僕は治療したんだよ?よこしまな考えなんて持ってないよ」

「……ごめんなさい」

あの後、平子によって制裁(物理)をされた未来の頬には拳のあとが赤くくっきりと残っていた。とても痛々しくもあり、また情けなくもある跡である。
時間帯は既に5時辺りだ。太陽も少し角度をつけて日光を浴びせてくるようになっている。

ところで実はこの一件、未来の能力が深く関わっているのだ。
未来の能力、[傷を癒す能力]。一定範囲内の肉体の損傷を、健康体へと押し上げてしまう能力だ。欠点と言う欠点と言えば、両手を当てなければ使えないこと。そしてーーーー。

「使われた人間には多大な疲労がかかるって訳ですか……」

そう、傷を治す反動で使用された人間には多大な疲労がかかるのだ。平子の場合は耐え切れずに寝てしまうほどだった。とても、万能とは言い難い能力である。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.211 )
日時: 2016/11/10 20:37
名前: 波坂 (ID: hQNiL0LO)

未来はあの後平子を家へと帰した。傷はもう跡も無く消えたので未来はあまり心配という心配はしていなかった。
勿論、倫理的にも女子高生を一人暮らしの成人男性が部屋に泊めるなど勘違いされかねない行為をするほど、未来は度胸と言う名の蛮勇は無かった。
そして、未来は現在進行形で、神妙な顔のまま事務所の机に座っていた。
机の上には乱雑に置かれた書類。ペンやらハサミやらの文房具の入っている筒。それらを背景としてパソコンが一台置かれていた。
最も、そのパソコンすら今はタロットカードを置くための台になっているのだが。
LEDが照らす静まり返った室内。いつもはテレビなどをBGMとして新聞を読んだり読書をしたりするのが日常だが、今夜は違った。
未来は自分の運命を占っていたのだ。仮に、これで再び未来が死ぬことが確認できた場合。未来は寝ている途中で死亡することが確定するだろう。

「……初めてだ」

思わず、未来はその言葉を呟いた。呟いてから自分の言動に気がつく。
未来の占いではーーーー未来が死ぬ運命は無くなっていた。
つまりーーーー平子が、変えたのだ。未来の運命を。
即ち、未来を救ったのは平子ということになる。
これは明日にでも連絡するべきかな。未来はメールアドレスを交換した藍色のスマートフォンを眺める。
そんな時だった。
ふとした拍子に、なんとなく。そんな軽い気持ちで。
未来は運命を占った。
ただし、今度は自分の運命ではない。平子の運命だ。

「これはッ!?」

そしてーーーー未来はその結果を見て、驚愕を現し、思わず立ち上がった。タイヤのついた椅子がキィと軋むような音を発てて後方へと押し出される。
なぜなら、平子の占いの結果はーーーー今日の朝の未来の占いの結果と同じ。つまりは死の運命という結果だったからだ。
未来は、あることを祈りながら、寝床についた。

ーーーー明日まで、生きておいてよ。

だが、未来が睡眠を得るのに要した時間は、軽く二時間を超過していた。








翌日。
未来は平子をある理由を使って呼び出した。
そうーーーー自分を使って。
未来はメールで次のような文面を送ったのだ。

『どうやら僕はまた死ぬみたいだ。
昨日は君がいたおかげで運命が曲がったみたいだけど、そう簡単に回避できないね。
それじゃ、さようならだ』

事務所内に、インターホンの音が響く。そして聞き覚えのある声がした。
平子は、こんなメールを送られて黙っているほどーーーー

「未来さん!?ちょっと開けて下さい!」

他人に無関心ではなかった。
未来は、拳を握り締めて向かい側から叩かれるそのドアの鍵を開けた。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.212 )
日時: 2016/11/14 07:26
名前: 波坂 (ID: hQNiL0LO)

今日も、未来はまた外を歩く。
平子はそれに着いて行くだけだ。昨日外出の理由について聞いた平子は特に何も言わなかった。
実際、死の運命が予知されているのは平子なのだが、未来は敢えてそれを平子に言わない。
なぜなら、平子が自分の身近にいる理由が無くなってしまうからだ。
本来ならば平子と未来の関係は占い師と客だ。ましてや未成年と成人。未来は大義名分無しにそれらを無視出来るほど愚かでは無かった。

「未来さん?」

「ん?何かな?」

「未来さん……なんだか表情が硬いって訳ですよ」

街路樹が等間隔に植えられた表道を歩いていた二人。ふと平子の言葉に未来は自分の緊張を自覚する。
自動車が横を通り、瞬間的に風が吹いた。未来の頭を冷却するように。
チラリと透明のガラスを見る。少しだけ映っていた未来の表情はーーーーいつになく硬かった。

ーーーー落ち着け。僕が焦ってどうする。

気のせいだよ。そう言い本心に仮面を被せる未来。
平子も大して追求はしなかった。

ーーーーどうなっているんだ?

未来でさえ、この状況は緊張せざるを得ないのに、平子は平然としているのだ。
一体どんな体験をすればこうなるのか。未来には想像することさえ目眩がした。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.213 )
日時: 2016/11/20 10:39
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: hQNiL0LO)

未来と平子は昼食を摂るためにファミリーレストランへと足を運んでいた。
夏休み効果だろうか、平日でも席は半数ほどは埋まっている。
うるさい訳ではないが、静かでもない。そんな中で平子と未来は昼食を摂っていた。
オレンジ色のカバーの椅子に腰を掛け、平子が話し掛け、未来が応答する。それの間に食事を摂る。という至って普通の動作を繰り返しているに過ぎない。男女が二人きりでそんなことをやっていたら、なにかと邪推する人物も出てくるーーーーと思うかもしれないが、周囲の人間からは『仲の良さそうな女性二人が話ながら食事をしている』としか認識されていない。理由としては未来の見た目が女性にしか見えないという事が大きいだろう。
そんな軽いコンプレックスを他の大勢の脳内でえぐられているとは露知らず、未来は淡々とした様子ーーーーを装ってーーーーで会話をしていた。
ただその視線はチラチラと他の方向へと配られている。多少疑心暗鬼に陥っている未来は少しだけ挙動不審にも思えた。
平子も馬鹿ではない。流石に未来が何かを気にしていることは容易に推測できた。しかし平子はこの時『未来には死の運命が出ている』と思い込んでいるので、周囲に注意を払っているだけだと完結してしまった。

ーーーー実際は死の運命が出ているのは平子なのだが。

そして平子がその考えを纏めた時、丁度二人の食物が容れられていた容器が空になった。









再び外を出歩く二人。目的地を近所の公園に指定してそこへと向かう。
がーーーー、都心部を通った時だった。
未来が、平子にとって少しだけ聞き覚えのある声に呼び止められた。
その男性は、平子が初めて未来の事務所を訪れたとき、占いの結果を聞いて憤慨していた男性だった。金色の髪を獅子のように跳ねさせ厳つい風貌をより厳ついものとしている。
初めは未来も軽く話して終わらせようとしたのかその男性と向き合う。
次の瞬間、未来がその男性によって路地裏へと連れ込まれる。
未来としてもこれは予想外だった。中途半端に舗装された路地裏に投げ出され、地面を転がる。

「お前の……全部お前のせいだッ!」

その男性が、無造作に未来を蹴っ飛ばす。超能力者なのかその蹴りによって未来が風に吹かれた木の葉のように宙を舞って壁面に激突した。

「痛たたた……何なんですか……僕が何をしたと」

未来が手を付きながらもゆっくりと起き上がる。しかし蹴られた部位はまだ激しい激痛が残っている。
対して男性は荒々しい口調で叫ぶ。

「お前が占いであんな結果を出すから俺は失敗したんだッ!」

あまりに無茶苦茶すぎる理論だった。
あくまで未来は運命に干渉する力は無い。ただ、占いが必ず当たるだけであって、不幸を未来のせいにする理由などどこにも存在しないのだ。
だが男性はそんなことはどうでもよかった。
人とは常に理由や言い訳を並べる事で責任を避けようとする。そのほうが楽だからだ。
男性は全てを未来のせいにすることで自分の責任を軽減しようとしているのだ。例えそれが無意味な自己満足であろうとも。

「それはおかしいって訳ですよ」

男性の背後から掛けられた声。男性が振り向くと同時にその顔面に拳が突き立った。そのまま力を込めて振り抜く。
拳を放ったのはーーーー平子だった。
一方殴られた男性は、拳が突き立った部位を抑えつつ、平子に相対する。

「未来さんは貴方の運命を占っただけですよ?」

「嘘だッ!全部全部コイツのせいだッ!」

馬の耳に念仏。そのことわざを平子が思い出すと同時に男性が平子に殴り掛かる。
が、平子は冷静だ。そんな力任せで粗い拳が当たる訳が無い。ひょいと体を捻って避けるとすれ違いざまに喉仏を手の甲で叩く。蛙の鳴き声のようなうめき声を上げて喉を抑える男性。
その間に平子は未来の元へと駆け付ける。

「大丈夫って訳ですか?」

未来はーーーー何も言わない。
否、言えないのだ。
かける言葉が見つからないとはこのことだ。心の中でそう呟く未来。
目の前の男性をあっという間に無力化したしまった少女に、未来は何と言えばいいのかわからなかった。絶句。とも言えるだろう。

「あああああ!」

男性が吠えて辺りにあった瓦礫を投げた。
その瓦礫が限りなく真っすぐな軌道を描いて平子に向かう。
しかし平子は冷静にそれをしゃがんで避け、そのまま右手と左手を合わせて合掌。背後の壁面が瓦礫にえぐられ破壊音を鳴らす。
[相手と自分を平等にする能力]が発動し、男性の能力が封じられた。

再び男性が瓦礫を投げるが、今度はすぐに失速して地面に落ちてしまう。

「馬鹿な……俺の[等速にする能力]が……!?」

男性がそう呟いて手を見るとガタガタと震えていた。
能力者にとって、一度とは言え能力が行使されなかったことはかなりの精神的ダメージを受けるのだ。能力を長い月日使ってきた分、そのダメージは大きくなる。
信頼していたものに裏切られた。それに近い感情を持った男性がフリーズする。
そして、その男性の顔面を平子の全力の拳が貫いた。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.214 )
日時: 2016/11/25 14:01
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: hQNiL0LO)

そのまま二メートル弱後ろへと吹き飛び仰向けに倒れる男性。鼻からは自然発生する量とは桁違いな量の血が溢れていた。
鼻を押さえて痛がっている辺り、意識はあるのだろう。しかしその無力化された姿を見て平子は背を向けた。再度襲って来るような気力も手段も無いと判断したのだ。
その判断を裏切る形で物音が路地裏に反響する。
気になって振り返る平子。その目には男性が膝を付いて立とうとしている姿が映っていた。
仮にそれが、正義感や信念から来たものだったなら、平子は尊敬の念を抱いただろう。だが男性を奮い立たせているのは的外れな怨みと自業自得で得たの屈辱感という、なんとも言えない二つだった。
尊敬どころか呆れてため息をつく平子。

「……クソ!ガキが大人の事情に入って来るな!」

大人の事情とはこんな情けないものだったのか。自分の責任も認めず他人に責任をなすりつけることが大人の事情と言うなら、小学生の喧嘩の三分の一程度は大人の事情と同じ内容になってしまうだろう。
そんな横暴理論には当然平子は応じず、呆れ果てた表情を向けるだけだ。最早怒りの感情すら芽生えない。

「貴方は何か行動を起こしたんですか?変えようと努力したんですか?」

男性は何も答えずに沈黙した。
その言葉を肯定と受け取った平子。

「自分で何もしていない癖に他人乗るせいにして暴力を振るう……最ッ低って訳ですよ」

その言葉を、男性はどのように受け取ったのだろうか。
男性の怒りの線路が、止川未来から平野平子へと切り換えられた。

「うるさい!うるさい!黙れ黙れ黙れ黙れ!俺は悪くないんだ!」

そして、その怒りが男性の最後のリミッターを外し、禁忌へと足を踏み込ませる。
男性が、懐からあるものを取り出した。
ーーーー自動拳銃。
それが自分へと構えられ、引き金に力が篭ったことを直感で覚った平子が射線から逃れようとしゃがみ込んだ。
発砲音が、一発二発三発と路地裏に響く。乾いた音が緊張感を張らせ、同時に背中にヒヤリとした感覚。
勿論表通りにすらもその音が響いていた。逃げていく人々の悲鳴が、あたかも銃声への返答であるかのように聞こえる。
男性はパニック状態だ。正常な判断などできないほどに思考判断能力の低下が見られた。
そんな中、彼の頭はもう平子と未来を殺すこと以外全て真っ白となっていた。
平子が咄嗟に未来を見る。未来は立っていたが蹴られた右腹部が痛むようで押さえている。しかも出口方向に男性がいるので逃げることはできず、平子と未来の後ろは壁。
救いは男性の拳銃の扱いが素人立ったことだろう。その上パニック状態だ。簡単には当たらない。今のところ五発撃たれたが全て無意味に壁をえぐっている。

「死ね!死ね!死ね!死ね!」

銃弾をただ撃ち続ける男性。平子が咄嗟に首を捻ると前髪の一部が銃弾で吹き飛ばされた。はらりと髪の毛が舞うさまに、平子の顔が真っ青になる。
暫く銃声が止んだと思えば、男性は弾を装填しているところだった。
しかし平子はそのチャンスを狙うことができなかった。

ーーーーもし、飛び込んだ時に装填が完了したら。

その考えが頭の中を埋め尽くしてしまったからだ。
恐怖で足がすくんでしまい一歩が踏み出せない。
そんな平子の代わりに一歩踏み出すかのように、未来が男性へと飛び込んだ。
がーーーー平子が危惧していたかのように、未来が辿り着く前に装填が完了してしまった。
銃口が未来に向けられた。未来は恐怖の叫びを挙げつつも臆する事なく果敢に男性の銃を持つ手を掴んで銃口を上へと向けた。
銃口が火を吹き銃弾が飛んだ。だがそれは見当違いな方向へと向かい誰にも当たらない。
そのまま男性と未来は揉みくちゃになり、お互いが銃を取り合っている構図となった。
男性も未来も生きるか死ぬかで必死の形相だ。
平子は近づけない。それはいつ爆発するかわからない爆弾と同じで、いつ銃弾が飛び出るのか予想すらできないからだ。



乾いた音が鳴った。



血がぶちまけられ、二人を鮮血に染めた。



ーーーー未来が血を吐いた。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.215 )
日時: 2016/11/28 21:48
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: hQNiL0LO)

血をぶちまけながらその場に崩れ落ちる未来。ドサリと音を発てて倒れた未来の服が鮮血に染められていく。

「未来さぁぁぁぁぁぁん!」

平子の絶叫が路地裏に響き渡る。けたたましい程に跳ね返ったそれは平子への精神ダメージの大きさを表しているようでもあった。
駆け寄ろうとするものの、平子の耳に発砲音が入る。
反射的に一歩下がる。その行動が平子の命運を分けた。
間一髪、銃弾が足元をえぐりコンクリートをビスケットのように粉々に砕いた。
平子が顔を上げ視界に映るのは、未来の血で身体を半分近く血で染めた男性の姿。
もう正常な精神など何処にも無いのだろう、目は明らかに焦点があっておらず、口は半開きで閉じはしない。
そして銃口だけは平子を狙っている。
もうダメかもしれない。そんな考えが平子の頭を過ぎる。
そして男性の構える拳銃の引き金が絞られるーーーーはずだった。
たが、引き金が絞られる直前、銃口が急に上を向いた。
そしてそのまま拳銃そのものが、男性の手を離れて浮かび上がる。
5メートルほど浮かび上がると、拳銃そのものがミシミシと嫌な音を立てはじめる。
直後、拳銃がバラバラに砕け薬莢が降り注いだ。

「……私の友人に手を出すのは許しませんよ」

綺麗な艶のある、所々が編み込まれた長髪。
平子よりも高く、おおよそ180cm程度の身長。
可愛い。というよりは美しいという表現が似合う、少々大人びた顔立ち。みずみずしい唇と肌。体は女性的なラインを描いている。
平子の友人こと、鋼城緋奈子が、男性の背後から手をかざしていた。

「緋奈子ちゃん!?」

「ああああああ!」

男性が雄叫びを上げて緋奈子に突撃する。
その無様げ獣のような様子を一瞥し、能力を発動する緋奈子。
念動磁場が形成され、男性が急激な圧力に吹き飛ばされた。そのまま壁面に打ち付けられる男性。意識を失ったのだろうか、頭を少し切って血を流していると言うのに音一つも立てない。