複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.25 )
- 日時: 2015/12/20 01:03
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』【火曜日編】
久しぶりに死にたくなった気がする。今日はとんだ厄日だった。
1時間目は現代国語。授業を忘れていたのか、教師が来なかった。学級委員長の国見さんが呼びに行き、僕たちはほぼ自習のような雰囲気。
なんだか斜め前の席の瀬戸さんが嬉しそうだったので、相内さんという瀬戸さんと仲のいい女子に、「京奈、なんかいいことあったの?」と聞かれていた。瀬戸さんは顔を赤らめて、「好きな人できたかも」と話す。衝撃だった。それが僕である可能性も充分あるけど、僕じゃなかった時のことを考えると大いに困る。瀬戸さんに彼氏はできてほしくない。餅田みたいな、なんか見た目チャラいけど根は誠実です! みたいなタイプならまだしも、それが僕の憎き青山瑛太のような奴だった日には、僕は至急そいつの抹消に取り掛かるだろう。
2時間目は数学。三角関数を1年の時に習い終えた僕たちは、今微分と積分に取り掛かっている。僕の兄さんによると、「微分積分ってそれ、高2の後半くらいでやる奴だろ!?」らしいので、やはり櫻鳴塾はレベルの高い高校であるみたいだ。
微分と積分を駆使して直線でできた図形の面積を求めましょう、というこの先の生活にクソほども役に立ちそうにない問題を解いていると、数学担当の郷原という40代くらいの男の先生に「矢桐、これわかるか」と当てられてしまった。僕は数学が得意な方だと自分では思っている。しかし、この問題は計算が複雑で、出た答えが正解しているかどうかわからない。答えるべきかどうか迷っていたら、気の短い先生は「あぁ、青山ならわかるな」と早々に指名を切り替えてしまった。青山がすぐに答えた「381」という答えと、僕が計算で叩きだした答えは違っていたが、青山の方が正解していたらしい。「さすが青山だな」と褒められている青山を見て無性に腹が立ったのは言うまででもない。
3時間目はコミュニケーション英語で、僕はこの授業と体育が学校の授業で一番嫌いだった。友達も、話をする人も居ない僕は、コミュニケーションを多くとらなければいけないこの授業が大嫌いだ。
外国人の先生キャサリン(愛称はキャシー)に、「2人組を作ってください」と片言の日本語で言われ、クラスの奴等は仲のいいクラスメイトと島を作り始める。瀬戸さんは仲の良い相内さんと、黛さんも仲の良い戸羽さんと、青山は同じくクラスで目立つうるさい奴と、餅田はバスケ部かラグビー部のよくわからない奴とペアを組んで、キャシーが次に何か指示するまでのつかの間の雑談を楽しんでいた。
騒がしいクラスの中で、当然僕はひとりである。このクラスは偶数だから絶対誰かは余っているはずなんだけど、と思い見渡すと、瀬戸さんのグループは3人だった。瀬戸さんと、相内さんと、もう一人仲のいい女子である木造紗耶香さんで組んでいる。さてどうしようか、となっているところにキャシーが来て、流暢な英語で何か僕に言った。テストはできても英語を話すことができない僕はたじろいでしまって、あたふたしていると、餅田がやってきて「俺たちのグループ入れよ」と言う。キャシーは餅田を大いに褒めて、僕はまともに話したことのないバスケ部かラグビー部かよく分からない奴と英語でコミュニケーションを取ることになった。
4時間目は体育。女子の体育の先生が休みだったので、男女混合だった。僕の運動神経のなさがクラス中に知れ渡るのかと思うと着替えをするのも憂鬱だった。昔から、運動だけはできなかった。
男女混合でバレーということで、クラスは大盛り上がり。櫻鳴塾高校の体育は基本自由で、準備運動をしたらすぐ試合に入るのがいつものことだった。クラスを4つのグループに分けて試合を行うことになったらしく、僕のグループには瀬戸さんと餅田が居る。なにか仕組んだのではないかと思うくらい青山と黛さんとその他仲のいい奴は同じグループで、このグループとだけは試合したくないなと思っていたが、ローテーションの都合で僕のグループと青山のグループが当たってしまった。
僕はまずサーブを打つのが苦手で、入るか入らないかも五分五分だった。瀬戸さんは入らなくても「気にしなくていいよー」と微笑んでくれるが、餅田は体育を割と本気でやりたいらしく、「もっとやる気出せよな」と言ってくる。僕はやる気がないのではなく、出来ないのだ。解ってほしい。
ネットに引っ掛けてサーブしてくる黛さんと、アウトになるかならないかのところに上手く落としてくる青山には性格の悪さをひしひしと感じる。餅田も「もっと手加減しろよなー」と青山に笑って言っていた。瀬戸さんはバレーが得意なようで、男女混合という場でも積極的にボールを取りに行って点数を稼いでいた。それでも青山たちのチームにはかなわず、あと一点で負けてしまうという時の事だった。
なんと、黛さんが打った性格の悪いサーブが瀬戸さんに直撃したのである。頭を打った瀬戸さんは直後こそ痛そうにしていたが、駆け寄ってきた黛さんに大丈夫かと聞かれて、「ううん、大丈夫だよ」と笑顔で答えていた。結構鈍い音がしたんだけど、本当に大丈夫だったのだろうか。その後普通に試合は続き、結局僕らのチームは負けたのだが、瀬戸さんは体育の後保健室に行っていたようだ。胸糞の悪い話である。
そんなこんなで、放課後である。こんな嫌な日なので午後の授業は眠って過ごしていた。いつものように、放課後の教室には5人が集っている。瀬戸さんは少女漫画を読んでいて、黛さんは数学の問題を解いていて、餅田と青山はモンストのマルチに勤しんでいた。
暇だな、と思いながら、瀬戸さんを見る。好きな人って誰だろう。その少女漫画に出てくるような人なのかな。キラキラした瞳で漫画のページをめくる瀬戸さんは可愛い。瀬戸さんに恋された人は、幸せだろうな。それが僕である確率を叩きだそうとして、今日の僕の最悪な1時間目から4時間目のことを思い出して、また死にたくなった。
「あぁ、そういえば、みんなで遊びに行くのどうするの?」
問題を解き終えたのか、軽く伸びをしながら黛さんは言う。そんなポーズをとると瀬戸さんに比べて控え目な胸がどうしても目に入ってしまうが、僕の好みはいつだって瀬戸さんなので、なんとなく浮気のような気分になってすぐに目を逸らした。青山はあんなので満足なのかと思う。顔は美人だし、スタイルも確かに良いけど。
「あ、それなんだけどね、私、考えてきた!」
突然、漫画を閉じて瀬戸さんが立ち上がった。餅田は、「また始まったなぁ」と言いたそうな眠そうな瞳で瀬戸さんを見上げていたが、僕は瀬戸さんの話なら何でも聞きたい。楽しそうに鞄をがさごそする瀬戸さんだけを視界に入れていたかった。