複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.26 )
- 日時: 2015/12/23 00:32
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
そういえば、あと一か月もしないで夏休みがくるんだっけ。瀬戸さんが取り出したルーズリーフには、可愛らしい丸文字で「計画表」と書いてある。向日葵やカキ氷のイラストも一緒に描かれたその紙に、近づいてくる夏を感じた。
「瀬戸はバカかよ。こういうのは、何にも考えないでぶらぶらするのに意味があるんだろ」
餅田が瀬戸さんから紙を取り上げて、精密に立てられた計画にケチをつける。僕に言わせれば、餅田はバカかよ、だ。中学の修学旅行で京都に行ったとき、自主見学でどこを回りどこを見てどこでご飯を食べるか精密に決めて、学年主任に計画表を提出したのを忘れたのだろうか。僕は中学の修学旅行で、ぼっち寄せ集め班の班長をやらされた経験があるので、何事にも計画性というものは大事だということはよく分かっている。
「……そうかしら? 私も出かける前に行く場所全部決めて、乗る電車とか帰る時間も計算してから行くから、京奈がやってることは正しいと思うな」
数学の問題集を閉じた黛さんはそう言って、瀬戸さんに笑いかけた。黛さんの笑顔は、本心が見えない。無機質ささえ感じる綺麗な顔に、ただ笑みを張り付けただけのように思える。瀬戸さんのように心から笑う女の子の方が可愛いのに、青山は本当にこれでいいのだろうか。
それはさておき、黛さんは僕と同じく「事前に計画をちゃんと立てよう派」の人間らしい。いつも落ち着いていて冷静な黛さんだからそうだとは思ったが、分単位ですることが決まっていると逆に心地が悪そうだな。総理大臣でもないんだから、僕はある程度は自分の思うままに気ままに過ごしたい。黛さんは完璧すぎるのだ。青山は本当にこれでいいのだろうか。
「僕も、瀬戸さんに賛成。計画立てるのって大事だと思うし」
その青山もみんなに同調するように穏やかな笑みを浮かべて言う。ふざけるな、と思って二度見してしまった。青山は計画性がないから僕から300万も借りることになるのだ。以前見かけた青山のお姉さんは小奇麗な格好をしていたので、青山の家庭はそれなりに金を持っているはずだ。お小遣いも人並み以上には貰っているだろう。それなのに毎回自分だけじゃ足りなくなって、「友達の誕生日が」とか、「柚寿とのデート代が」とか僕に言ってくる。青山が計画性なんて言葉を口にするのは、一億光年早いと思う。あれ、光年って距離だっけ。僕はポケットからスマホを取り出して、検索をかける。
「うっわ、4対1。計画表って、お前らは小学生かよ」
餅田が負け惜しみのような言葉を吐き捨てて、瀬戸さんの計画表をもう一度見る。僕にも見せてほしいなと思っていたら、ご丁寧にも読み上げてくれた。「スタバ行って、記念公園行って、まではいいけどなんだよディズニーランドって」と言って餅田は瀬戸さんを睨むように見る。瀬戸さんはそれに対して真顔で、「いいじゃん、ディズニー。私年パス持ってるよ」と謎のディズニー好きを明かしてくれた。瀬戸さん、イッツァスモールワールドとか好きそうだな。
「へぇ、年パスいいなぁ。今度行こうよ」
青山がなぜか年パスに反応する。誰に言っているんだと思っていたら、瀬戸さんが上目遣いで「良いよ」と答えた。冗談だろ。一方黛さんは、また数学の問題集に戻ってしまい、それも聞こえていないようだった。リア充の付き合いって、こんなに軽いものなのかよ。僕は彼女になった女の子が青山とディズニーランドに行ったらすごい嫌だ。この光景を見た感想が顔に出ていたのか、餅田が呆れたように僕を見て、「どっちも冗談のつもりだぞ」と言う。当たり前だ。僕の瀬戸さんを青山に取られてしまうわけにはいかない。最近の僕は瀬戸さんに会いたいから、毎日学校に来ているし、瀬戸さんと離れたくないから、青山を殺す計画を先延ばしにしていると言っても過言ではないのだ。少しでも長く生きていられることを、青山は瀬戸さんに感謝してほしい。
でも、冗談にしては笑えない。瀬戸さんは、僕の主観では騙されやすいタイプの女の子に見える。悪い奴にまんまと騙されて痛い目に遭ったら嫌だ。青山なんて、悪い奴の代表格みたいな奴じゃないか。なんで瀬戸さんはそんな奴と、冗談でもそんなやりとりをするんだよ。黛さんも黛さんで、周りの人間に関心が無さ過ぎる。彼氏や友達よりも数学の問題集の方が大切なのだろうか。餅田もこいつらの友達ならなんとかしろよ。この4人は、この世界はおかしい。世界がおかしくて、僕だけが正常なような。そんな感覚のまま、一時間は過ぎていった。