複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.24 )
- 日時: 2015/12/18 00:32
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
「……はぁ? 嘘でしょ?」
家に着いた。制服を脱ぎ捨てて適当な部屋着に着替え、お弁当が入ったままの鞄を投げ出し、髪を結ぶリボンをほどいて、それを見て不思議そうな顔をする妹たちに「なんでもないの」と笑顔を浮かべて部屋にダッシュし、ベッドに倒れ込んで私はすぐに友達の紗耶香に電話をした。開口一番、さっきの放課後の事を話すと、紗耶香はまず羨ましがるよりも、私の話を疑った。仕方のないことだ。目立たない女子の私が、一瞬にして少女漫画の主人公になってしまったのだから。私は笑顔でベットの上で寝返りを打つ。ピンクの毛布がはらりと床に落ちる。
「ほんと! ほんとにキスしちゃったの」
「……まさかとは思うけど、それ夢かなんかじゃない? あんたバス通学でしょ? 寝たりしなかった?」
夢なわけない。だって、感触も体の熱さもちゃんと残ってるから。呆れたように言う紗耶香に言い返してやっても、紗耶香は「ふーん」と頷くだけ。紗耶香にだって、他の女の子にだって、瑛太くんは人気なはずなのに、予想よりずっと冷めた反応に拍子抜けしてしまいそう。まだくらくらする頭が、エンドレスでさっきの光景をリピートしているけど、現実の世界はいつもと変わらない色をしているようで、その温度差にもまた酔いそうだった。
「黛さんはどうなったのよ。……京奈、あんたね、嘘もそれくらいにしておきなさいって。青山くんと黛さん、今ちょうど1年なんだっけ? あのバカップルが浮気とかするわけないでしょ」
「でも、ほんとに……」
瑛太くんと柚寿のカップルは、クラスの中心からは離れている紗耶香にも情報が行き届いているのだから凄い。そんな瑛太くんとキスしてしまった私はもっとすごい。なんで、紗耶香は私をこんなにも信じていないんだろう。紗耶香の言う通り、夢だったのかなとまで思い始めてきた。
電話越しだから、紗耶香の声がいつもより淡泊に聞こえる。はあ、とため息を吐いた後、私を諭すように言った。
「じゃあ、1億歩譲ってそれが本当だったとするけど。あんた、青山くんに遊ばれてるだけだよ」
「な、なんでそんなこと言うの!? 瑛太くんは好きでもない女の子にこんなことしないもん……」
紗耶香はもう一度ため息を吐いた。「あんたねぇ、カンッゼンに恋の魔法にやられてるわ」と言う。なんのことか解らなくて、私はつい声を上げてしまう。
「だって、青山くんとキスしたんだよ。少女漫画みたいじゃない。私、ずっとこんなのに憧れてきたし、紗耶香もそれは同じでしょ? なんでそんなこと言うの」
申し訳ないけれど、紗耶香はただ私に嫉妬しているだけだと思う。私が瑛太くんとキスしたのが羨ましいだけ。私が柚寿たちに嫉妬するように、紗耶香は私に嫉妬している。いつもは「する」側だったのが「される」側になるのは意外と嬉しいものだ。
「あんたのは、少女漫画じゃなくてただの昼ドラよ。それ以上の事される前に、さっさと離れたほうが良いわよ」
「……そうかなぁ? 私はこういうのも、少女漫画のお決まりだと思うんだけどなぁ! 今は柚寿のこともあって辛いことも多い関係かもしれないけど、少女漫画って最後はいつもハッピーエンドでしょ? だから、私にもハッピーエンドが来るって信じてるもん」
「私、あんたのお気楽さには付き合いきれないわ。またなんかあったら連絡してー。じゃあねー」
そこで電話が切れてしまった。紗耶香は素直じゃないところがあるからなぁ、と私は苦笑いをする。落ちてしまった毛布を拾い上げ、私は棚にしまってある少女漫画を手に取った。この本の中の世界をまるごと自分のものにできた気分。まっすぐすぎる恋愛なんてつまんないわ。私の青春は、ここからようやくはじまるの。
みんなで放課後の一時間を過ごし、その中の男の子と仲良くなって、週末は5人で遊びに行く。私のこれからの計画は完璧。みんなに劣等を抱き続けていた日々も、これでおしまい。私はもうダメなんかじゃないのだ。