複雑・ファジー小説

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.270 )
日時: 2018/01/28 20:31
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「…………」
「おい、もう口を割ったらどうなんだ」

 その男の双眸が、机を挟んで椅子に乱暴に座る男を睨み付けながら言う。机に乗ったスタンドライトが二人を照らし、狭い部屋の中には四人の人影。一人は二人の男の会話を一言一句残らず記録。もう一人は二人の男を監視するように隅で後ろで腕組みをして直立不動で佇んでいる。

「……オレはやってねー。何回言えばいいんだよ」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!」

 金髪の男の面倒そうな声の返答に、思わず手を机に叩き付けて音を立てた男性は、少しだけ太め腹に広い肩幅。如何にも悪人のような顔をしている。これでも彼は警官であり、目の前の金髪の男はこの警官から取り調べを受けているのだ。

「現場から証拠はアガってるんだ! 三人の死因は感電死、殴打、そして血液の沸騰。こんなことを一人で出来るのはお前ぐらいなんだよ! 現場の惨状から読み取れた足跡もお前の家にあった靴とほぼ同じ。もうすぐ靴の裏の成分の鑑識が終わって結果が出るだろうよ」
「……めんどくせー……」
「面倒臭いじゃない! 三人も人が死んでいるんだぞ!」

 そうやって警官が騒ぎ立てても、相変わらず金髪の男は気だるげにしている。その目は、あたかも転がっていた小石を踏みつけた時のように、本気でどうでもいいと物語っていた。
 天の代わりに天井を仰いで、金髪の男──風折影雪──は肺の底から息を吐き出した。
 心底、心の底から億劫に。


第10章『殺人犯、風折影雪』

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.271 )
日時: 2018/02/06 18:01
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 取り調べというよりは、最早一方的なまでの押し付けを後にした影雪が、疲れきった顔のまま自分の牢屋に入れられる。広くも狭くもない牢屋の中で座り込んだ影雪は、そのまま天井をのシミでも数えながら自分の置かれた状況を整理していた。

(強化ガラスと鉄格子だけの簡易的な牢屋。恐らく一時的なもので今後もっと厳重なものに入れられるハズだ。つまり破って脱走するなら今が丁度いい。しかしそれだと法的にマズイことになる)

 強化ガラスと鉄格子の本来は十分すぎる拘束力を持った二つを、簡易的と評した影雪。そのまま更に頭を回す。

(オレが逮捕された理由は暴行と殺人。いや、これだけじゃオレは逮捕されねー)

 そう、そもそも『司る能力者』である影雪は大体の事なら現場で見つかっても、多少のやり取りをすれば終わることだった。しかし、今回はそのやり取りすらなく、初めての事情聴取どころか牢屋にすら入れられる始末。とても尋常な自体とは言えない。

(……やっぱ、アイツの死体を使ってハメられたのがマズかったか……)

 影雪は不機嫌そうに舌を鳴らし、近くの壁を八つ当たり気味に能力を使わずに殴りつける影雪。あまり音は鳴らず、大した破壊も起こらないが、それでも多少は虚しさによって苛立ちが打ち消されたこともあり、多少は冷静になった影雪。そして、そのまま自分の記憶の中へと潜り込む作業を開始した。





 これは、ほんの数日前の話だ。

「よう風折」
「……誰だ?」

 駅で妹こと風折雪花と共に電車を待つ風折影雪に声をかけたのは、二十代程の男だった。
 銀の髪を横分けに整えている、身長の高いスラリとした男である。優男と言った感じでその容貌は暑苦しさなど一つも感じさせない涼しげで余裕のある雰囲気を纏っている。

「……三田クンかよ。要件はなんですか?」

 声を掛けてきた男のことを影雪は知っていた。この名前は三田瑠伊(さんだ/るい)。歳上の彼に影雪は取り繕うように敬語を使っていた。最も、隠す気がないらしく言葉の節々から本音が溢れ出ているのだが。

「ははっ。相変わらず棘のあるやつだな」
「アンタが馴れ馴れしいんですよ」
「……えっと、お兄さん。この方は?」

 雪花が戸惑うようにして兄に尋ねると、途端に三田が彼女の方を向いて恭しい様子になる。

「初めまして。私は三田瑠伊。『司る能力者』の一員です」
「あっ、そのっ、初めまして。妹の雪花と申します!」

 慌てた様子で挨拶を返す雪花を見て、キョトンとしたように影雪と雪花を交互に見比べる。

「……何か言いてーんですか」
「いや、お前達ほんとに兄妹なのかな……とか」
「れっきとした兄妹だっつの」

 険悪な眼差しを隠そうともしない影雪を、なんと雪花が間に入って和ませようとする。妹に弱い影雪は、すぐに険悪そうな目線を止め、普通の目線で三田を睨み付けた。それに雪花がもっと困惑したのは言うまでもない。
 三田が居づらそうに頭をかいたところで、ちょうど駅にけたたましくチャイムが鳴った。どうやら電車がもうすぐ着くらしい。と影雪が推測すると、案の定と言うべきか、数秒後には電車が三人の目の前に停まった。

「行ってきますね。兄さん」
「ああ、行ってらっしゃい」

 そう言葉を残して、電車の中へと乗り込む雪花。影雪が手を振ると同時に電車が動き始め、それが段々と小さくなり見えなくなったところで、影雪は三田の方を振り返った。

「で、要件はなんだ」

 ほんの少しだけ、違った顔つきで。

「……妹の前では良い兄で居たい、か。分からなくもないな」

 雰囲気の豹変した影雪に一瞬だけ顔を顰めるものの、少しヨレたスーツのネクタイを締める動作をして顔を締まらせる三田。
 
「さっさと話せ。こっちはそこまで暇じゃねーんだよ」

 あからさまに睨み付けるような視線を送り威圧する影雪と、それに気圧されつつも慌てて要件を話そうとする三田。

「わかったわかった……と、言いたいところだが、コイツがちょいとばかし話しづらい用件でな」

 すると、三田は途端に影雪に耳打ちするかのように、というか実際にしようと顔を近づけた。

「明日の午前。b-5の工場地区。場所は追って電話で言う。お前を信用しての事だ。いいか、誰にも話すなよ」

 そう言うと、三田はそのまま早足でその場を離れてしまった。
 影雪は引き止めるなどということはせず、ただただ思考を回転させていた。

(アイツが俺に何の用だ?)

 今まで馴れ馴れしく絡んできたものの、アイツが俺に助けを求めたことなんてねーんだがな。などと小さくポツリと呟いた影雪。頭の中では二つの可能性があった。
 一つは本気で困った個人的事態。もう一つ何かしらの取引。そして──影雪への襲撃。
 少なくとも、三番目は無いだろうと影雪は踏んでいた。何故なら、『司る能力者』には現在同盟が課せられ、『司る能力者』同士が争う事は禁じられているからだ。
 だが一つ目にしろ二つ目にしろ意味が分からない。影雪はDHAの一件を除いて何か隠された情報を握っているわけでもなければ、三田から何か依頼されるほど親密な訳でもない。彼の思考が全く掴めない影雪は、少しだけ屈辱を感じつつ地面を蹴るしかない。
 結局、影雪は考えても無駄と切り捨てて、その場を離れることにした。どうせ少し経てば分かることなのだから、と。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.272 )
日時: 2018/02/09 20:51
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

『三田さんについて?』
「あーそうだよ。なんか知らねーか」

 影雪は帰りの途中で、情報収集がてら電話を掛けていた。相手は、あのシャドウウォーカーの副長、聖林寺である。

『……特に素行が悪いみたいな事は記憶に無いわ。何方かと言えば礼儀正しい方ね』
「……それ以外に話すことねーのかよ」

 あまりに聖林寺がどうでもよすぎる情報を話すものだから、思わず皮肉っぽく返してしまう影雪。

『…………』
「…………できれば図星じゃねーほうがありがてーんだが」

 だが聖林寺が黙ってしまったことにより、思わず頭を抱えてしまう事態となる。自分よりも長くこの世界で生きてきた聖林寺すら彼の情報をあまり持ち合わせていないのだ。これはオレが探しても無駄なんだろう。と影雪は思わざるを得ない。

『……一応、彼はサラリーマンとして働いているわ。業務内容は……とても明かせない方らしいけどね。私も詳しく知らない』
「謎に包まれ過ぎだっつの。めんどくせーな」

 少し影雪が苛立ち気味に足元の小石を蹴る。少し速いスピードで転がって行く。が──何かにぶつかりその動きを止めた。
 影雪がそちらに目を向けると、あまりに唐突すぎてギャグにしか見えない光景が目に広がっていた。

「……ギャグにしちゃ随分とナンセンスだな……」

 それは、歩道のど真ん中で倒れた女性の姿だった。いや、寝ているとも取れなくはないが、にしてもあまりに非常識だ。
 青痣のような青紫色のボサボサ髪。ケアが行き届いていない事が、あまりそちらに詳しくない影雪でも見て取れた。
 泥だらけのパステルブルーのパーカーには大量の汚れが身に付いており、またそれは彼女のヘソから下を隠し切れていない。右脚部分が破れて露出しているよれよれのジーンズによって女性の尊厳は守れているが、完全にヘソだしファッションである。
 近くにはボロボロで穴が空いた茶色いキャスケットが転がっており、全体的に泥やらで不潔だ。何か火傷でも負っているのか、腕と脚にまるで手袋や靴下のように包帯を巻きつけている。その少女──と言うには少し身長の高い、具体的には174cm程の少女が、幸せそうな表情で路上で寝ていた。

『どうかしたのかしら?』

 先ほどの発言の真意を聞いてくる聖林寺に、影雪はその状況を説明する。

「────」
『ああ。多分セツナちゃんね。憂海セツナ(うつみ/せつな)ちゃん。要約するとホームレスやってるわ』
「ホームレスはやりたくてやるもんじゃねーけどな」

 発言を訂正しつつも、聖林寺の情報力に下を巻く影雪。むしろこれほどまでに、具体的には路上に倒れている人間の名前を言い当ててしまうだけの情報量を持つ聖林寺ですら正体が掴めない三田というものは、一体何者なのだろうか。
 そこまで考えを巡らせたところで、ふと影雪が思ったことをいう。

「オイ、コイツ放っておいて大丈夫なのか」
『大丈夫じゃないわね。その子いつもはもっと人が少ないところにいるもの。その辺りにいるなら、多分仕事でも探しにフラフラしていたんじゃないかしら』
「仕事?」
『彼女は一応能力者よ。他人から依頼を受けるタイプのね。だから私も同じ仕事をした事があるけど──私はその子ほど素直な子を見た事がないわ』

 決して良い意味でも無いけどね。と付け加える聖林寺。彼女の口調には少し何か含まれているような気がした。
 が、影雪はそんなことには毛頭気付かず、セツナの近くに言って頬をペチペチと叩く。暫くそうしていると、その目がパチリと開けられた。群青色の瞳だった。

(……コイツ、臭うな。普通に臭いのもあるがそれだけじゃねー。鉄臭い。鉄の臭いなんか普通は付かねーんだよ)

「ううん……ん? 君は……誰?」
「風折影雪。ちょいとばかりお聞かせ願いてー事があってだな」
「……朝ごはん付きなら」
「オメー……図々しい奴だな」

 あれから影雪は電話を切った後に適当なファミリーレストランに入った。九時ごろということもあり、まだまだ店内は席に余裕がある。
 席に座ってメニューを雑に渡す影雪。

「それで、私に聞きたいことって?」
「オメー、三田瑠伊って名前に聞き覚えあるか?」

 メニューをパラパラと捲りながらセツナが答える。

「あるよー」
「……マジかよ……」
「それでサンダがどうかしたの?」
「ああ、そいつの事何か知ってねーか?」

 影雪は完全にセツナから聞くことは諦めていたのだが、意外なところに情報というものは落ちているものだ。少しだけ驚きを隠せない影雪は質問を続ける。

「すみませーん。……えーと、私はこれとこれで。カゲユキは?」

 だがセツナは完全に質問を黙殺して注文を始めた。来た店員があまりの不潔さに驚いているが、影雪はそんなことなど露知らず、ただため息を漏らすだけだった。

「いらねーよ。こちとら朝はしっかり食って来てんだ」
「あ、そう。じゃあこれとこれも追加で」
「えーではご注文の確認をさせていただきます。──以上で宜しいでしょうか」
「はいよー」

 一連のやり取りを終えたセツナは、やがて影雪の方へと視線を向ける。

「少し前だけど、なんか訪ねてきたんだよね。いざという時は力が借りたいとかなんとか。いいよーって返したら、私がいつもいる場所を教えて欲しいとか言ったっけ?」
(……ダメだ。全く糸口が掴めねー)

 その後もセツナの話す内容は全て全く意味が分からないものばかりで、影雪にとってはとても有益な時間とは言えなかった。

「……それで全部か?」
「そ。後はもう無いかな」

 注文した料理を口に運びつつ答えるセツナ。一方影雪は伝表を手に取って内容を眺める。

「一人で四品も頼むか普通……」
「食べられる時に食べとかないと持たないんだって」

 そう言えば、と先程聖林寺から聞いたことを思い出す影雪。セツナはホームレスということを。
 影雪は基本的に他人には無干渉な人間だ。誰かと関わりたい訳でもなければ、誰かから思われたい訳でもない。彼がそういった感情を抱くのは妹の雪花のみであり、彼女が世界と影雪を繋いでいると言っても過言ではない。
 だが、そんな影雪にも、多少の温情や憐れみというものはある。枯れてしまっただけで、死んではいない優しさというものもある。

「じゃ、俺は帰る。金はこれで払いな。釣りはいらねーからよ」

 影雪はそう言って、財布の中にある万札を三枚ほど抜き出してテーブルの上に置いた。影雪の見た伝表の総額は、3000円も超えていなかったにも関わらず。