複雑・ファジー小説
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.237 )
- 日時: 2017/04/01 00:28
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: rMeeZFi3)
平野平子は歩いていた。
ツイてない。そう思い重いため息をつく平子。
彼女の自転車のギアチェーンが切れてしまった為に今日は徒歩で登校している。自転車で通学しているのだからそれなりの距離はある。当然ながらその道のりは徒歩で歩くのに倦怠感を覚える程度には長かった。
しかも今日は日直だ。早く行かなければならないが、自転車は使えない。よって早起きを強いられた平子はとても眠たそうな顔をしている。
突き当たりの曲がり角を曲がる。
が、平子が何かに当たってその進行を阻まれた。
それどころか押されて尻餅をつく平子。漸く寝ぼけた状態から徐々に意識の覚醒しつつある彼女は視界の片隅に1人の少女を捕らえた。
綺麗な金色の髪だった。緩く自然に巻かれた金髪は肩の下当たりまで伸ばされていた。
若干垂れた目は青緑色で、全体的にゆったりとした印象の顔立ちだ。
着ている青色のドレスも特徴的ではあるが、平子はそれよりも少女の履いているものが気になった。
ガラスの靴だ。かの有名な童話でも出てきた代物を彼女は履いていた。
しかしよく見ると履いているのは左足だけだった。そして右足の近くにガラスの靴が一つ転がっている。
咄嗟に落としたものだと判断した平子はサッとそれを広い上げる。
「落し物って訳ですよー!」
「ごめんなさい。私、急いでるの」
そしてそれを渡そうとするものの、少女は既に立ち上がり何処かへ行ってしまった。
「私、王子様じゃないって訳ですよ」
ため息混じりのセリフを言いつつガラスの靴を見る平子。どうやら本当にガラスでできているらしい。
どうしようかとその場で止まって考える平子。交番に預けるべきか、自分が持っておくべきか、それともここに置いていくか。
平子は悩んだ結果自分で持っておく事にした。そもそも平子に交番に行く時間はない。
気を取り直して歩き始めた平子が、ふと何かを感じて後ろを見た。
すると、黒いスーツに黒いサングラスと黒づくめの服装をした2、3人の男がこちらに向かって走ってきていた。
その視線は、明らかに平子に向いている。
「ちょっと待ってって訳ですよぉ!」
平子が駆け出すとその男達は平子を追いかけ始めた。自分が追われていることに漸く自覚が持てた平子は全力で逃走を始めた。
「今日はツイてないって訳ですよぉぉぉ!」
その一言を叫んでから。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.238 )
- 日時: 2017/04/09 23:14
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 0rBrxZqP)
後ろから迫り来る複数の足音から平子は嘆きつつも逃げていた。
何故何故何故と平子の頭で疑問が飛び交う。しかし平子には、黒スーツの集団から追いかけられる理由が無い訳ではなかった。
だがそれは不自然な話だ。何故このタイミングで。しかも今。少なくとも時間帯は割と早いし平子は普段自転車通学の為にもっと遅い時間帯に登校している。おまけに今日は日直の為にいつもよりもかなり時間帯が早い。当然平子を狙うならもっと遅い時間に現れる筈なのだ。
ーーーー狙いは私じゃない?
再び思考に没頭しようとしたが、そんな事をしている暇など無かった。
何故なら平子が背後を伺った瞬間、黒スーツの1人がこちらに手をかざしてきたのだ。手をかざす、という行為を能力者が行えば、それは標準を定める。ロックオンという行為に繋がるのだ。
急いで平子が目の前のT字路を右に曲がると、次の瞬間、空気が悲鳴をあげ、平子の背後に電撃が迸った。弾ける音が恐怖をもたらし、口から声が漏れそうになる。それを噛み殺して逃げに徹する平子。
決して平子は強い訳ではない。確かに学生連中ならばまだいいが、相手は大人でしかも複数だ。あくまで平子の能力は不意打ちと先制攻撃があってこそアドバンテージを得られる能力であり、先制をとられた今、彼女に勝機は無かった。
そもそも何故追ってきているのかを考えつつも背後を警戒する。
ふと、頭の中に横切ったもの。通学鞄を見た平子はハッと思い出したように中身を漁り、先程拾ったガラスの靴を取り出した。
キラキラと太陽の光を反射し輝きを放つそれ。まさかと思い、平子はその靴を、振り返って思い切り投げた。放物線を描いて背後に飛んでいくガラスの靴。
すると黒ずくめの集団はそのガラスの靴に向かって走っていく。
まさかガラスの靴が原因だとは思っておらず、殆どヤケクソ気味だった平子もこれには驚いた。だが数秒後に好機と見てそのまま逃げ出した。
○
「もう大丈夫……だよね……ゼェ……ハァ……ハァ」
その後かなり走った平子は電柱に手をついて呼吸を整えていた。顔からは汗が吹き出していたのでそれをハンカチで拭いつつも後ろを確認する。もう黒ずくめの集団は追って来ていなかった。
一安心した平子は一息つくと同時にある一つの問題に気がつく。
ーーーーここ、何処?
とにかく黒ずくめの集団を撒く為に浸すら入り組んだ道を選んでいた為、平子は現在位置が分かっていなかった。
スマホがあれば現在地の確認はできるが、今は持ち合わせていない。
少しずつ青ざめる平子。だがそんな時、救いの声が掛けられた。
「平ちゃん?なんでここにいるの……?」
黒い髪をショートカットに切った、幼さの残る顔立ちの容姿小学生の少女ーーーー古都紡美が不思議に思って声をかけた。
平子は感動で泣きそうになりつつも紡美に事情を説明。勿論平子は何も知らないに何が起こったかも説明できていないので、かなりアバウトな説明だが。
実際、紡美にそのアバウトな説明を理解することは出来なかったらしい。アハハと苦笑を浮かべて目を逸らす友人に平子は別の意味で涙が出そうになった。
ただ、紡美は理解出来た内容の中で少し気になった点を平子に指摘した。
「平ちゃん、ここからどう頑張っても日直の登校時刻には間に合わないと思うんだよね」
紡美はそう言いながら固まった平子に腕時計を見せる。
確かに、日直の登校時刻は、残り3分を切ろうとしていた。
そして、紡美から15分はかかると言われた平子。救いの女神の話の内容は、平子にとっては絶望に満ちていた。
次の瞬間、平子の絶叫がけたたましく響いた。
○
「平野」
平子の苗字を冷たく呼んだのは担任教師の相川悟だ。彼の髪型は至って普通で、せいぜい先っぽがギザギザしているくらいしか特筆することは無い。
「ハイ」
平子はそれに殆ど棒読みで答えた。もう平子はヤケクソもいいところで完全にいじけていた。
「俺は遅刻の理由を書けと言ったはずだが?」
平子は日直の登校時刻に遅れた理由を書かされたのだが、どうやら相川はそれに不満があるらしい。
「書きました」
「何が黒ずくめの集団に襲われただ!話を捏造するんじゃない!」
「本当なんです!信じて下さいって訳ですよ!先生ぇ!」
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.239 )
- 日時: 2017/04/15 14:09
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: VXkkD50w)
「うう、酷いって訳だよ。私は嘘なんて付いてないのにぃ!」
平子は半泣き状態で友人こと鋼城緋奈子に語りかける。実際平子の話を半信半疑で聞いていた緋奈子はカバーの着いた小説(現代でも紙の本に需要はある)を読みつつも適当な返事を返した。
「そう言われても信じられないのもまた事実です」
平子にとっては裏切りともとれる言葉を口走った。緋奈子の本音はそんなことあるわけないだろうなのだが、緋奈子は友人の為にあえて伏せておく事にした。
だがそんな事は露知らず、友人からの不意打ちに平子は「ぐはぁ」と自分の机に倒れ込む。そしてそのまま沈んだ暗いオーラを放ち始める。
「……ブルータス、お前もか……」
そしてシェイクスピアのとあるセリフを吐く始末である。
「私、暗殺首謀してませんから」
だが緋奈子は素っ気なく返した。平子はこういう時には基本的に素っ気なくしても大丈夫だと5ヶ月程度の付き合いで既に把握しているからだ。
緋奈子ちゃん酷いよー。私の心は繊細なんだからー。棒読みで言われても説得力無いです。じゃあ心を込めればいいって訳かな?そういう訳じゃないです。などと話を続けていたら、2人の会話に水を差す学校のチャイムが鳴り響いた。
○
そして、放課後。
平子はとぼとぼと下校していた。
今日の遅刻のお陰で明日も日直をする事になってしまったのだ。タダでさえ早起きが得意でない平子は、明日も早起きをしなければならないかと、憂鬱な気持ちを抱えていた。
はぁ。と平子が深いため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げていくと言うが、それでも平子は溜め息をつかずにはいられないほど落ち込んでいた。
ドンッ。と不意に誰かとぶつかる平子。
一瞬ギクリとした。また朝なような展開が待ち受けているのかという想像しながら本日2度目の尻餅をつく平子。
「ああっ!ごめん!」
相手の方から謝罪が飛んでくる。そちらを平子が見ると、その生徒の鞄から文房具やらが飛び出して四散していた。
緑色のツインテールを下げた、黄色の瞳の若干幼い感じの遺る童顔。そして服装は平子の学校の制服だ。ただ、制服のラインの色が平子の制服のラインの青色とは違い、赤色だった。
待舞高校の制服は白を基調として赤・青・緑となっていて、それぞれの学年に色が決まっている。
今年は平子たち1年生が青色のため、緑色は3年生で赤色は2年生という事になる。つまり目の前の女子生徒は2年生という事だ。
「こちらこそごめんなさい!」
謝罪を返しつつも文房具を拾う手伝いをする平子。彼女の細長い手は広い範囲のものを拾うのに適しているらしくあっという間にひょいひょいと拾ってしまった。
スッと立ち上がり手を貸す平子。相手の女子生徒はその手を取って立ち上がる。
「ありがとう!君1年生かな?私は山瀬裁華(やませ/さいか)。貴女の名前はなんて言うの?」
「私は1年生って訳ですよ。私の名前は平野平子です」
ニコッと無邪気な笑みを浮かべる裁華。まるで無垢な子供みたいな笑い方だ。
「平野平子……すっごい名前だね!じゃあ私急いでるからまたね!平野ちゃん!」
裁華はそのまま走り去っていった。
それを見ていた平子は暫くの間その場に立ち止まっていた。
自分の感じた違和感の正体が分からないからだ。
平子は裁華に対して何かを感じていた。だがその正体が掴めない。平子はそれをなんと形容すればいいかすらも分からないのだ。
ただ、ひとつだけ分かることがある。裁華からはある臭いがした。
鉄なような、生臭い感じの、あの臭いが。一般人には掛け離れている、あの臭いが。
「……気のせい、だよね」
ポツリと零したその一言は、誰から反応される訳でもなく空気に溶けた。
○
少女は笑う。
無邪気な笑みを全面に出して。
少女は嗤う。
無邪気な笑みが孕んでいる狂気を隠して。
「平野平子ちゃんかぁ……」
山瀬裁華は、笑う。
「とッても良い声で鳴きそうな子!アハハハハハハッ!」
狂気を踊らせて、嗤う。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.240 )
- 日時: 2017/04/19 14:58
- 名前: siyaruden (ID: zKu0533M)
こんにちは、siyarudenです
ついに登場しましたねクレイジーリッパーガールが......
しかし彼女の能力だと念動磁場自体を切り裂けるのでは.....
単に其処までのレベルに達していないのか或いは油断して吹っ飛ばされたのか.....まぁ私の説明不足が原因ですけどねw
ちなみにプルミエルの口調ですが
どこか人の心を見透かすような老獪さも垣間見せる少年のような喋り方......もっと分かりやすく言うなら一人称が私の僕っ子みたいな感じです
キャラ分けする時の参考になればよろしいかと......
ではこれにて
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.241 )
- 日時: 2017/04/21 16:55
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: DMJX5uWW)
>>240
こんにちは。
彼女の能力は常に発動している訳ではありませんので、至近距離から放たれた不可視の念動磁場を察知して切り裂くことは不可能と判断しました。
キャラクターの口調についての説明ありがとうございます。今後の参考にさせて頂きます。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.242 )
- 日時: 2017/04/21 19:58
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
突然紛れ込む様で申し訳ありません。マルキ・ド・サドと申します。
タイトルがかなり面白そうだったので覗いてみたのですが読み始めていきなり身体が震えました。それと想像以上の展開に凄く興奮しました。
これからも連載頑張ってください!
あとこれは余計な事ですけど・・・・・・
波坂さんは小説を始めたばかりの私にとっては大先輩です。
申し訳ない頼み何ですがお時間がある時、私の小説も読みに来ては頂けないでしょうか?
つまらない長編ですが・・・・・・(笑)本当に申し訳ありません。
自分からは以上です。貴重なスペースを取ってしまい本当にすみませんでした。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.243 )
- 日時: 2017/04/24 23:06
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: SkZASf/Y)
>>242
こんばんは。
ありがとうございます。そう言って頂けると本当に有り難いです。
小説についてはリクエスト依頼板で紹介を受け付けておりました。現在は締め切っていますがいつの日かまた募集を再開するのでその時にそちらの方によろしくお願いします。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.244 )
- 日時: 2017/04/25 19:24
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: SkZASf/Y)
「……ハァ………ハァ……ッ…」
今朝、平子と衝突した少女こと高森雪菜(たかもり/ゆきな)は走っていた。
何故、その疑問は彼女を後ろから追いかけている黒づくめの集団を見れば解消されるだろう。
重複した靴の音が2重の意味で少しずつ雪菜を追い詰める。
彼女の脚は既に悲鳴を上げていた。何時間も走り続けられたのは最早逃げることしか出来ないという危機感と、捕まった後の事を考えた際に生じる恐怖がこの少女を奮い立たせていた。だがそれでも限界というものは存在するし当然いつまでも逃げ続けることができる理由などない。あるはずがないのだ。
細い路地へと曲がった所で、彼女は運悪く転倒してしまった。彼女は今朝靴を失ったこともあり、かなり足を痛めていた。そして急カーブしようとしたところで足に激痛が走りバランスを崩してしまったのだ。
すぐに立とうとする雪菜。しかし次の瞬間、引き裂かれるような激しい音がしたと思えば全身に痺れと激痛が這い回った。
「あぎがッ!」
能力によって生じた電撃をモロに浴びた彼女は、声かどうかすら怪しい悲鳴を上げる。彼女の意思とは関係なく体が跳ねて一瞬視界が点滅した。
雪菜は仰向けで倒れているために背後を振り返ることはできないが、背中に腕を回されて押さえつけられた事から自分が拘束された事に気がつく。
抵抗しようにも、彼女の体は電撃によって麻痺していた。意識がある辺り弱い電撃だったのだろうが、それでも体を動かすのに不自由する程度の威力はあったようだ。
カチャリ。という金属が嵌る音が文字通り背後からした。恐らく手錠でもかけられたのだろうと雪菜は推測する。
彼女の金色の髪を見てもわかるように彼女は能力者だ。当然ながら彼女は能力を持っているし使うことも出来る。腕が動作に必要という訳でもない。が、彼女にとっての不運はその能力が1度しか使えないようなものだった事だ。そしてそれは今朝、平子を囮にした際に使ってしまっている。
耳に男達の会話が入る。報告や運搬などの単語が飛び交っていることから、今から彼らは上司に報告し迎えを呼ぶようだ。だが、卑猥で下衆な言葉もまた同じように飛び交っていることに雪菜は気がつく。
「とりあえず、逃げないようにしておけ。それから2度と逃げ出さないように精神を嬲っておけ」
スマートフォンを胸ポケットにしまった恐らくリーダーであろう男の発言に、軽く青ざめる雪菜。勿論それでも体は動かせないし、手錠が外れてくれる訳でもない。能力がもう1度使えるわけでもない。
何故自分なんだ。何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。自分は普通の人間の生活を送れないのか。普通の生活を夢見ることはダメなのか。次々と疑問が湧いては消える。勿論それは無意味な思考である事は雪菜にも分かっている。
彼女は夢を見ていた。小さい頃、まだ雪菜が普通でいられた頃に読んだ絵本。そこではいじめられていた少女が魔法使いから助けられて、その後様々な事があって王子と結ばれていた。
そんな奇跡を信じて彼女は逃げ出した。魔法使いなんていない、目的地も無ければ踊る舞踏会も無い。けれどせめて自分を救ってくれる存在ーーーー王子くらいはいたっていいじゃないかと。
だがそれは夢に過ぎなかった。現実はどこまでも甘くて厳しい。夢を見せる甘さを持っているくせに、夢から叩き起す厳しさも持っているのだから。
転がされて青色のドレスを破かれる雪菜。ぐったりとした様子に中途半端に破かれたドレス。白い肌は少し汗ばんでいて妙に水気がある。崩された金髪と涙に濡れた青い瞳。それ故か、かなり扇情的な格好となっていた。
そんな姿にされた雪菜はもう恥辱と恐怖で精神がミキサーにかけられたようにぐちゃぐちゃになっていた。
そして無数の手が雪菜に絡みつく。
「いい度胸してんじゃねェかクズがァァァ!」
その声が、路地の延長線上から響き渡った。
○
その声が響くと同時に、セミの鳴き声のような音が一瞬だけ響いた。
どうやらその音は、声をあげた男性の手から立てられたようだった。男性の両手は青白い炎のようなものに包まれている。
「無力なガキを多人数で虐げるクズはなァーーーー」
その男性は体格がよかった。身長は190を超えるだろう。細身だが一切の貧弱さは感じさせない。銀髪が全身から放たれる怒気のせいからか少し逆立っているようにも見える。飴色のサングラスから覗く瞳はまるで親の仇を見るような目だった。
その男性ーーーー大見代久郎はかなりの俊足で距離を詰める。
「木っ端微塵決定だオラァ!」
その青白い炎のようなものに包まれた手を、黒スーツの男の腕へと振るった。
そしてその手が触れた瞬間、触れた部分が砂の山を崩すように粉微塵になり空気に溶けた。肘の辺りの無くなった肘から指先までがボテっと地面に転がり思い出したかのように出血する。
一瞬理解が追いつかなかったのだろう。なぜなら男からみれば『目の前で自分の腕が跡形もなく消えた』のだから。
「ひゃぁえぁぁあえあいえあぁぁぁぁぁ!?」
パニックに陥った男は血が溢れ出す右腕に左手を添えてただただ叫ぶ。
久郎は青白い炎の消えた左手でその男の顔面を鷲掴みし、容赦なく壁に叩きつけた。ゴギリと嫌な音がし血が溢れ出るが久郎は知った事かとその男性から手を離す。
「テメェら……なァーにしてんだコラァ」
質問に答える気は無い。そう言うかのように電撃の槍が久郎に向かって放たれる。
だが久郎は手を前に突き出してそれを正面から受けた。次の瞬間、電撃がまばらに飛び散り眩く光る。
だが久郎はなんのダメージも受けてなかった。そして突き出した手には青白い炎が宿っている。
「そのガキがなんかしたのか。なんかしたなら許してやれよ。そのガキがなんかされてんのか。だったら今すぐ止めろよ。そのガキがそこまでされる意味はあんのか。ねェならとっとと失せろ。弱い奴を虐げる奴は死ね」
「……交渉しよう」
「……ア?」
唐突に1人の男が久郎に取引を持ちかけた。一瞬何を言ってるんだこいつはと言いそうになった久郎だが、彼は無為な争いは好まないので一応聞くことにした。
「ここに数十万ある。これで手を引いてくれ」
男が取り出したのは、一万円の札束だ。とても軽く使ってはいけない額である。
雪菜は何が起こったか分からないでいた。ただ、今の言葉はハッキリと聞こえた。
彼女は知っている。金とは人間を狂わせる節があることを。その事を彼女はその身をもって体験していた。
だから、きっと助けようとしていた彼も立ち去るだろう。そう考えると同時に落胆していた。
だが、雪菜の目に映ったのは。
青白い炎に包まれた手で札束ごと男の手を粉微塵にした久郎の姿だった。
「もういいぞ霞夏。お前がやる必要は無い。下がってろ」
だが久郎の注意は前の男には向いておらず、何故か彼の背後に向けられていた。が、次の瞬間その場に幼い少女が現れた。ホワイトボードには『大丈夫なの?』と書かれている。
「大丈夫とか大丈夫じゃねェとかそういう問題じゃァねェんだ。……お前がやる価値すらねェってだけだ。だから、目ェ閉じてろ」
少女は頷くと固く目を瞑った。絶対に視界が開けないように。
そして久郎は、その青白い炎に包まれた手で次々と男達を始末していく。ただし、久郎は決して殺しはしていなかった。彼の頭の片隅には孤児院の院長である志穂乃の言葉が残っているからだ。
彼が全ての敵を始末した時、雪菜には彼にあるものを当てはめた。
ーーーー王子と。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.245 )
- 日時: 2017/05/04 13:35
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「オイ、立てるか」
鉄の臭いに囲まれながら久郎は雪菜に問いかける。少しだけ体の感覚が戻ってきた雪菜はなんとか首を横に振ることで、否定の意を示すことに成功した。
その意思を汲み取った久郎はしゃがみ込んで雪菜の腰に手を回して持ち上げる。そして雪菜を背負う。
「オイ、名前教えろ」
「……雪菜。高森雪菜」
「高森、テメェなんか行く宛でもあんのか」
「……はい」
「教えろ、そこまで連れてってやる」
「……なんで?」
雪菜の口から溢れたのは返答ではなく疑問だった。
そもそもがおかしい。と雪菜は思っている。
誰が何をされているかも理解していない上に、相手が誰かも理解していない。だがそんな赤の他人を救い、その後の行動も決して見返りを求めている訳では無い。
雪菜は久郎がなぜそんな行動をするかを不思議に思っている。何故、こんな事をするのかと。
「単純な話だ、俺ァ弱い奴が虐げられてるの見てると腹立つんだよ」
久郎の出した解答はとても安直なものだった。
雪菜の疑問はより1層深まる。何故それを見て怒りを蓄積させるのか。何故腹が立っただけであれほどの行動ができるのか。
時間は丁度午後6時を刻んでいた。
○
「オイ高森。テメーが言ってたはここであってんだな?」
あれから20分ほど歩いた所で久郎はスマートフォンに目を通しつつも雪菜に問いかける。そのスマートフォンに映し出されている情報は地図だ。
既に体の感覚が戻り破れた服を庇いつつ久郎の隣をあるく雪菜は「ここです」と言っている。
3人の目の前には巨大な建築物がそびえ立っていた。全体的に白い建材で造られていて、ガラスが多く使われており全体的に凹凸のない、まるで豆腐を幾つも重ねたような建物だ。その形状は校舎に似ているかもしれない。
「……研究所……か?」
久郎が横を見ると、看板に『私立能力学研究所』と記されている。
能力学、とは能力に関する学問を総称してそう呼ぶ。
能力の規則性や法則、創造力や能力の強度なども研究されているらしい。最近の能力学者達は念動磁場についての研究に熱が入っているらしい。
何のことかサッパリの霞夏と高校生時代に習った能力学の知識がなんとなく思い出せた久郎。能力学は高校からの選択科目の一つなので小学生や中学生は授業を受ける機会は無いのだ。
取り敢えずガラスが主体で構成されている自動ドアの前に立つ久郎。
だが自動ドアが開かない。センサーに手をかざしても反応しない。どうやら機器が働いていないようだ。
だが機器が働いていないとはロックも掛かっていない。久郎の怪力で自動ドアは簡単にこじ開けることが出来た。
自動ドアの向こうは通路となっていた。部屋がいくつかあるが皆揃って消灯している。
だが一つだけ灯りの灯った部屋があった。その部屋のドアノブを久郎が掴んで開けようとする。
が、ドアノブに手を伸ばした瞬間ドアノブが久郎の手から離れるように移動した。つまりは内側から誰かが開けたのだ。
「自動ドアが自動で開かない癖に手動ドアが勝手に開く。さて問題だ。これによって生じる不利益を上げてみてくれ」
ドアを開けたのは、顔色の悪い女性だった。
うねったり跳ねたりと散々な暗い青緑色の髪は1本に束ねられている。しかし束ねているものはリボンというか細い布というか、とにかくデザインを重視したものでは無かった。
焦げ茶色のデニムに黒い単調なベルト。青いワイシャツの上から白衣に袖を通している。首からはペンダントらしきものがぶら下がっている。
三白眼の目の明るい赤色の瞳は少しだけ愉悦の色に歪んでいる。大人びた雰囲気を纏っている。身長は久郎よりも頭一つ分程度低い。
「俺のストレスが増える事」
多少イライラした久郎は怒気を少なからず含ませた声で伝える。霞夏が少しビクビクとした様子を見せると久郎は自重して怒気を弱める。
「違うね。答えは私の労力が増えるだ。考えたまえ馬鹿」
「殺すぞテメェ」
サングラスから鋭い眼光を放つ久郎に怯えることもなく、その女性は1度鼻で笑うように息を吐き出して喋る。
「ハッ、君如きに殺されるほど私はヤワじゃないさ。『ラビック』の大見代久郎」
「……テメェ、『こっち』の人間か……」
「ああそうかもね。ついでに言うならそこにいる青い髪の少女は『ラビック』のもう1人の縫空霞夏という事も知っているし、そこにいる破れた青色ドレスを着た金髪の子は今日逃亡してくるはずだった高森雪菜だということもね」
ペラペラと喋る女性。だが久郎は内心でかなりの動揺をすると共に警戒を始めていた。
裏の人間という時点で能力者は警戒に値する。ましてや久郎や霞夏の情報すら知っていた。恐らく能力も知られているだろう。そのため久郎はいつでも能力を発動して女性の腕を分離する準備をしていた。
「おっと、私の腕を分離しようなんて考えるなよ?私の腕は世界に一つだけしかない部品なんだからな」
「……テメェ読心能力者か……」
「残念ながら違うね。私はただ、君が考えそうな事を君の思考パターンに合わせて考えただけさ」
ドアノブをパッと離し、踵を返して部屋に戻る女性。慌てて久郎がドアが閉まらないように支える。
「おいテメェ!状況説明くらい寄越しやがれコラァ!」
久郎の方を振り返って心底うんざりしたような呆れ顔を見せると、ため息を付きながら額に手を当てて面倒そうに女性は告げた。
「私の名前はテメェじゃない。義義理だ。義義理響(ぎぎり/ひびき)だ。覚えておけ」
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.246 )
- 日時: 2017/05/04 18:19
- 名前: 三毛猫 (ID: v2BiiJyf)
どうも、三毛猫です。
義義理……?どこかで聞いたようなお名前ですねぇ……。相変わらず読者を飽きさせない面白さ。感服いたします。
更新をいつも心待ちにしています。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.247 )
- 日時: 2017/05/14 18:29
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
>>246
三毛猫さん。
感想ありがとうございます。
そうですね……名前につきましては後々掘り下げていく予定です。何話後になるかはわかりませんが。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.248 )
- 日時: 2017/05/14 18:29
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
響の「まあ座りたまえよ君達」という言葉に甘えて適当な椅子に座る3人。その椅子は細いパイプの4足の椅子で青色のラバー性のカバーでクッションが覆われている、所謂『理科室の椅子』だった。
6つほどある机はどれも黒くそのうち4つ程はフラスコや試験官などの実験器具が所狭しと並べられている。薬品やホッチキスで纏められた紙束なども投げ出されたかのように、多数の瓶に被さっている。
3人と対面するように座った響は口を隠してあくびをして眠たそうな表情を見せる。
「あー、なんだ。すまないね。先程まで資料を纏める退屈な作業をしていて疲れているんだ」
「オイ義義理、テメェの目的はなんだ。どうして此処にはテメェしかいねェんだ。何故俺達の事を知っている」
「質問が多いんじゃないか。まあいいさ。それくらいなら答えてやろう。一つ目の問いに対しては『興味があった』。二つ目の問いに対しては『質問そのものが間違っている』。三つ目の問いに対しては『能力学の研究者だから』と返そう」
「……興味があっただァ?」
「なーに、単純な話さ。『リモデルチルドレン』の完成体がどんなものか見たかっただけ、さ」
3人の顔が、驚愕の色に染まる。
久郎はリモデルチルドレンという単語について。
霞夏はリモデルチルドレンに完成体がいると言う事について。
そして雪菜はーーーー自分の正体を知られている点について。
「驚いたのさ。リモデルチルドレンを製造し続けている組織が、ついに一般の能力者となんら変わらないリモデルチルドレンを作り出したという事をね。だから興味が湧いた。興味が湧いたから実際に見てみたかった。だから逃走補助をしたし、此処に逃げ場を用意した。……最も、君が彼女を救っていなければ今頃は失敗に終わっていただろうがね」
「待ちやがれ!リモデルチルドレンは普通の能力者となんら変わらねぇ存在だろ!それの完成体ってなんなんだよ!」
「落ち着け大見代久郎。君が相方を気遣ってそれを認めたくないのは分かるがリモデルチルドレンは普通の能力者とは決定的なまでに掛け離れているんだ。能力は歪つで寿命も短い。必ずどこかに障害が発生する上に成長期がやたらと早かったりする。キミの連れている縫空霞夏だってそうだろう?君の相方は喉に障害を負っているだろう?10歳にしては体が成長し過ぎている。しかも能力が暴走することもあるだろう?ほらこれのどこが普通なんだい?立派な異形じゃないかーーーー」
そう、響が言い切ろうとした瞬間。
久郎の右手に青色の炎が宿り、握られた右拳が一直線を描いて響の顔面に迫った。
咄嗟に体を後ろ向きに倒し、椅子から転がるようにして背中から床に倒れる響。髪の毛が数本ほど分離されて虚空に消える。
響が何か言おうとするのも束の間、今度は左手が響に迫る。無論、それは青色の炎を帯びている。
椅子を久郎の顔面の方向に器用に蹴飛ばす響。咄嗟に出していた左手で椅子を薙ぎ払う久郎。椅子の触れた部分のみが削られる。
その間にそっと久郎の腹部に触れた響はすぐさま手を離して久郎から距離を置く。
「それ以上」
久郎のサングラスの内側から、先程とは比べ物にならない程の鋭く冷たくまた怒りの熱を帯びた眼光が響に向けられる。
「それ以上霞夏を『異形』扱いするんじゃねェ」
決して大きい声量ではない。しかし何故かのしかかるような重みのある声音。
だが響はそんなもので怯みはしなかった。鼻で笑うように息を吐く。
「ハッ、落ち着きたまえよ。君が暴れたところで相方が普通になる訳じゃないんだ。無駄な事はよしたまえ。なによりもその両手に点る凶器を仕舞うんだ。さもなくばこちらも凶器を出さざるを得ないからね」
「発言を撤回するなら仕舞ってやる」
「嫌だね」
「なら木っ端微塵決定だァ!」
久郎が脚に力を入れて走り出そうとした瞬間、響が握っていた右手の人差し指だけをピンと立てる。
すると次の瞬間、久郎の頭の上に矢印の赤いマークが浮かび上がったと思えば、久郎の体が天井に向かって高速で移動し、激突した。
その右手を右斜め下に響が振る。すると矢印が右斜め下を向き、その方向に向かって久郎の体が再び飛ぶ。机の上に激突し空気を吐き出す。
「さて問題だ大見代久郎。私は今2回君の体を動かした。私の能力、[矢印を操る能力]は1時間以内に触れた90kg以下の物体を自由な方向に3回動かすことができる。では何故最後の1回をしないか分かるかい?」
「……知らねェよクソが……」
「少しは考える意欲を見せたまえよ……答えは君との平和的解決を望んでいるからだ。君は一応高森雪菜を救いここまで連れていた恩人といえば恩人だからね」
「恩人の頼みくらい……聞けよ……」
「悪いが私は事実が否定されることが許せない性分でね。そういう事はしたくないんだ。例えそれが恩人の頼みであろうとね」
「……チッ……分かった……だから霞夏、もういいんだ」
久郎がそう言うと響の近くから霞夏が姿を表した。いままで透明になって響に近付いていたらしい。
その事に気がついた響は口笛を吹いて「わぁお危ない危ない。あのまま攻撃を続けていたらこちらが死んでいたかもね」などと軽い調子で独り言を言っている。
「さて、話を戻そう。高森雪菜はリモデルチルドレンの代償が一切無い……つまり寿命もあるし障害もない。能力の暴走も無ければ成長も人並みだ」
「……だから私にメッセージを……」
雪菜は覚えている。
暗い部屋の中。その中で檻に入れられて捕まえられていた日々。周囲とは違う生活を強いられた日々の中、突如としてある日来たメッセージ。
それが、まさか雪菜が捕えられていた原因が理由で送られてきたものとはなんとも皮肉な事だ。
「さて、二つ目の質問について詳しく説明してやる。此処には私の他にもう1人私の助手がいるのさ。まあ今は帰宅しているだろうけどね。三つ目の質問についてだが、私は能力学の研究者でね。日々能力について研究しているーーーーと言えば少し違うな。能力について研究したのもを紙にまとめる日々を過ごしている。その課程で、国から送られてきた資料のサンプルに君たちの名前があった、ただそれだけさ」
○
『雪菜さん、大丈夫かなぁ?』
ホワイトボードに書かれたその文字に久郎は「大丈夫だろ。多分な」と適当に返す。
久郎は義義理響という人間がイマイチ掴めなかった。ただ、少なくとも胸糞悪い悪人でないという事は分かる。無論それも勘でしかないのだが。
「そいつはとにかくだ、今日の夕飯はなんかリクエストあるか?」
次の瞬間、霞夏は急いでホワイトボードに「カレー」と大きな文字で書いて両手で掲げる。
その歳相応の無邪気さに半分笑いつつも久郎は下げるように手を振った
○
「すまないね。今服はそれしかないんだ」
流石に無惨に破かれたドレスで過ごすさせる訳にもいかないので服を探す響。だが見つかるのは白衣だったりスーツだったりと完全に年頃の女子が着るものでは無い。
「大丈夫ですよ。もう慣れてますから。むしろまだ有り難いほうです」
「…………そうか」
その言葉は、決して子供が喋る言葉ではないのだ。そんな言葉を、言わせる世界であってはならないはずなのだ。
「……なぁ、雪菜君。少し、私の独り言に付き合ってくれないか」
「ん?どうぞ?」
わからないと言った様子で首を傾げつつも許可する雪菜。響は、少しだけ息を吐き出して喋り始めた。
「私にはね、ある大切な人間がいたんだ。私よりも歳下さ。……でもなまじ価値のあり過ぎる能力を早い内から発現してしまってね……ある日、私の目の前で連れて行かれたんだ。その日私は何をしたと思う?」
何も言えずに沈黙が続く。雪菜はそもそも何の話をしているかすら分からずにキョトンとしているだけだ。
「沈黙していたんだ。ただ黙って、それを無表情で見過ごすことしか出来なかったんだ。必死に助けを求める……妹を……見捨てることしかできなかったんだ」
少しだけ、何かを感じ取ってしまった雪菜。無論それが良いことではない事だと知っているためにいい気分にはなれない。
「親の圧力を後ろに、私は何も出来なかったんだ。ただひたすらに、悲鳴をあげて助けて、助けて……そう言って……お姉ちゃん、お姉ちゃんって……私を呼ぶ妹に……背を向けることしか出来なかったんだ」
「だからだ、本当は君の逃走を補助した理由の1部には君と妹を重ねたということもあったかもしれない。いいやあった。君を救うことで、あの日の事を少しは忘れられるかとね。……どうだい?私は最低だろう?」
雪菜は、頷くことも、否定することも出来ず、ただ沈黙するだけだった。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.249 )
- 日時: 2017/10/04 20:16
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「終わったよぉー緋奈子ちゃぁーん」
「ひぇっ!」
次の日、平子は修理された自転車で登校し無事に日直の義務を果たすことに成功した。具体的には、朝の教室の机の配置のチェックや時間割の変更などの連絡などである。
そしてそれらを終えた平子は教室で立っていた緋奈子に背後から抱き着く。一瞬ビクッと反応した緋奈子だが、どうやら背後から急に抱き着かれた事に驚いただけで、それを行ったのが平子だと気が付くと、落ち着いて平子の手を解いた。
「もう……急に抱き着くのは止めてく下さいって……ビックリするじゃないですか……」
「えへへ。ごめんごめん。ビックリする緋奈子ちゃんが可愛いからついやっちゃったってわけだよ」
「もう……そうやって丸め込もうとして……」
軽く怒る緋奈子も本気で起こっている訳では無い。それを分かって平子も冗談げに返しつつ舌をチロッと出して楽しげに笑う。そんな友人に、それ以上注意する気になれなかった緋奈子は少し呆れたような表情を浮かべた。
「すみません。そこ、いいですか」
突如として背後からかけられた抑揚の無い超えに今度は平子が軽く驚いた。振り返るとそこには瓜二つの顔。それを見て平子は軽く鏡を見ているような錯覚に陥った。
彼女の名前は平雨平瀬(ひらさ/ひらせ)。ついこの前転校してきたばかりの女子生徒だ。どうやら紡美は彼女を知っているようだが、紡美からは何を訊いても曖昧な返答をされるだけなので、彼女についての情報を平子は一切持っていなかった。強いて挙げるとすれば、平子とかなり外見が似ている事だ。姉妹や双子と言うと一瞬で信じられるレベルである。
「あ、ごめんね」
どうやら平瀬は自分の席に座りたいだけのようだ。平子が偶然平瀬の席辺りに立っていたので話しかけただけらしい。
平子がその場から数歩移動すると、平瀬はペコリと頭を下げて無言で着席した。
その平瀬の顔をじっと見つめる平子。見れば見るほど自分に似ていることが分かる。外見の違いはせいぜい髪の長さが微妙に違ったり、ヘアピンの数が違っているだけだ。恐らく話しかければ声の抑揚や表情などで判別できるだろうが、遠目に見れば見間違えられる事間違いなしである。
「ねぇ平雨ちゃん」
今までなんとなく絡み辛かった平子はこれを機に接触を試る。平瀬は基本的に誰にでも避けられるような雰囲気を放っていて、今まで友人らしき人物がいるのを見たことは無い。無論、真面目で大人しいので決して嫌われている訳では無いのだが。
「どうかしましたか?」
「平雨ちゃんってどこの高校から転入してきたの?」
「……私は限条高校の生徒でした」
なんとなく感じた歯切れの悪さと少しおかしな言い回しに違和感を感じつつも「ふーん」と返して別の話題で話を続けようとする平子。
「限条高校!?」
だがそれは緋奈子の大声によって遮られた。本人も思わず出してしまった声なのか、口を押さえて少し恥ずかしそうにしている。
「緋奈子ちゃんどうしたの? 叫びたい思いに駆られたの? そんなに時雨さんが恋しいって訳なの?」
「違いますからね!? 大体時雨さんは関係無いでしょう!?」
「アハハ。冗談冗談。緋奈子ちゃんって時雨さんの話題になると急に焦り出すって訳だよねー」
顔を少しだけ朱に染めつつも緋奈子は深呼吸をして話題を元に戻す。こういう時の平子に何を言っても冗談げに返されることは知っているからだ。
「限条高校って……あの最難関とも呼ばれる名門校の事……ですよね?」
限条高校。中央エリアで最難関と呼ばれる程の超エリート校だ。積極的なスカウトによって優秀な生徒を集め、多くのプロフェッショナルやアスリート、単発依頼募集能力者、政治家や科学者などを輩出している。
入学するにはスカウトされるまたは超難関の一般試験を受験する必要がある。試験内容は面接、筆記で分かれている。そしてその試験の合格率は毎年1割ほどだ。また合格した後も自主退学する生徒が片手では数えられないほど出るので、卒業率は7割ほどである。
「世間ではそう呼ばれているようですね」
平瀬は肯定も否定もせずにただ他人事のように呟いた。
「へー」と感嘆の声を漏らす平子。これは限条高校の存在を知らない平子だからこその反応であり、知っている人間からすればこんな反応は中々できないだろう。
「……なんでそんな人がここに?」
「……ごめんなさい。私はそれを話すことができません。言うなれば、私の事情というものです」
「あっ、ごめんなさい!」
「……大丈夫です」
その後も緋奈子と平瀬の間には気まずい雰囲気が流れ、平子も楽しくお喋りという気分にはなれず、結局ホームルームが始まるまで3人は無言だった。
○
4限目が終わった頃。
平子はいつものように緋奈子と弁当を食べる前にトイレへと行っていた。トイレから出てきた平子はハンカチをスカートのポケットにしまいつつ教室へと戻ろうとしていた。
「ねぇ、平野ちゃん、だよね?」
だが後ろから聞こえた、若干聞き覚えのある声に平子は振り返った。
廊下に立っていたのは小柄な女子生徒だった。緑色の腰辺りまで伸ばされたツインテールと琥珀色の瞳にはなんとなく見覚えがあった。そして白いブレザーに入っている刺繍の色は赤。つまり2年生という事だ。
「えーっと……山瀬先輩……でしたっけ?」
そう、声を掛けたのは以前平子と道端で出会った山瀬裁華だった。
平子が名前を呼ぶとパァっと笑顔を満面の笑みを咲かせる裁華。溢れそうなほどに幸せそうな顔である。
「そう! 山瀬裁華だよ!覚えててくれて嬉しいな!」
にこやかな笑みを浮かべる裁華。平子も微笑みを浮かべようとする。
が、何故か平子は口元が引き攣ってしまう。どうも以前感じた違和感が拭えないのだ。何故かこの人物といると、寒気を感じてしまう。
「それで……どうかしましたか?」
「まず、私の事は下の名前で呼んで! 私も平子ちゃんって呼ぶから!」
「分かりました。山……裁華先輩」
「えへへ……嬉しいなぁ……」
口元を綻ばせる裁華を見てやっぱり勘違いかと思う平子。少なくとも、今の裁華には何処にも異常はない。平子はそう感じていた。
「それでね、平子ちゃ」
「平野さん、すみませんが先生が呼んでいます」
裁華の言葉が、誰かの声に掻き消された。
そう、平瀬だ。どうやら平子を呼んでいるらしい。
「うん! すぐに行くねー! あ……それじゃ私行きますね」
「ちょっと待っ……」
裁華が呼び止める前に、平子は駆け足で離れて行ってしまった。
「あのさ、貴女の名前は?」
裁華は、平子に向けたようなにこやかな笑みを浮かべて平瀬に尋ねる。
「私は平雨平瀬ですけど、貴女はどちら様でしょうか」
「私は山瀬裁華って言うの……ちょっと、いいかなぁ?」
この時、平瀬は何かを感じた。
裁華の笑みの下に隠れる、どす黒い何かを。
○
屋上には誰もいなかった。そもそも松舞高校の屋上は、ソーラーパネルが敷き詰められているので生徒が自由に活動できる場は少なく、せいぜい数人で話したりするのが限界であるために、昼休みに人気のスポットではないのだ。なので誰もいないのはいつもの事である。
それを確認した裁華は、一緒に連れてきた平瀬を下り階段のある小屋の壁に力づくで押し付けた。急にかけられた圧力に成す術もない平瀬はされるがままに押し付けられる。
「ねぇ、なんであの時邪魔したの?」
裁華はそれを『笑顔』で問う。
比喩表現ではない、殺してきそうな『笑顔』で。
それを相変わらずの無表情で見つめる平瀬は、感情が欠落してしまっているかのようだ。恐ろしい表情を向けられてもなお、平瀬の目は怯えもしない。ただ、いつも通りの視線を向けるだけだ。
「私は邪魔などしては」
「言い訳しないでよ」
ヒュン。と風を切るような音がした。
平瀬の頬に、浅い赤色の線が走った。その端から血液が僅かに零れる。
ほんの僅かだが、平瀬が痛覚で表情を歪める。その表情を見た裁華は先程とは別の歪んだ『笑顔』を浮かべる。
「貴女もそんな顔するんだね……貴女見れば見るほど平子ちゃんにそっくり……ちょっと鳴かせたくなってきちゃった……アハ」
次の瞬間、平瀬が咄嗟に壁に体を擦り付けるようにして横にスライドしながら身を倒した。運良く制服は壁に引っかかったりせずに綺麗に倒れる。
再び、風を切る音。
平瀬が立っていた壁が、丁度平瀬が立っていた時の腹部辺りの場所に、薄らと細い切れ込みが出来ていた。あのまま平瀬が立っていたら、腹部を切りつけられていて大惨事となっていただろう。
「これが私の能力。[斬撃を操る能力]だよ。この能力は切れ味が良くてね、そこら辺の包丁よりもよく切れるよ……こんな風に、ね」
裁華が指さしているのは、先程の切れ目だ。どうやら壁の向こうまで綺麗に切れているようだ。
平瀬が起き上がり、裁華に向けて右腕で掌打を繰り出す。それを手の平で裁華が受け止める。そして再び歪んだ『笑顔』を浮かべた。
平瀬は表情こそ無いが内心では焦っていた。目の前の人間は、かなり危険だと。頭の中で警報機が鳴り響いていた。
「貴女は普通の人じゃないみたい……アハッ! 揃いも揃って面白そうな人達!」
何故複数形にしたのか平瀬は理解出来ていた。恐らく、裁華は何らかの理由で平瀬を傷つけた後、平子にまで危害を加えるつもりだろう。何としてでも、それは防がねばならなかった。何故なら平野平子の護衛こそが、今朝緋奈子が平瀬に問うた『此処に居る理由』なのだから。
「貴女を平野さんに近付かせる訳にはいかないということが、判明しました」
平瀬が1度裁華から離れる。再び斬撃を放とうとする裁華。
しかし、その時偶然にも学校のチャイムが鳴り響いた。
「戻らなきゃね……だって……貴女も私も表向きは普通の生徒でしょう? 怪しまれるような行為はさけなくちゃ……きひひッ」
狂気に満ちた笑みを浮かべながらそう言った裁華は、ある一言を置いて立ち去る。
「これ以上、平子ちゃんとの仲に入ってくるなら……」
お人形さんみたいにバラバラにしちゃうよ?
裁華が立ち去った後、平瀬は頬の傷を押さえて保健室へと向かった。傷のついた嘘の理由を考えながら。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.250 )
- 日時: 2017/06/10 19:18
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: eso4ou16)
放課後となったが平子はすぐに帰宅はしなかった。と、言うよりはできなかった。理由は今現在彼女が書いている学級日誌を見れば分かるだろう(因みに今現在でも紙の需要はある。課題などの家庭学習以外では、基本的に紙のノートや紙の教科書を扱う方針の高校もあり、待舞高校はその一つである)
「すみません。平野さん」
「ん? どうしたの?」
そんな平子に声を掛けたのは平瀬だ。平子が振り向くと平瀬はゆっくりと顔を近付けた。一瞬変な事を考えているのかと疑った平子だが、予想に反してその口は耳元に向かう。そして、耳元でそっと、平子にだけ聞こえるような声量でいった。
「山瀬裁華は、危険です」
平瀬としても、なりふり構っていられる状況ではなかった。裁華は放っておけば平子に危害を加えるにちがいない。下手すれば平子を殺害してしまう。平瀬はそんな予測を持ってしまった。
多少は違和感を持たれようとも、優先すべきは自分の正体より平子の命なのだ。彼女はその決意を持って平子に警告をした。最も、まだ不確定要素が大きすぎるために、危険、としか言えないのだが。
「平瀬、個人面談の時間だ」
平子が問い質そうとするが、担任教師の相川が平瀬を呼ぶ。平瀬は平子に礼をして相川に付いて行ってしまった。
あの裁華から感じた謎の違和感と血の匂いを思い出し寒気を感じつつ、平子は再び学級日誌に手をつける。が、集中できてないのは明白だった。
一方で、教室から出た平瀬と相川は個人面談室と呼ばれる、片側だけで3人ほど座れる程度の長机が一つである置かれているだけの小さな教室に来ていた。
「そこに座ってくれ」
指定された席に座る平瀬。相川と平瀬がちょうど真正面から向かい合う構図となる。
「平瀬、これからの質問は正直に答えてくれ。俺ならお前の力になれるかもしれないし、逆にお前は俺の力になれるかもしれないんだ」
「相川先生……?」
唐突に掛けられた意味の分からない言動にクエスチョンマークを浮かべる平瀬。だが次の相川の発言により目を見開く事になる。
「お前は、織宮元首の助手だな?」
平瀬は黙って、右手と左手の準備体操を始めた。
○
あの後なんとか学級日誌の必須項目を全て埋めた平子は、職員室にある相川の机に学級日誌を置いて靴箱へと向かった。結局あの後平瀬は戻ってこなかった。だから頭の中で充満するモヤモヤを消せずにいる。
平瀬が言った言葉が本当であるとは決して断定できない。しかし、平子は彼女の言葉を否定する材料は持っておらず、むしろほんの僅かの肯定の材料しか持っていなかった。
平子からすれば、平瀬も裁華もあまりに不透明で、謎に包まれていてどちらを信じれば良いか、そしてそもそもどちらも信じて良いのかすらも分からない。正体の見えない幽霊を相手にしているかのようだ。
誰かに相談するのも一つの手であると考えた平子だが、必要以上にこういった問題に他人を巻き込むのは彼女の望む所ではない。
どうしようもない問題だと割り切ろうとした平子だが、そんなに簡単に割り切れるはずも無くため息を零す。
「平子ちゃん?」
突如として、気配も全く感じなかった背後からかけられた声に、背筋を思わず無意識に伸ばす平子。そのまま油を差していない機械のように首を回す。
背後にいたのは裁華だ。平子の驚いて口が塞がっていない表情に疑問を浮かべているのが窺える。
「ど、どうしました?」
視線を泳がせながらもなんとか質問する平子。動揺を悟られまいと必死だが、当然最初の反応で裁華には見抜かれている。が、微笑みで塗り潰された表情からその事に平子は気が付くことが出来なかった。
「待ってたんだー。昼休みは邪魔が入っちゃってゆっくり話せなかったし」
「あ、ああ……そうなんですか……」
「うん、そうなの」
「……でも私、もう帰るって訳ですよ」
「大丈夫だよ。私はお話する為じゃなくて誘いに来ただけだから」
「誘い?」
いまいち意図の掴めない平子。無意識のうちに視線が訝しみの感情を帯びる。そもそも目の前の人は何が目的なんだと、平子の思考がエスカレートしていく。だが裁華は全く気にせずに話を進める。
「今度の土曜日空いてるかな? 平子ちゃんと遊びに行きたいな!」
思わず拍子抜けした平子。平瀬から言われた意味深なセリフと、よく分からない裁華のせいで変に考え込んでしまった自分が途端に恥ずかしくなってくる。そう言わんばかりに平子の顔が少しだけ赤くなった。
「た、多分空いてます」
帰宅部に所属している平子の土曜日は基本的にフリーだ。いつも何かしらの予定が入っているのでまるっきり暇という訳では無いが。
「やった! じゃあ次の土曜の11時頃に平子ちゃんの家に行くから待っててね!」
それだけ伝えると、裁華は平子に背中を向けて玄関から出ていってしまった。呼び止めようとしたが、曲がり角で視界から居なくなってしまった。
(私の家の位置知らない……よね?)
なら聞くはずだろう。それなのに彼女は平子から居住地区すら聞き出さなかった。
意外とドジなのかなとかなり失礼な感想を抱いた平子は、どうしようもないと切り捨てて駐輪場へと向かった。
2人の意識外から2人の会話を聞いていた存在の事などーーーー平雨平瀬が、ひっそりと会話を聞いていたことなど、露知らずに。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.251 )
- 日時: 2017/06/25 14:23
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「えへへへへ……」
その部屋は至って普通の部屋だった。壁は白く、賞状やポスター、カレンダーや時計など壁に飾るには至って普通のものが飾られているだけの壁。
壁以外も至って正常な部屋だった。少し散らかり気味だが、足の踏み場がないとかそういうレベルでなく、少しスペースが圧迫される程度であり、致命的なまでに散らかっている訳では無い。床は茶色の木材に黄緑色のカーペットが敷かれていて、その上には小さな丸いテーブルがあり、カーペットが途切れた部屋の隅には学習机が置いてある。
そんな至って普通の部屋の中で、山瀬裁華は1人で笑っていた。
零れる笑顔は幸せの色を示していた。ベッドの上で何回か転がったりと落ち着かない雰囲気で、余程嬉しいのだろう。
「土曜日は~平子ちゃんとデート~」
声も喜々としたものが含まれている。裁華は平子との約束ができたことがとても嬉しかった。
「何を着ようかな? どこに行こうかな? 何をしようかな? しっかり用意しなくちゃ!」
その姿は初めての彼氏と初めてのデートに行く女性のようにも見えた。
そして彼女は持っていたスマートフォンを手放して、自分の服を取りに別の部屋に行った。
スマートフォンの電源は入れっぱなしだった。その画面に映るのは、1枚の画像。
それには、血みどろで倒れる青髪の、制服に身を包んだ女子の姿が写っていた。とても現実味のない写真だが、加工や編集では出せないようなリアリティがある為にフィクションの画像とは思えない。
表情こそ見えないが、壮絶な表情をしているに違いない。そう思えるほどの惨状が映し出されていた。
「……平子ちゃんは私を好きになってくれるかな……?」
鏡に映る自分を見ながら、裁華は独り言を呟く。
「それとも……他のお人形さんみたいに壊しちゃおうかな?」
彼女の口元は、笑っていた。
○
平子のクラス担任こと相川悟は車で夜道を走っていた。車内にはJ-POPの曲が流れており、ライトは一つしか付けられておらずそこそこ暗い。ハンドルはしっかりと両手で握られていて、心配性の相川の性格が見て取れた。
だが、そんな相川でもハンドルから片手を話す時はある。そう、電話だ。どうやら携帯電話に着信が入ったらしく、車内に着信音が響く。バイブレーションしながらけたたましい音を出すそれを手に取って通話に応じた相川。
「少し待ってくれ」
そう電話の向こう側の人物に言うと、ちょうど通りかかったスーパーマーケットの駐車場に車体を停める。しっかりと停まったことを確認すると漸く相川は電話を再開した。
「悪いな。で、用件はなんだ? 平瀬?」
『少々、『相川先生』……いや、『相川さん』に相談したいことがありまして』
「……なるほど。教師としての俺でなく、個人としての俺に、か」
『はい』
この言い回しをされるということは、大体用件は良くない方だろう。そう心に留めて相川は平瀬からの相談内容ーーーー平瀬と裁華の昼休みのやりとり、そして平子が裁華に誘われていた。などについてーーーーを聞いた。
内容は、正直言って信頼性のあるものではなかった。少なくとも、平瀬に確信と根拠はあっても、決定的な証拠と呼べるものが何一つない話。
だが、相川悟は心配性だ。その一つ一つを気に留めたり深く考え気を病んだりはしないものの、多くの物事に対して心配を抱いてしまう。そして相川は出来ることなら心配を潰そうとする。例えば、交通事故に遭うかもしれないという心配を、両手でハンドルを握り、ずっと前とミラーを見て運転し、擬似エンジン音(電気自動車ではエンジン音がしないために、安全のため自動車に備わっている機能)をキッチリと出したり。そして電話をする際にはどこかの駐車場に車体を停めるなど、心配を潰すために出来ることなら何でもやるタイプの人間だ。
そして彼は、放置していれば自分の生徒が傷付くかもしれない、という『心配』を抱いてしまった。そして相川は心配を潰すためなら出来ることなら何でもする。
この時の相川に、『動かない』という選択肢は無かった。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.252 )
- 日時: 2017/08/18 18:26
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
平子はドライヤーで髪を乾かしながら考え事をしていた。暖かい風が髪越しに皮膚にぶつかり確かな熱を伝えてくる。
考え事、とは勿論のこと裁華の事だ。彼女は平子の家に来ると言ったが、平子は彼女に家の位置どころか住所すら教えた覚えはない。しかも平子の家の表は護衛術教室となっているため、生活スペースを訪ねるには、玄関と化している裏口から入らなければならない。これもまた、彼女は知らない。
つまり、彼女は平子に会うことができず、当然デートなんてできる訳もないのだ。せっかちな人なのかなと自己完結した平子は、ドライヤーのスイッチをOFFに切り替えた。
○
次の日、インターホンが鳴らされた為に平子は玄関に駆け付け扉を開いた。
「平子ちゃんおはよー!」
「……夢かな」
平子は目を擦りながらドアを閉めてもう一眠りしようかと自分の部屋へと戻ろうと踵を返した。
が、それを留めるかのようにノックが3回、ドアの向こうから聞こえた。それに意識が起こされようやく状況を理解した平子は急いでドアを開けた。
「さささささ裁華先輩ぃぃぃぃ!? なぜここに!?」
「えー、この前言ったじゃん。平子ちゃんの家に行くよーって」
「でも教えてませんでしたし……」
「まあそこら辺は愛の力だよ愛の力」
「愛の力って……」
怪訝な表情を向ける平子だが、文字通り満面の笑みを咲かせている裁華の表情を見ながら疑う気にはなれなかった。
「とりあえず今日の行く予定は大体決めてあるけど、平子ちゃんはそれで大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと用意してくるので、待っててください」
呆れからか、少し目眩のようなものを感じながら平子は自分の部屋へと戻った。
○
「で、今日はどこに行くんですか?」
平子はバスの中で隣に座る裁華にそう訪ねた。先ほどとは違い、白いキャミソールと浅葱色のワンピースを組み合わせた、所謂キャミワンピースという服装をしている。足には脹脛に届かない程度の白い靴下に比較的動きやすい靴を履いている。以前、硬い靴を出かける時に使い足が痛くなった事から平子はこういった足で移動する用事の際には歩きやすい靴で行くことを心がけていた。
「チケットが取れたから映画を観る予定だよー」
そう言って、裁華が平子に見せるようにして取り出したチケット。それを見た平子が、思わず顔をギョッとした表情に歪めた。
なぜなら、それは赤や黒などの色がプリントされて明らかに明るい話ではない……というか、一時期有名となったホラー映画の続編だったからだ。平子は一応これの前編を知っているのが、家で観て2日間ほど眠れなくなったことは今でも覚えている。
「これ……観るんですか……」
「そうだよー。この作品の前作は登場人物の心の動きがとっても不安定で面白かったから続きが気になってて」
「私も観たんですけど……」
「平子ちゃんも知ってて良かった~! 知らなかったら困るもんね!」
花が満開になったかのような大きな笑顔に押され、平子はこれを視聴することを拒む選択をすることは出来なかった。
ため息を堪えて平子は車窓から外を見る。景色が流れていく速度は、ゆっくり見るには早すぎて、目で追う気にもなれなかった。
- 感想。参照一万突破おめでとうございます!! ( No.253 )
- 日時: 2017/10/04 20:10
- 名前: 羅知 (ID: dn48wW/9)
ご無沙汰です、羅知です。今まで気になってはいたのですが、見ることが出来ていなかったので、この機会に読むことが出来て本当に良かったなぁ、と思える作品でした。というか、読む、といってから随分と時間がかかってしまいすいません(笑)この土日で一気に読ませて頂きました。
まず初めに。本当に今まで読んでなかった自分を殴りたいです。どうしてこんなに面白い作品を読んでいなかったのだろうと後悔しました。特に七章。他の章の数倍ものページ量で目次を見たときに「うわ…」と若干辟易してしまいましたが、読み終わった後の感動もそれに比例して、とても盛大でした。私、泣きそうになっちゃいそうでしたよ?エピローグで(笑)
前半、少し読みにくいと感じる部分もありましたが、途中からの(どの章からだったかは覚えていませんが……三、四章?)三人称視点で綴られていく、魅力的な文章に私はどんどん引きずり込まれていきました。沼。沼ですね。超殴沼。
心理描写、情景描写、共にとてもこと細かで読んでる人間にまるで、その場にいるかのように錯覚させるプロの作家に負けず劣らずの素晴らしい文章でした。私はそういった文を書くことが苦手なので、とても尊敬します。
次点。章ごとに次々に出てくる個性豊かなキャラクター。それも超殴の大きな魅力の内の一つだなと私は思いました。リク板でキャラ募集をされていましたが、あれだけ多くの、それも一癖も二癖もある(こう言ってしまうとキャラ作成者様に失礼かもしれませんが…褒め言葉です)キャラクター達を書き分ける能力……それこそ波坂さんが能力者なんじゃないのかな?って思ってしまうくらいでした(笑)
主要キャラもそうですが、サブキャラクター達の一人一人が生き生きとしているように感じました。私は時雨さんが好きです!!まっすぐで熱い言葉には心動かされるものがあります。
さて長くなりましたが、(まだまだ書き足らないくらいなのですけどね……笑)このような作品が読めたことに私は大変感激致します。応援しています。更新頑張って下さい!!では!!
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.254 )
- 日時: 2017/11/03 14:06
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
>>253
Twitterではいつもお世話になってます。
7章は1番力を入れた章だったのでそう頂けると本当に嬉しいです。
最初のうちの文章はまあ……そのうち書き直そうと思っている次第でございます。そのうち(やるとは言ってない)
読んだ人を引きずり込めるような文章と展開を作っていきたいと思います。沼拡大してやるぜ(
登場キャラがほんとに多くてこんがらがってしまわないか心配でしたが、キャラが書き分けられていると言われ少しホットしています。
感想ありがとうございました!
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.255 )
- 日時: 2017/11/03 14:07
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
血にまみれた死体が、ズタボロの既に果てている足でゆらりゆらりと近寄る。それに対し、男は叫びながら手に抱えたアサルトライフルの引き金を引き、動く死体の頭を吹き飛ばした。
ザクロを握り潰したかのように、周囲に赤い液体が飛び散る。だが、その死体は首から上が消滅しようと尚、男を捉えようと相変わらず覚束無い足取りで男に近寄る。
男は既に壁際まで追い込まれていた。文句を吐きながらアサルトライフルの引き金を引く。が、射撃音は鳴らず弾も打ち出されない。舌打ちをしてアサルトライフルの先端で動く死体を横殴りにした。
だが、動く死体は右脇に打ち込まれたアサルトライフルを離さなかった。咄嗟に武器を手放す男。だが背後にあるのは、物言わぬ壁。
「止めろ……」
男のその言葉とは裏腹に、動く死体は武器を捨てて男へ一歩、また一歩と近づいていく。
「止めろ止めろ止めろ! 来るな! 来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁ!」
その絶叫が響き渡った瞬間、動く死体が男に飛びかかった。ガッシリと体を捉え、朽ち果てた指を腹に刺す。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
男は暴れるが、動く死体の力は強く中々男を離そうとしない。
肉を抉るような音がした。
男がそちらを向くと、動く死体の頭の吹き飛んだ首から何やら蛇のようなものが生えていた。ただし、頭とも呼べる先端部分は、とても蛇のそれとは似つかなかった。
そして、そのおぞましい管が男の顔面へと高速で迫った。すると視点が床に切り替わり、残虐な音がしたかと思えば、そこに大量の血が降り注いだ。
「ひぃぃぃ! 裁華先輩!」
平子はスクリーンに映し出される映像を見て泣きそうな顔をしていた。肩もガタガタと震えていて、怖がっている様子が見て取れる。
平子は映画館の中ということもあり、極力声を抑えていた。そのため、裁華には届かなかったのかもしれない。彼女は平子の方を見ることなく映画を見続けている。
「あーあー視点切り替わっちゃったー。もっと見たかったなー」
「え"」
「んー、もっとこう、ぐしゃグチャドバドバーってなるシーンが早く見たいな」
「……」
「ん? 平子ちゃんどうしたの? そんな目に涙溜め込んで」
「怖いんですけど……映画も……」
「あー、そっか。じゃあ手握る?」
裁華はそう言って、左隣の席に座る平子に手を出した。余程余裕が無いのか、平子は激しく頷きながら裁華の手を取った。
「あはは、平子ちゃんも意外な所あるんだね」
「だ……だって怖いものは怖いって訳ですよ……」
「もう可愛いなぁ平子ちゃんは」
「からかわないで下さい!」
「よしよし、泣かない泣かない」
平子の頭を少しだけ撫でる裁華。身長差もあってか、ギリギリ届く程度だったので姿勢的にはとても辛そうだった。
平子は子供扱いされている事に若干恥ずかしさを覚えるが、今は黙ってされるがままにすることにした。
(……いい人なのかな……)
平子はスクリーンに目線を戻しながらそう考えた。この後、視線の先には丁度グロテスクな光景が広がっており再び泣きそうになることも知らずに。
○
「ううっ……思ったよりグロかった」
上映場から出てきた平子の第一声はこの気分の下がったことが窺える一言だった。
それに対してとても興奮した様子で映画の内容を少し大きな声で喋る。平子としては、映画の内容を出来るだけ思い出したくないのだが、裁華の満面の笑みに圧されて何もいうことができなかった。
「あのゾンビたちの群れに飲み込まれた時はホントドキドキしたよね!」
平子は、おぞましい風貌をしたみすぼらしい服装のゾンビたちが、主人公の恋人に、群がっていくシーンを思い出した。あの時の絶望感とともにその後に起きたスプラッタな惨状に、思わず胃を押さえる。
「裁華先輩……私はその話は掘り返したくないっていうか……」
「え? どうしたの?」
キョトンとした顔できく裁華に、平子はとても困った表情を返すことしか出来なかった。
「それでさー、あの時のグチャってなったシーンが」
「お願いしますやめて下さい」
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力11/3更新 ( No.256 )
- 日時: 2017/12/14 05:45
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
レストランで食事を摂る平子と裁華。二人は傍から見ればただ休日を満喫しているようにしか見えなかった。
少なくとも、彼女らを少し離れた位置から監視という形で見ていた不知火円の目にはそうとしか映らなかった。
「ご主人、もしかして私たちって人のデートをストーキングしてニヤニヤしてるタイプの変態と同じことしてるんじゃない?」
思った事をそのまま言ったのはアカネだ。今日はメイド服ではなく、地味な服装だった。そしてマリンキャップを深く被り目元が周囲から見えにくいようにしている。
「これは仕事だ。何も無いならそれが一番良い」
若干気が緩んでいるアカネに釘を刺す円も、今日は地味な格好でワークキャップを深く被っている。二人共、あちらにバレないように変装しているのだ。
「ご主人ー。もし山瀬裁華に何か目的があるなら何なのかな? 正直、平野平子の能力の価値っていうのは世間一般から見て殆ど無いよ?」
「能力ばかりが目的じゃない。色々あるさ。例えば身柄とかな」
円はチラリと平子の方を見る。彼女はパッと見たところはそこまで派手な良さは無いが、そこそこ良い顔立ちに入る方だ。まあそれが狙われるほどか、と言われたら円は解答に困るだろう。
「身柄?」
イマイチ円の意志が汲み取れてないのか、アカネが疑問形で単語を復唱する。
「お前は好きな相手を独占したいと思うか?」
「一日中ご主人に付き纏いたいし世話とか全部焼きたいですけど」
自分の従者の発言は聞かなかった事にした円はそのまま話を続ける。
「その感情があまりに激化すると、独占したいから拘束したいに変わるんだ」
「……ご主人を拘束……うーん、アリかな」
「変な独り言を呟くのはやめろ」
流石にまずいと思った円。頭の奥にはアカネならやりかねないと思ったからだ。自分に忠実なアカネならやらないだろうとは思うものの、可能性が無いわけでもないのが悔やまれる。
紅茶派だがレストランには紅茶が置いてなかった為に仕方が無く頼んだコーヒーを飲むと、円は唐突に話題を変えた。
「ところでアカネ、俺達以外にもアイツら二人を尾行してる奴がいる事、気が付いてるか?」
「……薄々気がついてたよご主人。あそこの二人組だよね」
アカネが視線で指し示す先には一組の男女がいた。片や赤い髪の高身長の男性。片や黒髪の女性。こちらも性別の割には高身長だ。
あの二人組をアカネと円は今日で既に七回ほど目撃している。二回や三回ならまだしも七回である。これはもう完全に作為的だろう。フードを被ったりマスクを付けたりして顔を隠している辺りから、デートの雰囲気ではないことが窺える。
「で、ご主人、どうするの? お掃除するの?」
お掃除、とは彼女にとっては二種類の意味がある。今回は一般的な用法では無い意味のようだ。
「いや、その必要はない。奴らもこちらの邪魔が目的ではないだろう。何、事が起きてから対処すれば問題無い」
円はそう言ってもう一度コーヒーを飲むと、視線を平子達に戻した。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.257 )
- 日時: 2017/12/23 16:36
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
その後、平子たちは円達の存在に気が付くことなく、自分達のデートを進めた。そして特に問題という問題を迎えないまま、時刻は午後六時を迎えようとしていた。
「……もうこんな時間だ」
平子が時計を見てそう言った。ここから彼女の家に帰るにはおよそ三十分ほどかかるだろう。バスも今から行けば次のものにピッタリと間に合う時間帯だ。
「裁華先輩、そろそろ時間が……」
「ん? 大丈夫だけど?」
「私が次のバス逃しちゃうと帰るのが辛いので……」
平子が理由を説明したにも関わらず、裁華は唐突にこう言った。
「平子ちゃんは私の事、好き?」
まるで平子の話なんか聞いてない様に。
この時、平子の頭の中では友人などに持つ『like』の意味の好きと捉えていた。
そのため、平子は何の疑問なくキョトンとした顔で返した。いや、返してしまった。
平子の言葉に満面の笑みを浮かべる裁華。
「じゃあなんで帰っちゃうの?」
「なんでって、それは私も帰らないといけないって訳ですよ」
「私のことが好きなのに?」
平子はとても自分の言葉とその言葉がリンクしているようには思えなかった。平子が帰るのは仕方が無い事だが、彼女にとっては平子が帰るのはまるで自分が好きでないから、と言ったように捉えている口ぶりである。
「それとこれは違うっていうか……今日しか会えない訳って訳じゃないですし……」
「なんで?」
暖簾に腕押ししているかのような感覚に、平子も少しばかり苛立ちを覚えたのか、言葉に棘が生えた。
「……あの、いい加減にしてくれませんかって訳ですよ」
その言葉を聞いた裁華が何か納得したような顔をした。反省の色もない表情に、平子の表情に少しだけ苛立ちが浮かび上がる。
「あの、裁華先輩、」
「そっか……そうなんだね。平子ちゃんが悪いんじゃないんだ。踏ん切りが付かないのが悪いんだ。なら私が──」
平子が何か言おうとしたのを完全に無視した裁華は、内ポケットに隠し持っていたスタンガンを取り出してこう言った。
「私が踏ん切りを付けてあげる」
電気が弾ける事がした。文字通り電流の流れるような痛覚を感じた平子の意識は、何を言おうとしていたのかすらも忘れ、悲鳴を上げることさえ出来ずに途切れる。そして平子の体がクタッと萎れたようにして倒れようとした。が、裁華がそれを引き寄せて意識のない平子を倒れないようにする。
「大丈夫」
「壊さないように気を付けるから」
裁華はそう言って、笑う。
決して、良いものは言えない表情を浮かべて。
○
平子が意識を失った事を、いち早く悟ったのは円だった。
「……こんな堂々と仕掛けてくるとはな……」
持っていた双眼鏡で遠くから様子を見た円はそう呟く。路地裏に引き込んで食らわせるならまだしも、人がそこそこ周囲にいる状態でこの犯行である。これには流石の円も驚かざるを得ない。
しかし、周囲にはバレなかった。と言うよりも、周囲からすれば片方がスタンガンで気絶させたなんてあまりに現実離れしていて、気が付いた人間も気のせいだと思ったのだろう。変に騒ぎ立てるのを良しとしない日本人の気質の一つでもある、見て見ぬ振りとかいう奴である。
「しかし……こんなに堂々とされてはこちらも止めようがないな」
先程も言ったように、路地裏に引き込まれたのなら、周囲から見えない為に好き放題に能力を使えるが、ここは普通の通り。人はまだまだ少ないとは言えない。そんな状況で目立つような行動をするのは組織の人間としては非常に避けたいのだ。
「ご主人、どうするの?」
「待つしかない。山瀬裁華は人気のない所に行く筈だ。そこで一気に叩く」
アカネにそう返しながら円が言うが、一秒後に円はその選択が失敗だと自覚した。
「しまった!」
「ご主人? どうしたの?」
円は驚きはしたが、大して焦った様子も無く、淡々と見えた情景を伝える。彼自身、焦ってはいるが、動揺している暇がないと思い心を抑え込んでいる。
「山瀬裁華がタクシーに乗った。このままだと見失うな」
「……そりゃマズイや。ご主人、対策は?」
「一つある。……が、お世辞にも頭が良いとは言えないな」
円は自分の肩にかけていた小さなバッグを漁り、直方体の黒い機械的な物を取り出した。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.258 )
- 日時: 2017/12/16 11:13
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
平野平子はぼんやりとした意識の中にいた。そのせいか、周囲の状況が把握出来ずにずっとボーッとしていた。
平子が頭の中で自問自答を繰り返す。ここは何処だ。私は何をしていた。何がどうなってこうなった。
「んん……」
平子には何かに座っていた感覚があった。だから立ち上がろうと思い膝を伸ばして立ち上がろうとする。
しかし、ガタッと椅子と床とが打ち合わされて鳴る音が聞こえるばかりで、一向に立ち上がれる気配がない。
「ん?」
その時、平子は初めて気が付きた。
自分は今、パイプ椅子に括りつけられているのだと。括りつけているのはロープなどではなく、電化製品についている電源のコードのようなものだ。
イスの背もたれにあたる場所に自分の胴体と手が何重にも電源コードで縛られ、足はパイプ椅子の足と一本ずつ括りつけられ、太ももの辺りはクッションの部分と電源コードで密着することを強いられている。
「んんんんん!?」
パニックになって声を挙げようとした平子。しかし、彼女の口は何かに塞がれていて、声が言葉としての意味を成さなくなっている。この唇などに吸い付く感覚から、これはガムテープだと平子は悟った。
周囲を見回してみる。全く見覚えのない景色に、再び心が揺れる平子。
灰色に煤けた窓、老朽化の模様が刻まれた床、器具の残骸が溜まっている部屋の隅、そして朽ち果て電気の供給も無い電灯が虚しく上にぶら下がっている。
まるでホラー映画のワンシーンのような情景の部屋に、一人。しかも体は縛られている。これ程の恐怖は、あのDHAの一件以降初めての事だった。
「あ、目が覚めたんだね」
平子は声の方に首だけ回し、その姿を捉えた。それは、平子の感覚で先程まで近くにいた一つ歳上の少女の姿だった。手には電気式のランタンを下げていて、顔に下からの光で影がかかり、まるで顔を下から懐中電灯で照らしたようになっている。
「んんんんんん!」
裁華さん、そう喋ろうとしたのに意味の無い声に換えるこのガムテープが、平子には心底恨めしかった。
「あはは、平子ちゃん可愛いね。うん、お人形さんみたいだよ?」
今、裁華が何と言ったのか、平子はもう一度だけ聞きなおしたかった。
平子の聴覚が問題なければ、今の声はこう聞こえたのだ。可愛いと。この状況でそんな事が言えるということは、少なくとも裁華は被害者ではない。
そして、この場に被害者と加害者以外の人間がいるわけが無い。
平子はそこまで考えて、不意に目の前に裁華の顔があるのに気が付いた。
「二人っきりなのに、まだ私だけを見てれないんだね」
裁華は不満げな顔をしつつ、平子の口に着いているガムテープをゆっくりと剥がす。それが完全に剥げた時、平子が何かを言おうとした。
「噛んじゃダメだよ?」
が、その前に裁華が小さく囁くように言う。
次の瞬間、平子は何か唇に生暖かいものが触れる感覚がした。少し湿っていて、とても柔らかいものが。
妙に息がしづらいと思った頃には、口の中に何か、先程よりもかなり湿っている、同じように柔らかいものが口の中に入ってきた。自分の口に動くものを入れられるというとてつもない異物感に襲われる平子。だがそれはお構い無しに平子の舌を絡め、容赦なく上に下にと忙しなく動く。まるで貪るかのように、平子の舌をじっくりと味わうかのように。
少し頭がふわっとしていたが、平子は状況にようやく気が付いた。間一髪程の距離で目の前にあるのは裁華の顔。そして唇と口の感覚。
ぷはぁ。と裁華が息を止めていたのか、まるで水に潜っていた人間が水から出た瞬間に、無意識的に出すような声を上げた。
「これで私だけを見てくれるよね?」
平子の頭はパニックを起こし過ぎたせいか、一周回って逆に冷静を取り戻していた。
「裁華先輩! 何やってるんですか!」
平子が立ち上がろうとしてもがく。ガタガタと音が平子の代わりに暴れ回るが、決して平子を縛る電源コードが緩む気配はない。
「何って、見て分からない?」
「分からないって訳ですよ! こんな場所に私を連れ込んで! あ、あんな事を!」
平子の必死にもがく様子を見て、裁華は楽しんでいるようにも思えた。裁華はゆっくりと平子の死角である真後ろへと移動すると、しゃがんで平子の耳に息を小さく吹き掛けた。
「ひっ!」
「落ち着いて、ね? 私の平子ちゃん?」
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.259 )
- 日時: 2017/12/23 16:39
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「私のって、何ですか?」
まるで心臓を握られているかのような不安に陥った平子が、ザワつく心を無理やり押さえつけて、裁華の言葉の一部分に対して疑問を述べる。
相変わらず平子の背後に立っている裁華は、平子の首に自分の腕を絡め、後ろから抱きつくような姿勢になり、平子の耳元で小さく喋る。
「文字通りだよ。平子ちゃんは私の、も、の」
耳元で甘く囁かれる一言一句に、むず痒い感情を抱く。しかし今の一言は流石に無視する訳には行かなかった。
「おかしいって訳ですよ。私は誰のものでもないって訳でひぅっ!」
首の後ろ、すなわちうなじの部分に、平子は何かが這うようのを感じ取った。しかも、湿っぽいものを纏った何かが。
裁華はそんな平子の反応を楽しむかのように、舌の先で平子の首の後ろにあたるうなじの部分を、一瞬だけ軽く這うように舐めた。
「ふふふ、平子ちゃんはほんとに感覚が良いんだね。打てば響くって言うのかな?」
「裁華さんっ……!」
「はは、冗談冗談。そうだよね。平子ちゃんの言うことも最もだよ」
その一言に、ようやく分かってくれたかと心の中が安堵で満たされた。
「だってこれから私のものになるんだから」
その安堵が二秒後に音を立てて瓦解する事など、当然知らずに。
「──え?」
「え、じゃないよ。ねぇ平子ちゃん、私のものにならない?」
「……冗談ですか?」
「冗談でこんなことするかなぁ?」
裁華がまたも、平子のうなじに舌を当てる。しかし、先ほどと違い今度はかなりゆっくりだ。じっくりと上に上にと上がっていく変な感覚に、平子は少し息が荒くなり、体を動かそうともがく。が、体を締め付ける電源コードがそれを許さない。平子の抵抗はギシギシという意味の無い音に変わって終わった。
「……ぁっ……ひ……ぅ……」
歯を食いしばって声が漏れないように必死な平子の様子すら、今の裁華にとっては虐待心を燃やす燃料でしかないことを、平子はまだ知らなかった。
「ガマンしてる平子ちゃんは可愛いなぁ。ふふふ、もっと虐めたくなっちゃう」
「止めて…………下さいっ!」
「そうだなぁ。平子ちゃんが私のものになるなら止めてあげようかなー?」
「そん……なっ……!」
それから平子が味わったのは、地獄のような時間だった。
別に痛覚があった訳では無い。何かを壊されたりした訳でも、嫌いな事があった訳でも、暴言を吐かれた訳でもない。
ただ、うなじや脇腹、首筋や腕などにほんと少しの刺激を与え続けられただけだ。だがその感覚がまさに地獄。それが続いて三十分も経った頃、平子は既に抵抗する気力は無く、顔も紅潮し、息は目に見えて荒くなっていた。
「あー、もうこんな時間だ。じゃあ夜ご飯作って来てるから持ってるね」
そう言って、平子の口に新しいガムテープを貼り付けて裁華が出ていくも、平子は反応すら示さなかった。と言うより、反応する気力というものが消えていた。
呼吸を整えていると、段々と気力が戻ってきたのか、徐々に平子の顔が惚けた顔からいつも通りの調子を取り戻していく。
しかし、相変わらずに拘束は緩まないし、パイプ椅子も壊れる気配が無い。平子に出来ることは、待つことだけだった。
諦めたように、ギシギシという音がなり止んだその時だった。部屋の扉が開いたのは。
裁華が来たのかと思い警戒する平子だが、そこには別の姿があった。
茶色のロングカーディガンを黒いシャツの上から羽織り、下は青いショートパンツにハイソックスという動きやすさ重視の服装。頭に被る白い帽子から溢れ出るようにして、今度は雪のように白い長い髪が溢れ出るようにして出ている。
彼女は白い帽子を取り、その白い肌と凍てつくような無表情を晒してこう言った。
「ここにいましたか、平野さん」
平子は知っていた。この人物を。この自分と鏡写しのようにそっくりな人物の名を。
そして平子はガムテープが貼られていることを忘れて、そこに居た人物の名を呼ぼうとした。
「んんんんん!?」
平子が呼ぼうとした名前の持ち主である人物こと、平雨平瀬はそこに居た。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.260 )
- 日時: 2017/12/17 11:14
- 名前: 三毛猫 (ID: J0PYpSvm)
4日連続更新!
めちゃくちゃ嬉しいです!
裁華さんの異常性がどんどんと露見してきましたね。
そして、ここで平瀬さん。
今後とも目が離せない展開ですね!
次回の更新楽しみにしています!
追伸)今日の更新で一ヶ所だけ「平子ちゃん」が「開こちゃん」になっていました。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.261 )
- 日時: 2017/12/21 06:50
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
平瀬は相変わらずの無表情のまま、口に人差し指をピンの立てた手を当てる。どうやら『静かに』というハンドサインのようだ。
平瀬は音をたてないように、素早く平子に近付くと、口に張り付いているガムテープをゆっくりと剥いだ。
「大丈夫、ですか」
「……うん」
「そうですか。なら良いです」
平瀬は淡々とした様子のままに、平瀬は平子を縛り付ける電源コード達を解こうとする。少しキツめに縛ってあるのか、全ての拘束を解き終わるのに少しの時間を要してしまった。
「立てますか?」
平子が頷いて立とうとした時、不意に足に力が入らずに転けそうになる。咄嗟に平瀬が受け止めたものの、少し間違えば転倒していただろう。
「疲労が見られます。肩を貸しますから、あまり無理をしないように」
「ごめん……」
平子を抱えてゆっくりと歩く平瀬。彼女がドアノブに手をかけ、部屋から出ると外は薄暗く、目を慣らさないと周囲が細かく見えないほどだった。
「ねぇ平瀬ちゃん」
平子は今まで平瀬に聞きたくてどうしようもなかった悩みを、今打ち明けることにした。
「あなたは何者なの?」
「……それは」
平瀬が口ごもった次の瞬間の事だった。平瀬がハッとしたように、平子を思い切り突き飛ばしたのは。
投げ出された平子は案の定転倒。なんとか左手で手をついて頭が床にぶつかることは阻止したが、それでも急に倒されたので受け身が不完全なようだった。少しだけ苦悶の表情を浮かべる平子。
「痛た……急にどうしたの? 平瀬ちゃ……ん……?」
平子の疑問は、目の前に広がる異様な光景に打ち消されてしまった。
目の前に広がる光景とは、平瀬の突き出した手の先が無い、正確に言うなら、平瀬の肘から先の腕の部分が、消滅してしまっているのだ。
平子が視界を落とすと、そこに見えるのは、落下した平瀬の手。
咄嗟に、平子は口を押さえつける。それが吐き気を堪えるためのものなのか、悲鳴を上げないようにするためのものなのかは、平子にすら分からない。
「うふふふふ、悲しいなぁ平子ちゃん。どうして逃げようとしたの?」
平子が振り返ると、そこには平子をここへと連れてきた人物、そして平瀬の腕を飛ばしたであろう人物が、立っていた。その幼さの残る黄色の目に、歪な光を灯した人物が。
「裁華……さん」
「ねぇどうして? どうして逃げちゃったの? ねぇどうして平子ちゃん私はこんなにも平子ちゃんのことを思ってるのにさせっかくご飯も持ってきたけど平子ちゃんはそこにいなくて必死になって探したら私以外の子と二人で歩いててもう私はほんとに怒ってるんだよだからついつい能力を使っちゃったけどそれについてはごめんねそこまでやる気は無かったんだでもそんな光景をまざまざと見せつけられたこっちの気分を考えて欲しいよだいたい平子ちゃんは私のお人形さんなんだからそうやって逃げちゃダメだよトイストーリーでもあるまいしそれとも平子ちゃんはまさか自分に意思があると思ってたのかなうんそれは残念かもしれないけどないんだよねだってお人形に意思があるなんて怖いでしょ所詮使い捨てで遊び疲れたり飽きたら壊しちゃうんだからさ平子ちゃんはまだ飽きてないから壊すつもりもなかったのになんで平子ちゃんは自分から壊されようとするのかなまさか平子ちゃんはそういう趣味なのかなでも大丈夫私はそんな平子ちゃんでも好きだよ愛してるそれでもダメならそこの平瀬ちゃんと一緒に可愛がってあげるからねぇいいでしょきっと一人で待つのが寂しかったんだよねそうだよね平子ちゃんが私の所から逃げるはずないものごめんね一人にしちゃってでももう大丈夫だよ平瀬ちゃんと一緒に優しく扱ってあげるからお願い私のところに戻ってきて断るなんてしないよねだって平子ちゃんは私のことが好きなんだもんね私は忘れてないよあああの時平子ちゃんが好きと言ってくれたのは嬉しかったなぁうん本当に嬉しかった平子ちゃんも私が好きなのは本当なんでしょ好きな人のところにいてもいいんだよもう戻って来るしかないよね、平子ちゃん? そうだよね戻ってきてくれるよね。良かった嬉しいなぁふふふふふ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
訳が分からなかった。
並べ立てられるようにして発射されたエゴの塊も、壊れたスピーカーのように連続して打ち出される笑い声を、平子はどのようにして処理すればいいのか、分からなかったのだ。ただ視界を虚空に彷徨わせる平子の目は、理解に苦しむと訴え掛けているようにも思えた。
「うるさい、ですよ」
が、次の瞬間、不意に裁華の壊れた笑い声が止まる。まるで強制終了させられたかのような止まり方だが、そちらを見ていた平子には原因が良くわかった。
何故なら、平瀬が切り飛ばされたように消えた左手を無視して、そのまま平瀬に接近、そしてその右拳で裁華の顔面を殴ったからだ。とても、手加減しているとは思えない殴り方と勢いである。
「ノックバックを付与します。衝撃に備えて下さい」
平瀬の口から業務的に流された警告音、だが裁華が対策を取る前に、平瀬の足に光の線が幾つか走ったかと思えば、直後に左足が爆発的な速度で裁華に直撃、運動エネルギーを余すことなく伝え、裁華を文字通り吹き飛ばす。その距離、およそ10m。
ポカンとその様子を傍観していた平子に、平瀬は足早に近づき、肩を支えてその場から離れる。
その際、平子は平瀬の目に何か違和感を覚えた。彼女の目の中で、生物的ではない何かが細かく、規則的に動いているのだ。
裁華によって中断を余儀なくされた先程の質問は、どうやら平瀬にとってはかなりの重みを待つようだった。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.262 )
- 日時: 2017/12/24 21:30
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
>>260
三毛猫様
感想ありがとうございます! そして、長らくお待たせしてしまってすみません……。
裁華さんの異常性を表現できていたようでホッとしています。むしろ複ファジーでやっていいことを越してるんじゃないかなぁとか心配してますけど(
これからもこの作品を宜しくお願いします!
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.263 )
- 日時: 2017/12/24 21:30
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
階段を一つ降りたところで、平子は平瀬から離れて自分で歩き出した。体力も回復しているのか、少なくとも足が縺れたりすることはない。そんな自分の体に一安心する平子。
が、その後すぐに振り返って平瀬と目を合わせる。
「ねぇ、平瀬ちゃん。あなたは何者なの? どうしてここにいるの? どうして私を助けているの? どうして腕を切り飛ばされても何も思わないの? どうして血が出てないの? ……ねぇ、平瀬ちゃん」
平子は、出会った時からずっと思っていた、一番の疑問を、平瀬に直接ぶつけた。
「どうしてあなたは私そっくりなの?」
「……説明するしかありませんか」
「うん、そうだよ」
「……分かりました。手短に済ませます」
その時、平子は気が付いた。
一瞬だけ、ほんの僅かな間だけ、平瀬の表情が不安で揺れたのを。
「まず平野さんと私が似ているという質問に大しての答えを出します」
平瀬はそこで言葉を切り、少し間を置いてから言葉を絞り出すように紡いだ。
「何故なら、私はあなただからです」
「……へ?」
あまりの予想を遥かに通り越した答えに、平子は戸惑うしかなかった。
「クローン人間、というものですよ。私はあなたのDNAから生み出された人工生物なのです」
「ちょっと待って。私のDNA?」
「今は詳しいことを話している時間がありません。とにかく、私はあなたの姉妹のようなものなのです」
「……でも、そうだとしても……」
平子の視線は、平瀬の腕に向けられていた。肘から先の無い、左腕を。
そこには見過ごせない違和感があった。何故ならそこから何も出ていないのだ。血液の一滴すら流れる気配が無い。そんなことは、本来なら有り得ないことなのだ。だが、目の前ではその有り得ないことが起きている。
「それは……?」
「私はクローン人間であると同時に機械人間、いわゆるサイボーグというものでもあります。四肢は機械なので切り飛ばされようが、後遺的な問題はありません」
「……そっか」
平子は納得する他なかった。少なくとも、今はそれを受け入れ、細かい事は後で考える事にしたのだ。
「では早く出ましょう。先ほどのダメージで簡単に起き上がれるわけがありませんから」
「そうかなぁ? 今こうして起き上がってるけど」
二人の顔が引き攣り、背中に冷たい感覚が走ったと思えば、次の瞬間、平瀬が思いっ切り横に飛ぶ。
そして、平瀬が居た場所を、緑色のカッターのようなものが、超スピードで通り抜けた。そして、その延長線上の壁に大きな切り裂かれた跡が生まれる。
「わぁ、避けられちゃった。平瀬ちゃんは勘もいいんだね」
「山瀬裁華……」
平瀬が起き上がりつつも、目の前の目に尋常ならざる執念の炎を灯した人物の名を呼ぶ。
「呼び捨ては酷いんじゃないかなぁ? 私は一応先輩だよ?」
「今の貴女は先輩ではありません。私の敵です」
「アハハっ! それもそうだね!」
冗談を飛ばし合う二人。だがとても温和な様子などなく、雰囲気はただただ刺々しい。
「じゃあ遠慮なく壊してあげる!」
裁華が平瀬に向かって手をかざす。能力者にとってこの行為は、照準を定めるということに直結する。
そして、その手の先から緑色の一メートル程のサイズの斬撃が飛び出す。狙いは当然、平瀬。
その斬撃が、寸分の狂いなく平瀬を上半身と下半身に真っ二つにする────筈だった。
「コピーペースト、山瀬裁華」
だがその平瀬の凛とした声が響くと同時に、平瀬の目の前から同じように、一メートル程の緑色の斬撃が飛び出し、派手な音を立てながら、裁華の斬撃と鍔迫り合いをするかのように押し合う。
一際大きな音が鳴ると、二つの斬撃は消滅。完全に虚空に掻き消えた。
「……鬱陶しいなぁっ!」
その光景に苛立ちを覚えたのか、裁華の荒げられた声とともに、数十にも及ぶ斬撃が放たれる。とても数え切れる数ではない。
が、平瀬も同じように周囲に斬撃を展開。同じように射出し、一寸違わず全ての斬撃を相殺する。
「……なに、その能力」
「……この能力は私の能力です」
「何それ! 私の能力でしょ!? どうして貴女が私の[斬撃を操る能力]が使えるの!?」
裁華の同様を顕にした声に、平瀬が相変わらず落ち着いた声で返した。
「……私の能力、[自分と相手を平等にする能力]ですよ。私(模造品)に与えられた、他人を模倣する力です」
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.264 )
- 日時: 2017/12/25 18:23
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「自分と相手を平等にする能力……?」
聞いたこともないその能力名を、裁華は思わず聞き返した。彼女の顔には強く驚きの念が滲み出ている。
「……端的に言えば、相手を模倣する力です。これで貴女の能力を模倣しました。もう貴女に私は負けません」
平瀬はそう言い切った。まるで当たり前のことを教えるかのように。1+1は2であると言うかのように、そう断定したのだ。
そして、裁華はと言うと。
「……ふふ……ははっ……あはははははははははは!」
突如として、なんの予兆も予告も無しに、笑い出した。その声音は決して楽しいという感情から来たものでない。ついでに言うなら、侮蔑と愉悦の混じった笑い声である。
「……なぜ笑うのですか」
「そっか! そうなんだね!」
平瀬は納得したかのように、右手に左手をポンと乗せ、納得の行ったと示すジェスチャーをする。
「平瀬ちゃんは何もかも作り物! 何もかも真似したものなんだ!」
「なっ……」
「目も口も鼻も髪の毛も何もかも! 全部全部作り物! 何かを模倣して作った代用品なんだ!」
「……それは」
「何も違わないよね!? だって貴女は平子ちゃんのクローン。全部全部作り物。ホントの意味でお人形さん!」
「…………」
平瀬の口が動かなくなる。
自分のものなど何一つとして無い。これは正しく平瀬のコンプレックスだった。
自分は代用品で作られた余り物の集合体。誰かを真似しなければ生きていけず、誰かを模倣し続けなければ存在すらできない。存在そのものが模造品。
平瀬は分かっていた。自分の存在など自覚していた。だからこそ、裁華に何一つとして言い返せやしないのだ。
「いや、それは違うって訳だよ」
「──は?」
だから、平子はそれに反論した。
「貴女は平瀬ちゃんの事を何一つとして知らない。クローン? 模倣の力? はっ、そんなもので人を人形扱いしないで下さい!」
平子の剣幕な雰囲気に、一瞬だけ、裁華が気圧された。
「平瀬ちゃんは私と違って真面目で、冷静で、素直で、純情で、いつもいつも人を気遣ってる。平瀬ちゃんが言葉で人を傷付けたのを、私は見たことが無い。平瀬ちゃんは誰でもない平瀬ちゃんなんだ。私は知っている。平瀬ちゃんは! 絶対に! 人形なんかじゃない! 意志と自我のある一人の人間だ! 私は人間の平瀬ちゃんを肯定するし、平瀬ちゃんを人形扱いする貴女を否定する! 山瀬裁華! 私は平瀬ちゃんを人形呼ばわりした貴女が大嫌いだ!」
平子の喉から絞り出すような、必死の言葉に、思わず裁華が、一瞬だけ、言葉に詰まる。
その隙に、今度は平瀬から仕掛けた。先ほどと同じように、無数の斬撃を周囲に展開。それらを一斉に裁華に向けて発車する。が、裁華も遅れて同じように無数の斬撃を放つ。鋭い刀同士を何度も何度も打ち合わせているかのような音が鳴り響く。
斬撃が潰し合っている隙に、平瀬の足に裁華を蹴りで吹き飛ばした時のように光の線が走る。平子はそれを見て、恐らく平瀬の足もまた機械なのだろうと直感的に悟った。そして、それを証明するかのように、生身の人間とは思えない速度で、砲弾のように裁華に迫る平瀬。
斬撃を相殺することに躍起になっていた裁華が、しまったと言わんばかりの表情を浮かべる。しかし、その行動、今の平瀬にはあまりに遅すぎた。
「はぁっ!」
平瀬の右腕にも光の線が走り、爆発的な速度で裁華の鳩尾に拳を放つ。次の瞬間、インパクトによって生じた運動エネルギーに従い裁華が吹き飛び、壁に激突。轟音を立てて叩き付けられた裁華が、そのまま壊れたマリオネットのように床に落ちる。
「……はぁ……はぁ……終わりました……」
平瀬の体がふらりと揺れた。慣れない能力の連続使用に加え、普段は運用しない機械の力を使った反動だ。彼女の肺や心臓などは人間のままなので、人間の動きを超えた動作は大きな負荷となる。
「大丈夫!?」
「大丈夫……です。まだ肉体は十分に運用可能です。問題ありません」
駆け寄ろうとする平子をジェスチャーを織り交ぜた言葉で止め、壁に手を当てながらも平子の元へと近寄ろうとする平瀬。彼女の心には、外敵を排除しきったという少しの達成感があった。
まさかそれが、この場において自分の隙を生み出す害虫の如き存在とは欠片も知らずに。
「平瀬ちゃん危ない!」
平子が一瞬で気が付いて叫んだ。
だがそれは遅かった。平瀬が一瞬で振り返った頃には。
「はは……痛いな……ねぇ……痛いよ……ふふ……はは……あはははは……どうして……みんな……私を傷付けるのかな……ねぇ……ねぇ……ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇどうして皆は私を嫌うのどうして私を傷付けるのどうして私を避けるのどうして私を遠ざけるの私を拒絶するのどうして私は傷付けられるのどうして私は避けられるのどうして私は遠ざけられるのどうして私は拒絶されるのどうして誰も私を好いてくれないのどうして私は好かれないのどうして私は愛されないのどうして私を愛さないの私はこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに、こ、ん、な、に、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してるのに」
裁華は床に這いつくばった状態から、平瀬を笑顔の混じった顔で睨みつけ、その手を平瀬の方に向けていたのだから。
「どうして私は愛されないの?」
その全く関係の無いように思える言葉と共に、平瀬に斬撃を撃ち出した。
平瀬の右腕が、吹き飛んだ。
ガシャンと音を立てて転がる平瀬の腕。芋虫のように、平瀬が床に転がる。
「どうして?」
裁華がムクリと立ち上がり、ボロボロの四肢を無理矢理稼働させ、二人に迫る。
平瀬を起こそうと、平子が駆け寄るが、体が思うように動かず、床に膝を付いてしまう。
平子は自分の異常をようやく自覚する。幾ら裁華から先程のようなことをされようと、こんなに体から力が抜ける訳が無いのだ。
そう、裁華が唇を重ねた時に、口の中に含ませておいたのだ。体の力が抜け、力が出なくなるという副作用を持つ薬を。
「誰も私を愛してくれないの?」
二人を見下す様な状態となり、質問をする裁華。目は見開かれ、口元は切れて血が出て、幼げな顔はもはや猟奇的殺人犯のそれと同様だった。しかしながら、同時に母親に気になったことを質問する幼子のような顔でもあった。
「何も答えてくれないんだね」
「待っ──」
「バイバイ」
平子が止めようとするのも虚しく、裁華が二人の首に向けて斬撃を放つ。
思わず目を瞑る平子。ただ仰向けのままで裁華を見つめる平瀬。もう平瀬に、斬撃を相殺する力は残されていなかった。
閉じられた瞼の中で、平子が感じたのは、首に走る激痛────ではなく、強く後ろに引っ張られる感覚と、それに伴った体の浮遊感だった。
「全く、追い付いてみればこの有様。とんでもないダークホースが居たものだ」
平子が瞼を開くと、目前に居たのは冷静を失い果てた瞳の山瀬裁華ではなく、
「平野平子、後は任せて大人しく下がっていろ」
「……不知火……君?」
赤い髪をスポーツ刈りにした、地味な服にワークキャップと見慣れない格好の、冷静沈着を体現しているかのようにどっしりと車椅子に乗った一人の青年──不知火円だった。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.265 )
- 日時: 2018/01/01 10:58
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 4mXaqJWJ)
「……あなたはだぁれ?」
「不知火円。ただの平野のクラスメイトだ」
「……どうしてここにいるの?」
「今日の予定に関しては、平野に付けていた盗聴器で俺の従者が知った。この場所については、遠くからタクシーに発信機を投げ付けて特定した」
盗聴器、という言葉に平子が慌てて自分の服をまさぐる。が、円の「制服のな」という一言でその行動を止め、帰ったら真っ先に制服を漁ることを決めた。
「貴方も私の邪魔をするのかな?」
「そうする予定だ」
「なら貴方も要らない」
裁華が見開いて、円に一つの大きな斬撃を飛ばす。が、円は涼しい顔でそれを見ていた。そのあまりに平然とした姿にむしろ平子が驚かされる。
そして、円の車椅子に乗った身体を、斬撃が切り裂くはずだった。
「つまらん」
しかし、円に触る直前に、少し火花が散ったかと思えば、斬撃の方向性が変化。丁度円に当たらないように横を避けていく。
「なっ……!」
「お前の斬撃は空気を固めてそれを飛ばしているに過ぎない。物理的に干渉可能なものなら脅威にすらならん」
そう言って円が手を裁華の方に向ける。次の瞬間、裁華の周囲に無数の念動磁場によって生成された砲弾が発生し、裁華に襲いかかる。念動磁場の攻撃は不可視なので感知することは不可能だが、裁華は何かを感じ取ったのか自分の周囲に無数の斬撃をばら撒く。斬撃と砲弾が衝突して打ち消し合う。
そんな仮想の武器の撃ち合いの間に、平子は平瀬を抱えて円のかなり後ろまで下がっていた。お姫様抱っこしていた平瀬の体を壁に背中を預ける形にして置く。
「大丈夫?」
「……はい」
活力と言うより、生命力が感じられない声。疲労と言うより、痛みが感じられる姿。それでも尚、揺らぎもしない瞳。
「ねぇ平瀬ちゃん……」
平子の声掛けは、とあるものに遮られる。
それは、短い悲鳴だった。発生源には、念動磁場が直撃して腹部を抑えている裁華がいる。少し服が赤黒く滲んでいることが、平子には分かった。
「死んじゃえ!」
裁華が斬撃を出すが、円はまたも斬撃を逸らす。何とも思っていない平然とした様子で。まるでお前の攻撃なんか死にかけの虫の抵抗に等しいと、そう言わんばかりの態度だ。
「アカネ、出ろ」
「了解っ!」
円の合図で隠れていたアカネが飛び出した。なんとなくだが予想していた平子はまだしも、敵の増援は裁華の精神を揺さぶるのに十分すぎる力があった。
飛び出したアカネは、人が出せるギリギリの速度で裁華に向かう。途中で斬撃が繰り出されるが、アカネは空間を自由自在に跳ねて、跳んで、跳ね回る。アクロバティックな動きで斬撃を曲芸師のように回避して迫ったアカネが、自分の拳を後ろに引き絞る。
「お掃除の時間だよ!」
瞬間、アカネの拳が裁華の鳩尾を貫いた。10mという明らかにおかしい距離ほど後ろに文字通り吹き飛ばされた裁華が、呼吸困難に陥ったのか忙しなく不規則な呼吸を繰り返している。が、呼吸が整うのを待つアカネでは無い。またも高速で走り出し、壁を背になんとか立ち上がった裁華に再び拳を突き出そうとする。
間一髪、裁華がしゃがむと、アカネの右拳が壁に突き刺さり、直径1m程の大きさのクレーターを生み出した。そして壁が凹む破砕音が響き渡る。
その威力、とても普通の人間のものでは無い。アカネの拳が能力などの助力を得ていることは明白だった。
一方的にやられる裁華を見て、平子は心がザワつくのを感じた。そんな自分に、一瞬驚いて何を考えているんだと頭を振って思考を停止しようとする。
「平野さん」
そんな中で平瀬が声を掛けてきた。気を紛らすために応答する平子。
「もしかしたら、彼女は私と似たもの同士なのかも知れません」
「え?」
「彼女の行動理由です。彼女は、山瀬裁華はしきりに愛という言葉を使っています」
「確かに……」
そう考えてみればそうだ。と平子は少しだけ納得する。彼女はしきりに愛すや愛されるだのと、とにかく愛情を表現する言葉を良く使っていた。
「私は彼女の事を少しだけ調べていました。その過程で、彼女の家族についてもです」
「家族がどうかしたの?」
「彼女は今、苗字の違う親と……もっと言うと親戚の家に住んでいます。彼女の実の両親は離婚。そして彼女を引き取った母親は児童虐待で逮捕されています」
「……」
「……だから、私は思ったのです。もしかしたら彼女は、本来幼少期に与えられるべき愛情を与えられていないのではないか────私と同じなのではないか────と」
「……あのさ、平瀬ちゃん、怒らないで聞いて欲しいんだけど」
平子は平瀬の目を強く見て、相談を持ちかけた。
○
ずっと本物の愛が欲しかった。
小さな頃、何も知らない内に元々仲の悪かった両親が離婚した。
私の母は私が産まれたせいで父が離れていったと、事ある事に私を叩いた。私は「産まれてごめんなさい」「生きててごめんなさい」と自分を否定するような謝罪を続けた。それでも母親は私を叩き続けた。それは愛故の鞭ではなく、ただの八つ当たりの、自分勝手な傷付ける為の鞭だった。
私は耐え切れなくなり、警察に通報した。その時繋がった警官がたまたまにも親切な人だった。幼い私の拙い言葉でなんとか位置を割り出し、彼は警察を引き連れて来てくれた。
そして母がいなくなり、私は親戚に引き取られた。
それからの日々は幸せだった。殴れることもないし蹴られもしない。年の割にしっかりしてると褒められることもあった。
でも。
親戚たちの目が、物語っているように見えた。
面倒な子供を引き取ったと。
私は気がついた。
ここには、私を愛してくれる人なんていないんだ。
だから私は。
自分で愛を探すことにした。でも私には愛を伝える方法なんて言葉以外に見つからなくて。
その時、どうしようもなくて暴力を振るってしまった。
そう、それがきっかけだった。
その時感じた、一瞬の温もりに取り憑かれて。傷つけると増していく高揚感に憑かれて。
そして私は、愛を求めて、その温もりを求めるようになった。
「それも今日で終わりなのかな」
私の体が紙すぐみたいに吹き飛ばされ、建物の廊下を転がる。逃げようとしても体力が残っていない。能力だって使う余裕が無い。その位に、目の前の二人は強過ぎた。
「アカネ、躊躇は要らない。そいつの執念を甘く見るな。徹底的にやるんだ」
後ろにいる方の男の徹底ぶりが無性に苛立つ。が、そんな事を考える暇もなく、私の前に立つ女が、三本のナイフを指に挟んでこちらに来る事が分かった。
アレで刺されたら間違いなく死ぬんだろうなぁ。なんて他人事みたいに考える。こうして私は死んでいくんだろう。
誰からも愛されないままで。
「おい平野! 何をしている!」
そんな言葉が耳に届いたと思えば、目の前の女が私にナイフを振りおろして来て
「危ない!」
女と私の間に、白い何かが飛び込んでくるのが分かった。
「……何してるの?」
私が口からその言葉を吐き出す頃には、飛び込んできた彼女の服が徐々に背中から赤く侵食されていた。
「何って……見て分からないって訳ですか……っ……!」
彼女は、平野平子は顔を歪めて心底苦しそうにしながら、私の盾となり背中で女のナイフを受けていた。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.266 )
- 日時: 2018/01/01 13:07
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 4mXaqJWJ)
平子の背中には激痛が走っていた。視界がグラグラと揺れ動き、所々が朧気な景色になる。が、それでも、平子はそのまま振り返り、思い切りアカネに蹴りを入れようとした。が、平子の踵は空を蹴り、アカネはバック転するようにして後ろに下がっていた。
「邪魔だよ!」
「アカネ! 止めろ!」
円の静止が聞こえるほんの少し前に、アカネが平子に向かって何本もナイフを投げる。背中に走る痛みからか、平子はそれを避けるような行動を取ることができない、というよりは、そんな事ができる余裕が無かった。
しかし、ナイフは途中ではじかれる音と共に床に撃ち落とされる。
「あなた達の相手は私です」
円とアカネが声の方を振り返ると、そこには両手を失いボロボロになった、しかし一切の揺らぎのない瞳と意志を携えた、平野平子ではない、平雨平瀬がいた。彼女の能力で円の能力を模倣し、念動磁場でナイフを撃ち落としたのだ。
「……平雨平瀬、お前の目的は俺達と一致していると思うんだが?」
「あなた達の目的はあくまでも『脅威となりえる存在の排除』。私の目的は『平野平子の護衛』です。決して同一視できるものではありません」
「山瀬裁華という相手に対して、俺達は同じ立場にあると思っていたがな」
「私は平野さんを護衛する事を言い渡されました。しかし、こうも言われました」
「最も重要視するものは、平野平子の意志であると。そして私は彼女の意志を尊重します」
「……なるほどな」
円は首を右左に倒して音を鳴らすと、再び鋭い目で──敵意を含んだ目で──平瀬を見る。いや、睨み付ける。
「変に考えずに死に損ない一人を始末すると考えれば良い訳だな」
「いや、それは違うぞ。不知火」
平瀬の後ろの暗闇から、靴音を鳴らして一つの人影が近付いてきた。背丈は高く間違いなく成人男性だ。フードを被っていて、そのせいか顔がよく見えない。
「二人だ」
円は昼間のことを思い出す。二人の男女が自分達と同じように平子と裁華を尾行していた事を。
段々と近づくその人影が、遂に平瀬と並ぶ。そしてフードを取り去った瞬間、円が驚愕に支配された。
「そして撤回しろ」
アカネは目の前の新たに現れた謎の人物が誰なのか分からない様子だった。が、円は知っている。まだ知ってから一月も経過してはいないが、確かにその人物を知っていた。
「俺の生徒を、死に損ないと言ったことをな」
そこには、平子達の担任教師の、円の担任教師でもある、相川悟がいた。
「何故お前がここにいる……!」
平雨平瀬の登場はまだ理解出来た。彼女には大きなバックがあるからだ。
だがここで担任教師である相川が登場する理由が分からない。そんな円の様子を覚ったのか、相川がやれやれと言った様子で話し始める。
「ではこう言えば分かるか? 俺は暗部組織の人間だ、と」
「……とんだ伏兵だ。だが状況は明らかにこちらが優位なのは変わりがない。それでもやるか?」
「やるさ。特別授業だ不知火。一際過激な指導だが、くれぐれも気絶するなよ?」
そう言った相川の手には黒く薄い滑り止めのついた手袋が嵌められており、右手には全長1m以上にもおよぶ長い鉄の棒のようなものが握られていた。
○
「はぁ……はぁ……」
平野平子が力尽きたようにして座り込み、床に倒れ込む。すぐ近くの壁に背中を預けるようにして座る山瀬裁華をここまで運ぶことは、背中から血を流し続ける平子にとっては過酷過ぎる労働だった。
ここは最初に平子が意識を取り戻した部屋だ。平瀬が足止めをしている内にここまで辿り着いたが、いつまでもつかわからない。そう考える平子。
「……ねぇ平子ちゃん……」
そんな平子に、裁華がうずくまったまま声を掛けた。
「どうして私を助けたの?」
「……平瀬ちゃんから聞いたんですよ……貴女の昔の事を……」
「……そう……なんだ……」
先程までの勢いがすっかり消えた裁華は、とても矮小に見えた。
「……結局さ、私は誰からも愛されないんだよ。誰も私の存在を心から認めてくれた人なんていない」
「……なんでそう思うんですか?」
「……親も、親戚も、教師だって、友人だって、親友だって、誰も私をわかってくれる人なんていなかった。最初は良いのに、段々みんな離れていくの。私は何もしてないのに。何もしてないのに!」
その言葉は、まるで子供のようだった。親から誤解された子供が叱られた時の反応のような、理不尽に対して幼い言葉で訴えかけるこどものようだった。
「私の話を聞いてくれるのは、昔からお人形さんだけだった。お人形さんは嫌な顔一つせずに私のお話しを聞いてくれるの。私を傷付けることは無いの」
「だから、私のお人形さんって……」
「そう。私はお喋りしてくれるお人形さんが欲しかった。だから……」
裁華は一呼吸置いて、不意に笑う。ニヒルな、自分を自嘲するような笑いである。
「おかしいよね。分かってる。私も私がおかしいって分かってる。でもさ、もう止まれないんだよ。喋るお人形さんを切った時の、一瞬の温もりを感じちゃったあの時から、もう私は壊れちゃってるんだ」
「温もりって……?」
「人を切った時、ほんの一瞬だけ、あったかい何かがあるの。それは、私が求めてたものなんじゃないかなって。そう思っちゃったんだ」
虚ろな色に変わった目が、乾いた笑いと共に自嘲の色を濃くする。
「ごめんね平子ちゃん、私はいない方がいいんだ。ここで死んじゃった方がマシな人間なんだって、もう分かったから」
裁華は諦めの色が滲む、精一杯無理して作った微笑みを平子に向けた。
それに対して平子は、
「バカ! 裁華さんのバーカ!」
なんとも、高校生が使うにはあまりに幼稚過ぎる罵倒の言葉を吐き出した。
「……え?」
「え? じゃないって訳ですよ! そんなに辛い思いして、どうして辛いって、苦しいって、誰かに聞いて欲しいって、言ってくれなかったんですか!? まあ確かに、私に言わないのは分かりますよ。
でも! それでも! 私は貴女に言って欲しかったって訳ですよ!」
「……私は貴女を傷つけたんだよ? こんな人間、いない方が良いって思わないの?」
次の瞬間、平子が飛ばしたのは言葉ではなく、裁華の右頬に向けた平手打ちだった。乾いた音が部屋に響く。
それは確かに痛いはずだった。だが、裁華は確かに、その痛みの中に温もりを感じた。虐待では感じることがなかった、温もりが。
平子は涙を流していた。その涙の理由も、裁華には皆目検討がつかなかった。
「もういいんですよ……。私は気にしてないです。貴女が今まで、私を含めて沢山の人を傷付けてきた事も、もういいんです。だから……」
そして、今度は平子が裁華を抱擁する。包み込むようにして、できるだけ自分の熱を伝えるようにして。
「貴女は愛されてるんです。少なくとも、私は貴女が好きですよ。裁華さん」
「……ほんとに?」
「はい。でも平瀬ちゃんを否定する山瀬裁華も、裁華さんを否定する山瀬裁華も、人を傷付けて喜ぶ山瀬裁華は嫌いですだから……!」
「どうか……! 私が好きだった、優しくて、明るくて、素敵な裁華さんに戻って下さいよ……! 裁華さん……!」
「私は……私は……」
グルグルと頭の中が回転して、あまりに情報が混雑しすぎて、そのせいで裁華の意識が朦朧とし始める。元々、あんなにボロボロなのに気絶しなかったのは、彼女の執念故だろう。
その途中、彼女は確かに温もりの中で意識が落ちていった。
人を切り裂いた時の刹那的な、鋭く速い温もりではない、ゆっくりと、染み込むように、柔らかい温もりだった。
その中で彼女は思った。
──私は今、世界の誰よりも幸せだ。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.267 )
- 日時: 2018/01/03 14:48
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
一方、相川は車椅子に座る円とそれのすぐ側に立つアカネと相対していた。両者の距離は10m程しかない。つまり、どちらの能力も射程範囲ということである。
「俺は後方支援をする。アカネ、前に出ろ。相手を掻き乱すだけでいい。いつでも下がれるように突っ込みすぎるなよ」
「了解だよーご主人!」
アカネが足に力を込めて、思い切り床を蹴った。瞬間、爆発的な速度でアカネが相川に迫る。突き出された手に握られているのは、一本のナイフ。
相川は手に持った先端の尖った鉄の棒でそのナイフを受ける。金属同士がぶつかり合う特有の音が反響すれば、アカネの武器が弾き飛ばされた。
だがアカネはそんなものに関心を向けることなく、どこから取り出しているのやら、新たなナイフを二本取り出して相川に至近距離で投げ付けた。狙いは心臓。
臓器を抉るはずの飛来する凶器。だが、寸のところで何かに弾かれる。
ナイフを防いだのは鉄の棒だった。床から生えるようにして、何本かの先端の尖った鉄の棒、まるで異常なサイズの鉄杭のような見た目のそれが、本来相川に致命傷を与えるであろうそれを、完璧に弾き飛ばしたのだ。
「……釘?」
円はその鉄の棒の形状から思い付いた物を真っ先に口に出す。先端が尖り、反対側には小さな返し。それはまるで、鉄の杭のような形状をしていた。
「正解だ。俺の能力は[鉄杭を操る能力]自分の触れた壁や紙などの『面』から鉄の釘を出現させられる能力。ただし大きさは自由だがな」
円はその説明を聞いて納得したように息を漏らす。彼の視界に映る、相川の手に握られた武器は、確かに大きな釘のようにも見えたからだ。
「フン、その程度の能力なら問題ないな」
「……やれやれ、暗部の人間にしては些か浅はか過ぎるんじゃないか? 不知火」
相川のその言葉を、意味の無いハッタリ、挑発と受け取った円は、自らも攻撃に加わり念動磁場を使って周囲の残骸や、念動砲弾を飛ばして攻撃する。もちろん、全てアカネに当たることのないコースだ。
そしてそれと同時に、アカネも接近して一気に畳み掛ける。念動砲弾などの後方射撃が到着する前に、アカネが相川に一発の拳を打ち込んだ。それを鉄杭の腹で受ける相川。本来なら防御できたはずだった。が、アカネは能力者だ。謎の能力によって、その鉄杭がへし折られ、勢いのままに相川の腹に拳がめり込んだ。派手に吹っ飛んだ相川が背中から壁に激突する。
そこへ円の攻撃が到着、相川の周囲に爆発したように砂塵が巻き起こり、二人の視界が遮られる。
砂塵が晴れた時、そこには相川が立っていた。
血が流れ、おかしな風に形が歪んだ肩を押さえながら。
「もう終わりだ。ここで嗅ぎ付けられた以上、消えてもらいたい所だな」
「不知火、悪いがこの程度の傷で勝ったつもりなら、その考えは間違いだと言わざるを得ないな」
「最後まで口の減らない奴だ」
円がまたしても、念動砲弾を飛ばす。本来不可視の筈のそれは、どうやっても鉄杭で相殺することはできない。
だが、その念動砲弾が何かによって防がれる。
「……なるほどな。鉄杭を格子状に組んで壁を作ったか」
相川の前には、鉄杭で格子状に組まれたフェンスのような壁が作られていた。不可視の念動砲弾とは言えど、仕切られた面を通過することはできない。
「ああ、これでお前の念動砲弾は防げる」
相川の少しニヤリとした顔を見ても、円は一切表情を変えることは無かった。
「ならば、その壁を壊せばいいだけだろう?」
次の瞬間、大きな音を立てて鉄杭の壁の一部が折れた。続けてその周辺の鉄杭が歪み始める。歪な音を立てて、壁の一部が破壊され、人が侵入できる程のスペースができる。
そこに、待ってましたと言わんばかりにアカネが飛び込んだ。そして相川に再び拳で一撃を加えようと迫る。
「ああ、お前ならそうすると思っていたよ、不知火。だって俺はお前の教師だからな。教え子の考えてることくらい、俺には分かるさ」
次の瞬間、円は不意に身体が揺れるのを感じた。咄嗟に自分が座る車椅子に目を向けるが、既に時は遅かった。
車椅子に、何本もの鉄杭が突き刺さっていた。まるで、車椅子が動かないようにそこに固定するように。
「俺の能力は触った面からなら、幾らでも鉄杭を出せる。こんな風にな」
次の瞬間、円の四方八方が文字通り鉄杭の先端の尖った部分に囲まれた。
周囲の壁、天井、床、全ての面から、円に向けて、鉄杭が円に向かって突き出ているのだ。
円は一瞬、周囲を見回しそうになったが、そうすることは出来なかった。なぜなら円が少しでも体を動かせば、今も周囲を取り囲む鉄杭達が身体に刺さるからだ。それほどまでに、鉄杭達は円に接近していた。
「どうだ? 釘の先端に囲まれる気分は。少しも体を動かせない気分は?」
相川が挑発的な態度を取るが、円は何も反応しない。というより、身動き一つ取れない。
「ご主人を……離せェェェェェェ!」
半分絶叫の言葉を吐き出しながら、アカネが右拳を突き出す。しかし、突き出された拳を受け流し、アカネの左肩を掴み、右足でアカネの左足を刈り床に倒した。柔道で言う大外刈りである。
もちろん、予告も無しに柔道技を決められて受け身など取れるわけもない。背中を思い切り床に打ち付けて息を外にむせ返ったように吐き出す。
「悪いな。だが俺も折れ方の腕を使ったせいで痛いんだ。これで帳消しにしてくれ」
なんとも都合の良い理論を並べるが、当然アカネは抵抗する。だが相川はアカネの首を掴んだ後に、よく聞こえるようにこう言った。
「抵抗したら不知火を殺す」
その声は、先程までの教師としての相川の声ではない、アカネはそんな気がした。
アカネと同様の感想を持った円の首に、汗が伝う。
「さて不知火。これから和平交渉と行こうじゃないか」
「和平交渉……? ここまでやっておいて、本気で言っているのか?」
「生憎だが俺は自分の生徒を殺すほど自分を失っちゃいない。そもそも、俺がここに来たのも、生徒の頼みだ。生徒の頼みで来たのに生徒を殺してどうするんだ」
相川の、先程の底冷えするような態度とは一変した口調に、円は拍子抜けしてしまった。
気が付けば、もう鉄杭は無く円は解放されていた。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.268 )
- 日時: 2018/01/14 12:05
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
平子が目を覚ました時、そこには何度見たか分からない程に見ている天井が目に映った。つまり、自宅の天井である。上体を起こして身体を伸ばし、盛大に欠伸をする。
「あー、眠いー」
このまま二度寝してしまおうかと一瞬考えた平子は寝ぼけ眼で目覚まし時計を見る。どうやら時計を見る限り、今は午前7時である事が分かった。
今日は日曜日だし。そう考えて布団に再び潜ろうとする平子。だが、今日が日曜日という事を思い出した事で、連鎖的に昨日の記憶が引っ張り出される。その後平子が跳び上がるようにベッドから出たことなど、言うまでもない。
「え? 待って。なんで私自分の部屋にいるの。え?」
どうにも辻褄が合わない記憶。そもそも自分がいつ意識を手放したのかすらもハッキリしない。そんな状況で、ふと平子は自分の部屋の中に今まで無かったものがあることに気が付いた。
遠目に見ればただの封筒だが、近くから見ると自分宛のものだと分かった。テープを慎重に剥がして中身を抜き出すと、どうやら手紙らしい。今どき手紙とはレトロなものを。そう考えつつも中身を読もうと折り畳まれた紙を広げた。
『平野へ。
現場で気絶していたお前や山瀬裁華は保護された。恐らく闇医者の治療も受けているハズだ。
お前の親には疲れたところを自転車に撥ねられたと説明した。一応、大きな外傷はこちらで治しておいたが、あまり無理はするなよ。
それから山瀬裁華に関しては暫く様子を見る事にした。お前が命を賭した事で、何か変化があるかもしれないからな。
平雨平瀬に関してはサッパリだ。あの後どうなったのか、完全に俺の意識外だな。
ああ、学校であっても変な態度をとるなよ。怪しまれるからな。
不知火』
「……円君、多分冷たい態度を取ってるつもりなんだろうけど、節々から優しさが溢れてるよ……」
苦笑しながら漏らした感想は、少し不器用な青年に大しての言葉だった。
心配事が無くなったところで──というのは少し嘘になるが──平子はもう一度布団に潜ろうと毛布をめくる。が、その過程で、彼女の視界に勉強机が映った。
(……あ、課題手を付けてない)
どうやら、平子に二度寝する余裕は無さそうだった。
「もぉぉぉぉぉ! ツイてないって訳ですよぉぉぉぉぉ!」
ここ最近で一番大きな声を張り上げた平子。そして数秒後に「うるさい!」という注意が飛んできた。
○
そして月曜日。
平雨平瀬は普通の学生のように登校していた。席についてカバーのついた文庫本を読む彼女の肩の先には、機械とは思えないほど自然な腕が付いている。その偽装は人口ポリマーによるもので、ちょっとやそっとの事では破れない仕様になっている。
時間帯は朝。まだ人は少なく、平瀬の居る教室に関しては平瀬以外には誰もいない。九月と言うこともあり、窓は全開にされていた。そこから吹き込む風がふわりとカーテンを押し上げ教室に涼しい風を届ける。
「あ、平瀬ちゃんおはよー」
そんな平瀬に声をかけたのは、今日も相変わらず白い長髪に高身長が特徴の平子だった。その四肢は制服に包まれており、肩から通学鞄を下げていたり微笑みを乗せた表情で、その紫色の瞳を真っ直ぐ平瀬に向ける。因みにこの平子、未だに終わらせていない課題を朝学校でやろうという、多少は緋奈子や紡美に見せてもらおうという魂胆で早い内に登校したクチである。
「あっ……おはよう……ござい……ます……」
平瀬は平子に顔を合わせるが、反射的に少しだけ目を逸らしてしまった。
──私はきっと、気持ち悪い存在なんだろう。
平瀬はそう思えた。なにせ、平瀬は平子のクローンなのだ。全く同一の遺伝子を持った、コピー、贋作、模造品。人は全く同じことをする事を俗に『パクる』と言うが、平瀬は正しく平子そのものを『パクった』存在なのだ。そして、『パクられた』側は『パクった』側を激しく嫌悪する事が非常に多い。
「んー? 平瀬ちゃんどうしたの?」
そう考えている平瀬にとって、平子は無理をしているように見えた。無理してこちらを気遣って、声を掛けたくもない相手に、平然と声を掛けている。勝手に自分で感じた平子の優しさが自分の心の傷にしみるのと同時に、苦しい思いをさせているという事に罪悪感で胸が締め付けられる思いだった。
「あの、平野さん。もういいですよ」
「何が?」
「私の事、気持ち悪いでしょう? そう思ってますよね。……別に無理して声を掛けて貰わなくてもいいので……」
その言葉を、平瀬が無表情を貼り付けた表情で紡ぐ。まるで、なんとも思っていませんと必死にアピールするように。
そんな平瀬に、平子は一瞬驚愕したように目を見開き、そしてその場から離れる────訳もなく、むしろ近付き平瀬の両肩に両手を乗せて、顔を鼻が触れ合う直前の位置まで近付けた。乱暴にドサッと音を立てて肩から下げていた鞄が落ちる。
「……あの、何をしてい」
「平瀬ちゃん、次そんなこと言ったら本気で殴るからね」
平瀬の疑問の言葉を遮り、平子が真剣な顔で真っ直ぐに言った。それは剣幕めいた雰囲気を纏いつつ、どこか悲しみを漂わせている。
「……なんで、ですか」
「私はね、平瀬ちゃん。本気で平瀬ちゃんのことを気持ち悪いなんて思ってないって訳だよ」
「……でも! 私は貴女のコピーで、模造品で、贋作で……自分なんか無い、ただの人形みたいな……そんな存在……なん……ですよ……」
最初は声を張り上げてしまったものの、段々と薄くなっていく平瀬の声。顔は沈み、彼女の頭の中では自己嫌悪が積み重なっていた。
「だからどうしたって訳なの?」
「……え?」
「平瀬ちゃんがクローンとか、コピーとか、贋作とか、模造品とか、そんなの関係ないって訳だよ。平瀬ちゃんは平瀬ちゃん。それが今私が証明できる一つの真実。それ以外に何かいるの? それ以外に、私が平瀬ちゃんを平瀬ちゃんって呼ぶ為の理由がいるの?」
「でも……! だって……! そんな……!」
「平瀬ちゃんは秘密を知られて、避けられるんじゃないかって。そう思った? だったらふざけるなって訳だよ。私が、たかがクローンとかサイボーグとか、そんなどうでもよくて、下らない事のために、友人を辞めるなんて思ってたの?」
平瀬は何かが砕けるような音がした。それは、今まで平瀬を縛っていた鎖の砕ける音だ。平瀬が雁字搦めになって、どうしようもなかったその鎖を、平子は平然とした様子で、どうでもいいと、下らないと、そう切り捨てて引きちぎったのだ。
「……そうですか。そんなことは、どうでもいい、下らない事だったんですね。ははは……私って馬鹿ですね」
「そうだよ。そんなところで悩んじゃうなんて、平瀬ちゃんって思ったより抜けてるんだね」
そして二人で笑い合った後に、平瀬が思い出したかのようにこう言った。
「……ところで、私と平野さんって友人でしたっけ……」
「え? もうすっかり友人かと……」
「私は友人の定義がわからないのでなんとも言えません……」
参ったなー、と呟きながら困ったような表情をして頭に手を当てる平子。だがすぐに、あっと閃いた様子で提案する。
「だったらさ」
平子はそう言って、平瀬にすっと右手を差し出す。
「私と友達になってくれませんか?」
平瀬は、その手をゆっくりと、恐る恐る伸ばし、そして震えながら、その手をしっかりと力強く握った。
「こちらこそ、宜しくお願いします。平野さん。……それと、一つだけ訊いていいですか?」
「どうしたの?」
少し口ごもる平瀬。恥ずかしそうな表情で目を逸らすが、深く息を吸った後に、真剣な、というより、少し不安そうな顔で、平子に顔を向けた。
「平子ちゃん……って、呼んでもいいですか?」
その瞬間、静寂が教室を支配した。
平子の表情が驚いたような表情から、段々と真顔になり、そして──笑いを堪える表情へと移り変わっていく。そして我慢の限界が来たのか、平子は軽くふふっと吹き出した。
「わ、笑わないで下さい……!」
頬にほんのりと朱が差した平瀬が、平子に軽く眉を釣り上げて平子を批判する。平子はごめんごめんと軽い様子で返した。
「そんなことを訊いてくるなんて思わなかったって訳だよー。平瀬ちゃんは可愛いなぁー」
「そ、それより……ダメですか?」
「いや? 全然呼んで大丈夫だよ?」
平子のその言葉に、平瀬の表情が花が咲いたかのように満開の笑顔になる。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる平瀬に平子がいやいやいやとツッコミを入れたところで、また二人が顔を合わせて笑い合う。
平瀬は願う。
「……平子ちゃん。私の初めての友達になってくれて、ありがとうございました」
「……どういたしまして。こっちも、平瀬ちゃんと友達になれて、嬉しいよ」
こんな風に、二人で笑い合える日が
、少しでも長く続く事を。
○
これは、とある男の話だ。
男は決まった自分か無かった。
いや逆だ。男は決まった自分を幾つも持っていた。それは教師の自分であったり、冷酷な仕事人の自分であったり、それは様々な顔を持っていた。
いつどこにいるかもわからない。複数の側面と立場を同時に持つもの。ただ知られているのは『相川』という苗字だけ。
そんな彼こと相川悟は、例の一件の事後処理を終えた後に近場のファミリーレストランに来ていた。
「相川君、早夜さん、注文は決まりましたか?」
「私はカルボナーラかな〜」
「……俺もそれでいい」
そして相川の視界に移り込むのは二人の人物。片や天澤秋樹の兄であり、とある企業の一従業員という肩書きを持つ天澤春樹。片や特殊警察の医務部のトップである立待月早夜。相川はこの異色の二人と顔を突き合わせていた。
「それで相川君、今回の協力要請は私にはこの一件の揉み消し。早夜さんには負傷者の治療、という事ですね?」
「ああ、間違いない。帳簿に付けておけ」
はぁ。とため息をつく相川。こんな面倒な制度がある組織はこれだから嫌いなんだと視線で訴え掛けているのを春樹は悟ったのか、相変わらず貼り付けられた笑顔のまま言葉をかける。
「仕方が無いでしょう。これが私達『ロンリーウルフ』の決めたルールなのですから」
ロンリーウルフ、とはこの三人が所属する組織の事だ。いや、正確に言うなら組織という訳ではない。
例えば円やアカネが所属しているシャドウウォーカーズは一団体として依頼を受けたりする。が、この組織は団体という扱いではない。
例えば、人員A.B.Cが居たとする。
Aがとある仕事を請け負ったとしよう。その時、Aは助力が欲しくてロンリーウルフに救援を要請。ロンリーウルフに所属するBとCは気が向いたらその件に協力する。この時Bが協力しCは無視したとしよう。
すると、AはBに対して借り、次にBから救援要請が来た際には必ず行かねばならない。というルールだ。要は『借りは返す。貸しは返させる』という至極単純なルールである。
今の場合だと、相川は早夜と相川に一つの貸しが出来たことになった。なので、次に二人から救援要請が来た際には必ず行かねばならないのだ。
「あはは〜今からサトちん君に何お願いしようかな〜楽しみだな〜」
因みにオレンジジュースをストローを使って口に運んでいる早夜の姿は子供バージョンな為に、傍から見ると二人の成人済み男性が一人の幼い女子を連れているという大変犯罪的な光景に見えてしまう。この中で最年長なのは早夜なのだが。
「……あまり厄介事を持ってくるなよ……?」
「大丈夫ですよ。私は不可能な事は言いませんから」
春樹の含みのある笑いに相川は怪訝な目を向ける。彼の言葉ほど信用出来ないものはないと相川は知っている。それこそ、妹の為なら司る能力者さえも殺そうとする程の人物なのだから。
「……まあ、いいか」
それでも、自分の教え子を救えた事に、相川は教師としての満足を、確かに実感していた。
- Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.269 )
- 日時: 2018/01/14 12:56
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: apTS.Dj.)
あとがき
平子「私の主役回でしたね」
時雨「……」
風間「……」
平子「……二人共、半年くらい出てないからってそんなに落ち込まないで……」
時雨「……辛いものは辛いんだよ……」
風間「俺の存在とか覚えているやついるのか……」
平子「まあまあ!気を取り直していきますよ!」
時雨「まずかなり前だが雪菜の件だな。とある組織でリモデルチルドレンが作られている。まあそのうちの一人の雪菜は逃亡。例の研究所に行くわけだ。」
風間「その途中にいろいろいざこざあった」
平子「苗字に関しては察してとしか言えませんね」
時雨「山瀬裁華の件は暴走した山瀬裁華が平子を拉致った事件だな」
平子「裁華さんは何回もやってるみたいだけどね」
風間「相川に関してはずっと2人とか組織とかと繋がってたわけだ」
平子「質問とかあったらコメントしてくださいね」
時雨「次は俺の出番が多そうだな」
風間「セカイニスクイハナイノカァ!?」
平子「キャラ崩壊激しいのでやめて下さい」
影雪「今回雑じゃねーか?」
平瀬「作者が1度全消ししてしまって意欲が死んだらしいです」