複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.10 )
- 日時: 2015/12/06 18:10
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
今日のバスは心なしか、空いている気がする。気になって瑛太に聞いてみたら、「今日は、3年が進路指導だから午後からなんだよ」と言われた。そういえば、そんなことを担任の中野が言っていた。瑛太が見ていたツイッターの、3年生の先輩と思われる人の「今日は午後から! やったぜ」というなんとものんきなツイートが目に入る。
斜め後ろに京奈がひとりで座っている。それ以外に知り合いはいないように思われる。このバスによく乗ってくる3年の先輩は、音楽を大きな音で聴いたり騒いだりするので、私はそんなに好きではなかった。瑛太が先輩と仲がいいから、社交辞令で笑って対応しているけれど、よくあんなのと積極的に仲良くできるよなぁと思う。
しばらくバスに揺られながら、隣の瑛太となんの意味もない話をする。今日は学食で卵スープを食べようかなだったり、昨日食べたきのこの山美味しかったなぁ、いや私はたけのこ派なの、だったり。そうしていると、いつのまにか次のバス停についてしまった。
そのバス停はそこそこ大きなスーパーの前で、少し行けば高級住宅地が立ち並ぶ。ここでは餅田くんと矢桐くんが乗ってくる。いつも思うのだが、クラスの中で目立つ方の餅田くんと、目立たない方の矢桐くんが並んでいると違和感があるな。ブレザーのボタンを外し、ワイシャツも出して、栗色に染まった髪も時間をかけてセットしているものだろうと思われる、一言で外見を表すと「不良」の餅田くんと、身長がたぶん私より低くて、制服をきっちり着ていて、瞳がよく見えないほど長い前髪に幼い顔立ちの矢桐くん。なんだか、餅田くんが矢桐くんをいじめてるみたい。矢桐くん、カツアゲとかされてないといいけど。
「おっはよ、青山くん。今朝からラブいねぇ」
「餅田おはよー。お前も今年こそは彼女つくりなよ」
茶化してくる餅田くんに、いつもどおり挨拶する瑛太。ここのふたりは、仲がいいらしい。餅田くんの方が一方的に瑛太に絡み回っている印象も受けるけれど、「餅田は良い奴だ」と前に言っていたから、悪く思っていないことは確実だろう。もっとも、瑛太がほかの人の悪口を言うのを私は聞いたことがない。だれとでも平等に仲良くできる瑛太は、友達が多くて頼っている人も多いのだ。その中には当然女子もいて、私は嫉妬してしまうことがたまにあるんだけど、瑛太は1年近くも私を隣に置いてくれている。ううん、なにか裏があるんじゃないかしら。
そんなことを考えているうちに、餅田くんの後ろに居た矢桐くんが、運転手さんに「早く席に着け」と怒られていて、私は失笑した。悪いのは瑛太と喋っていた餅田くんなのに。矢桐くんはことごとく、運が悪いなぁ。餅田くんのほうはそれに気づかず、瑛太と話をやめる気配がない。さすがに私は矢桐くんが可哀想になったのでふたりの会話を止めた。
「ほら、後ろ詰まってるから。餅田くん、早く乗ってよ」
「あー、ごめんね。柚寿」
なぜか瑛太が謝り、餅田くんは「あぁそっか、こいつがいたんだった」とでも言いたげに後ろを向く。言いたげというか、ぶっちゃけ声に出してたけど。矢桐くんは、もっと自己主張をするべきだ。女の子みたいに、黙ってれば誰かが助けてくれるというわけではない。餅田くんや瑛太に言いたいことがあるなら言えばいい。他人事だからそう思うのだろうけれど、私ならそうすると思う。現状で我慢するなんて、私にはできないから。私は常に完璧でいたいのだ。
「……柚寿? どうしたの?」
瑛太が私の顔を見て、「なんか思いつめた顔してたよ、お腹でも痛い?」と聞く。
「ううん、大丈夫。朝食べなかったから、お腹すいたなぁって思ってたのよ」
「そっか、僕今パン持ってるけど食べる?」
「……いいの? じゃあ、もらおうかな。あとでプリンでも買って返すね」
「ありがと。朝食べないと、体育頑張れないよ? ちゃんと食べてね」
瑛太が持っていたイチゴ味のパンをちぎって口に放り込むと、甘い味がふわっと広がった。おいしくて、心がほっとする気がする。
「柚寿ってさぁ、いろいろ考えすぎるとこあるよね。柚寿がどう思ってるのかはわからないけど、柚寿はいっぱい頑張ってるんだから、もっと自信持てばいいのに」
1年間くらい付き合ってきて、何回かは「頑張ったね」と褒められたことがある。それはテストの後だとか、体育大会の後だったんだけど、私はいつだって頑張ってるつもりだ。そうやって自分に完璧を求めすぎた結果、最近は他人にも完璧を求めるようになった気がする。
京奈は、勉強をしないくせに「できない」と言って、私たちに助けを求める。矢桐くんは、自分の意見を言わないでほかの人に助けてもらおうと思っている。餅田くんは、人に気を配れない。みんな完璧じゃない。みんな、駄目駄目なのだ。
私は、私自身がとり憑かれている、酷い狂疾に気付けなかったから、こんなことが言えたんだと思う。私はまだ、私の周りの人々を愚直なほど信じていたのだ。