複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.11 )
- 日時: 2015/12/08 01:01
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
04 表側
「で、その先生が、宿題やってないくらいでガチギレしてさー」
「うっわ、進学校ってこわ。瑛太もキチガイになんなよ」
「なるわけないだろー」
土曜日、昼下がり。今までは模試や講習に追われていて、一日いっぱいオフな日は取れなかった。ガラス窓越しに映る街は、土曜日なのに忙しそう。家にいても暇なので、僕の幼馴染で一番仲の良い、いわば親友の七海明治と駅前のスタバに来ている。近況報告しようぜ、とラインすると、彼は二つ返事で了解してくれた。
明治と書いて「あきはる」と読むこいつは、櫻鳴塾より偏差値が40低い工業高校に通っている。「俺たちなんか毎日溶接だからな」という話を聞いていると、レジに立っていた店員と目が合った。
店に入った時から思っていた。スタバの店員がさっきからこっちをちらちら見ている気がする。バニラクリームフラペチーノに、チョコレートチップとチョコソースを追加でつけてもらったのだが、クリームを多めにおまけしてくれたし、なにより受け取ったコップにハートマークが書かれている。抹茶クリームフラペチーノを頼んだ明治のプラスチックのコップにも同じく大きめのハートマークがあった。この前柚寿と来た時は「welcome!」だけだったのにな。「まったく、モテすぎるのも困るよなぁ」と明治は笑う。
明治は将来、モデルかピアニストになりたいらしい。HAREで、彼女に買ってもらったというワイシャツとジーンズは、よく似合っている。明治とは服や小物のセンスも似ているので、一緒に買いに行くことが多いし、彼女さんとも面識がある。たしか、社会人の方だったかな。ピンクブラウンの品が良さそうな髪型が印象的だった。
「そんなことより、聞けよ瑛太。そろそろ彼女と別れそー」
抹茶の緑と、ホイップクリームが綺麗に混ざったジュースを飲みながら、さもどうでもよさそうに明治は言う。ストローを噛む癖は昔から治っていないな。
「え、仲良かったじゃん。どーしたんだよ」
明治は前から、彼女ができても一ヶ月持たずに別れる奴だったから、僕もそう身構えることはなかった。でも今回の彼女とは二ヶ月くらい続いていたし、前会った時は「俺はリコと結婚する」って言ってたのにな。また別の女に浮気したのだろうか。
「あいつ、わがままなんだよ。奢ってくれるのはいいんだけど、ケンカするたび『あの時奢ってあげたでしょ?』って言われるし。仕事が疲れたとか言って、全然ヤらせてくんねぇし。もう疲れたよ、パトラッシュー」
「はいはい、お疲れお疲れ」
テーブルにだらーんと伏せて、「もっと慰めろよー」と明治は曇った声で言う。フラペチーノ片手に、毎日セットに50分かけているという頭をぽんぽん叩いてやる。当たり前だが、柚寿よりずっと固い。
「柚寿ちゃんは全然そんなことないだろ? 美人だし。気が強そうなとこがあれだけど、そういうプレイが捗るしなー。いいなー」
「そんなことないって。柚寿も他の女も同じようなもんじゃん」
柚寿とは、来週で一年になる。
高校の入学式の時、柚寿を初めて見た。進学校ということで、ただでさえ男子の割合が多いのに、数少ない女子が地味で芋っぽい子しかいないな、と途方に暮れていた時に見つけたのが柚寿だった。身長が高くて、スタイルが良くて、それに顔も整っている。手を出すなら他校の女子にしようかと思っていたが、柚寿なら隣に置いても恥ずかしくないだろうと思い、仲の良い先生にそれとなく頼んで課外活動や授業の組み合わせを合わせてもらい、去年の6月から付き合っているのだが。
「柚寿、今日も授業あるし、忙しそうなんだよなぁ」
バニラフラペチーノを飲み込む。冷たくて美味しいけど、頭が痛くなりそうだ。
頭の悪い女は、話していて疲れる。しかし頭の良すぎる女はもっと疲れる。女なんて、美人で気が利けばあとはどうだっていいのだ。柚寿は無駄に勉強とか運動とかを頑張ってるみたいだけど、僕としては柚寿ともっと遊びたいし、女は多少わがままなくらいが丁度いい。いつも奢ってあげてるのに、僕から誘わないと「遊ぼう」の一言もないし、もっと可愛げのある女になってくれないかなと思っていたところだ。でも柚寿は容姿が良いから、僕の方から手放すことは絶対にないだろうけど。
「へー、頑張るね、柚寿ちゃん」
「まあねー。さすが僕の彼女っしょ」
「うらやまし。俺のと交換してくれよ」
柚寿なんかお前に与えても、持て余すだけだと思うけどなぁ。猫に小判というものだ。そうは言わなかったけれど、きっと浮かべた笑顔は苦笑いになっている。
「あ、そうだ。柚寿ちゃんの友達とか紹介してくんね? 俺もう、頭の悪い女は勘弁。櫻鳴塾の子と付き合いてぇ」
「それお前、柚寿しか見てないだろ。柚寿はあの中でトップレベルであって、他の女はもう酷いもんだからな」
「もうブサイクでもなんでもいいよ。これは俺の経験上の話だけど、美人な女ほどわがままで自分が彼氏より優位だと思ってるからな。さ、早く柚寿ちゃんの友達紹介してくれよ」
柚寿の友達のことは、僕はよく知らない。自称柚寿の友達である戸羽さんや、瀬戸さんならラインを持っているけれど、戸羽さんは彼氏がいるし、瀬戸さんのような純粋な女の子をこいつに近づけさせたくないな。
……そういえば、昨日柚寿が「紅音が彼氏と別れそう」と言っていたな。戸羽紅音さん。髪を茶色に染めて、パーマをあてて、ひどい化粧をしているクラスの子。アイラインなんか僕が引いてあげたほうがうまくいくレベルで、チークも濃くて、天然美人の柚寿と並ぶとひどいものだ。
僕は戸羽さんのライン画面を開いて、うなだれている明治に見せる。
「これ、柚寿の友達。責任は取らないけど、追加だけしておけば」
「あかねちゃん? トプ画可愛いじゃん。さっすが瑛太!」
「実物は酷いけどなー」
すかさず戸羽さんをライン登録して、最初の挨拶をぽちぽち打ち込んでいる明治を見ていると、柚寿と付き合おうとしていた頃の僕を思い出すな。僕は柚寿で一年持っているけど、明治は数ヶ月に一度はこういうことをしているのだろう。モテすぎるのも困るのである。
「よっしゃあ、やりー」
勝ち誇った笑顔で明治は画面を僕に見せる。秒速で帰ってきた戸羽さんの返事は、「青山くんの友達がウチにラインしてくれるとは思わなかった! 仲良くしようね!」という内容のものだった。とりあえず一回ヤってから決めよー、と、長めの髪を人差し指でくるくるしている明治は、いつになく楽しそうだ。
スタバの店員が、そんな僕たちを興味深そうに見ている。これ以上ここにいると、ラインのIDを書いた紙を渡されそうだ。僕は早く出たかったのだけれど、明治と戸羽さんのラインがやたら盛り上がっているらしいので、暇を持て余した僕は自分のスマホを取り出した。柚寿から、「いま授業終わった」と連絡が来ていた。