複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.14 )
- 日時: 2015/12/09 00:59
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
05 隠匿
ここに集う4人は、みんな何かを隠している気がする。
月曜日の放課後。月曜日の授業は数学が2時間に英語が3時間という、英語が苦手な俺と数学が苦手な柚寿にとってこれ以上ないほど最悪な日だ。疲れ切って机にだらんと伏せている瀬戸のすぐ横に面白くなさそうな本を読んでいる矢桐がいて、そのまた隣で青山と柚寿がお菓子を食べながら駄弁っている。
放課後、学校にスクールバスが迎えに来るまでの一時間、教室は俺たちだけのものになる。
とは言っても、毎日ここで適当に、なんのとりとめもない会話をするだけだ。瀬戸や青山が話題を出して、俺と柚寿が乗っかり、時々矢桐が無言で頷く。たまに瀬戸が絶対に一時間では終わりそうにないボードゲームを持って来たり、テスト前はみんなで解らないところを教えあったりするので、仲はそれなりに良いと思う。でも、時折こう思ってしまう。このメンバーは、普通ではない。
瀬戸は、時々大きな不安に襲われているようだった。普段は底抜けに明るいくせに、「私に、価値ってあるのかなぁ」などと突然言い出すので驚いてしまう。瀬戸は細かいところまで気が利く性格だし、大人しくて孤立しそうだったクラスメイトの女子を誘って一緒に行動してあげている。俺は瀬戸を価値のない人間だとは思わないのだが、いったい何が、彼女にそう思わせるのだろう。それに瀬戸は、「この一時間」を異常なほど特別視している。他の4人にとっては、しょせんこの時間はバスが来るまでの暇つぶしだ。瀬戸だけが、毎日嬉々として俺たちと話をしようとする。
矢桐と青山は、なにかがあったのだろう。このふたりの仲が良いわけがないのに、よくふたりで居なくなる。「コンビニに行ってきた」などともっともらしい理由をつけたとしても、コンビニに行って帰ってくるのに30分近くかかるのはおかしい。極めつけに、俺は矢桐が青山を思いっきり睨みつけているのを見てしまった。矢桐が青山を嫌っているのは、ほぼ確実だろう。
柚寿はそんなふたりのようすに気付かないどころか、彼氏にそこまで関心を示していないように思える。自分の事で精一杯になっている。青山の話題を出すより、次の模試の事や、柚寿自身のクラスでの立ち位置など、そんな話題を出した方が遥かに食いつきが良いのだ。一年近く付き合っていると、そうなってしまうのだろうか。別れてしまうのも、時間の問題なのかもしれない。
俺としては、別れてもらった方がいい。ポテトチップスを食べながら、「そういえば紅音がねー」と語りだす柚寿の背中を、隣の席に座って見ていた。
柚寿と俺は、小学生の頃からの付き合いだ。もう終わった話だが、初恋は柚寿だった。今はもう柚寿のことは好きじゃないつもりだし、こんな気持ちを持っていたら青山にも悪い。小学校の頃の初恋を、未だに引きずるのもかっこ悪い。だから、終わりにしたはずだったし、3年の先輩と形式上付き合っていたこともある。それなのにこの前、矢桐をおちょくるつもりで、「俺は柚寿が好きだ」なんて言ってしまった。
矢桐はひどく驚いていたが、俺の方がもっと驚いた。口にしてしまったそれは、ずっと押し殺してきた本心だったのかもしれない。一度自覚してしまったら、もう止められなくなる。彼氏がいる女に片思いなんて、先が遠すぎて苦しくなる。早く別れてほしかった。それか、この片思いに終止符を打つ出来事が起きてほしかった。
「柊治郎くん、また英語勉強してるのー? 頑張るねぇ」
瀬戸が眠そうな目を擦る。机に伏せていたせいで、おさげの髪が少し乱れている。俺がカモフラージュに出していた、英語の問題テキストのことだろう。
「……んー、受験もあるしな。とりあえずやってるってゆーか」
「そっかぁ」
おねむモードの瀬戸は、そう返したっきり再びスローモーションで机に伏せて、夢の世界へ行ってしまった。それを見た矢桐が珍しいことに、穏やかな笑顔を浮かべている。
柚寿と青山は、「ほんとにあのふたり、うまくいくのかな」と話をしている。きっとクラスの戸羽の、新しい彼氏のことだろう。今日は柚寿や柚寿の友達、しまいには瀬戸さんにまで「これウチの新しい彼氏! 青山くんの友達なんだけど、超イケメンじゃない!?」と自慢して回っていたので、雰囲気で察することができる。
「僕は、続かないと思うけどね。明治すぐ彼女に飽きるからさぁ」
「紅音もよ。……似た者同士、意外と続いたりして。餅田くんはどう思う? 紅音のこと」
唐突に柚寿が、俺に話題を振ってきた。長い絹のような黒髪が、窓から入る風にふわりと揺れる。青山も机に肘を付いて、「昨日から僕の友達と付き合ってるんだけど、どうも続きそうになくてさ」と補足した。
「絶対2週間も続かないだろ。持って一か月ってとこじゃねぇの」
「あっはは、わかるわかる」
「ちょっと、ふたりとも。あんまり私の友達の悪口言わないでよね」
俺の失礼な予想は、青山にとっては面白かったらしい。横から柚寿が不満そうに突っ込みを入れてくるけれど、不満そうなのは言っていることだけで、顔は青山と同様に笑っていた。このふたりにとって友達とは、その程度のものらしい。俺や瀬戸や矢桐もこんな風にネタにされてるのかと思うと憤りを覚えるが、よく考えると、俺たちが居ないところでまで俺たちの話をする必要性を感じない。ある意味では、友達思いなふたりなのだろう。
バスが来るまでは、あと40分。俺は「今日の英語が分からなかったから先生に聞きに行く」という口実で、コンビニで暇をつぶそうと思った。するとなぜか柚寿も、「私も今日の数学わかんなかったから、着いていってもいいかな」と言い出した。ふたりっきりか、と思って青山を見ると、予想外なことにいってらっしゃい、と笑顔で送り出してくれたので、俺と柚寿は一緒に教室を出る。ゆっくり起き上がった瀬戸が何かを言いたそうにしていたが、眠気には勝てなかったらしく、もう一度見た時には三度寝に入っていた。