複雑・ファジー小説
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.4 )
- 日時: 2015/12/01 18:41
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
晴くんのおかげで、問題をすべて解き終えることができた。理解したか、と聞かれると困ってしまうが、とりあえずこれで一応課題は提出できる。晴くんにお礼を言うと、「そんな、お礼されるほど」と謙遜されてしまった。晴くんは、私よりできることを鼻にかけないから偉い。晴くんだけではない、柚寿も美人をいい事に威張り散らすことは無いし、瑛太くんも友達がたくさんいるからといって弱い者いじめをすることはない。柊治郎くんもめったに自慢しないから、実は絵が上手で料理もできることをつい最近まで知らなかった。
私には、何もない。なにかの間違いで名門校に入ってしまった、ただの落ちこぼれなのかもしれない。
晴くんは机で荷物を整理している。柚寿たちは、お菓子をつまみながらスマホをいじっている。彼らにとって、勉強ができて、顔が美人で、友達がたくさんいるということは当たり前の事なのだろう。だから、自慢せずに謙虚でいられるのだ。
「ねぇ、晴くん」
いてもたってもいられなくなって、私は晴くんに声をかけた。昔から、悩むのは苦手だ。一人で悩むよりも何人かで共有したほうが一人分の重みは減る。そう思うと、この胸中を打ち明けられずにはいられなかった。晴くんは珍しく穏やかな顔で、「どうしたの、瀬戸さん」と答える。
「私、本当になんにもできなくて困っちゃうな。ちゃんとした大人になれるのかな」
「瀬戸、そんな事で悩んでるのかよ」
人の話に突っ込んでくるのが大好きな柊治郎くんが、スマホを弄る手を止めて興味津々な顔でやってくる。
「こうやって、みんなで過ごす放課後が大好き。でも、いつかはみんな卒業してそれぞれの進路に行っちゃう。みんなが成功して幸せになる頃、私はひとりぼっちなんじゃないかって」
「だから、さっきから浮かない顔してたんだね。瀬戸さん」
誰もいないはずの右側から声がして、はっとしてそっちを向くと、瑛太くんが笑顔で立っていた。見抜かれてしまったみたい。さすが、人と接するのが得意な瑛太くんだ。いつの間にかその隣には柚寿もいて、私の周りに4人が集まった。
「……まあ、なんかあったら俺たちが瀬戸を助けるからさ。高校にいるうちはもっと楽に生きてもいいんじゃね」
「そうそう。僕ら、中学校からの仲じゃん。ずっと仲良くしようよ」
「京奈は明るいし、素直だからうまくいくと思うわ。意外と一番早く結婚したりしてー」
みんな温かい笑顔で私を見ている。柚寿が茶化すように私の肩を叩く。「そうだ、お互いの結婚式は絶対行きたいな。餅田とか、どんな人と結婚するんだろう」と瑛太くんが笑う。柊治郎くんも、どうだろうなーと言って笑う。晴くんもその横で穏やかな笑顔を浮かべている。
「もう、なんでみんなそんなに優しいのっ」
そんなに優しくされると、ますます自分のこと嫌いになっちゃうじゃん。
5人でいるのは楽しい。晴くんも柚寿も瑛太くんも柊治郎くんも大好きだ。でも、自分のことはどうだろう。5人でいるのが好き、ここで過ごす一時間が大好き、とさんざん言ってきたけれど、私は内心で実はこの4人に、好意と同じくらいの劣等を抱いていたのかもしれない。中学校から一緒に過ごしてきた4人を手離したくない。でも、みんなそれぞれに優秀だから、いつかはどこかに行ってしまって、私ひとりになってしまう。私はそれがたまらなく怖い。だから余裕が無くなって、柊治郎くんが柚寿を呼び捨てにしたり、柚寿が柊治郎くんを拒まないことを許せないんだ。すべては、私の心がけが悪い。私が「ここは楽しい、何の問題も一切起きない場所」と思わないから、そう見えないんだ。ぜーんぶ、私が悪い。私が笑って全てを許せば、楽しい一時間は帰ってくる。
「ありがとう、みんな」
私は笑う。みんなも笑う。これでいいんだ。これで、全てはいい方向に向かう。
もうすぐ、今日の一時間が終わる。今日はちょっと失敗しちゃったけど、また明日いっぱい笑おう。