複雑・ファジー小説

Re: ワンホット・アワーズ ( No.6 )
日時: 2015/12/01 20:27
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
参照: とても書きやすい矢桐視点

 青山が僕を連れて歩くのは珍しいことだった。僕なんかと一緒にいたらカーストが低そうに見えるから、らしい。学校のすぐ横にあるセブンイレブンに入ると、青山はお目当てのお菓子を探し始めた。
 放課後なだけあって、とても混んでいる。暇そうなOL、幼稚園帰りの子供の手を引く母、そして櫻鳴塾高校のブレザー姿。こんなに混んでいて人が多いところに、よく僕を連れてきたと思う。普段なら「矢桐の隣を歩きたくないから先に戻っていろ」と言うくせに。まあ、どっちにしろ人の多いところは嫌いなので早く帰りたい。やる気がなさそうに接客するアルバイトの大学生に同情の目を向け、僕もコンビニを当てもなく歩き始めた。
 青山は、店内で会った後輩の男子生徒ふたりとデザートのコーナーの前で話をしている。僕は何も考えずに週刊誌を手に取る。一番大きな記事の下に、僕が少し好きなアイドルが、社長と枕営業で解雇寸前という記事を見つけた。気分が悪くなった。

 「矢桐さぁ、進路とか決まってる?」

 その帰り道に青山が唐突に発したのが、以上の台詞である。今は6月のはじめなので、進路を考えるのはまだ少し早い。突然過ぎて「えっ、まだだけど」という無難な解答しかできなかったが、妄想の中の僕なら「お前を殺して牢屋に入るつもりだから、進路なんかない」と答えていただろう。そんな僕を置いてきぼりにして、青山は続ける。

 「僕、受験勉強したくないんだよね。櫻鳴塾に入った時だって死ぬほど勉強しただろ? 実際、もうあんなに勉強したくないよな。瀬戸さんみたいに指定校推薦かAOで入れたら楽だけど、でもやっぱり学歴はいい方が後々楽だし、しょうがないから国立受験するかーって」

 進路か。大学に入ると、僕たちは別々になるだろう。青山は僕より遥かに成績がいい。中学生の時は僕の方が良かったのだが、高校に入ってからは逆転してしまったから悔しい。そういえば青山は僕がいなくなったら、誰から金をとるんだろう。何もしなくてもただ脅すだけで金が手に入る今の状況は、いつか絶対に手放すことになる。青山は僕がいないと駄目なのだ。金がないと黛さんも友達も離れていくのだろうか。そう思うとなんだかかわいそうにもなってくる。だからと言って僕の金を取っていいわけではない。金がないのならアルバイトでもすればいいし、本当に良いやつは金を持ってなくても友達がいっぱいいる。僕は意を決して、青山に聞いてみることにした。

 「……青山ってさ、僕がいなくなったらどうやって金稼ぐの? 」
 「なに言ってんだよ、矢桐」
 「大学、別々じゃん」

 青山はきょとんとして僕を見る。そして、笑った。その表情は僕をいじめるときのものじゃなくて、冗談を言った親しい友達に笑って返事をする時のような。僕に向かってこんな顔をするのは初めてかもしれない。動揺する僕に、青山は言う。

 「僕は矢桐と同じ大学に入るつもりだけど」



 やっぱり殺すしかない。殺しでもしないとこいつは僕に一生付いてくる。大人になっても「柚寿にプロポーズしたいから婚約指輪代をくれ」なんてほざいている未来が容易に見える。あぁ、その頃にはほかの女と付き合ってるかもしれないけど。でも何にせよ、青山は早いうちに抹消しなければならない。僕のこの手で。

 「瑛太くんと晴くん! どこ行ってたの?」

 教室に戻ると、予想通り黛さんと餅田と瀬戸さんがいた。瀬戸さんが僕たちに気づいて嬉しそうな声を上げる。3人で勉強をしていたらしく、英語Ⅱの教科書が机に並べてある。青山は笑顔で瀬戸さんに、「んー、ちょっとコンビニ」と答え、僕は自分の机に戻ってプリント類を整理しようとしていた。スクールバスが来るまで、僕たち5人は毎日教室で暇つぶしをしているのだが、ほとんどの日は僕以外の4人が勝手に盛り上がっているだけである。特に日頃クラスでおとなしくしている瀬戸さんは、このメンバーになるとハメを外したくなるようで、黛さんや餅田にたくさん絡みに行っている。可愛い。

 「僕は、『きのこの山』のほうが美味しいと思うんだけどな。柚寿が『たけのこの里』が好きっていうから、どっちも買ってきたよ」

 青山がそう言いながら机にお菓子を並べる。瀬戸さんは目を輝かせてそれを見ている。黛さんは「もう、買ってきてくれたの? ありがと」と笑う。餅田はわりとどうでもよさそうにしている。三者三様である。

 「ねえねえ、晴くんはどっちが好き?」

 隣にいた瀬戸さんが、僕の方を見てこれ以上ないほどの笑顔を浮かべている。彼女の笑顔は、ゴミ溜めのような僕の心をホイミの如く癒してくれる。瀬戸さんはクラスに居るときはおとなしいものの、本当は笑顔が素敵で明るい人だ。そして、僕のことを下の名前で呼ぶ唯一の女子である。こういうのって本当にずるいと思う。瀬戸さんの方は、僕に気など1ミリたりともないだろう。でも僕の方からすると、気があるようにしか見えない。結局、「僕はどっちでもいい」と無愛想な対応をしてしまったけれど、僕はどっちかというときのこ派です、瀬戸さん。

 「俺もどっちかっていうと『たけのこの里』派だな。チョコの面積が多いし」

 餅田柊治郎がそう言いながら『たけのこの里』のパッケージを開け始める。目つきも悪い、制服の着方もだらしない、髪型がサブカル男子っぽい、こんなエセ不良みたいな奴にお菓子は全然似合わないな。そしてたけのこ派は僕と瀬戸さんの敵だ。ていうか、餅田はさっきお菓子に対してどうでもよさそうな顔してなかったっけ?

 「まさか、餅田くんとかぶるなんてね」

 黛さんが含み笑いを浮かべる。なんというか、ミステリアスな魅力がある人である。綺麗に切り揃えられた長い黒髪をかきあげて、「餅田くん、お菓子に興味ないと思ってた」と続ける。クラスでは成績が青山の次くらいに良くて、テニス部にも所属している黛さんは、まさに才色兼備だ。まあ、人間は多少欠けているほうが魅力的に映る。僕は瀬戸さんの方が好みだし、黛さんは青山と付き合っているというだけで僕からの評価はマイナスだった。

 「たけのこも美味しいんだけど、手が汚れるし。きのこはクッキーの部分を持てば手が汚れることもないからさ」

 青山は笑って言う。その言葉に、きのこ派の瀬戸さんがうんうん、と頷く。同じくきのこ派の僕が言うのもなんだけど、手が汚れるなら箸で食べればいいだろ。僕はゲームをしながらポテトチップスを食べるときは、画面が汚れるのが嫌だから箸で食べるぞ。

 「手が汚れるくらい気にすんなよなー。拭けばいい話だろ。なあ、黛」

 僕や黛さんに「お菓子に興味なさそう」と思わせた不良、餅田がそれに反論する。確かに手が汚れたのなら拭けばいいだろう。

 「そうよ、箸でつまんで食べたらいいじゃない」

 話を振られた黛さんが真剣な顔で言う。……僕はどうやら、黛さんとまったく同じことを考えていたようだ。箸で『たけのこの里』を摘んで食べる、ミステリアスな美人黛さんを想像したら笑いそうになる。
 さっきからまったくお菓子に手をつけていない瀬戸さんに、『きのこの山』を差し出すと、喜んで食べてくれた。瀬戸さんは、いつも他人の損得ばかり気にして、自分のことは後回しなのだ。本当に優しい人だと思う。そして、こっちまで嬉しくなるような笑顔を向けられたら、さっき青山にされたことも全て忘れてしまいそうになる。瀬戸さんがこんなふうに笑ってくれるこの一時間が、実は僕も好きだった。