複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.19 )
- 日時: 2015/12/13 01:51
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
08 普通の子
一人娘の柚寿が、警察に補導されたと家に連絡が来たので、私は車を走らせて交番へ向かった。
車の中では涙が止まらなかった。私は、娘の育て方の何を間違えたのだろうか。
柚寿は中学に入ってから、悪い友達とつるむようになってしまったみたいで、特に2年生になってからは日付を越えても帰らない日があった。担任の先生から、態度や欠席日数を注意されたこともあった。カウンセリングの先生は、柚寿は犯罪こそしていないものの、最近は近隣の高校の不良生徒とも交流があるので、大きな悪さをするのは時間の問題だろうと言っていた。私も柚寿に注意はしているし、門限を設けたりカウンセリングに連れて行ったり、母親として最良の事はしている。それでも柚寿は、私たちに何も話してくれなかった。ただリビングのテーブルの上に、「今日は帰らない」と走り書きの連絡があるだけ。私と柚寿の会話はそれだけだった。
兄さんの娘の美香子ちゃんみたいに、中学生で妊娠してしまったらどうしよう。姉さんの息子の晃くんと旭くんみたいに、高校を辞めてしまったり、引きこもりになってしまったらどうしよう。私の血筋は、どうやらそんな傾向があるらしい。一番上の兄さんは借金を苦に自殺してしまったし、私の父親もパチンコですべてをだめにした。でも私は柚寿を諦めたくない。父親が居ない分の愛情をせいいっぱい注いできた柚寿を見放すようなことはしたくない。私がもっとしっかりしていれば、柚寿は普通の子になったのだから。
車の中ではラジオが流れていた。信号待ちの間、ふと見えた隣の車のカーナビに映る時刻は23時。中学生は寝る時間だし、私も明日の仕事に備えて寝る準備を始める時間帯だ。「疲れた」なんて思ってはいけない。柚寿に無償の愛を持って接してあげられるのは、私だけだから、私が行ってやらなくてはいけない。
車を止めて、暗い住宅街でただひとつの明かりが灯る交番に入ると、眠そうな警官と、とても真面目そうな警官が立っていて、パイプの椅子にセーラー服姿の柚寿が座っていた。壁には指名手配のポスターやこの辺の地図が貼られていて、あぁ、こんな時間に交番に来るとはなと、ただ思った。柚寿はちらりと私を見た後、ばつが悪そうに視線を床に落とす。父親に似て、美人な子に育ったものだ。どこかで乱暴されていないか心配でならないし、今回保護してくれた警官には、頭が下がる思いである。
「お母さん、待ってましたよ。娘さんの方には厳重に注意しておきましたので」
「……申し訳ありません、私の方からも、もう一度よく言っておきます」
文字通り頭を下げる私に、真面目そうな方の警官がため息を吐いた。
「娘さん、これが初めてではないですよ。一度お家でしっかり話し合ってください」
こんな時間に仕事を増やさないでくださいよ、と本音も付け足されてしまったので、私は再度頭を下げるしかなかった。だるそうに鞄を持って立ち上がる柚寿と、私たちを追い出すように見送る警官を見ていると、自分の不甲斐なさがさらに嫌になって、私は柚寿の手を引いて逃げるように交番を後にした。
帰りの車の事だった。まだラジオでは曲が流れていた。昔流行ったこの曲を、私とあの人、柚寿の父親はよく聞いていた。同棲を始めた時に朝の目覚ましのアラーム音にしていたのがこの曲だった。なにも、こんなタイミングで流れなくても良いのに。助手席に座った柚寿は、誕生日に買ってあげたスマートフォンを弄っている。
「……ねえ、柚寿……?」
返事はなかった。いつものことだった。
外は、雨が降り始めていた。私は柚寿を捲し立てるように言った。
「……なんで、普通の子になってくれないの? 美香子ちゃんや旭くんみたいになっても、あなたはいいの? 普通の子は、お勉強もしてるし学校にも行くし、普通の友達と仲良くするでしょう、でも、柚寿は違う。別に人並み以上になれって望んでる訳じゃないの。柚寿にはこれから幸せになってほしいし、美香子ちゃんや旭くんみたいにだけはなってほしくない。お願いだから、普通になってほしいの」
「……普通の子って、なに?」
柚寿はスマートフォンに、視線を向けたままだった。
明日またカウンセリングに連れて行こう。また今日みたいなことがあってはならない。私は柚寿の母親だ、柚寿を幸せにしてあげるため、出来るだけのことはしてあげたい。