複雑・ファジー小説

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.31 )
日時: 2016/09/10 21:43
名前: 羅知 (ID: CXVRcwYu)

第三話【Aliceinwonderland】

 僕と馬場が椎名葵と尾田慶斗の痴話喧嘩に巻き込まれている間にも、早くも季節は十二月になっていた。しかし凍えてしまいそうな風が吹くなか、貴氏高校の生徒達の表情は妙に浮足立っている。

 まあ理由は明確だ。

 貴氏高校の文化祭ーー通称、貴氏祭ーーは、十二月半ばに行われる。だから皆浮かれているのだーーこれが終わったら、クリスマス、冬休み、正月ーーまさに盆と正月がいっぺんに来た気分、いやそれ以上の気分だろう。
 文化祭なので、当然クラスでも出し物などが行われる。くじ引きの結果僕達のクラスは演劇とクラスの出し物が併行して行われることになった。

「カフェ!!カフェがいいよ、絶対ッ!!」

「わらわもカフェがいいぞ!!神もそれを望んでおる!!」

 椎名と大和田の謎のカフェ推しにより、クラスの出し物はカフェをすることに決まった。お前ら自分が食べたいだけだろ。

「濃尾クンの親戚のお兄さんって喫茶店やってるんだよッ!!きっと手伝ってくれるってッ!ちなみにイケメン、だよッ…?」

 椎名のこの発言により、女子の圧倒的支持を得たのだ。…くそ、椎名葵許すまじ。星さんに迷惑かけたらただじゃおかないからな。

(…うわ)

 僕がそう考えた瞬間、背中に突き刺さるような視線を感じ、振り返ると尾田慶斗が人殺しみたいな目でこちらを睨んでいた。思考を盗み見るなんてお前はどこの国の暗殺者だ。

 ”あの出来事”以来、尾田慶斗は己を隠すことをやめた。

 要するに、学校でも人の目を気にせず椎名とくっつくようになり、椎名葵のセコムと化したーー今現在も、席順など気にすることなく、椎名を膝に乗せ満悦そうな顔をしているーーご愁傷様、尾田慶斗もこの学校の変人リストの仲間入りだ。

 なんて考えながら、ぼうっとしていると馬場がちょいちょいと僕の肩をシャーペンでつついた。
 凄く今更な気がするが、実は馬場の席は僕の真後ろである。……別に前回の席替えの時にくじ引きをいじってなんかいない。運命が僕に味方してくれただけだ。

「……なに?馬場?」

「随分と考え込んでるみたいだが……”アレ”いいのか?」

 珍しくニヤニヤとした笑い方をした馬場を気持ち悪く感じ、馬場がシャーペンで指した方を見てみると、そこには驚くべきことが書いてあった。

 黒板に、赤と白の目立つ色で書かれた文字。


『劇は”不思議の国のアリス”に決定!!
      
     ↑カフェはその設定に則ったもので!!

  濃尾日向君は”赤の女王”役で、確定!!    』


 そこに書かれた文字を見て、肩がわなわなと震える。どうしてどうしてどうしてーーーーいつの間に!!


「濃尾君が考え込んでいる間に決まったんだ」

「ど、どうして教えてくれなかったんだよっ!!」

「勿論ーーーーそちらの方が”楽しそう”だったからに決まってるじゃないか」

 そう言いながら、馬場はおもむろに僕の頭を撫でる。そしてこう言ったのだーーーーそれはもう優しい顔で!!心底楽しそうに!!


「楽しみにしてるぞーーーー”女王様”?」



Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.32 )
日時: 2016/09/26 12:28
名前: 羅知 (ID: aA1Ge9gp)

*********************************

「…普通に考えて。普通に考えて、男が”赤の女王”をやるのはおかしいよね……え、何?僕がおかしいの?」

「はい。濃尾さんがおかしいです………嘘です、濃尾さんの感覚が正しいです。…また、葵のせいで濃尾さんが女装することになりましたね。代わりに謝ります、すいません」

「いやいや。別に菜種は悪くないから。……悪いのは全部あの、僕にどうしても女装をさせたい、女装男のせいだから」

 文化祭の出し物の内容が決まったその日の昼休み、凄く眉間にしわを寄せながら、濃尾さんはそう言った。どうやら、自分が”女王様役”になった原因が葵であると分かったので、追いかけたけど、逃げられたらしい。
 しかし諦めて、教室に戻ってきてーーたまたま、そこにいた私に愚痴ったようだ。

 私ーー菜種知が属する、一年B組ではほぼ毎日と言っていいほどに”普通”のクラスでは起こり得ない奇想天外なことが起こる。

 教室では毎日何かしらの凶器ーー狂気もだけれどーーが飛んでいるし、愛と殺意がいつも満ち満ちていて、昨日まで仲良くしていたのに今日は殺しあっているーーなんてことがざらにある。

 普通の教室では、”そんな事”は絶対に起こらない。 

 
 そして、そんなクラスの”狂気の核”となっているのがーー濃尾日向と馬場満月ーーこの二人だ。

 濃尾日向ーー、”一見”普通に見えるのだけれど、彼こそがこの狂気の固まりをまとめている、と言っても過言ではない。何か見えない網でこのクラスを包んでいるーーそんな感じがする。そしてその網に彼自身が、からまっているようなーーそんな気がするのだ。

 そして馬場満月ーー彼の方は、私には分からない。彼はいつも”笑顔”だ。どんな時も。この学校に転入して数か月で、瞬く間に名が知れ渡った。その”影響力”を彼が意識して使ったのか、無意識に行ったのかすら分からない。

 いつも”笑顔”の人間はどうも苦手だーー母さんに似てるから。

 
 つい先日の葵と尾田君の”事件”の後、一諸について来ていた岸波小鳥は、ふと何かを絞り出すような声で、私にこう言った。

「ボクさ…今回の”事件”の解決、”あの人”………そう、”満月君”が関係してたような…そんな気がするんだ」

「何故ですか…?」

「…ううん分かんない。思い出すと頭が痛くなるんだ…、こんな事今までなかったのに…なんでだろ…?」

 そう言う彼女は、普段とは違う酷く苦し気な顔をしていたーーーー思い出せないことに焦りを感じているような。そんな表情。

 
 普通の状態じゃないのだーーやはりこの状況は。

 あの二人が仲良くしだしてから、このクラスは空気を変え、狂気が塊となって動き出した。
あの二人には何かある。それを解明しないとーー今は例え良い方向に動いていたとしてもーー私の、私の大切な”日常”が壊されてしまう。
 私は恐ろしいんだーー少しずつ”今”が壊されていくのが。

 こんな風に、変えられたくなんかない。

 現状維持で、いい。


 だからこそ私は動かなきゃいけない。


 だから。



「あの……濃尾さん」


「ん?何?」






「私とーーーー”演劇”の練習をしませんか?」




 まずは、”片方”から”調査”しなければ。
 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.33 )
日時: 2016/10/04 16:59
名前: 羅知 (ID: BzoWjzxG)

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(…あれ、なんだこれ…”さむい”…)

 最初その言葉、身振りになんというかーー”寒気”を感じた。
 ”菜種知”が菜種知ではなく、”別のだれか”になり変えられてしまったしまったようなーーそんな感じ。”ソレ”を”僕”はどうしようもなく”気持ち悪く”感じて。

「ね、ねえ…”菜種知”だよね…”本当”だよね…」

 気が付いたらーー震えそうになる声で菜種にそう、聞いていた。
 自分でも分かりきった質問だったと思う。

 なのに、聞かずにはいられなかった。

「え…あ、はい。菜種知です、けど……あの、濃尾さん大丈夫…ですか?物凄く顔色が悪いですし…さっきからずっと上の空で…話もあまり聞けてないですよね…?」

「大丈夫…えっと、”演劇の練習”だよね、菜種はチェシャ猫だっけ…何か指導してくれるアテでもあるの?」

 菜種がーー自分を心配している。その姿を見てようやく落ち着くことができたーー今の僕は、”普通”じゃない。おかしい。何を言っているんだ、僕は。

 今、目の前にいる人間が”別人”の訳ないじゃないか。

 そう、自分に言い聞かせる。
 ざわざわと騒ぎ立てる胸の鼓動をぎゅっと抑えて。

 
 まだ相変わらず、顔色の悪い僕に菜種はしばらく心配そうな顔をしていたがーー僕が強がっているのを見て、諦めたようにゆっくりと口を開いた。



「私の、親の”知り合い”なんですけどーーーー」

++++++++++++++++++++++++++++++++++
 一方、その頃。

「やっ、ふー…日向クン、撒けたみたいだね…ありがと、ケート。途中運んでくれて…」

「どういたしまして」

「…満月クンも、ありがとねッ。満月クンのサポートがなきゃ、逃げきれなかったよ…」

 椎名葵が、そうにこっと馬場満月にも笑いかけたのを見た尾田慶斗は、思わず顔を顰めた。椎名は純粋な心の持ち主だから、”あんな説明”で信じることができたが、自分は到底納得することなどできない。

 あの”言葉”が只の冗談だった、なんて信じられるものか。

 あんな”目”が、あんな”顔”が、あんな”言葉”がーー冗談で言えるわけがない。きっと、椎名のその言葉ににこりといい笑顔で「役に立てて何よりだっ!!」と言っているその裏でも、この男は何も”感じてない”のだろう。

 尾田慶斗は馬場満月の”真意”が知りたい。

 この前の”あの事件”は、結果こそうまくいったが、”真意”が掴めなければ次、アレと同じような事が起こる時ーーその時こそ、今度こそ殺されてしまうのかもしれない。俺の大切な椎名が。

 馬場満月はナイフと同じだーー普段は役に立つ道具だが、使い方を間違えれば一瞬でそれは凶器と化す。だから俺は知っておかなければならない。

 ”馬場満月の取扱説明書”を。



「…そう言えば、椎名君は”アリス”、尾田君は”帽子屋”の役だったな?二人とも”演技”に自信はあるか?」

「…馬場こそ。ただでさえ”三月ウサギ”の役があるのに、”脚本”と”監督”まで立候補しちゃってさ…他に立候補者がいなかったからいいものを俺は正気を疑ったよ…よほど”演技”に自信があるんだな?」

 そういって、チラリと馬場の方を見ると、先程と変わらない笑顔でだまっていた。ーーなるほど、相当自信があるようだ。




「心配しなくても、やるからには”最高傑作”にしてみせるさ。誰も見たことのない脚本、誰も見たことのない演技ーーああ、胸が高鳴るな!!」

 そう言う馬場の顔は珍しく、年相応の無邪気な笑顔を見せていた。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.34 )
日時: 2016/10/22 19:23
名前: 羅知 (ID: mz5fzJMK)

+++++++++++++++++++++++++++++++++

「…つまらない」

 少女は、自分以外はいない屋上でそう呟いた。


 ”彼”がいない日常、それは彼女にとって”モノクロの無声映画”のようなものだ。

 彼がいなければ、世界に”色”なんて存在しない。
 彼がいなければ、世界に”音”なんて存在しない。

 今の日常は、本当に、本当にーーつまらない。
 そして、とても、とてもさみしかった。


「…一人で演劇は出来ないんだ、早く帰って来てくれよーー×××」

 そう涙ながらに、言葉を吐いて。


 彼女は掛かってきた電話に出た。



「ーーはい、愛鹿社(めじかやしろ)ですが…」

++++++++++++++++++++++++++++++++

「皆、待たせたな……台本ができたぞ、ぜひ今日から練習を始めてくれ!」

「待たせた…って、まだアレから二日しか経ってないじゃん。そんなに急がなくてもよかったのに」

「明日は休みになってしまうだろう?その前に完成させておきたかったんだ」

 金曜日のHRで、馬場は僕達に紙とホチキスで丁寧に作られた台本を配った。

 そういう馬場の顔には、きっと遠くから見ても分かるほどに大きな隈ができていた。これだけの量だ。寝る間も惜しんで作り上げたに違いない。いつも通りの”完璧な笑顔”も、この状況を考えると少し不気味に見えた。

 それはクラスの皆も同じように感じたようで、不安そうな顔で皆彼を見た。岸波が眉を寄せ声をかける。

「…えっと…”満月”、くん?だっけ…?こう言うとなんだけど、ボクらはそんなに急いでないから、そんな体調を崩してまで焦らなくていいんだよ?…って、何してんの?」

 岸波が喋っている最中に、唐突に動き出した馬場はどうやら自分の机に何か取りにいったようだった。その足取りもどこかふらふらとしている。

「…だ、大丈夫だ…ちょっと待ってくれ」

 そう言い、しゃがみ込み自分の机をのぞき込む動作をとる馬場。


 真後ろの僕の席から見ると、その顔は余計青白く見えた。

 ふと、目が合う。


 何気なく、本当にたまたま目が合った分なのだ。


 けれども馬場の顔は。



「ひ」


  

    ”その瞬間確かに恐怖に染まった”





 スローモーションのように真横に倒れる馬場。



 駆け寄る皆。






 だけど僕は立ち尽くすことしかできなかった、それどころじゃなかった。





 まさに倒れるその瞬間、馬場は僕の目を見て。







   
          『にい、さん』








 確かにそう言ったのだ。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.35 )
日時: 2016/11/06 20:50
名前: 羅知 (ID: aTTiVxvD)

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 馬場は、倒れた後すぐに先生とクラスの皆の手により保健室に運ばれた。別に僕は体調が悪いわけではなかったのだが、菜種の提言により僕も保健室へ行くことになった。馬場が倒れた後、立ち尽くしていた僕を心配した菜種の配慮だろう。

「濃尾さんも、無理はなさらずに」

「……うん」

 無理はしていない。
 ただどうしようもなく戸惑っているだけだ。あんなことを言われて。

(あの時の馬場は、いつもの馬場でも、”ミズキ”でもなかった----そう、しいていうなら)

 僕の首を包帯で絞めていた、何者でもない、彼。
 だったように思える。



  思い出す、べきなんだろうか。

  僕が忘れていることを。




「……先生、僕も少し気分が悪いので寝てもいいですか」


 ”あの場所”に行くべきなんだろうか。


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   そこはほんとうにしろくてしろくてなにもないへやでした


   せんせいやせんせいのおともだちがときおりのぞきにきてくれたけどとてもつまらないへやでした

   でも××はそんなことはいいません

   ××はいいこだから

   いいこはそんなこといわないのです


   いいこでいればいつかだれか、××のことをむかえにきてくれるのです


   ぜったいに









   あるひのことです


   このしろいへやにおともだちがふたりまよいこんできました



   ふたりがきてくれたおかげでこのおへやはとてもにぎやかになりました


   ふたりは××にとってはじめてのおともだちです


   ××はふたりのこととてもとてもとてもあいしています


   とてもたいせつなひとにつたえることばをあいしてるというのだとせんせいはおしえてくれました


   だから××はふたりのことをあいしています




   きょうはおわかれのひ

   ふたりはもうここにこなくなるそうです


   でもふたりはいいました

   またね、と


   だから××はまたこのふたりとあえます


   だからさびしくなんかありません



   さびしく、なんか、ないのです




   ふたりがこのへやからでてくときとびらのむこうにふたりとおなじくらいとしのこがこちらをみていました




   こちらをにらんでいました




   そのこのかおは




   そのこの   かおは




****************************************************************

「”馬場と同じ顔”、だった……」

 

 僕には中学生時代の記憶が”存在”しないーー否、それどころか”高校以前に学校に通っていた記憶”が”存在”しない。

 15歳の冬、僕は恐ろしく白い部屋で目が覚ました。周りには、星さんや、白衣をきた端麗な顔立ちをした男の人、看護師さんが立っていて。
 
 その時の僕は、星さんのことも誰一人の事すら何一つ覚えていなくて。

 ただただその状況を理解できず、”気持ち悪く”感じていたのを覚えている。


 目を覚ました僕を見て、星さんは涙を流しながら叫んでいた。
 「先生!!ヒナ君が…!!」と。すぐにその白衣の人は、僕を検査して、そして「何も心配しなくていいんだよ」と僕を励ました。その優しさ、その優しさすら”気持ち悪いもの”にしか感じられなかった。

 そんな自分が、一番気持ち悪く感じた。

 
 その数日後の事だった。僕が”とある夢”を見たのは。
 その夢の中では、”中学生時代の僕を名乗る人物”と”いつもの自分とはまったく違うもう一人のボク”がいた。彼らは色んなことを教えてくれた。自身が感じているこの気持ち悪さの正体。僕自身が持つ性癖。
 その夢の最後で、”中学時代の僕”はこんな事を言った。

「…あのね、昔の事は”君が思い出したくなった時に”思い出せば、いいと思う。けっして”いい記憶”ではないから。そんなもの、君も思い出したくないでしょ?」

「……うん」

「あとさ。君には、僕は幸せになってもらいたんだ…僕の選ばなかった道を、選んでほしい、だから」






      「どうか僕のことは嫌っていて頂戴?」





「うん」
 そう頷いた僕を見た彼の、嬉しそうな、悲しそうな、なんともいえない表情は今でも忘れられない。



 冬休み、精一杯勉強して、僕は無事○×市立貴氏高校に合格した。
 点数とか色々大丈夫なのだろうか、と心配したけれど案外中学時代の僕は成績優秀だったらしい。割とすんなり合格出来た。

  



Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.36 )
日時: 2016/12/26 21:54
名前: 羅知 (ID: cFBA8MLZ)

「ねえ、僕」

 いざ明日から高校生だ、というその日の夜。僕はまた夢を見た。
 中学時代の僕はいない。そこには、僕と正反対の”ボク”が真顔でこちらをみて立っていた。…いや、少しだけ。ほんの少しだけ。

 その顔には”翳り”が見えた。

「なあに、”ボク”」
 

 僕がそう声をかけると、真顔を崩しニヤニヤと笑う彼。やっぱりその顔はどこかぎこちない。

 …泣いている、みたいだった。


「ねえ、本当にだいじょうーー「あのさあ!!」


 急に大声を出されたので、足が竦む。
 その剣幕に声が、出ない。



「君は全然変わってなんかない!!変われ、ってあれだけ言ったのに!!何も気付かないの!?…なあ!?嫌えよ!?こんな気味が悪い奴!!テメエは本当に気持ち悪い人間なんだよ!!?中学校生活がなんで強制的に終わったのか思い出せねえのかよ!!?…なら、ボクが教えてやるよ!!?」




    「”ボク”のせいなんだよ!!?」




「高校生活で同じ失敗をする気か!!??また、”人を愛する”気か!!?あんな”おぞましい”モノを!!?馬鹿かよ!!?…世界を嫌え!!人を嫌え!!自分を嫌え!!”ボク”を嫌え!!」





 支離滅裂に叫ぶそんな彼の言葉は、僕にとって意味不明で。
 ただただ感覚的に”裏切られた”という意識だけが自分の中に残った。



 その感覚は僕にとって”気持ち悪い”モノで。




 だから、僕は彼の言葉通りに嫌ったんだ。”彼(ぼくじしん)”を。人を。世界を。


*****************************************************************

 結局。
 あの時の”彼”が、叫んでいた言葉を理解することは今でも出来ない。あの時から、僕と”彼らたち”の間には”埋められない確執”のようなモノが出来てしまった。今更聞いたところで、”彼”はまた、あの気持ち悪い笑みを浮かべるのだろう。

 自分自身のことが、一番よく分からない。

 今更聞く勇気なんて、ない。


「馬場も、そうなのかな……」


 あの”白い部屋”の扉から、小さな馬場がこちらを睨んでいる記憶。…あれ、待てよ。少なくともアレは僕の昔の記憶であるはずで。愛とか愛してるとか気味の悪いこと言っててもそれでも僕の記憶であるはずで。
 ならば。

      僕と馬場は”小さい頃”に会っていた?

 いや、そんなはずはない。だってだって馬場はヒナタを見たとき確かに動揺していたのだから。僕とミズキはあの時確かに初めて”会った”のだ。

 ちょっと待て。

 小さな馬場のあの表情。どこかで見たことがある。そうだあの時。馬場が僕の首を初めて包帯で絞めたときと、さっき倒れたあの顔。あのどこか諦めたような表情は。

(じゃあ、アレが馬場の”根底”にはあるってことなのか?)

 ならば、ならば。

 ”ミズキ”は?

 僕の事を心の底から嫌悪して、思いっきりの殺意で僕の首を絞めた”ミズキ”は馬場ではない偽物だっていうのか?そんなはずはない、そんなはずは。

 だってそれじゃあ。





 僕は また 裏切られた ?






「……あっ」
 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、喉になにかがつっかえてしまったかのように息が出来なくなった。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい馬場に首を絞められていたときにはこんなに苦しかったことなんてなかったのに。
 その、あまりの苦しさに僕の意識が飛んでしまいそうになったその時。




「…大丈夫かい?ヒナ君」

「……先生。どうして」

 保健室のカーテンが少し慌てたように開き、そこから一人の男性----紅灯火くれないともしび先生が現れた。
 紅先生は、僕達のクラス1年B組の担任だ。担当教科は国語の現代文。普段はへらへらとしていてヘタレ気味なのだけど、授業では物凄い熱血指導。そんなギャップが女子には受けるのか、人気者の紅先生。だから僕は担任であっても、紅先生とは話したことがほとんどない。

 そんな人気者が、何故僕に構うのか。

 監督も、脚本家もダウンしている今。頼りになるのは先生しかいないというのに。

「クラスの事を心配しているの?…大丈夫、椎名君辺りがうまくやってくれているよ。あの子は案外しっかりしているからね。今頃各自で進めてくれているよ。…それより君は大丈夫?よく寝ていたようだから、少し目を離していたら急に息苦しそうな声が聞こえてきてびっくりしたよ。怖い夢でも見たのかな?」

「………先生は僕を何歳だと思ってるんですか。子供じゃないんですからもう怖い夢なんか見ませんよ」

 少し冗談ぽく、そう言う先生に僕はそう言った。嘘だけど。

「そうかな。…僕は今でも見るよ、怖い夢。恐ろしい、って思う気持ちに年齢とかどれだけ経ったかなんて関係ないんじゃないかな。少なくとも僕はそう思う。……さて、ヒナ君が怖い夢を見たかどうかは別にして、今後の為に先生から一つ”怖い夢を見たときの対処法”をご教授してあげよう」

「…………………」


「”気にしないこと”、だ」
「どんなことが、過去にあったって。どんなものを見たって。自分の信じていたことが裏切られたって。君が変わる必要なんてないだろう?無視すればいい。君がどうするか決めるのは君自身。他人の発言に君が振り回されなくたっていいんだ。君は君の信じるものを信じてごらん」


「…………………」

「…以上!先生からのありがたぁーいご教授でした!!……どう?参考になったかな?」

「…………はい、とても」

「そう、それなら良かった。君は真面目過ぎて、僕少し心配だったんだよね。……まぁそれは馬場君にも言えることだけど。…いつか、あの子の”笑顔”以外の顔を見たいものだねぇ」

 先生はそう言うと調子が良くなるまで安静にしてるんだよ、と言って保健室から去っていでた。どうやら急いでいるようで、出て行く時に先生のふわふわとした朱っぽい髪が小刻みに揺れていた。

 気にしない、か。

 確かにそれが一番なのかもしれない。僕は馬場の”ミズキ”だけを信じていたい。それ以外の何かなんて信じたくなんかない。

 僕は”僕”だ。

 そう、言葉にすることによって何故だか息がしやすくなったように思えた。


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 紅灯火は、少しずつ黒くなっていく自分の髪色を押さえながら表面だけで笑った。濃尾日向のような時期が自分にもあったな、と。あの頃は自分の”異常”が恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。でも今は違う。

 僕は”異常”だ。

 そう、受け入れている。きっとあの頃共に過ごした仲間たちも同じ風に考えていることだろう。


「…白星君に伝えなきゃなぁ、ヒナ君の現状」

 過保護な白星君のことだ。きっと僕の事をどうしようもなく詰るのだろう、あの普段は隠されている薄い唇から。相手の気に病む程の暴言を。

 そして次の日には。

 またあの美しい顔で、僕に向かって微笑むんだろう。
 僕に向かって言ったことなんて、気にもせずに。


 あぁなんて気持ち悪い。なんて可笑しい。




「僕達を”こんな風”にしちゃって。責任取って下さいよ、”先生”?」


 そう、心の底から、表面だけで呟いた。





 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.37 )
日時: 2017/03/08 01:00
名前: 羅知 (ID: .KuBXW.Y)

「はい!!貴氏高校の皆さん、本日は私立彩ノさいのみや高校へようこそ!先生がこの学校の演劇部の顧問、秦野結希(はたの ゆうき)です!!早速だけど自己紹介してもらっていいかな?軽くでいいから」

「…貴氏高校1年B組濃尾日向です。『不思議の国のアリス』の劇で………『赤の女王』役をやるので、演技の指導をして頂けて嬉しく思います」

「……同じく貴氏高校1年B組菜種知です。『不思議の国のアリス』の劇で『チェシャ猫』役をやることになりました、本日は突然の頼み事を了承して頂き本当にありがとうございます」

 そして週末。菜種の知り合い?は”先生”らしく、そのツテを使って今回のこの演劇指導は成立したらしい。確か彩ノ宮高校の演劇部は毎回県大会に行っていたはずだ。その演劇部でこうして指導してもらえる経験はなかなかないだろう。…僕の演技は置いといて、ここでこうして指導を受けることに損はない。

 やるならしっかりやる、それが僕の信条だ。

 顧問の秦野先生は二十代半ばの中性的な顔立ちをした明るそうな先生だった。しかしこの秦野先生が相当な切れ者らしく、彼女はどんな役でも演じることが出来るということでとても有名で、元々演劇強豪校だった彩ノ宮高校も彼女が来てから、益々勢いが増してきているらしい。才能と言うのは本当に凄いと思う。
 

「あはは!!二人ともそんなに堅苦しくしなくても全然いいよ!!…さあさあ奥でうちのエースちゃんが待ってるから!ちょっと個性的な子だけど、凄い努力家で先生なんかやりも二人にうまく教えてくれると思うから」

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「…さぁ!!この深い深い森に、迷い込んできた旅人達に救いの手を、さぁ!!その赤い赤い果実を私の手に乗せて、そう!!その果実の名は『愛』!!どうか私にその愛を!!」



「ね、凄いでしょ?愛鹿社めじかやしろちゃん」
 
 演劇部のエース、愛鹿社は僕達と同じ1年生らしい。幼い頃から演劇を続けてきた彼女は演劇部の中でも圧倒的な演技力を誇っており、他の一年生からも一目置かれているのだそうだ。

 ショートに短く切りそろえられた髪は、彼女が動く度に小さく揺れ。
 また、額に煌めく汗は森林の中を走り抜ける剣士を想像させた。

 
 なるほど。確かに彼女の姿には、目を惹かれるものがある。きっとこの調子なら彼女はきっと女子にも好意を寄せられているのだろう。一年でエースなんて、周りの人間に虐められないのだろうかなんて考えたのだけれど、杞憂だったようだ。彼女の姿を見たら、納得せざるを得ない。

 彼女が絶対的エースであることを。

 彼女にはそれほどのオーラがあった。……だけど。彼女の姿を見て初めに思ったことは今まで長々と連ねてきた言葉とはまったく違うものだった。

 そう。彼女の持つ雰囲気は。


「ねえ、菜種…。あの人………」

「…そうですね。そっくりです」







 ---------馬場満月の雰囲気に酷く似ていた。

**********************************
「二人とも初めましてだな!!私は愛鹿社めじかやしろ、このゲキブの、しがない一団員だ。私などが、演技を教えるなんておこがましいと思うが、今日はよろしく頼む!!」

 一通りの演技が終わると、愛鹿はそう言って僕達に眩い笑顔を見せた。…同じだ。”馬場満月”の”完璧な笑顔”と何一つ変わらない。心からその笑顔が出ているというのなら心底気味が悪いが、もしも”愛鹿社”も”馬場満月”と”同じ”だとするのなら。

「どうかしたか?」
「……いや、なんでも」
「そうか!!それならいいんだ!!…なんだか考え込んでいる風だったからな。体調でも悪いのかと思ったんだ。同学年なんだ、何か困った事があったら何でも言ってくれ!!」

 そう言って彼女はまたにこりと笑う。その顔を見て僕は先程まで頭に浮かんでいた下らない妄想をかき消した。爽やかな笑顔。裏なんてなさそうな屈託のない表情だ。……よく考えたら、馬場のような人間がそんな二人も三人もいるわけがないのだった。それに愛鹿社と僕は合って間もないのだ。彼女も他校からやってきた訪問者に全力の対応をしているだけなのだろう。なにせ彼女は演劇部のエースだ。僕たちに対して”最高の笑顔”を浮かべる演技なんていとも簡単に出来る。そしてそれは何かを隠してるのではなくて、”わざわざわが校にやって来てくれたお客様”に対する礼儀に過ぎないのだ。

 色々考えすぎて馬鹿を見たような気がする。

(それによく見たら、馬場にも似てないんだよな)

 勿論先程言った通り、笑顔の浮かべ方や喋り方は出会った頃の馬場にそっくりだ。けれど彼と彼女の”笑顔”には完全な違いがあった。


 演劇部のエースとして浮かべる彼女の笑顔。



 僕はそれに、馬場に感じたようなあの凄まじい”嫌悪感”を感じなかったのだ。

 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.38 )
日時: 2017/05/03 17:09
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

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 濃尾日向と菜種知に発声練習のみ教えると、秦野結希と愛鹿社は休憩するといって、彼らのいない体育館裏へ言った。

 ぽつり、と口を開く愛鹿。その表情は暗い。

「……先生、それであの子達は一体何を演じるんですか?先生は初めから知ってたんですよね。それでも敢えて先生は私に何も言わなかった。何の”意図”を持って黙ってたんですか?」
「”意図”だなんて酷い言い方だなー?先生は別に誰かに何かをさせたい訳じゃないよ。社ちゃんが驚く顔が見たかっただけ。ただそれだけだってば」
「…………そうですか。私をただ”苦しめたい”だけですか。良いですよ。心構えは出来ました。どうとでも酷いことを言って下さい」
「……はは。凄く冷たい顔。さっきとは大違いだね。…”自分すら騙す演劇部のエースさん”先生の前では”演技”しなくていいの?」

 ————愛鹿社は知っている。この”演技の天才”の前ではどんな”演技”も無意味なのだと。自分すら気付いていなかった無意識の”演技”を彼女に気付かれた時から、彼女は彼女の前で”気取る”のを止めた。

 やったって無駄なことをする意味なんて、無い。

「……じゃあ言うよ。彼らがやるのは”不思議の国のアリス”だ。まぁ脚本を担当した子のこだわりが強かったのか大分改変されてて原作とはほぼほぼ別物だけどね。たしか改変したタイトルが……【嘆きの国のアリス】だっけ?アリスという名前の少女が迷い込んだ世界は、不思議の国のアリスのキャラが皆鬱みたいになってましたー!!って言う話。よくこんな話思いつくよね。感心しちゃうよ」

 渡された台本を開きページをぱらりとめくる。確かによく出来た話だ、と思う。不思議の国のアリスは昔演じたことがあるが、物凄く難しかったのを覚えている。……あぁ、あの頃一緒に練習してくれた”彼”は元気にしてるだろうか。高校に進学してから会えていないが”彼”のことを忘れた日なんて一度も無い。

 また、会いたい。そう強く願う。

「あは、懐かしい?先生も覚えてるよー。社ちゃんの演技。凄く上手かったもん。……さてあの子達の役名を発表するよ、菜種ちゃん…女の子の方は【希望をなくしたチェシャ猫役】それで濃尾君……あの可愛らしい男の子の方は【元の赤の女王を殺して現赤の女王になった白の女王役】…だよ。どう?驚いた?」

 姉。愛鹿社には姉がいる。同じように演劇をやっていた姉。
 昔やった演劇の配役は、自分が白の女王で姉が赤の女王だった。

「……は。なんですか、ソレ。私が姉を殺したっていいたいんですか。えぇ!!それはもう殺したい程憎かったですけど、姉が”死んだ”のは事故ですよ。私のせいじゃあありません」
「”死んだ”じゃなくて、”意識不明で目覚めない”でしょ?まだ死んでない」
「私に毒を吐かない姉なんて、死んでるも同然です」

 半年間姉は目を覚まさない。なまじ顔のパーツだけはそっくりだったものだから、見に行く度に自分が死んでる姿を見るようで気分が悪い。

 私は”私”だ。

 そう言い聞かせていないと、自分が”姉”であると混同してしまいそうで怖かった。

「…まぁなにはともあれ。その顔は直してからあの子達の前に行ってね。特に濃尾君の前では顔を作っていって」
「…自分でそういう風に仕向けた癖に何を言っているんだか。薄ら寒いですよ。………まぁ心配しないで下さい。どうせもう」

 そういって彼女は言葉を続ける。





「……彼は”私”のこと見抜いてますから。さっきから”そういう”顔してましたからね。あの子」

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.39 )
日時: 2017/03/15 07:44
名前: 羅知 (ID: UmCNvt4e)

*********************************************
「やぁ尾田くん、待ったかい?」
「いえ……つーか、わざわざ休日に出勤させちゃってすんません……」
「ふふ……いいんだよ。悩める生徒を助けるのが教師の役目だからね」

そう言って紅先生はふにゃりと気の抜けた笑顔で笑う。そんな先生の顔を見ていると、最近ささくれだっていた自分の心も和んでいくような気がした。

今日は土曜日。

俺----尾田慶斗が、こうして休日に先生と面会しているのには並々ならぬ訳がある。

昨日のHM、馬場が倒れた。およそ倒れるなんて誰も予期していなかっただろう馬場満月が、まるで漫画のように倒れた。真横に。ばたりと。
しかし、俺は見ていたのだ。馬場が倒れる直前、濃尾日向に何かを呟き----それを聞いた濃尾も、顔を真っ青にして、馬場と共に保健室へ向かった。

これがおかしいと思わない訳がない。

そういえばあの時馬場は、言っていた----濃尾君は、俺に逆らえない。俺が死ねといえば、死ぬだろう。と。そこで俺はある可能性に思い立ったのだ。

もしかして濃尾は馬場に弱味を握られていて、脅されているのではないか----と。
馬場と急に"親友"なんかになったのも、濃尾が何か下手なことを言わないように--見張ってるんじゃないかと。
これはあり得ない可能性なんかじゃない。確かに情報家である濃尾を出し抜くには相当の技量が必要だが、あいつなら----馬場満月なら、出来るかもしれない。

それなら確認しなきゃいけない。保健室に向かった二人の行方を。

俺はそんな志を持ってそっと教室を抜け出し、保健室の扉に手を掛けた----ところで、後ろからがしり、と俺の肩を掴む手があった。

「どうしたの?尾田君?」
「せ、先生--------」

驚いた。気配が感じとれなかった。……いや、そうではなく俺がそれほどまでに集中していたということだろう。
落ち着いて深呼吸をし、予め用意しておいた台詞を先生に言う。

「----心配になったんです。馬場と、濃尾のことが。馬場なんか、今日は朝から青かったし。だから様子を見にきたんです」
「そうかい?でもそれなら今は止めておいたほうがいい------馬場君も、濃尾君もぐっすり眠っているところだから。病人を起こしちゃ悪いだろう?」

でも心配してくれて二人とも喜んでると思うよ、ありがとう--そう言いながら優しい笑顔で先生は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
紅先生は人気者だ。その理由の一つが、ことあるごとに褒めてくれるこの優しさだ。先生なら----先生ならば俺の抱えているこの悩みを解決してくれるかもしれない。そう思って俺は。

「あ、あの先生----!!」
「うん?」


--------そうして今に至る。目の前の紅先生はぽつりぽつりと話す俺の言葉を嫌な顔一つせず、にこにこしながら聞いていた。全て話を聞き終えると、先生はうんうんと頷きながら俺の目を見た。

「そうか。そんなことがあったんだね----最近尾田君は何か考え込んでいるから、何かあるとは思ってたんだけどそんなことがあったとは」
「俺の話を信じてくれるんですか!?」

自分で話していても、この話はとても荒唐無稽だな、と感じていた。もし同じことを人から言われたら俺は信じることが出来ないだろう。

「信じるよ?生徒の話は誰でも無条件に信じるさ----それに、僕も気になってたからね。馬場君のことは。今の尾田君の話を聞いて、あぁ馬場君も人間だったんだなぁとしみじみ感じてるところだよ」
「……?今の話に馬場の人間らしいエピソードなんてあったっすか?むしろ人間性を疑うようなエピソードしかなかったように思うんすけど……」

俺が不思議そうにそう言うと、紅先生は楽しそうに笑いながら。

「情報を整理してみようか?」

そう言って紙とペンを用意した。
紙にペンでさらさらと何かを書きながら先生は説明を始める。

「まず、馬場君が尾田君にしたことから振り返ってみよう。君から考えたら酷いことをされたとしか思えないだろうけど……結果としてはどう?君は椎名君と仲直りできた。椎名君は殺されなかった。ほら?良いことづくめじゃないか」
「そう……すけど、でもそれはたまたまで!!」
「ふふ……じゃあ視点を変えてみよっか。そうだね…例えばだけど、もしも尾田君が取り返しのつかない大失敗をしたとする。そんな君の目の前にかつての自分と同じ失敗をしようとする君の知り合い……そうだね、椎名君だと仮定しようか。椎名君がいる。さて、君はこの後どうする?」

そこで先生はペンを書く手を止め、もう一度俺の目を見た。どういう意味だろう。

「どうするって……そりゃ止めますよ。大切な人に自分と同じ失敗はしてほしくないっすからね。当然じゃないすか」
「だよね。じゃあ話を戻すよ。これはあくまで僕の下らない妄想だけれど…"馬場君は昔取り返しのつかない大失敗をした。それは尾田君と同じように自分の気持ちを相手に伝えなかったから生じた。そんな時に同じように片思いに甘んじようとする尾田君が目の前にいる。思わず馬場君は感情的になって、尾田君を止めるために荒療治をした。"」
「………………」
「信憑性がない?あくまで妄想だ?…そうかな。だって理由がないじゃない。馬場君がわざわざ尾田君の前で本性を晒した理由がさ?"弱味を握られているならともかく"尾田君の前で本性を晒して、自分のリスクを増やして馬場君の得になることなんて何一つないんだよ。そうなったらそうした理由は一つ、"感情的になってしまったから"だ」

そうして先生は書いていた紙をゴミ箱に捨てて、ペンをもとの場所にしまった。

「ま。あくまで僕の妄想だからね。あとは尾田君の好きにするといいよ。おや?」
「……………なんですか?」
「ゴミ、付いてるよ。後で僕が捨てておくね」
「ありがとう、ございます」

色々と。そう言って俺は教室の扉を静かに閉めた。
これからどうするのか考えながら。

*********************************************
尾田慶斗の足音が遠ざかったのを確認すると、紅灯火は持っていたゴミ------盗聴機に向かって、この盗聴機を仕掛けただろう人物に話し掛けた。

「馬場君だよね?」

盗聴機なので、無論返事は聞こえるはずがない。しかしそんな事を気にすることもなく、紅灯火は話し続けた。
教師が生徒を諭す声とは違う声で。

「残念ながら、君の野望は崩れさったよ。君は尾田君にこれからつきまとわれることになる。心配されることになる。僕のことが憎いかい?」

無論返事はない。

「一人でどうにかなるなんて思わない方がいいよ。"僕達"は君達子供と違って沢山のツールがあるんだから。君がどんなに足掻こうが、いずれ君は現実を知ることになる。どうにもならない、って」

無論返事はない。

「どうしてこんなに構うのか、って?そりゃあ君が"僕達"の愛すべき天使様である"ヒナ君"の親友だからだよ。あの子はあの子が思っている以上に愛されている。あの子がそれを拒否していたとしてもね」

無論返事はない。

「…もしも、あの子を傷付けるようなこと君がしたとき、"僕達"は全力を持って君を"潰す"。生きていることを後悔するような手段を持ってして」

無論返事はない。

「……最後に。これは教師としての忠告だけれども、本当にダメになったときには"彩ノ宮病院"の"濃尾彩斗(のうびあやと)先生"のところへ行くといい。きっと君の力になってくれるよ」

それだけいって、彼はその盗聴機をぐしゃりと踏み潰す。



無論返事はなかった。





Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.40 )
日時: 2017/03/16 09:10
名前: 羅知 (ID: M0NJoEak)

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(あの、クソ教師………)

尾田慶斗と紅灯火の会話を聞きながら、馬場満月は一人小さく溜息を吐く。

馬場満月の"計画"はこういうものだ。
尾田慶斗が自分達、特に自分に不信感を抱いている事は分かっていた。今回の"計画"は、その不信感を払拭させるためのものだった。 だからわざわざ"あの時の冷たい自分"と似たような役にしたのに。脚本を担当したのも、わざわざあの役に立候補したのも、全てはその為。

しかし、それもこれもあの教師のせいで全て台無しだ。

"演技"という名目で、あの"冷たい馬場満月"を公衆の目前で演じ切れば、俺達の"嘘"の信憑性がぐんと増す。尾田慶斗との関係も元の形に戻り、俺はまだまだ"馬場満月"をし続けれる。

そうなるはずだったのだ。そうなるはずだったのに。


(最悪だ……この俺が、出し抜かれるなんて)




『馬場君だよね?』

ふと盗聴していたイヤホンから、あの憎たらしい声が自分に語りかれられるのを聞いて背筋が凍る。

気付いていたのか。

気付いていた上で、あんな"出鱈目"をのうのうと口走っていたのか。俺が"大失敗"を犯した、なんて大嘘を。

俺はそんな人間じゃない。

あの時の俺は感情的になんてなってなんかいない。あれは全て"計画通り"のことなのだ。絶対にそうに決まってる。そうじゃなきゃおかしいんだ。だってだってだってだってだってだって俺は"馬場満月"なんだから。"馬場満月"は誰とも結ばれない"当て馬"で、いつだって明るくて、笑顔がとびきり素敵だった"あの人"のように、あれ、あれ、あれあれあれあれあれ"あの人"って誰だったんだっけ?"オレ"は元々"誰"で、いや違う。ちがうんですってば。こんなのは"オレ"じゃない。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!


様々な雑念が頭の中を暴れまわる。もうまともに周りの音なんか聞こえないくらいに荒い呼吸をしながらそれでも、それでも。聞き続ける。もうイヤホンを外す余裕もないほどに、ただただ惰性的に聞く。その"言葉"を。

『------------いずれ君は現実を知ることになる。どうにもならない、って』

何を、言っているんだ。これが"現実"だ。俺の信じていることこそが"真実"で"現実"なんだ。何も知らないくせに勝手なことを言わないでくれ。
どうにかなるんだよ。"こう"していれば。きっと"何か"が"どうにか"なるはず------------

『--「五月蝿い!!!!」

まだあの男は何か言っている。なにがヒナ君だ。何が天使様だ。あれは"濃尾日向"だろ?以上でも以下でもなくそうなんだ。愛してなんかやるなよ。アイツは"今のまま"が一番"幸せ"なんだから。ああああああもう全部全部アイツのせいだ。アイツのせいで全ての計画が狂ったんだ。アイツが"ミズキ"を望むから。"馬場満月"は崩れ始めた!!

初めて見たときから"大嫌い"だよ、あんな奴。

生きていることを後悔するような手段?生きていることを後悔なんて初めからしているさ。ずっと消そうとしてるのに消えないんだ。"俺"の中から"オレ"が!!!!ねぇ早く消してくれ、早く消してくれなきゃ。

「あは、は、は、ははは……」

渇いた笑い声を上げながら、一人でに手が動く。何か切れるモノを。己に"痛み"を与えられるモノを探し求めて。

手に何か当たる--------少し錆びた、カッターナイフ。

「ひひ、ははは…ははははははッ!!あはは、はははッ」

まるで金のない麻薬中毒者が、使いかけの麻薬を見つけた時のように------いや、もう、それそのものなのかもしれない------狂喜に満ちた目で、馬場満月はそのカッターナイフの刃を一気に押し出した。"自分の肌"に向かって。

そしてそのままそれを横に滑らす。何度も。何度も。その度に腕からは真っ赤な血が噴き出す。ざくりざくりと今度は垂直に太腿に刺してみた。途端に、感じる気の遠くなる程の鋭い痛み。

「ははッ………………!!」

痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。頭の中がただその言葉に侵食される。嫌なことも。辛いことも。思い出したくないことも。考えたくないことも。全部全部"痛み"に変わっていく。

あぁなんて素晴らしいんだろう。
この時だけは、俺の中から"オレ"が消えてくれる。






しかし、その時彼は確かに聞いたのだ。


「やし、……ろ……?……んで、…そこに?」


もう意識も飛びかけ、手に持っていたカッターナイフも血溜まりに落ち、夢の中で彼は"繋いでいたもう一つの盗聴機"から、"愛しかった彼女"の懐かしい声を。


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第三話【Aliceinwonderland】→【Aristo myself】

何もかもが狂ってしまった世界の中で、とびっきりの自分を演じていた。
笑っていれば何とかなるとか、そんな儚い希望を胸に抱いて。だけど、それただ自分が狂ってしまっていただけなのかもしれない。
今でも自分はこのおかしな世界から出ることが出来ない。


+馬場満月+ばば みずき

貴氏高校一年B組(この時点)に属す。驚異の当て馬。頭は働く。”当て馬”になってる理由があるらしい。身長180で体格はいい。濃尾日向ののとが大嫌い。リストカッター。兄?がいるらしい。


*濃尾日向*のうび ひなた

貴氏高校一年B組(この時点)に属す。学校有数の情報屋。身長自称151だが本当は150切っている。かなり細く、女装が似合う。中学以前の記憶がないらしい。夢の中で二つの人格と語り合っていたが、仲違いした。馬場満月が親友。


*尾田慶斗*おだ けいと

貴氏高校一年B組(この時点)に属す。茶髪で軽い雰囲気。優しいらしい。あだ名はケート。馬場曰く「一般道にある落とし穴」みたいな人。椎名葵が幼馴染。白菜ッ!様投下キャラ。馬場との件を紅灯火に相談した。一体彼はこれからどう動くのか。


+菜種知+なたね とも

貴氏高校一年B組(この時点)に属す。肩くらいまである黒髪。けだるげな雰囲気。ウソと本当をいり交ぜて喋る(直後ばらす)椎名葵と仲が良い。母親の影響でいつも笑顔の人間が苦手らしい。馬場満月と、濃尾日向のことを怪しんでいる。河童様投下キャラ。


*秦野結希*はたの ゆうき

彩ノ宮高校演劇部顧問。演劇の天才。初対面で愛鹿社の地を見抜いたらしい。


+愛鹿社+めぐか やしろ

一年生にして彩ノ宮高校演劇部エース。小さな頃から演劇をやっているらしい。姉がいるが、現在意識不明。姉のことが嫌い。馬場と雰囲気が似ているが、濃尾日向は彼女の笑顔には嫌悪感を感じないらしい。表裏が激しい。


*紅灯火*くれない ともしび

貴氏高校一年B組の担任。担当教科は国語の現代文。ふわふわとした朱っぽい髪が特徴的。何か目的があるような動きが目立つが、その目的は濃尾日向に関係があり、彼以外にも数人が濃尾日向の為に動いているのだという。


+濃尾彩斗+のうび あやと

彩ノ宮病院の精神科医。名字からして彼の関係者ではある模様。色々と不明。


Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.41 )
日時: 2017/03/20 07:06
名前: 羅知 (ID: ysgYTWxo)

第四話【AliceinKingdomofmirror】



夢を見た。


「…いい夢見たか!!×××!!……今日も楽しんで行こうな?」


オレの隣で社が、笑っていた頃の夢。


「…この喋り方、か?……ふふ×××のお兄さんのマネをしてるんだ。学校で王子様役をやることになったから。あの人ってまさにそんな感じだろ?」


君はいつでも微笑んでいてくれて。


「無理なんかしていないよ、×××。…これは私にとって"けじめ"なんだよ。色んな意味でね。……凄い?私が?……ううん、×××の方がよっぽど凄いと私は思う。何で皆×××の演技の旨さ分かってくれないんだろ」


オレはそれにただ頷いて、笑い返すことしか出来なくて。


「ねぇ高校生になっても、また一緒に演劇しよう?違う学校に行っても、お互いにまた力をつけて………今度は私と×××二人主演の、主人公の!!そんな演劇をしようよ!!その時は、×××が脚本を作ってね?」


オレはその問いかけに頷くことができたのだろうか。



そんな思い出すら、蜃気楼のように掻き消してしまうんだ。今のオレは。



今のオレを見ても、君は笑ってくれる?


*************************************

つんとくる薬剤の匂い。此処は病室なのだろうか。

「……ん」
「あは………起きたんだ。さっきまで死にかけてたのに凄い生命力だね。君としてはそのまま死んでしまいたかったくらいなんでしょ?」

目を開くと朱色のふわふわとした髪が映る、あの憎々しい声と共に。

「あんたが……俺の邪魔を…し、たのか?」
「いや?君を助けたのは"匿名の通報"さ。ご丁寧に彩斗先生と僕達にご指名をしてね。どこかの誰かさんだか知らないけど、どうやら君も愛されているようだよ?だけどさ」

そう言ったか否か、紅灯火は俺の胸ぐらを掴み無理矢理上に引き上げる。

「何"勝手に死のうとかしてやがる"のさ。君が死んだら悲しむ人間がいることを忘れるなよ」
「………父も、母も、俺とは、絶縁している」

髪はこれまで以上に朱く輝き、口元は笑いながらも目は見開き爛々としている。
その顔はまさに"化け物"のようで。

全身が、ぞくり、と震える。

「…違ぇよ。それは君の勝手都合だろ。君は本当に考えなしだ、本当に本当に---------「駄目でしょ?ともくん?」

このまま取って喰われるのではないかと、額に汗が一筋浮かんだとき、ふと子供のような可愛らしい声が部屋に響き渡る。

「…………茉莉(まり)」
「自分より、年下で、弱い子を怖がらせちゃ駄目だよ、ともくん。あたし達はお兄さんでお姉さんなんだから」

そうして紅灯火の後ろからひょっこりと顔を出した少女は、紅灯火の前を悠然と通ると俺の方を見てにっこりと微笑んだ。

今、彼女は自分のことを"お姉さん"と言った。

しかし刈安色の髪をツインテールにくくった少女は、とても小さく幼く見えて、中学生、いや小学生にしか見えない。

もしかして紅灯火はロリコ--------

「こんにちは、馬場君。あたしは黄道茉莉(こうどうまり)。ここにいる灯火君の幼馴染で、同い年。こう見えて二十歳越えてるんだよー?」
「……今、僕のことロリコンだと思ったろ。馬場君。分かるからな。そういうの。よくそういう目で見られるから」
「………合法ロリ「だからそういうの止めろってんだろ」

紅灯火の目が死んできたので、これ以上言うのは止めることにする。この男もこのような顔をするのかと思ったら何だか気分が良くなった。

「…ふふ、馬場君さっきより良い顔になったね」
「…………?」

良い顔?良い顔とはなんだろう。俺が不思議そうに首を捻ると黄道は花が咲いたように笑う。

「さっきまで君、死にそうな顔してたから。でも今の君は生き生きしてる。…それがいいと思うよ。生も死も人間はたった一つしか持ってない。貴方達はそれをもっと大切にするべきだよー」
「……………」

こういう人間は苦手だ。とびっきりに明るくて、心の底から他人のことを心配して、おまけにこういうことを言えてしまう人間が。
こちらがどれだけ壁を作ろうが、そんな壁等簡単に飛び越えてしまう。

ふと紅灯火が、思い出したように口を開く。


「あぁそういえば馬場君、三日間だから」
「…は?」
「君の入院期間。これでもかなり短縮したんだよ?君だってあまり休みたくないんだろう?」

三日間。今日が日曜であるはずだから、少なくとも火曜までは休まなくてはいけない、ということ。

冗談じゃない。

今週の日曜日には、もう本番なのだ。それまでにやらなければいけないことも、整えなきゃいけないことも山ほどあるのだ。そんなに休んだら作業が滞ってしまう。

「安心しなよ。馬場君。仮にも僕は君の担任だ。君がいない間のサポートくらいは、僕と僕の仲間がやってあげれるよ」
「……だが」
「今は傷を治すことに集中しな。破傷風とかって怖いんだからね?」

そこまで言うと、さて、と言いながら紅灯火は病室の扉に手を掛ける。それを見て紅灯火についていく黄道茉莉。


「また、見に来るよ。馬場君。……僕の仲間達も此処に来るだろうけど、適当に愛想良くしておいてくれればいいから」
「……お大事に、ね!!」
「……………」

そうして嵐のような二人は、忙しなく病室を去ったのだった。


Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.42 )
日時: 2017/04/15 21:43
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

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まっさらとした白い病棟には、まるで似合わない赤と黄色の影。

「あの子、おかしいね」
「…………茉莉、それには確かに同意するけれど人には言って良いことと悪いことが」
「だってあの子"死のうとしてた"はずなのに、たったの三日間休むのは嫌だなんて、おかしいよ。死んだらそれ以上に休むことに………ううん、もう二度と来れなくなってたのに」

その幼い姿に似合わない大人びた表情の黄道茉莉に、心惹かれながらも紅灯火は彼女の問に静かに答える。普段へらへらとした口元をきゅっと閉めながら。

「あの子は、ヒナ君と一緒なんだよ。………馬場君のあの言動見たでしょ?ヒナ君が嫌なことを"忘れる"
のだとしたら、馬場君は嫌なことを"なかったことにしてる"。記憶はあるけれど、それを自分の記憶と認識していない。ある意味ヒナ君より重症だよ」
「ふーん……」

そういって彼女は何か考え込んだように、腕を組む。そして暫く経つと何か思い付いたようにぽんと手を叩きまたいつものようににっこりと笑って紅を見た。

「じゃあ、あたし達頑張らなきゃだね!!」
「……………」
「先生とヒナ君は、"あの頃のあたし達"を救ってくれた恩人だもん!!同じように悩んでる子がいるのならあたし達も助けてあげなきゃ!!……ともくんもそう思うでしょ?」

紅灯火は、良い人間ではない。
自分でもそう自覚しているし、黄道以外の仲間もきっとそう思っていることだろう。そんなことは分かっている、けれども。

(君が笑って、そう言うから)


「……うん、そうだね」
いつだって彼女はとてつもなく輝いていて、自分はどこまでも汚れていた。酸化した血液の様に黒く、黒く。

それでも。

彼女がそんな自分の中から、光を見出だしてくれるのなら自分は"良い人間"になれる、のかもしれない。

そう感じながら、紅灯火はその掛け声にゆっくりと頷いた。

*************************************
馬場満月が、入院してから二日目。
彼の病室には、昨日紅が言った通り二人の来客がいた。

「…はーい、こんにちは馬場君。アタシは海原蒼(うなばらあお)。紅の……うん、知り合いよ。知り合い」
「……蒼姉(あおねえ)、面倒くさそうにしないで。多分馬場君の方が面倒くさいって思ってる。……この"性格"の時では初めまして、かな。馬場君。僕は金月星(かなつきせい)。ステラ、とか。白星(しらぼし)。ってよく言われる。……"いつもの"感じがいいなら、そうするけど。どう?」

海原蒼は、深い海の底の様に青い髪をした、紅灯火と殆ど変わらない年齢の女性だった。切れ長の目をしたかなりの美人なのだが、無気力そうなその表情が三割減で彼女の魅力を損なっている。
対して金月星は、光を透かしてキラキラと輝く白い髪をした青年だ。黒いマスクをしていて表情がうまく読めないが、こちらに敵意はないように思える。
というか。

「"あれ"って、演技だったのか!?…っていうかアンタも紅灯火の仲間……………!?」
「あはは"演技"っていうか、性格の一部………せっかく生まれてきたのに一つの人間の人生しか生きれないなんて損だと思うんだ。まぁ"ステラ"の性格は自分でもかなり無理があると思ってたけど…でも馬場君が分からない程度には馴染んでたみたいで、嬉しいね」

そうして彼は目だけで笑ったが、馬場満月は動揺を隠すことが出来なかった。

****************************************************

「えー…、馬場クン休みなの!?やっぱ無理してたんだ……」
「うん。そういうことだから馬場君は今日は風邪でお休み。幸い台本はもう完成してるからね。馬場君の為にも僕達皆で文化祭を成功させよう!!」

紅灯火が、クラスの皆々にそう伝えると椎名葵を始めとする様々な生徒がざわつきはじめた。いくら金曜日に倒れたとはいえ、明るくいつも元気で健康的なイメージの強い馬場が土日を挟んで休むのは意外だったのだろう。誰も彼もが彼を心配する発言をし、不安げな表情をしていた。

"彼ら二人以外"は。

(尾田くんとヒナ君…………)

何かを考え込むように俯き、唇をぎゅっと結んでただただ黙りこんでいる尾田慶斗。その姿は、紅灯火の言葉を聞いた後と被る。彼はきっとまだ考えている。これから自分はどう動くべきなのか。何をするのが正しいことなのか。
彼がそう考えるように誘導はしたけれど、最終的な判断を下すのは彼自身だ。決めるのは彼だ、例え彼が今までと同じように馬場満月を邪険にしたとしてもそれはそれで良いと紅灯火は思う。

あの言葉を聞いて、少なくとも彼の心の中には確かに変化があった。その事実だけで十分だ。邪険にしたとしても、それはきっと今までとは違う。その態度にきっと"馬場満月"は何かを感じるはずだ。

"壊れてしまった心"にでも、何か感じるものがあるはずだ。

問題は"彼"の方だ、と紅は考える。

(ヒナ君…………………)

目は見開き、顔面は蒼白で、口を半開きにして、こちらをまっすぐと見つめてくる彼は他の生徒達とは明らかにショックの度合いが違った。魂が抜けた脱け殻のようだった。そりゃあそうだろう。"馬場満月の異常性"を、"強さ"を、誰よりも盲信していたのが彼だったのだから。馬場満月が倒れた瞬間もそうだった。彼は誰よりも馬場満月が倒れたことに衝撃を受けていた。だからこそ紅は彼が保健室に向かった後すぐフォローに向かったのだから。本来紅は彼との関わりを極限まで控えている。抑えようとしても、確実に彼のことを贔屓してしまうからだ。教師として最低限のルールは守らなければいけなかった。

でも、あの時はそんな悠長なことは言っていられなかった。

彼のあの表情は、あの反応は"彼が記憶を失う前の症状"に酷似していた。自分の目の前で"また"あんな悲劇を起こさせてはならない。ただそれだけを思って紅は彼に助言した。あんな言葉はただの気休めだ。彼が完璧に"壊れてしまう"のを、ただ延長させたに過ぎない。けれども。

そう言ってあげるしかなかった。

また、あんな風になってしまったら。今度こそ、今度こそ彼の心はバラバラになって、もう二度と戻らなくなる。それだけは防がないといけなかった。
"治す"余地がなくなってしまったら、次に壊れるのは今度は僕達の方なのだろう。

(取り合えず……隙を見て、フォローしにいこう。誤魔化しでも何でもいいから、今の彼の心境から脱しないと……)



一人、そう考えた紅灯火だったがその必要はなかった。
何故なら。


「先生…………ちょっと良いですか?」


授業が終了しHRも終わると、濃尾日向はそう言って紅に話し掛けてきた。予期していなかった出来事に少々慌てながらも、対応する。

「…え、あ、うん!!何かな?授業で分からないところでもあった?全然時間あるから大丈夫!!どんどん質問して!!」
「?……忙しいんでしたら、別にいいんですけど…」
「いやいやいや!!!本当に大丈夫だから!!!なに!?」

少々どころじゃなかったらしい。怪しまれてしまった。落ち着いて、落ち着いて、なに?と彼にもう一度問いかけると、彼はゆっくりと一枚の封筒を差し出した。

「これ、馬場に渡して欲しいんです」

封筒には、小さなディスクと手紙が入っている。

「い、いいけど……、これ、どうしたの?」
「菜種と僕で土曜日、彩ノ宮高校へ演劇を学びに行ったんです。…馬場、案外文化祭楽しみにしてるみたいじゃないですか。これは休んでる場合じゃないぞ、っていう宣戦布告です」

そう言って、彼は小さく笑った。その目は"空っぽ"等ではなかった--------反対に、満たされているようにも思えた。満たされているとしたら、それは----

「先生、言ってくれたじゃないですか。"気にするな"って。だから僕もう決めたんです。"馬場が別人であろうが、知り合いであろうが、他の誰が否定しようが、馬場は馬場なんだって"。それ以外はどうでもいいんだって」

そうじゃない。自分が言いたかったことはそれではないのだと。そう言おうとするのに声が出ない。

「ありがとうございます、先生。…最初から考えることなんてなかったんですね。アイツが何者かなんてどうでもいい。……アイツが"僕の所有物(ばば)"であれば」

そうして立ち去る彼に、紅灯火は何も言うことが出来なかった。


もう、"どうすることも出来なかった"。


(僕は、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか)


そんな言葉が頭の中をぐるぐると回った。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.43 )
日時: 2017/04/15 23:39
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

*************************************
「……うわ、黄道ちゃん」
「やだなぁ蒼ちゃん、何年一緒にいると思ってんの。あたしのことは茉莉って呼んで!!」

金月星と馬場満月が話し合っている隙に、海原蒼はそっと病室を抜けていた。元々人と話すことがあまり得意ではない海原にとって、あんな風な場にいることはただの苦痛でしかない。コミュニケーションは金月に任せて自分はとっとと帰ってしまいたかった。

だが、抜けた先で"コレ"だ。

「…まったく、全然慣れないねぇ蒼ちゃんたら!!12の頃からの仲じゃん!!そろそろ慣れたっていいんじゃない?」
「…………アタシはこういう性格なの。黄道ちゃんもそれは分かってるでしょ」

そうだね!!と彼女はそう言ってあっけらかんと笑った。自分とは本当に正反対の子だと会うたびに感じる。12の頃からの仲だ。彼女の生まれた環境が決して明るいモノではなかったことを海原は知っている。自分の過去も相当酷かったけれど彼女はそれ以上だ。

けれども、彼女は無邪気に笑う。
そんな過去を吹き飛ばすように、清々しく。

どうしてそうしていられるのか、と昔彼女に聞いたことがある。

「…どうして、って?勿論ともくんがいるからだよ。あたしなんかよりもともくんはもっとつらい、って感じてるはずだから。まずあたしが笑ってなきゃ、ともくんはきっと心の底から笑えることなんてないでしょ?」

その時ばかりは彼女は少し困ったような表情をしていた。明るい彼女にそんな顔をさせてしまったことを心苦しく感じて、そこで話は止めにした。

ああそういえば。

「…そういえば、紅見かけないけど今何処にいるの?もう帰ってきていていい時間よね?」
「あ、それは…」

そう言って言葉を詰まらせた彼女の様子に否応なしに察せられる。

「アイツ…………"また"なの?久しぶりね」
「…うん。だからごめんね、あんまりあたし此処にいられないんだぁ…ともくん"部屋に鎖で縛り付けたまま"だから、さ」

紅灯火。初対面の時から気に入らなかったけれど、会ってから十三年経った今、余計癪に触る存在になったように思う。へらへらとした態度、人間性の欠片もない人格、それらはまだ許せる。気に食わないけど。だけど。

こういう純粋な女の子を困らせるな。

そう、思う。

「…そりゃあアタシだって、アイツが良い奴だなんて思ってないわよ。だけど…さ、アイツがアタシ達の中で誰よりもあの子の為に働いてることも、一番大変な仕事をしてることも…………それに責任を強く感じてることも、気付かない訳がないじゃない。責めれる訳、ないじゃない。…………どうしてそんな簡単なことに気付かないのかしら」
「……ともくんは、昔からそうだから」
「…………黄道ちゃん、今回も行く気なの? 」
「うん。ともくんを一人になんて出来ないから。一人で傷つく姿なんて見たくないから。だから…………悪いけど、救急箱の準備、よろしくね?」

何度この顔を見たことだろう。

昔と比べて大分頻度は少なくなった。

だけど、彼女のこの顔を見る度に思うのだ。



アタシ達はまだ"幸せ"になんて、なれてないことを。



人は簡単に"幸せ"になることはできない。でもだからこそ。



(彼らには"普通"を手にして欲しい。時々つらくて泣きたくなることもあるけど、なんだかんだ楽しくて、ふと笑顔が零れちゃうようなそんな"日常"を)


そう、心の底から強く願うのだ。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.44 )
日時: 2017/05/03 21:22
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

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「…………どーぞ」
「なんだコレは……」

日が落ち始めた頃、紅灯火はまた病室に訪れた。手には茶色の封筒を抱えている。

「"濃尾君"が、"君"に、って」

茶色の封筒を乱暴にベッドの上に放ると、紅は病室の中をぐるりと見渡し、温度のない瞳でぼそりと呟く。

「…………蒼ちゃんと、星君は?」
「…二人とも飲み物を買いに、自販機へ丁度向かったところだ。タイミングが悪かったな」
「……いや。丁度良かったよ。二人にこんな顔見せたら、絶対に心配されるし」

何があったのかは知らないが、明らかに紅は"落ち込んでいた"。そんな顔をどうやら付き合いが長いらしい二人が見たら、心配することは間違いなかった。

「…僕にはもったいないくらいイイ人達だよね。僕みたいなのに付き合わなければ、もっと楽に生きれるのに、さ」
「………………」
「正直なんで彼らがまだ僕に、ついてきてくれるのか不思議でたまらないんだ。僕は彼らを"比喩じゃなく"傷付けた。それがこんな簡単に許されるわけないのに」

冷たい声質に、少しばかりの哀しさが混じった言葉。己を嘲るように嗤って紅は俺に言う。

「…本当は僕だってね。君のこと言えないんだよ。死にたくて死にたくてたまらない。……でもさ、彼らがいるから、皆がいるから、まだ"生きていよう"って、そう思っていられる。君にも、そんな子が"いた"はずでしょ?」

紅のそんな言葉に心が揺さぶられる。その姿が、鏡の中の誰かと被る。



「独りぼっちは、寂しいんだよ。馬場君」




そこまで言って、彼はそこから立ち去った。




『独りぼっちは、さみしい』それは誰に向けられた言葉だったのだろう。


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憂鬱な月曜日が終わり、愛鹿社は一人誰もいない屋上で過ごしながら、土曜日の演劇指導会について思い出していた。愛鹿社は結局二人のうちの一人----濃尾日向に、帰り際自分の"本性"をバラした。てっきり気付いてるものだと思っていたけれど、彼の反応は意外なものでただただ戸惑うような顔を見せた。

「そう………なんだ、全然分からなかった」
「………あぁなんだ、これじゃあ私のバラし損じゃないですか。私の勘もあまり当てにならないですね。貴方はてっきり気付いてるものかと」

私がそういうと、彼は私に不思議な質問をした。

「いや……全然。最初はそう感じた時もあったけどね。……なんか違うなって思ったんだ。まぁその予感は外れた訳だけど。……あぁじゃあ質問してもいいかな?どうして君は"そんな風にして"いるの?秦野先生に聞いたんだけど……君って、"王子様"役ばかりしてるらしいじゃん。でも君の"素"は見ての通り"ソレ"だ。まったく王子様って柄じゃない。それなのに"王子様"役を演じ続ける訳は何?」
「………………それを何故答えて欲しいんですか?」
「只の興味からだよ。別に答えたくないなら答えなくてもいいよ」

そうやって彼はにっこりと可愛らしい笑顔を作ったけれど、どうにも嘘くさかった。というか多分彼のそれこそ"演技"なのだと思う。この場所に足を踏み入れた時、彼はどこか不機嫌そうな顔をしていた。後から分かったが、彼はどうやら自分が"女王役"をすることを随分と嫌がっていたらしい。演劇の世界に足を踏み入れた人間ならまだしも、彼はその方面では素人だ。私情が入って嫌がるのも無理はない。……しかしそんな態度も、時間が進むにつれ見せなくなった。元々そうやって笑顔を繕える"タイプ"の人間なのだろう。演劇向きて好ましい。だけれども、初めに"あの嫌そうな顔"を見せてしまった辺り詰めが甘いなぁと思う--------話を戻そう。確か質問の話だったはずだ。私が演技している訳。それは。

「……………色々と理由がありますけど、一番の理由はそれが"役に一番ハマれる"からです」
「役に"ハマる"?元の性格に近い方がハマれるんじゃないの?」
「そういう人もいます。だけど私の場合………これは本当に特殊なんですけど、私のあの性格、モデルになった人物がいるんです」
「……へー………」
「その人は私と違ってとても明るい人でした。………人間って、誰しも自分の嫌な所っていうのがあると思うんです。だから"変わりたい"と願う。私はその人のように、その人のようになりたいと思ったんです」
「どうして?」

その当時は気付かなかったけれど、つまりは"こういうこと"だったのだと思う。我ながらなんとも情けない話だとは思うけど。

「---------私の好きな人が、その人のことを好きだったからです」


「好きな人の好きな人になれれば、好きになって貰えるなんて信じてる訳ありませんよ。だけど、私にはもうそれしかなかった。そうするしかなかったんです。ただその思いで、ひたすらに自分の中に"役"をなじませた。思い入れの強さは元の性格を凌駕する。つまりはそういうことです。そして」


「私には最初そうしている自覚がなかった。ハマってしまえば、もう戻れないんです。役って。私にはもうどっちの私が"私"なのか、もうよく分かっていません。だって"アレ"だって私の中にあったものを捻りだしただけなんですから。あれも私なんです。きっと」



私がそう吐露すると、彼は静かにありがとうと呟いた。
初めの嘘臭い笑顔じゃなくて、ただただ静かに微笑んだ。

「結構、プライベートな話ありがとう。そこまで話してくれたなら、僕の方も話さなきゃならないね。本当の理由って奴を。……………"親友"がね、"君"みたいな奴なんだ」
「……………?」
「君みたいに"演技"をしてる、そういう奴なんだ。ふと疑問に思ったんだよ、アイツはどうしてあんな演技をしてるんだろうってね。だけど余計に分からなくなった。アイツは君とは全然違うからさ。思い入れとかそんなので動く"タイプ"でもないし」
「………素敵な"親友"さんを持っているんですね」
「……………はは」

そこまで言って彼はくるりと方向転換し、私にゆっくりと手をふった。私も手をふろうとして、ふと忘れていた"ある質問"を思い出して彼を呼び止めた。

「最後に一つ、いいですか?」
「……………何?」
「あの台本とても素敵でした。ぜひ今日のことを皆さんにも伝えて、劇成功させてください。必ず見に行きますから。あの脚本を担当した人の名前を……………教えてくれませんか?私はその人に敬意を送りたい」


彼は答える。


「馬場満月っていう奴。………癪だけど、アイツにもそう伝えとくよ」


そうしてまた歩き始める彼の後ろ姿を見つめながら、私は最後に彼の言った名前を何度も何度も反芻していた。馬場満月。馬場満月。馬場満月………。


私の目標にしている"あの人"の名前とよく似ているな、と何故だか見たことのないその"馬場満月"という人に親近感が湧いていた。

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(とても疲れた………)

一人部屋のドアを開けシャワーも浴びずに、ベッドの上へ寝転ぶ。演劇部の本気の指導は普段はインドア派である僕には少々キツイものだった。とにかく体の節々が痛い………。明日はきっと筋肉痛だろう。もうこのまま眠ってしまいたい………。
寝る前にふと、今日の出来事を回想する。

(愛鹿社………彼女もまた、"演技する"人間だった………)

もっとも馬場満月とは違い、彼女の演技はまっとう(人が好きとかそういうのは理解出来ないけれど、普通に考えてそうだろう)な理由からであったし、またその正体もただの普通の女の子だった。

"ミズキ"のことを少しは理解できるような気がしたけれど、駄目だ。彼女と"ミズキ"はあまりにも根本的に違いすぎた。紅先生はああいったけれど情報屋たる僕にとって
"ミズキ"の過去、"ミズキ"の中心にくるものということを知ることは非常に興味が湧くことだ。この数日間、"過去"のことを思い出しそうになって怖がってばかりいる---------そんな"自分"に、そろそろ嫌気がさしていた。僕は学園の皆の秘密を握る影の支配者なんだから。そんな僕かこんな過去くらいで揺るがされるなんて……………馬鹿馬鹿しいにも程がある。

嫌な所があるから、変わりたいと願う、彼女もそう言っていた。

過去を少しずつ思い出す度に弱くなってしまう自分から脱したい。元々の自分はこんな弱い人間ではなかったじゃないか。

少しずつでいい。思いだそう。



僕が記憶をなくしてから、一年間ほど経ったその日僕は改めてそう思った。何故急にそんなことを考えるようになったのだろう。…………………あぁ彼女だ。彼女の演技を見た時涙が出そうになった。まるで"それをずっと待ち焦がれていたかのように"。彼女の演技には"強さ"を感じた。今の"弱い"自分が恥ずかしくなった。そしてその感覚を僕は。


前にも味わったことがある。


自分のぐちゃぐちゃとした何かが溶かされてく感覚。



(シャワーだけ、浴びてこよ……………)





この後起こることを、僕は一ミリも想定してなんていなかった。



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(はぁ……………さっばりした……………)

湯にはすくまず手早くシャワーだけ浴びてしまうと、先程までは何も届いていなかったFAXに数枚の紙か届いていた。こんな夜分遅くに来るのは珍しい。FAXには度々星さんから料理の話や他愛ない話が書かれた手書きの手紙が届く。そんな何度も送らなくても大丈夫だし、通話でいいと僕はいいと言ったのだけれど、星さんが残せるものがいいからといって聞かなかった。


しかし、いくらなんでも送ってくる頻度が早すぎる。前回送られたのはまだ昨日のことだ。何か言い忘れていたことでもあったのだろうか?


送り主を確認すると、そこには思ってもみなかった人物の名前が書いてあった。


「秦野優希……………あぁそういえば今日の要点を送ってくれるって言ったっけ」


こと細やかに書かれた説明に感動しながら、その紙が何枚も重なってることに気付く。そんなに書くことがあったか?

不思議に思いながら紙を取る。



「え」




それは文字なんかじゃなかった。



それは。無数の写真。




それは。




「×××××?」





それは。





「 」



-------------それは、見るからに可哀想な、少年の記録。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.45 )
日時: 2017/05/04 11:17
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

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「そもそも"悪"っていうのは何だろうね?だって先生は真実を教えてあげただけじゃん。それの何が悪いっていうのさ?」
「……望んでいない"真実"は、やっぱり"悪"なんじゃないのかな。優希」
「えーでもあの程度で"壊れる"とか壊れる方にも責任があると思わない?というかむしろ教えてあげた先生に対して失礼だと思わない?優始」

混雑して賑わうファミレスの喫煙席で、アイスコーヒーを口にしながら彼らはそんな"他愛ない"話を続ける。

それが、誰かにとっては"他愛ない"で済まなかったとしてもそんなものは彼ら姉弟には関係ないのだから。

「……………そうかもね」
「あー!!適当に流そうとしてるでしょー優始。んでついでにその今くわえてる煙草今どこにやろうとしたー?先生にはお見通しだぞー?」
「…優希には関係ない。普段は気付いても見逃す癖に何言ってるの」

そう言いながら優始は、まだ火の灯っている煙草をじゅっと"自らの手の甲で"消した。微かに肉が焦げる匂いと、彼が声を少しあげたがこの喧騒の中で気付くものは誰もいなかった。

「ねー優始。来年は優始も、もう教育実習生だねー。どこに行くかもう決まってるよねー?どこ行くのー?」
「………知ってて聞いてるよね。例の"あの子"のいる学校。………何まさか優希もその学校に行くことになったとか言わないよね?」
「そのまさかなんだよねー。おそらくその学校だと思うー」
「……………………そういうのって普通はまだ分かんないよね。どうやって知ったの……………いや、聞く必要はないか、どうせ」
「先生を、誰だと思ってるのさー?そんくらい普通に耳に入ってくるよー」

そうやって普通にけらけらと笑う姉を見ていると、飲んでいたアイスコーヒーを口から垂れ流しそうになる。この姉はいつだってそうだ。どんな時だってどんなことをした時だって、けらけらと笑う。きっと目の前で、自分が急に血を吐いて倒れたとしても顔では心配そうな面持ちをしながらいつもと変わらない平常心で明日の晩飯のことを考えるのだろう。なにせ親が離婚して離ればなれになる時だって涙の一つも流さなかった冷血漢サイコパスなんだから。まぁそれは自分も同じだったけれど。

本当に姉弟で良かった。

もしも、"コレ"が他人として存在していたら。


(--------殺していたかもしれない。いや殺されていただろう)


そんなことをやはり"他愛なく"考えながら、彼らまたアイスコーヒーを一口啜って「美味しい」と
呟く。