複雑・ファジー小説

Re: ワンホット・アワーズ ( No.5 )
日時: 2015/11/29 17:34
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

02 裏側
 いつか青山瑛太を殺すつもりだ。
 僕は彼に呼び出された場所に向かうため、長ったるい廊下を歩いている。今日もどうせ、「柚寿とのデート代が足りないから貸せ」と言われ、少しでも嫌そうな態度を取ると何発か殴られる。それでも僕が金を貸すのを渋ると、青山は繋がりがあるという他校の不良を呼ぶ。僕の事情など知る由もない、人が入り乱れて楽しそうな廊下に殺意が沸いて、思わず僕は舌打ちをした。
 ……あぁ、憂鬱だ。早く教室に戻りたい。今、放課後の教室には憎き青山の彼女である黛柚寿と、やたらと僕に絡んでくる餅田柊治郎と、僕の密かなお気に入りの女子瀬戸京奈さんが残っていると思う。青山に殴られるよりも、教室で瀬戸さんたちと話している方がよほど有意義だ。待ち合わせの場所が近付くにつれて、どんどん体が重くなっていく。
 僕は中学校の頃から、青山に累計で300万以上の金を取られている。気が弱そうに見える僕に目をつけたのだろう。最初は1000円だったが、僕の家がちょっと金持ちなのを知るとその額は次第に上がっていき、今では3万や5万は軽く飛ぶ。黛さんと付き合い始めてからはさらに酷くなり、5万でも不満そうな顔をされる始末である。そして、その悪行は今まで4年間誰にもバレたことはない。青山は、この4年間ずっと顔がかっこいい、性格もいい、頭もいい完璧な好青年を取り繕っている。

 絶対にほかの生徒や教師に見つからない、今はもう使われていない体育館の裏が僕への格好のリンチスポットだった。ボロい体育館に寄りかかって、モバイルバッテリーに繋いだスマホを弄っている青山は、重い足取りでやってきた僕に気づくと、普段教室では見ないような歪んだ笑顔を見せた。女子たちはこれのどこが良いんだろう。いくらイケメンだと入学した直後から騒がれていたって、いくらツイッターで顔を載せたツイートが600件くらいイイねされたって、僕はこいつが大嫌いだ。僕の頭の中で数え切れないほど惨たらしく殺しているのに、こいつはいつもここにいる。いつか、本当に殺してやろうと思っている。そのときは黛さんも道連れだ。黛さんだって間接的には僕の金で遊んでいることになる。青山なんかと付き合ったことを、死んだ後まで後悔させてやる。
 そう思っている僕の渦中など知らない青山は、「わかってるよね。それじゃあ、くれるかな」とニヤニヤ笑っている。僕は黙って財布を差し出した。今日は、母に「欲しいゲームがある」と嘘を吐いて3万円をもらった。昔は母や兄の財布から金を抜き取って青山に渡していたが、不信を感じた母や兄を通じて青山の悪行がバレると「僕がこの手で青山にすべての制裁を加える」という計画が台無しになる。最高潮に調子に乗った青山が、どん底まで突き落とされる光景は、この僕が最初から最後まで一瞬も逃さず見る権利がある。まず最初に、身動きを取れない状態の青山の前で黛さんを殺す……いや、そのまえに黛さんを青山の目の前で強姦でもしたら、あいつはどんな顔するんだろう。きっと、大好きで大好きでたまらなくて(僕の金だけど)大量に金を貢いだ女が、自分のすぐ目の前で、これまで蔑んできた男に汚されたら、さすがの青山でも平静を保っていられなくなるだろう。散々遊んだら黛さんを切りつけてあっさり殺し、さらに絶望してもう何が何だかわからない状態の青山をたっぷり時間をかけて殺してやる。それが実現できたら、あとはもう逮捕されたって死刑になったって構わない。

 「……3万か。しけてんなー。……おい、矢桐」

 いつのまにか財布の餞別が終わったらしい。青山の声で現実に戻された。猫のような瞳が不機嫌な色をしている。
 人が滅多に通らないので、ろくに手入れもされていない草むらに僕の財布が転がっている。青山は僕の3万円をつまらなそうにポケットへねじこんだ。
 ……実際、青山自体は喧嘩はそれほど強くないと思う。身長は春の身体測定で164から微動だにしなかった僕と、5センチほどしか変わらない。身長が高くてスタイルのいい黛さんと並ぶとそれはさらに顕著で、噂によると青山は身長が低いことだけがコンプレックスなのだとか。あと、中学時代こそテニス部のエースで活躍していたが、高校からは週一しか活動のない軽音楽部に入ったおかげで運動能力も低下しているだろう。僕が3ヶ月くらい本気で鍛えたら勝てそうである。

 「来週は柚寿との記念日もあるし、友達の誕生日も多いから5万な」
 「……」

 よくこんな、偉そうなことが言えるな。僕が援助してやらなければ、青山は黛さんとデートもできないし、お洒落な服も、そのモバイルバッテリーも、友達のプレゼントも買えない。青山をリア充高校生にしてやってるのは、ほかでもないこの僕だというのに。

 「……なにつっ立ってんの。早く戻んないと、柚寿とか瀬戸さんが待ってるだろ。……あ、コンビニ行こうぜ。そういえば柚寿が『たけのこの里』が食べたいって言ってたし」
 「……」

 そのお菓子を買う金の出処も僕だ。僕はお菓子なんかいらないからさっさと教室に戻りたかったのだが、少しでも逆らうと青山にまた殴られる。最寄りのコンビニまではここから時間もかからないので、僕は歩き出す青山についていった。