複雑・ファジー小説

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.46 )
日時: 2019/02/16 12:57
名前: 羅知 (ID: 7JU8JzHD)

************************************
入院して三日が経った。ついに今日の夕方には退院が出来るのだ。病院内なのでおおっぴらに叫ぶことは出来ないが、今すぐ窓を開けて大声を出したいくらいに気分は爽快だ。退院の準備をしながらも、つい浮き足立ってしまう。

そんな自分の前に、その男がやって来たのは、昼頃のことだった。

「おはようございます。馬場満月君。遅ばせながらお見舞いに、参りました。後加減はよろしいでしょうか?」

突然現れた男----銀縁の眼鏡を掛けたいかにも秀才そうな男だ---は、一言そう言うとにっこりと爽やかな笑顔を張りつけ笑った。

胡散臭い。それがその男に対して思った第一印象だった。

何故だろう…。爽やかそうな雰囲気なのにそう感じてしまうのは。もしセールスマンなんかをやってたらきっとどの世代からも好かれているだろう。そのくらい人の良さそうな。

そんな風体をしているのに。

「あはは。そんな身構えなくても大丈夫ですよ、馬場君。…おそらく貴方の予感は当たっていますから。紹介が遅れました。私は荒樹土光あらきどひかる。紅達の"友人"にあたります」
「………………はぁ」
「ちなみに仲間内では"詐欺師"と呼ばれていますね。ですが信用して下さって結構ですよ」

彼はそう言って誇らしげに眼鏡のフレームをかちゃりと動かした。

「………………………………………………はぁ」

今の発言により信用は底まで落ちた。仲間内から言われるなんて相当に人として落ちていると思う。しかも何故誇らしげに言うのだろう。人として最底辺の名前で呼ばれていることに気付いていないのだろうか。というか仲間内って。"友達"だとか言っているが、それは一方的にそう思ってるだけなんじゃないんだろうか。

そんな自分の思考に気付いてるのか、ないのか、先程と変わらない笑顔を浮かべながら話し続ける荒樹土。

「…随分と楽しそうですねぇ。普通は学校にまた行かなければならないとなると憂鬱な気持ちになりそうですが。察するに、"何もしていないのが、落ち着かない"んじゃないんですか?」
「………………そうだが。悪いか?」
「いえ。むしろ大変素晴らしいことだと思っておりますよ。"私のように"優秀な人間が、働かないなんて、無価値な無能ゴミグズがそこら辺で呼吸してるのと同じくらい無利益なことですから」

要は貴方は優秀だ、と誉めてくれてるんだろうが、その後の台詞のせいで荒樹土光という人間の異常性か浮き彫りになった。異常性というか普通にクズだろう。その発言は。

「………その言い方。アンタもブラックな仕事をしているのか」
「ふふ。企業秘密です」
「………………………」
「ああ!!そんな顔しないで下さいよ。楽しくなってきちゃうじゃないですか」

やっぱりこの男は、おかしい。流石紅の友人、精神が狂っているようだ。じゃなきゃそんな発言してにこにこ笑えるわけかない。

なんてそんな風にこのままはぐらかすのかと思ったが、存外彼はまともに答えた。

それが"真実"なのかどうかは、分からないけれど。

「…んー。そうですねぇ。そもそも私達には"定職"というものがありませんから。どの仕事に就いているかと言われても、しっかり答えれるものがないのですよ。勿論どの仕事も全力でこなしていますが」
「………」
「………まぁ、そもそも"仕事に就けるような身分"ではないんですけどねぇ。こうして仕事出来てるのも全ては濃尾先生のおかげ!!ありがたやありがたや」
「………………………どういうことだ?」

俺がそう問うと、荒樹土は全身を嘗め尽くすような気持ち悪い目でこちらをみやるとにやーっと、ぞわりと寒気がするような表情を浮かべて嗤った。

笑った。のではなく確かに"嗤った"。


「……あは。なーんて。ただの詐欺師の戯言ですよ。気にしないで下さい」


(なるほど。確かにこの男は"詐欺師"だ)

その血の気が引いてしまうような不気味な表情を見ながら、先程の男の流し名を反芻する。詐欺師。詐欺師はただの嘘つきではない。"どれが嘘なのか分からない嘘をつく"それが詐欺師だ。相手がとにかく嘘をついているということが分かっても、どれが嘘なのか分からなければ全て無駄だ。この男はそれを分かった上で言葉を発している。

それならば、この男と話を続けるのはきっと無謀なことなのだろう。どれだけ話していたってきっとそれは夢物語の延長線上の何かにしかならない。


「………さて。私はそろそろ帰るとしましょうか、馬場君も帰って欲しがってるようですし」

俺がそう思った辺りで、丁度そう言って扉に手をかけ出ていこうとした荒樹土はふと何かを思い出したように帰り際くるりと振り返った。


「金月星には気をつけて下さい。あの子は私達の中で誰よりも過激なんです」


「あの子の黒いマスクは、あの子の中にいる"どす黒い悪魔"を抑える為にあるんです。……あの子のマスクの下を見たことがありますか?見たことがないんだったら、決して見ない方がよろしいかと」


「紅達によろしくお伝え下さい。"化物が人間の振りをして何が楽しいんだ"って。それでは」


そうして、突如現れた胡散臭い詐欺師は来たときのように、胡散臭い台詞と共に忙しなく帰っていった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.47 )
日時: 2019/02/16 13:00
名前: 羅知 (ID: 7JU8JzHD)

(………あぁ空気がうまい)

なんて刑務所から出てきた囚人のようなことを思いながら、腕をぐいっと伸ばす。空の青、草花の緑、町の彩りは、三日間"白"しか見つめてなかった目には少しちかちかして見えた。

(空は………こんなに"青"かっただろうか…)


天空に広がる紺碧色の空。雲一つなくさんさんと輝く太陽。


"オレ"が見た空は。


(違う。"昔"見た空は、もっと澄んでて、それで、もっとどこか"ぐちゃぐちゃ"で、それで、こんな"近く"になんて--------------------------)



「どうかしたかな?馬場君?」
「星、さん…………」


中性的なアルトボイスが響き渡り、ぼぉっとしていた脳が途端に行動を再開する。相変わらずの透明感のある白髪が太陽を反射し、きらきらと煌めいている。

マスクで隠れて表情ははっきり見えないが、目元だけを不思議そうに動かし彼は言う。

「空なんかじーっと見つめちゃって、どうかしたの?」
「………いや、星さんこそどうしてこんな所にいるんだ」
「僕は君を迎えに来たんだよ。まだ怪我が治りきってない病人一人で帰らせれる訳ないじゃない。嫌だ、っていっても送らせてもらうからね?」

そう言ってこっちに来て?と手招きをする星さん。そこまで言われてしまっては、こちらも断る手段がないので気は引けるが乗せて貰うことにした。別に乗せて貰っても不都合は特にないのだから。連れてこられた先にあった車は真っ白で傷一つなく見たことのない車種だった。それでも、値段が高いということだけは中の細かい縫製、スイッチの沢山付いた運転席から嫌というほど伝わった。

「………随分、高そうな車なんだな」
「そう?僕が買った訳じゃないからよく分かんないんだよね。これ、濃尾先生に誕生日プレゼントで貰ったんだ。僕をイメージして"デザイン"してもらったらしいよ?大袈裟だよねぇ………」

彼はそう言いながらけらけらと可笑しそうに笑っているが、笑いごとではないと思う。普通誕生日プレゼントにこんな物を送るか?ただの元"患者"に?オーダーメイドで?そんなのは普通じゃない。ありえない。

"濃尾先生"----濃尾日向の叔父で、紅達の"恩人"であるらしいが一体どのような男なのだろう?こうしたプレゼントを買ってやるほどの仲なんてまるで普通ではない。ただの"患者"と"先生"の関係では到底ありえない。それに。おかしい所が一つある。

何故それだけ安定した"財産"を持ちながら、彼は濃尾日向を引き取らないのだろう?

"例の関係"を始めて数ヶ月経ったとき、濃尾日向に家のこと、親のことについて聞いたことがある。少し笑いながらアイツは答えた。

「…あー、僕独り暮らしなんだ。マンションの一室で一人暮らし。お金が時々振り込まれてくるから、楽勝に生活出来てるけどたまには顔を見せろって思うね、僕の"親"」
「………お前の今の姿見たら、親御さん泣くだろうな」
「………………………そう、だろうね」

思い返してみれば、あの時の濃尾日向はどこかそわそわしていて落ち着きがなかった。"親"に思うところが色々あったのだろう。今までの話で一度も出ることのなかった"親"の存在。会うことはせず、自分の近しい者を周りに置いて様子を見守る叔父。考えれば分かることだった。濃尾日向の"親"は恐らく--------

「なぁ」
「………なぁに?ヒナ君のお父さんお母さんのこと?"君の想像通り"死んじゃってるよ。それで"君の想像通り"ヒナ君はそのことを知らない。ただ何処か遠い所で仕事してるだけって思ってる」

……ここまで明確に当てられてしまうと少し気味が悪い。貴方はサトリか、なんて思ってしまう。しかし濃尾日向は親がいないことを不思議に思わないのだろうか、いくら仕事とおっても数年に一度も帰ってくることがなかったら流石に疑問に思うはずだ。



「あー、あの子高校以前の記憶がないからね。一年くらいいなくても全然不思議に思わないし、もしかするとそういう倫理観とかも少しズレてるのかも」
「は?」



今この人はさらりと何を言った?そういうことは普通当人のいないところでは言わないものなんじゃないのか?…"濃尾日向"が記憶喪失だということは少なくともうちの学校の生徒では誰も知ってる人間はいないだろう。この俺が認識していないのだから確かなはずだ。それを、何故?何故この"俺"に------------


「君がヒナ君の"親友"だからさ、馬場君」


前にも紅から同じことを言われたことがある。俺が濃尾日向の親友だから、だから俺の世話も焼くのだと。だが、どいつもこいつも頭がおかしい。あんなに濃尾日向のことを調べていたのだったら"知っている"はずだ。俺と濃尾日向の"関係"。俺が濃尾日向にしたこと。あんなものを、あんなおぞましいものを知っていて、なお俺と濃尾日向の関係を"親友"と呼べるその神経が理解できない。

俺が心の中でそう悪態を吐いているのを知ってか知らずか、星さんはまるで本来のおもちゃの遊び方を知らない子供を見るかのようにくすりと笑う。


「"そういう所"だよ。馬場君。君は君が思っている以上に"優しい人間"だ。ちゃんと"自分"を認識しな。鏡は全てを裏返しにするけれど、真実だって確かに写してくれてるんだから」


その言葉を最後に車のスピードはゆるゆると落ちていき、ついにはその動きを止めた。見慣れた景色だ。いつの間にか目的地に着いていたらしい。高層マンション玄関前。





「さぁ着いたよ、馬場君-----「待ってたよ」




聞き覚えのある、女子みたいな高い声。
見慣れたマンションの扉の前には、そこいるはずのない"アイツ"が冗談みたいに、にこにこしながら立っていた。








「おかえり」








そこには、濃尾日向が、いた。









「な、んで………此処を………………?」










------------それは、悪夢のような光景だった。否、夢であってほしいと心の底から強く願った。


*************************************************


冬だというのに、生ぬるい気持ち悪い風が吹く。


「あは?ずーっと、ずーーーーーーーっと待ってたんだよ?お前が帰ってくるのをずーーーーーーーーーーーーっと!!!!……………あーあ、おかしいと思ってたんだぁ……………お前が体調不良なんて絶対に!!!だからさ!!僕、頑張って調べたんだよ!!僕の情報網はネットは専門外なのに、もうすごーーーーーーく!!!頑張ったんだから!!!だから僕知ってるんだから!!………誉めてくれよ!!お前の為に労力を使ったんだからさぁ!!!」


「………………………なぁ」


「ねぇなんで何も僕に言わなかったの?」


「………………………なぁ!」


「僕、電話したのに!!!!!何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も!!!!ずーーーっと!!!ずーーーっと!!!ずーーーーーーーーっと!!!!」


「…………………おい!!」


「お前はそんぐらいで倒れる人間じゃないでしょ?何"人間"みたいなことしちゃったんだよ?なぁもっと嘲笑えよ、もっと軽蔑した目でこっちを見ろよ、人間みてぇな顔してんじゃねぇよ!!!!!!!!!なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ!!!!!!!!!」


「………………………………おい!!!」


「………僕の元から離れる気?いいかげんこんな変態は嫌になった?なぁどうして僕に隠し事するんだよ、どうして僕のことを裏切るんだよ?そんなことしたら絶対に許さないその時は僕はお前を殺してやるお前を殺して僕も死んでやるんだから何?それとも社会的に殺される方がいい?あはそれもいいかもね僕とお前の二人きりで社会的に殺されるのもあぁでもその時はもういっそ死んだ方がマシかあはははははははははその時はお前が僕を殺してくれるんだよなぁ勿論あぁでもお前も死ねよ?人一人殺しといてのうのうと生き続けるとかクズの諸行だからね?ねぇだから死のう?ね?ね?ね?ね?ね?ね?」




話が、通じない。






目がこちらを見ていない。







やっぱりここは"夢"の中だ。






だって、叫んだって、手を伸ばしたって絶対に届かないんだから。






あぁもう。







誰にもこんな顔させたくなんか。





「………………"ヒナ"」





口から知らず知らずの内に音にならない言葉が零れて。







「…もう、絶対に置いてなんか、いきませんから、安心して、下さいよ」







置いてかれるのは"オレ"だって、もうこりごりなんだから。







掠れた声で呟いたその"言葉"は、風に流されて誰にも聞こえることはなかった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.48 )
日時: 2017/06/08 21:18
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

*************************************
「…おはよ。"シーナ"」

 
 尾田慶斗の一日は、親愛なる"彼"への"朝の挨拶"から始まる。
 
 部屋中に"彼"の顔が見えているので、どんなに寝相が悪かったとしても見逃すことはない。例え前日寝るのが遅かったとしても、"彼"の顔を見ればすぐに目が覚めてしまう。自分にとって何よりも効果的な目覚ましだ。朝の挨拶を交わすと、部屋中の"彼"が自分に笑いかけてくるような気がする。あぁ幸せだ。
 
 ひとしきり幸せを噛み締めると、朝食の準備を始める。ふと、台所の隅にある"彼"の爪や髪やらが目に入り………少し迷ったが止めておいた。彼の体の一部を体に取り入れたところで体調を崩す訳がないが、あまり豪快に使い過ぎるものではない。いくら幼馴染という関係とはいえ、なかなか手に入るものではないのだから。
 
  スクランブルエッグにウインナーにインスタントのコーンスープ。平凡だが、まぁ普通にうまく出来たと思う。彼の朝の様子をこっそり彼の部屋に仕掛けた盗聴機で聞きながら、美味しく頂いた。色んな意味で。
 
 そんなこんなでのんびりしていたら、登校時刻になってしまった。窓の外が随分と騒がしい。徒歩二十分程で着くうえ、今の時間に出ても十分余裕のある時刻だが、彼を余裕を持って教室で迎えるにはこの時間がベストだ。ちなみに家まで彼を迎えに行くことはしない。遅刻寸前で慌ててる彼の声を聞くのはとても興ふn………いや、とても微笑ましい気分になるし、あまり彼の家に近付き過ぎると共鳴効果で自分の持っている盗聴機からノイズが鳴り響くのだ。
 
 いつの間にか教室手前まで歩いていた。時計を覗けばジャスト八時を指し示している。いつもなら、このまま何も気にせず教室に入っていくのだが、今日は少し躊躇ってしまう。三日間空だった下から二番目、右から六番目の下駄箱に今日は靴が入っていたからだ。
 
 この数日間、考えていた。紅先生が言ったこと。馬場満月のこと。濃尾日向のこと。そして、"あったかもしれない誰かの伝えられなかった思い"のこと。それは自分の貧相な頭じゃキャパが全然足りないくらいの重い"問題"で、やっぱりこの数日じゃ結論なんて出せる訳がなかったのだけど、それでも、それでも。
 
 それなりの"覚悟"は作ったつもりだ。
 
 意を決して扉を開く。ゆっくりゆっくり息を吸い込んで、吐き出す。顔ににっこりと笑顔を貼り付けて、いつも通りにがらがらとドアを開ける。
 


「みんなはよー!!馬場復活したんだってな!!久し振り!!来週末には文化祭だぜ!頑張ろーな!!」
「………………………………」
「………ありゃ?みんな元気ないのかな………?」
 


 ………おかしい。確かに早朝の為来てる人数は少ないのは事実だが、いつもだったらまばらに返事が聞こえてくるはずなのだ。こんな、誰も、返事がないのは、おかしい。
 
 教室にいる数人と目が合うと、すぐに目を逸らされ--------いや、逸らされたのではない、"とある人物"を目で指し示されたのだ。
 
 みんなの視線の先。そこには。


 
 
「馬場………………?」
 
 
 
 
 馬場満月が、机につっぷしていた。
 
 
 
 死人の様に動かない馬場。彼がこんな姿を学校で見せることはなかった。驚きやら何やらでクラスにいる全員が言葉を失い、奇妙な空気が流れている。
  
「………………ん…」
 
 
 再び訪れた静寂から数秒経って、気だるげに顔をあげた馬場満月。そうしてあげられた顔は真っ白で、血の気がなく、焦点の合わない視線がこちらに向けられる。 
 
「………………だ、れ………」
 
 ようやく目線が合ったが、その目は明らかに眠そうで、いつものような覇気はなく、どこか虚ろで、誰が誰だか------いや、今"自分がどこにいる"かも認識出来てないように思えた。
 
 まるで"人が変わった"ような馬場満月。休んでいた側が久し振りに学校へ来て、以前とクラスの雰囲気が変わったように感じるのはよくある話だが、その"反対"というのは、あまりにも珍しい。
 
 
 
「おい、馬場--------「馬場!!!」
 
 
 
 オレが馬場に声をかけようとすると、一際大きな少し高めな声が教室中に響く。その声に反応して、びくりと大きく肩を震わす馬場満月。先程とは違う確かに意思を持った目でこちらを一瞬見やると、唇をぎゅっと噛み締めてその声の"持ち主"------------濃尾日向の方へ向かっていった。
 
「馬場!!僕が話しかけてんのに、無視するなんて酷いんじゃないの?」
「…はは!!悪い!!少し呆けていた!!濃尾君おはよう!!」
 
 いつも通りの"彼らの会話"。それを見て、クラスのみんなは安心したように息を吐いて、教室内にざわざわとした喧騒が戻っていく。あぁあれは夢だったのだ。たまたま少し調子が悪かっただけだったのだろう。そんな理由をそれぞれの心の中で折り合いつけて。元の"日常"へ戻っていく。
 
 
 
 "オレ"だけを取り残したままで。
 
 
 
("馬場満月"は、あんな"笑い方"をしない)
(あんな、困ったような、そんな"笑い方"はしてなかった)
(それに----------)

 
 先程の、こちらを見つめた"目"を思い出す。
 
 
 
(----------あの"目"は、確かに、"助け"を求めていたんだ)
 
 
 
 彼らの中で、"何か"が反転した。
 
 
 
 この数日間で彼らに何が起こったのかなんて、分からない。だけど、だけど、だけど。
 
 
 
「………………オレは"諦めねぇ"からな」
 
 
 
 喧騒の中、ぼそりと呟いたその言葉は、すぐにかき消される。別にそれでいいのだ。自分で"聞こえて"いれば。
 
 
 
 
 様々な思惑が飛び交う中。
 
 
 
 
 狂っていても。壊れていても。
 
 
 
 
 薄情な現実は、全員に平等に向かってくる。
 
 
 
 
 
 --------------"運命の文化祭"まで、あと十日間。
 



 
 
 
 
 
 
 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.49 )
日時: 2017/06/17 17:36
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

第5話『yourname』



「………お兄さん、大丈夫ですか?」
 
 それが僕、金月星と当時小学生だった"彼"との出会いだった。いや、"出会い"というのは大袈裟な表現なのだろう。きっと彼は当時のことなど何も覚えていないのだから。彼からしてみれば、『公園でたまたま具合を悪そうにしていたお兄さんを少し気遣っただけ』きっとそれだけだ。
 
 だけど、僕にとっては違った。
 
 たった数分の会話。それに僕は確かに"救われた"んだ。
 
 
 
「……別に、大丈夫、だけど?」
  長い前髪。肩まで伸びた艶のある黒髪。一見女の子に見えた。だけどひょろひょろしてるけれど少し筋肉の付いた体、そして声変わりし初めの出しにくそうな低い声。無意識的に顔を上げると、そんな全体的に陰鬱とした雰囲気のランドセルをしょった男の子が目の前にいた。大丈夫。そう答えた僕に少し安心した顔をした彼。変な子だな、そんな風に思いながら数秒彼の顔を見つめると、こちらの意図が伝わったのだろうか、彼は顔を真っ赤にして慌ててまるで弁明するかのように話し始めた。
 
「あ!!あの、オレ、この近所に住んでるんです!!えっと…それで、ここをたまたま通ったら、あの、お兄さんが、なんだか………辛そうに、見えたので…あの………………すいません。突然失礼でしたよね…」
 
 そう言って肩まで伸びた黒い髪をぎゅっと握りしめてしゅんとする彼。その姿はまるで餌を貰い損ねた犬のようでなんだか可哀想で、少し---------可愛らしかった。
 それを見て少しだけ気分の良くなった僕は彼に言った。
 
「ごめんね、さっき嘘ついた」
「………へ?」
「本当は………本当は、少しだけ嫌なことがあったんだ。それで………ちょっと辛かった」
「………………」
「でも、君に話し掛けられて少し気分が良くなったよ。………………君さえ良ければなんだけど、僕とお話してくれないかな?ちょっとだけでいいから、さ」
 
 僕のその問いに彼は静かにこくりと首を前に動かした。それを確認して、ゆっくりと話し始める。
 
「僕にはね、君と同じぐらいの年頃の………"家族"みたいな人がいるんだ。血はつながってない。だけど僕のことを本当に慕っていてくれた」
「………………」
「…なのに、僕は、その子が本当に辛い目に合っている時に、助けてあげることが出来なかった。苦しい、って声を聞いてあげることが出来なかった。その"報い"なのかな………次会った時、その子は"変わって"しまっていた。"家族"、じゃなくなってた。僕の知ってる"その子"はもう、"死んじゃった"んだ」
「………………よく、分からないです」
 
 僕がそこまで話したところで、彼はそう言って首をひねった。当たり前だ。僕は何を言ってるんだろう。初対面の人間に。ましてや小学生に。こんなの訳が分からないに決まってる---------
 
「……よくは、分からないんですけど、だけど、"それ"--------死んじゃった、ってのは違うんじゃないでしょうか」
「………どういうこと?」
 
 彼のおどおどとした言動は、いつの間にか決して曲がることのない語気の強い口調に変わっていた。ずっと伏せ目がちだった目がきらきらとまるで星空の様に煌めく。
 
「"生きてる限り人間はどんな風にだってなれるのさ!!"------オレの兄の言葉です。その通りなんじゃないか、ってオレ思うんです。………お兄さんの"家族"の方は少なくとも死んではないんですよね。その子はお兄さんのことを確かに"慕って"くれてたんですよね。………その子の中にはまだきっとそんな"思い"が残ってるはずです。だから………お兄さんの大切な"その子"は死んでなんかいないんです。見えなくなってるだけなんです。"変わる"ってことは………"死んじゃうこと"じゃないんです。"生まれ変わる"ってことなんです。いつか、もっと素敵になって"帰って"くると思います。お兄さんの"家族"」
 
 なんてオレが言える筋合いなんてないんですけどね----そう言いながら苦笑して恥ずかしそうに彼ははにかんだ。
 
「…それに"変わる"ことってあんまり悪いことじゃないと思うんです」
 
 少し表情は翳らせて彼は言う。
 
「…オレは"出来損ない"なんです。オレ以外はみんな"優秀"で、彼らみたいになれたらな、っていつも思うんです。………こんなんじゃ"彼女"に笑われちゃいますね」
「"彼女"?」
「………昔"約束"をした"友達"です。オレ達は"太陽"だから。だから次会う時には"太陽"みたいになって帰ってくるからって。このままじゃオレ名前負けですから………」
 
 そう言って不器用そうに僕の方を見て彼は笑うと、小さな声で僕に"その名"を告げた。彼によく似合う永久に地を照らす暖かい仄かな光の名だった。
 
「いい名前だね。君によく似合ってる」
「そう………ですかね。そうだといいんですけど」
 
 お互いに顔を見合わせて笑い合って、僕達はいつかまた会えるといいねなんてそんな曖昧な再会の約束をして別れた。
 
 
(………だけど、こんな"再会"なんて望んじゃいないぞ、神様)
 
 "彼"に何があったのかなんて知らない。変わりたい、そんな風に話していた彼は確かに彼の言っていたようにあの頃の彼は正反対に"変わって"いた。
 
 でも、"こんなの"は君の言っていたものとは違うはずだ。
 
 馬場満月。濃尾日向。
 
 救ってくれた"彼"と救えなかった"彼"。そんな彼らのいる教室に本日貴氏祭八日前、僕は出向くことになる。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.50 )
日時: 2017/11/05 12:36
名前: 羅知 (ID: m.v883sb)

「久し振りですね。紅先輩。いやー…先輩が働いてる学校に来ることになるなんて昔は思いもしなかったですね…」
「僕もまさか白星君呼ぶことになるなんて思わなかったよ…椎名君が君に助っ人頼んでただなんて全然知らなかった…教室内、相当"酷いこと"になってるけど本当にいいの?」
 
 いざ学校へ辿り着くと先んじて連絡していた、依頼されていた1のB組担任であり僕の尊敬すべき先輩である紅先輩--------もとい紅灯火先生が玄関で出迎えてくれていた。困ったような顔を浮かべてそう言う彼にどういうことですか?と問うと、困ったような顔をもっと困らせて苦笑しながら一言だけ言った。

「………見れば分かるよ」
「だから、どういうことなんですってば---------」
 
 僕が彼にそう聞いたか否か、急にざわざわとした喧騒が廊下に響き渡り僕の声は彼に聞こえなくなってしまった。
 
 喧騒の内容を聞いてみると、おおむねこんなことを言っていたように思う。
 
 
 
「料理班!!レシピは作れたの?」
「料理班こちらただいま作成中!!現在目標の十レシピ中三しか出来てません!!」
「服飾班!!キャスト班!!進行どうですか?」
「「双方時間が圧倒的に足りない!!!特に服飾!!手が空いてる人がいたら救援頼みます!!」」
「リーダー!!馬場がさっきから目座っててめっちゃ怖いよぉ…!演劇ガチ勢なんだけど!!超スパルタなんだけど!!キャラ違うよぉ…!!」
「……無駄口叩いてる暇があるなら、台詞の一つでも覚えてくれないか?」
「はいぃぃい!!!了解しましたぁ!!そんな目で睨まないでぇ…」
 
 
 
 扉を開ける前からそんな声が聞こえてくるので、僕は思わず溜め息を吐いた。
 
「………"酷い"ですね、これは」
「ある意味文化祭の正しい形なんだろうから、教師としては皆が満喫してるようで嬉しい限りなんだけど。………君に"これ"を任せると思うと少し心苦しいや」
 
 なんだかとても申し訳なさそうな顔をする彼。…そういえば昔から人に何かを少し頼むことでも物凄く罪悪感を感じる人だった。何でも一人で背負い込んでしまうので彼のそんな"癖"を止めるのに僕等は必死だった。
 
 この教室の中にいるだろう"彼"も、きっと根本ではそんな性格に違いない。
 
 じゃなきゃ"僕達"の中で、どこまでも"ことなかれ主義者"の彼を怒らせれる訳がないのだ。所謂"同族嫌悪"。つまりはそういうことなのだろう。
 
 不安そうな彼にふっと笑って僕は言った。
 
「僕を誰だと思ってるんですか、先輩」
 
 僕は。
 
「---------喫茶店ステラのマスター、金月星ですよ」
 
 僕のそんな台詞を聞いて、彼はそうだったねと言って安心したように笑った

*

「----そんな訳で、今日は現役の喫茶店店主の人に来てもらってるよ。皆聞きたいことがあるなら、彼に迷惑をかけない程度に質問してね」

そんな彼の言葉を聞いてるのかいないのか、むわっと大勢で一気に集まってくる生徒達。その生徒の波に飲まれて少し転びかける女子生徒が一人…大丈夫だろうか、と思ってしばらくそちらの方を見つめていたが、どうやら近くに立っていた男子生徒が助けてくれたらしい。女子生徒は無事だった。

(…っていうか、あの子は…)

よく見ると女子生徒の方は、先日店に来ていた菜種知だ。男子生徒の方は…面識はないが、眼鏡を掛けた生真面目そうな留学生だった。目と髪の色素が薄い金髪で生粋の日本人ではない、ということだけがかろうじて分かる。菜種知はその男子生徒の方を見て、忙しなくぺこりと頭を下げるとどこかへ行ってしまった。逃げ行く彼女の耳はほんの少し赤く染まっていて、それを見送る彼の頬も赤い。あぁこれはそういうことなのだろう。と恋愛方面には疎い僕にでも痛い程伝わった。

そして、それは当然人混みの後ろでぽつんと立ち止まってこちらを見つめている゛彼゛にも伝わっていることだろう。

(さて、どう動くのかな。驚異の当て馬さん?)

そんな僕の意志が伝わったのか、僕の目をきっ、と睨んで彼は教室の外へ向かってしまった。なんだか以前より彼に嫌われてる気がする。僕はどんな形でさえ君と仲良くなりたいと思っているのに。

これからのことを考えると、子供達の手前顔に出すことは出来ないけれど溜め息を吐きたいような気分だった。

*

「馬場くーん」
「……」
「馬場満月くーん?」
「………」
「神n----「止めてくれ!!」

教室から出ていってしまった馬場君を追いかける為に、ちょっと荷物を取りに行ってくるねと言って外に出ると、すぐそこに馬場君はいた。僕が追いかけてることにだって気付いてるだろうにどんどん先へ行ってしまう彼。しかし僕が”その名前”を口にしようとすると彼の態度は一変した。

「やっとこっち向いてくれたね」
「……その名前は、もう捨てたんだ。もう俺には構わないでくれ」
「素敵な名前なのに」
「……………」

彼は、まただんまりを決め込んでしまった。だけどその表情はどこか複雑そうな面持ちで、ちょっと背中を押したら崩れてしまいそうだ。

「…君言ってたじゃないか。この名前は゛友達゛と同じ太陽の名前なんだ、って。その名前にはふさわしい自分になるんだって!!あの言葉は嘘だったの?」
「………あれは、゛俺゛じゃない」
「君だよ。僕を救ってくれた優しい君の言葉だ」
「……………俺は、優しくなんて、ない!!!!」

そう言ってずかずかと彼は僕の方へと近付くと、胸元の服をがっと掴むんで僕を引き上げると、反対の手で拳を振り上げた。しかしいつまで経ってもその拳が降り下ろされる気配はない。胸元を掴むその手はがくがくと震えていた。振り上げる拳も。荒い息をはーはーと吐きながら僕の目すらまともに見れずに彼は絞り出すように言葉を溢す。

「…優しかったら、俺は、彼に、あんなことをしていない」
「…………」
「近付いたら、いけない、彼を見たとき、それには気が付いていたはずなんだ。なのに、俺は、彼に…………近付いた」
「…………」
「アイツは、情報屋だから、今黙らせとかないと、とかそういうのは全部後付けの理由なんだ……本当は分かってる。彼の目は、゛兄さん゛にそっくりで、俺は、オレは、無性に懐かしくなってしまって、衝動的に、あ、ああ、オレは、俺は゛兄さん゛にやってた、みたいに。彼の首を、あの細い首をぎゅっと、絞めて」

ぽろぽろと、涙と言葉を溢しながら、堰が切れたように話し続ける彼の手にはもう力は入っておらず、何もかも、目の前にいる僕の姿すら見えていないようだった。そろそろ人が通る時間だろう。そっと彼の手を引っ張って空き教室に引っ張ると、力のはいっていない体は、簡単に教室に引き入れることが出来た。

「……どうぞ。続けて?」
「…二人とも可笑しいんだ。どうして笑うんだよ、どうして首を絞められてるっていうのにあんな顔するんだよ。どうして、どうして、オレなんかに首を絞められて、俺は、オレは、必要ないのに、なんで、あんな」


「オレがいないと、死ぬみたいな顔、するんだ?」


そこまで言うと彼は声にもならないような泣き声をあげて、ぐちゃぐちゃになった顔を隠すように、床に突っ伏した。ただただ唸るような声をあげている彼を見ながら少し切なくなる。

こんな風に本音を吐き出した所で、きっと次会う時彼は何もかも覚えていない。なんにもなかった。なんにもなかったような顔で、また普通にあの店を来るのだろう。僕は覚えているのに、彼らは何にも覚えていない。それが僕は悲しい。どうしようもなく辛い。




゛あえて壊れる程傷を抉ってみたけれど゛、なんにもならないみたいだ。








(゛忘れられない為には゛どうすればいいのだろう)





もう二人の息の根を止めるしか、彼らの中に残れる方法はないんじゃないのだろうか。なんて。



とうに壊れた精神で、考えていた。


Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.51 )
日時: 2017/06/29 16:21
名前: 羅知 (ID: 7pjyJRwL)

*

(逃げてしまった……変な風に思われてないかな)

久し振りに走ったせいで、息が上がってしまった。顔が熱い。頭がショートしてしまいそうだ。脳内を急速に冷却するために知らず知らずのうちに頭の中で理性的なことを考える。

私、菜種知を助けてくれた彼--------ウラジミール・ストロガノフ君は、ロシアからの留学生だ。三年前くらいから彼の両親の働いている会社の日本の支店に彼の両親が呼ばれた働くことになってその影響で彼も日本に来たらしい。彼自身、前々から日本に興味があったらしくロシアにいた頃から日本語はお手のものだったそうだ。

世界人口で一割程しかいないと言われている純粋な金髪、色素の薄い瞳、端正な顔立ちをした彼は始めこそ、それはもう女の子が集まっていた。

とうとう告白する子まで現れた時。彼は女の子の顔をその端正な顔でじっと見つめていった。

「お前は俺のどこを好きになったんだ?」
「…………え?」
「お前は俺のどこが好きか、と聞いている。質問に答えろ。…俺はお前と話を交わしたことなど一度もない。話したこともない相手をどうして好きになるんだ?答えてくれ」
「……え、…………えっと」
「告白したのに答えられないのか?訳が分からないな」

彼がそこまで言うと、告白した女の子は、ぽろぽろと涙を流してそのまま隅で隠れていた友達の方へ逃げていってしまった。逃げてきた女の子をぎゅっと抱き締めるとその友達達は、彼の顔を親の仇でも見るかのような目で睨んですごすごと帰っていった。

次の日になれば、彼の回りに女の子達が集まることはなくなった。それを見ていた人達、逃げた女の子、その子の友達、彼らがきっと事実を誇張して広めていったのだろう。彼の周りの人々は一人、また一人と消えていって------最後には誰もいなくなった。

だけど彼は変わらなかった。゛自分゛を曲げようとはしなかった。その姿は、嘘だ本当だと言って発言を誤魔化す私とはかけ離れてまっすぐで--------憧れだった。

そう。あくまでも゛憧れ゛だったはずなのだ。


゛あの時゛までは。


その日私は、日直の仕事で居残って先生に頼まれた荷物を教室に取りにいかなければならなかった。教室につけば大量の冊子物。とても一回では運びきれなさそうだ。生憎葵は、その日家の用事で先に帰ってしまって教室には誰もいない。ほとほと困り果てて仕方がなく二回に分けて運ぼうと荷物を手に持った時、がらがらと誰かが教室のドアを開けた。

「……誰だ?」
「あ、菜種です」

彼だった。どうやら忘れ物をしていたらしい。机 の横にかけてあった袋をとると、また彼は早々にドアの方へ戻っていた------かのように思われた。

「?……帰らないんですか?」
「……お前こそどうして帰らない」
「私は日直なんです。先生に荷物を職員室まで運ぶように頼まれてしまって。これは本当です……けど、どうしました?」
「…………」

私がそう答えると、彼は何を思ったのか私の運ぶ冊子物の半分以上を持って私にこう言った。

「その量なら俺とお前で持っていった方が効率がいい。半分渡せ」
「……え?」
「なんだ?運ぶのはこれじゃないのか」
「…いえ、それで合っています。だけど……それだとガノフさんが帰る時間が遅くなってしまいます」

その言葉を聞いて途端に大きく溜息を吐く彼。何か怒らせてしまったのだろうか、とびくびくしていると彼は呆れたように私に言った。

「…お前はレディで、俺は仮にも男だ。レディを一人で遅くに帰らせる男はいない。すぐに終わらせて帰るぞ」

そう言って急かすように彼は荷物を持って、教室の外へ出ていった。置いてかれてしまうと思い、私も急いでそれについていく。

「「…………」」

終始無言である。

何か話そうと思っても言葉が出てこない。気まずい。私がそう思っていることに感づいたのか自ら話を切り出す彼。

「…菜種、だったか」
「はい」
「………お前は俺をあまり怖がらないんだな」
「どうして怖がる必要があるんですか」
「……周りは俺を怖がっているだろう。知らないとは言わせないぞ」
「そうかもしれません、けど……」

私にとって彼は最初から憧れの対象で、恐怖の対象ではなかった。彼に私が彼を怖くないと思ってるのを伝えるにはこれを言うしかない。…けれども貴方にずっと憧れていました、なんて言える訳がない。そんなの恥ずかしすぎて死んでしまう。

ふと、横の彼を見ると彼の表情は暗いものに変わっていた。

(……あぁ、そっか)

いつまでも黙っている私を見て、彼は私の胸に秘める解答を悪いものだと思ったらしい。少しずつ、少しずつ彼の瞳には哀しみが色濃くなっていった。見せていないだけで、彼はずっと。

こんな゛哀しみ゛を。

「……貴方は、私の憧れなんです」
「……は?」
「…言いたいこともはっきり言えない私にとって、なんでも誤魔化さず真っ直ぐに物事を伝えることが出来る貴方が羨ましかった。貴方は私にとって恐怖じゃなくて----ずっと憧れだった」

恥ずかしくて彼の顔を見れない。でもこんな恥ずかしさ、彼にあの顔をさせるよりはマシなはずだ。ちらっと彼の方を見上げると、彼は笑うのを堪えるように口を噛み締めていて、私の顔を見ると堪えきれず吹き出した。

「わ、笑わないでください」
「あ、ははは……日本のヤマトナデシコは面白いことを言うな?」
「……何が面白いんですか。私は恥ずかしいです」

まだ飽きずに笑っている彼に私が不満げにそう言うと、彼は笑いながら私へこう言った。


「伝えれてるじゃないか、お前の思いをちゃんと。……貴方に憧れています、なんてなかなかどうして言えるものじゃないぞ?誇りに持て」


そうして笑う彼の顔は、普段教室で見せる顔とは随分違うものだった。彼の周りに人がいた頃も、いなくなった今も彼がそのように笑うことはなかった。誰もかれもが彼と本音で話すことをしなかったからだ。踏み込めば彼はこうしてまっすぐに向かい合ってくれたはずなのに。

(だけど…………)


私以外が、彼のこんな顔を見ることなんてなければいいのに、なんて思ってしまう私は性格が悪いのかもしれない。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.52 )
日時: 2017/07/16 09:43
名前: 羅知 (ID: Bs0wu99c)



あのまま泣き崩れて動かなくなってしまった馬場君を保健室まで運んだあと、僕はまた教室へと戻った。だけどなにやらさっきまでと様子が違う。教室の中央に人のかたまりが出来ている。教壇に置かれた何かを皆で見ているようだ。背伸びをしてその人混みを覗き込むと、その真ん中には椎名君とヒナ君がいた。

「ほへェー!!こんなことまでするんだねぇ、演劇って!!ボクこんなに動いたら倒れちゃいそうだよ!!」
「……実際すごくきつかったよ。体の節々が痛くて僕しばらく筋肉痛て動くの辛かったんだから」
「へぇ?……あれ、でもこの動画、日向クンとトモちゃん以外誰も写ってなくない?指導してもらってたんだよね?」
「あぁそれは------「ちょっとストップ、ストップ!!!」

どんどん流れるように進む話に理解が出来ず、話を続ける彼らに止めを入れる。突然話を止められた二人はきょとんとした顔でこちらを見た。彼らだけじゃない、その場で彼らの会話を聞いていた生徒達全員が大声を出した僕を不思議そうな目で見つめている。大勢の人の目。こんなに沢山の人に見つめられることなんて久し振りなので、緊張して喉がきゅっと締まり思わず僕……と言いそうになって、自分が彼らの前では″ステラ″だったことを思い出す。

「……ふぅ、二人ともどんどん話が進みすぎよ。一体何があってこんな人混みが出来るわけ?説明して頂戴?」

僕がそう聞くと椎名君があれ言っていなかったっけ?というような表情を作りヒナ君の方を見る。対する彼も僕がいなかったことはすっかり忘れていたようで似たような表情をして首をひねらせた。

「僕がこの前彩ノ宮高校へ行った時の動画を皆に見せていたんです。本当は馬場だけにあげてたんですけど、馬場が皆にも見せてあげろって言うから」
「それで…………この人だかり?」
「はい」

人だかりの理由は分かった。思っていたよりまともな理由で良かったと思う。しかしこの状況じゃキャスト班以外の進行が進まない。どの班も余裕があるわけではないのだ。早急に元の作業に戻らなければ間に合わなくなってしまう。紅先輩はこの状況を止めることをしなかったのだろうか。

「……って、紅先ぱ……紅先生?どうしたんですか?」

見当たらないと思っていたら、先輩は教室のドアをほんの数ミリ開けて教室の外側からこっちをじーっと覗いていた。どうしたことかと思って駆け寄る。

「……ぜーんぜん、僕の力じゃ有り余る高校生のパワーを止めることは出来なかったよ。僕、教師向いてないのかなぁ……」

力ない声でそう言う先輩は、本当に自信を喪失しているようだ。先輩はダメな所はダメだと人にはっきり言えるしっかりした人だ。僕なんかと違って教師に向いてる性格だと思う。だけど先輩は優しいから、学園祭準備に盛り上がって楽しんでいる彼らに水を差すことなんてできなかったのだろう。

「……大丈夫ですよ、先輩。先輩は教師に向いてるな、って思います」

ぼそっと彼にだけ聞こえるようにそう告げると、ありがとうといって先輩は優しく微笑んだ。その表情を見て安心した僕は、くるりと方向転換をし------------「えーー!!!!誰このイケメン!!!」



----------作業に戻ることは出来なかった。今度はなんだと言うのだろう。


「だから、さっき言った僕達に指導してくれた彩ノ宮高校演劇部エースの愛鹿社さんだって。イケメンじゃないよ、女の子なんだから」
「いやいや…これは女の子にしとくには勿体無いイケメンだよ……」

 そう言って写真を食い入るように見つめる椎名君。男性には出すことの出来ない儚さ、切なさ、などの女性特有の美しさ、格好よさが、その写真には滲み出ているのだろう。どうやらその写真は愛鹿社が劇か何かで男装した時の写真の様だった。いっそ非現実的な美しさに目を惹かれ、彼は気付かなかった。
 
 彼の持っている写真を取ろうとする、"後ろから近付く長い手"に。
 
 
「……シーナ」
「わわッ、ケート!!どーしたの急に、びっくりするでしょぉー!!!?」
 
 そうしてぷんすかと幼子の様に頬を膨らます椎名君にごめんごめんと笑って謝りながら、しかし手に持っている写真は手放さずに"長い手の持ち主"、尾田慶斗は、それこそ子供を諭す風な語調で話す。
 
「…だけど、シーナ酷くないか?オレがいるのにあまり良くも知らないイケメンに目移りしてさ?オレちょっと悲しくなったぜ?」
「む!!……ん、それは確かにボクも悪かったけどぉ……でも女の子じゃん!!あの子!!だからノーカンッ!!」
「ダーメ、とりあえずこれは没収だからな」
 
 尾田君を恨めしげに見る椎名君。そんな視線を気にすることなく、彼は濃尾君ににこにこしながら話しかける。
 
「濃尾、この写真借りてくぜ」
「?……別にいいけど、何に使うの?」
「あー!!ケートこそ酷いよ!!ボクにはダメって言ったクセに自分が欲しいだけ-------------」
「シーナ」
 
 手足をじたばたさせて暴れ、怒り狂う椎名君。そんな彼にそっと名前を呼び掛け何かを耳打ちする尾田君。
 
「 」
 
 遠すぎて何を言ったのかは分からなかったけれど、その言葉を聞くや否や、さっきまで暴れていた椎名君は次第に平静を取り戻し、尾田君が耳から顔を離した時には、にっこりと笑って彼の目を見つめていった。
 
「えへへへ!!!そういうことなら仕方ないね!!!」
「ありがとな、シーナ」
「いいよォ!!シーナ君にお任せあれ!!!」
 
 どんと胸を叩き、胸を張ってけらけらと笑うと、次の瞬間には彼は次の行動に出ていた。
 
「へ?」
「じゃ、そういうことだから!!!日向クン、動かないでね?」
 
 ヒナ君の腕をがっちりと掴み、離さない椎名君。ヒナ君は状況が掴めずにうろうろとしている。そんなヒナ君を気にすることなく、椎名君はそのままヒナ君を引き摺っていく。確か、あの方向は……更衣室。
 
「被服班!!確か日向クンのは出来てたよね!!ちょっと借りてくよー!」
「え、あ、え、やだ、やだってば!!!ちょっと!!はなせよ!!ちょっと、ちょっと!!?」
 
 その姿を確認すると、尾田君は安心したようにどこかへ向かっていった。あっというまに物事が始まって、終わって何がなんだか分からないけれど、文化祭の準備には無事戻れたようなので、僕と先輩はお互いのぽかんとした顔を見合せ、安心したように息を吐いた。



Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.53 )
日時: 2017/07/17 17:13
名前: 羅知 (ID: LpTTulAV)



誰もいない廊下にコツコツと自分の足音が反響して聞こえる。階段を降りてすぐ左、そこが保健室の場所だったはずだ。なぜだか分からない。だけど馬場はそこにいる、そう確信を持ってオレは保健室へ向かった。ドアをがらがらと開けると案の定そこには、馬場満月がいた。
 
「馬場、やっぱりそこにいたんだな」
「…………」
「やっぱお前最近調子悪すぎじゃねぇの?相談乗るぜ、クラスメイトなんだから」
「…………」
「…ま、確かに。オレの言えた台詞じゃあ、なかったな」
 
 ただひたすらに仰向けに保健室の白いベッドに寝転がり天井を見つめる馬場。オレが話している最中も、こちらの方を見ることすらしやしない。完全に無視されている。でもこれでもまだいいのかもしれない。教室での"馬場満月"みたいに繕られたら、それこそどうしようもなかっただろう。
 
 ただ話しかける。返事がなくとも、ただ。ただ。
 
「…分かってるよ。だから今日は"お土産"を持ってきたんだ、だからちょっとだけでいい。オレに話をさせてくれ」
 
 そう言って、さっきシーナから貰った写真を取り出す。そんなオレを見て馬場は顔だけをゆっくりとこっちに向けて、黙って手を伸ばした。よこせ、ということだろう。オレは写真を馬場に渡した。
 
「……凄い美少女だよな、その子。お前最初来た頃は、そんな子見つける度に告白して……玉砕して。アプローチしてるお前、そんなお前を思い出して欲しくて、持ってきた」 
「…………」
「……お前さ、最近変だよ。いや、最初から変だったけどさ。当て馬だ、なんだって言ってた頃は、もっと……目が輝いてた」
「…………」
「今のお前が本当の"お前"なら、それでもいいんだ。…でも、それならオレ達に相談してくれよ!!もっと!!お前、最近ずっと無理してるだろ!?」
「…………」
「……紅先生に言われて、オレ思ったんだ。オレ達は、お前のこと、全然分かってなかったんじゃないかって。"当て馬"であるお前にずっと甘えてたんじゃないかって」
「…………ぁ」
「………………馬場?」
 
 様子が変だ。写真が歪む程、握り締めて、目の瞳孔は開き、呼吸は荒く、息がまともに吸えていない。発汗の量も異常だ。
 
「ぁ、ああ、……あ、あ、あ、あ、なんで、どうしてどうして……ぁあ……」
「……お、おい!?馬場どうしたんだよ!!何があったんだよ!?返事しろよ!??」
 
 オレが馬場の肩を掴み、肩を揺らすとようやくこっちにまで意識が回ってきたようで、途切れ途切れの言葉ながらも馬場は、オレに話し始めた。全身をがたがたと震わせながら。
 
「…なあぁ………、この写真、ど、こで……?……おぃ……?」
「……は!?いや、オレも詳しくは知らねぇけど、確か濃尾が、持ってたはず…………」
「…………そ、か…………そうか、……ァイツが……いつも、アイツが"壊して"くる、よなぁ……」
 
 何かに納得したように、がたがたと震えながらも、首を前に頷く。まるで壊れた人形のようにがくがく、がくがくと。
 
「……"オレ"は……慶斗君が、……羨ましい」
 
 ぼろぼろと涙を流し、息をゆっくりと吐きながら、極めて静かに馬場はオレにそう言った。
 
「……伝えれば、良かったのかなぁ……"オレ"も……いや、"オレ"が言った所で、どうにもならなかったんだ、……オレは"主人公"じゃ、ないんだから」
「…………は?"主人公"?……いや、そんなん関係なく伝えればいいじゃねぇか!!オレは伝わった、お前も-------」
「もう"手遅れ"なんだよ!!!!!」
 
 
 哀しみに哀しみを重ね塗りしたような悲痛な叫び。手遅れ。手遅れってなんだ。そんなものなんか。
 
「そんなの!!!!」
「……あるんだよ。オレはもう、とっくの昔に"手遅れ"なん、です……どうしようもなく……」

口調が少しずつ、崩れていく。"馬場満月"が、崩れていく。

「…………」
「……ねぇ、どうすればよかったんですか?…"あの時"どうすれば、皆は助かったんですか?…誰も傷付けたくなかったはずなのに、結局全員を傷付けてしまった……こんな"オレ"に幸せになる資格なんてない……絶対に」
 
 "馬場満月"ではない"誰か"が目の前で喋っている。悲しい、苦しい、と叫んでいる、名前も知らない、"誰か"。
 
 思わず、聞いてしまう。
 
 
「……なぁ、お前は"誰"なんだ?」
「………………"オレ"?」
 
 
 何かを思いだそうとするように、頭を抱え込み、そして数秒経って"彼"は口をおもむろに開く。
 
「……"オレ"の、名前は」
「…………」
「……"オレ"の名前は、神並かんなみ------------」
 
 そこまで言って、彼は突然話すことを止めた。そしてまた頭を抱え込み、唸る。今度は、これ以上思い出さないように。溢れ出す何かを抑えるように。
 
 だけど半開きになった口からは狂ったように言葉が漏れて。
 
 
「にい、さん。にいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんいかないでおれをおいていかないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいわかったからわかったからゆるしてゆるしてもうにいさんのいうことをうたがったりなんかしないからずっとにいさんのそばにいるからだからだからだからだからだからだからおいてかないでおいてかないでおいてかないでやめてやめてやめてやめてやめてやめてねぇおれたちはふたりでひとつだったはずでしょうひとりになったらどうすればいいのいきができないよじょうずにいきができないんだよ、ねぇ」
 
 
 
「"みずき"、にいさん」
 
 
 
 見えない"誰か"にそう言い続ける"彼"を見て。
 
 
 
 オレは、ただそこに立ち続けることしか出来なかった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.54 )
日時: 2017/07/19 22:38
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)



「……また、負けちゃいました」
 
 うるうるとした涙目で、悔しそうに下唇を噛み、まだ幼い少年はしゃくりあげながら呟いた。そんな少年を見て、慌てたように少年に駆け寄る少女。そんな二人をにこにこした顔で見守る、少年と少女の兄姉達。四人は同じ年に生まれたけれど、見守っている二人は後の二人より落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 
「……ば、ババ抜きなんて運なんだから!!……泣かないでよ、××」
「……でも」
「…あら、そう?ワタシは、そうは思わないけど。××の動きには無駄が多かった、それは事実でしょう?」
「お姉ちゃんは黙ってて!!」
 
 妹にそう言われては仕方ないと、お姉ちゃんと呼ばれた少女は口を閉ざした。勿論その顔には、にやにやとした微笑みを消さないままで。そんな姉をきっ、と睨んで、妹はそこで泣いている少年の兄に助けを求めた。この兄は弟に対してすこぶる優しい。弟が泣いていれば、この兄は少年にとびきり優しい言葉を投げ掛けてくれる、少女はそれを知っていた。
 
 「みずきくんは、どう思う?」
 
 案の定、兄は暖かい微笑みを浮かべて少年に優しく言葉を掛けた。だけどその後に彼が言った言葉は、普段の彼とは少し違っていた。
 
「…××、ババ抜きのルールは知ってるか?」
「?……知って、ますけど?」
 
 弟がそう言うのを見て、兄はにっこりと笑って彼の頭を撫でた。
 
「同じ数字のカードを揃えて、捨てる。ババが余った人が負け--------至極簡単で、単純なゲームだ。誰もが知っている当たり前のルール、そうだよな?」
「…………」
「だけど、俺はそんなの間違ってると思う」
 
 口元は何時ものように笑っていた。しかしその目は真剣そのものだった。そんな可笑しな顔のまま、彼は話し続ける。実に可笑しな話を。
 
「どうして人と違うだけで、可能性を諦めなきゃいけないんだ?それを"負け"だなんて誰が決めた?そんなの俺が変えてやる…………人生は、そんな単純じゃないはずだろう?」
「「…………??」」
 
 願うように放たれたその言葉は、少女と弟には伝わらなかったようで、目にハテナマークが浮かんでいた。ただ一人、少女の姉だけは何かを感じ取っていたようで複雑そうな顔をして、少年の兄を見つめている。
 
 分かっていない二人を見て、残念なような安心したようなそんな感傷を隠すように彼は先程よりも大きな声で笑う。
 
「……なんてな!!訳の分からないことを言ったな。………でも、もう涙は収まったじゃないか。××、今度は俺の動きをよく見てやればいい。お前は物真似が得意だろう?」
「……"兄さんの"、だけですけどね」
 
 少年がそう言うと、兄はまた嬉しそうに大声で笑った。二回戦だ、今度は勝つぞなんて馬鹿みたいに騒いで。こんな日常が終わることなんて想像もせずに。
 
 トランプの空箱に一枚残った、使われなかったジョーカーがニヤリとそんな彼らの未来を暗示するかのように涙を流して、笑っていた。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.55 )
日時: 2017/08/30 18:14
名前: 羅知 (ID: djMAtmQc)

 結局その日、そんな風になってしまった馬場を止めることなんて出来ず、衝撃の光景に半ば腰が抜けそうになりながらオレは先生を呼びにいった。あまりにも帰ってこないオレを心配してか、紅先生は保健室のすぐ近くにいた。オレが行くなら此処だということがなんとなく分かったらしい。紅先生が目の前にいても、馬場はぶつぶつと何かを呟くのを止めなかった。もうなにもかも目に入ってないようだった。
 そんな馬場を見て、先生はすーっと息を飲むとずかずかと馬場の方へ近づいた。先生がどんな顔をしているのかは分からなかったけれど、おそらくどうしようもない顔をしているのだろう、そんな語調で先生は馬場に言った。
 
「そんな風に……そんな風になる前に相談してくれって言ったじゃないか!!」
「…………」
「文化祭を成功させたいのは、"君"の本心だったはずだろ……?だから、僕は無理を言って君の退院を早めてもらった…本当は入院してなきゃいけないくらいに、"君"は壊れてしまっていたのに……」
「…………」
「違う……僕の、せいだ。僕が、気付いて、あげられなかったから……先生、なのに。君がそんな簡単に弱音を吐ける子じゃない、って知ってたのに……」
 
 微かに涙を堪えるような声が聞こえてくる。先生は泣いていた。拳を血が出てしまうのではないかという程、強く握りしめて先生は泣いていた。真っ赤になった目を隠すこともせず、無理矢理作ったような優しい笑顔で先生は振り向き、優しくオレに言う。
 
「あとのことは、僕に任せて」
「……先生」
「君は何にもしなくていい。"此処"では何もなかったんだ。ただの"悪夢"だ。そう思えばいい。……今日此処で起こったことは、忘れて欲しい」
「でも、先生……!!」
「絶対にだ。…………僕も最善を尽くすけど、もし、馬場君が文化祭までに帰ってこれなかったら…………その時は、ごめんね」
 
 悲しく目を伏せ、先生はオレを追い出すように保健室から退出させた。オレはしばらくそこから動くことが出来なかった。すぐに白衣を来た人達がそこにやってきた。全てがオレを蚊帳の外にして行われていた。オレは何もすることが出来なかった。ただ見ていることしか出来なかった。
 
 
 
 次の日、馬場は学校を休んだ。その次の日も、そのまた次の日も。濃尾は明らかにずっと不機嫌で、先生は放課後いつもそんな濃尾をどこかへ呼んでいた。先生は変わらなかった。ただ、その目の下にどす黒い隈が出来ていたし、目の縁は赤くなっていた。
 
 
 馬場が休んでから一週間が経過した。馬場はやっぱり学校へ来なかった。皆が心配して馬場の所へお見舞いに行こうという話が出た。その話を聞いた先生は皆に馬場はインフルエンザで休んでいるのだと嘯いた。皆に心配をさせたくないから今まで黙っていたのだと。先生は変わらなかった。目の下には隈、縁は赤く染まったままだった。濃尾はもっと不機嫌になった。情緒が不安定なようで、簡単に怒ったり、泣いたりしていた。そんな濃尾を先生はやっぱり放課後どこかへ呼んでいた。
 
 
 この一週間、オレは先生の言った通りにあの日あった出来事を忘れたかのように生活していた。勿論あのことを忘れることなんて出来ない。でもあの日の出来事を他の誰かに言うことなんて出来るはずがない。誰かと喋っていると、あの日の出来事を口に出してしまいそうで、オレは口数が少なくなっていた。
 
「ケート、一緒に帰ろ?」
 
 いつも通り帰ろうとすると、シーナがオレをそう誘った。あの日の出来事はシーナにも言っていない。少し後ろめたい気持ちを抱えながらも、オレはその誘いに乗った。
 
 まだ時間は早いのに空は燃えてるみたいなオレンジ色に染まっていた。所々日が落ちて紫色も混じっている。そういえばこの一週間、椎名と一緒に帰っていなかった。あの日までは毎日のように一緒に帰っていたのに。
 
「ねぇ、ケート」
「……何?」
「ボクに何か隠してること、あるでしょ」
「…………別に、ないよ」
 
 オレがそう答えると、嘘が下手だねと言って楽しそうにシーナは笑った。
 
「別に何があったかなんて、聞きたかった訳じゃないからそんな身構えなくてもいーよ。それにね」
「…………?」
「ボクも、隠し事してたから」
 
 そう呟いたシーナの方を見ると、シーナはやっぱりにこにこ笑いながらオレの顔を見ていた。
 
「…本当はもっと前に気付いてたのかもしれない。でも、ありえない、そう思って、なかったことにしてたんだぁ」
「…何のことだよ?シーナ」
「日向クンのね」
 
 
 
 それは、衝撃的な告白だった。
 
 
 
「日向クンの首、誰かに絞められた跡があったの」



 
 
「あのね!!ちょっと前に日向クンを女装させた時があったんだ。絶対似合うと思って!!」
 
 ものすごく良い笑顔でシーナはそう言った。いっそわざとらしいくらいに大袈裟に笑って。なんとか笑おうとして、大きな声で彼はそう言った。
 
「それで?」
「…………それで、その時に首に跡があるのを見つけた」 
 
 少しだけ、表情を歪ませるシーナはそう小さな声で呟く。友人のそんな秘密を知ったシーナは、その時どう思ったのだろう。きっと"どうしようもなく"思ったに違いない。馬場のあんな姿を見てしまった、あの時のオレのように。
 
「見間違いだ、そう思ったよ。日向クンに限ってそんなことあるはずない、あんな跡、あんな痛そうな跡付けられて、彼が黙ってるはずがない、あんな"普通"にしてるはずがない」
「…………」
「でも、違った」
「…………」
「ケート、この前言ったよね。"濃尾を足止めして"って。何の意図があってか分かんなかったけど、ボク足止めしたんだ。衣装合わせ、って言って。……その時やっぱり彼の首には跡があった。前よりも赤くて、黒い、濃い跡が」
 
 涙は流さない。シーナは女の子の格好をしているけれど、昔から根本的な所で誰よりも男前だった。人前でめったに泣かない子供だった。下唇をぎゅっと噛んで、下を向くこともせずに、涙を堪える--------時は経ったけど、変わらない。
 
「……言って、欲しかったよ。だって友達じゃん!!クラスメイトじゃん!!ボク達がそう思ってただけなの!?ボク達はそんなに頼りない!?"苦しんでた"なら----」
「----待って!!シーナ!!」
 
 シーナのその"苦しんでいた"という一言に違和感を覚える。……本当に濃尾日向は----"苦しんでいた"のだろうか?確かに時々情緒不安定な時もあった。だけどもそういう風になった時期から"表情が豊かになった"のも事実で……。もしかして、オレ達は最初の前提から、とんでもない"勘違い"をしてるんじゃ---------
 
「…濃尾が自分からそれを望んだんだとしたら……」
「……どういう、コト?」 
「……濃尾が"わざと誰かに首を絞めさせていた"としたら?……濃尾はそこまで人と個人的にに誰かと深いつながりをつくる奴じゃなかった。誰かとつるむようになったのは…………馬場が転入していくらか経ってからだ……」
「…み、満月クンがやったっていうの?ありえないよ!!……それに!!例えそうだったとして、日向クンはどうしてそんなことを!!」
「……分からない!!!」
 
 急激に仲良くなった馬場と濃尾。その直後に発見された跡。倒れた馬場。情緒不安定な濃尾。様子のおかしい濃尾。様子のおかしい馬場。そして----"アイツがいつも壊していく"と言った馬場のあの言葉。分からない。どうしてそうなったかなんて分かるはずがない。だけど、アイツらを"繋げている理由"、それが、その"跡"だとしたら。
 
 
 (……あぁ)
 
 
 "アイツら"は本当に救いようがないほど、お互いに縛られていて。
 
 
 
 
 
 その縄が今、がんじがらめになって、もうアイツら自身でさえ抜け出すことができなくなってしまったんだろう。
 
 
(本当に、お前らは)
 
 
 
 
「……"仲良し"だなぁ」
 
 
 
 繋ぎ方を間違えたのなら、またほどいて正しく繋ぎ直せばいいだろ?ほどくのだって、手伝ってやる。皆で手伝えばきっとほどけるさ。
 
 
 
 
 なのに、どうして。どうしてお前らは!!!!
 
 
 
「頼って、くれよ……!!オレ達はただのモブキャラじゃねぇんだぞ!!!馬場、濃尾…………」
 
 
 叫んだ声も、押し殺した泣き声も全てがあの夕焼けのオレンジに溶けていく。寒空の下、冷えきった掌をぎゅっと握り締め、お互いの体温を確かめるように繋いだ。
 
 叫んで、叫んで、喉が冷えきって、どうしようもなく痛い。それでもオレ達は涙を止めることなんて出来ずに、泣き叫んだ。
 
 
 
 文化祭まで、あと三日の夕方のことだった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.56 )
日時: 2017/08/03 19:29
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)



 あれよあれよと三日過ぎ、ついに来るべき当日。結局今日まで馬場が学校へ来ることはなかった。あの日の翌日泣き腫らしたオレとシーナの顔を見て、クラスメイトは勿論のこと、紅先生はオレ達のことをとても心配した。特に紅先生はかなり取り乱していて、オレ達の話を聞くと、迷惑をかけたねといってとても落ち込んでしまった。前から思っていたけれど、あの人は責任感が無駄にありすぎだと思う。そんな顔しないで下さいよ、と二人で先生の頬をぎゅーっと引っ張るといひゃいいひゃいと言いながら、先生は少しすっきりしたように笑った。
 
 そういえば今日は濃尾の機嫌が良い。ここ最近はかなりイライラしているように見えたのにどうしてだろう。不思議に思って、今日は随分ご機嫌なんだな?と聞くと、濃尾はやっぱり機嫌良さげに愛想よく答えた。
 
「今日、愛鹿が見に来るんだ」
「愛鹿、って……この前の写真の」
「そう。だから女装は嫌だけど頑張ろう、って。あんだけ熱心に教えてくれたのに半端な演技したら格好悪いからね」
 
 愛鹿社。それがこの前の写真の女の子の名前だった。調べてみると結構大きな会社の社長の娘で、小さな頃から名のある劇団に所属しており、賞もいくつか貰っているらしい。思えば、彼女の写真を見せた瞬間から馬場の様子はおかしくなった。一体彼女と馬場はどんな関係なのだろう。それに馬場が"本名"と言っていた"カンナミ"という名前……あぁ、色んな事がありすぎて、頭が痛くなりそうだ。今日は楽しい文化祭、問題は山積みだけど今日明日はそれを後回しにして楽しんだっていいだろう。
 
「よっしゃぁぁああッ!!!お前ら今日は楽し--------」
 
 
 オレがそう言おうとした瞬間、教室の扉ががらがらと開き、オレより一際大きな声が教室中に響き渡った。
 
 
「みんな待たせたな!!!!」
 
 
 一週間ぶりの懐かしい声。そこには馬場満月がにっこりとわらって、休んでいたなんて到底思えないような変わらない姿で立っていた。
 
 ∮
 
「本当にそうですよ、馬場くん。これに懲りて体調には気を付けるように」
「あぁそうだな!!以後気を付ける!」
 
 そしてそんな彼の隣には、爽やかな雰囲気の眼鏡を掛けた若い見知らぬ男性が一人。馬場とその人は、親しげに話している。一体誰なんだ、その人は。そんなこちらの視線に気付いたのな、男性はにこやかに笑って挨拶する。
 
「不審者ではありませんから、ご安心を。私は紅の旧友、荒樹土光という者です。今日は文化祭という事でこちらに来たのですが……まだ早かったようで誰もおらず、迷っていた所を馬場くんが助けてくれたのです。そういえば、紅は?」
「……あ、まだ来てません。何か用事があるって」
「そうですか。まったく、あの男は楽しい楽しい文化祭の日に何をやっているんですかね」
 
 不快そうに眉を寄せて荒樹土さんはそう言った。人の良さそうな顔だと思ったけれど、その時の彼の目はとてもギラギラとしていて何だか別人みたいだった。もしかしたら紅先生とは仲が悪いのかもしれない。
 
(いや、でもそうだったらわざわざ文化祭になんて来ないよな……?一体どういう関係なんだろ)
 
 それに。
 
(馬場も"変わらない"。不自然なくらいに、そのまんまだ)
 
 まるであんな"出来事"がなかったみたいに、馬場満月はいつも通りだ。にこにこと笑っていて、むしろ休む前よりどこか楽しそうである。そんなに楽しそうな姿を見てしまったら、色々気になることはあるけれど全部なかったことにしてもいい気がしてきた。あの笑顔に水をさす必要なんてない、そう思った。
 
 何はともあれ馬場は今日という日を楽しむため、成功させるためにこの日だけはなんとか出てきたのだろう。その想いをどうこういうことなんて、オレには 出来るはずがなかった。
 
 人の波を掻き分け、馬場の肩を力強く叩く。
 
「今日は、めいっぱい楽しもうぜ!!」
 
 オレがそう、にかっと笑ってみせると馬場は一瞬だけ驚き、きょとんとした顔をしたが、すぐにオレと同じように笑った。なんとなく、いつもより優しい笑顔だったような気がする。
 
「……あぁ、勿論だ!!」
 
 
 今日は楽しい文化祭。楽しんだもん、笑ったもん勝ちなんだから。
 
 ∮
 
 専用タクシーに乗るまだ年若い背の高い少女と低い少女、二人が話している。最初に口を開いたのは背の低い少女の方だった。
 
「嬢ちゃん、相変わらずイケメンだねぇ?こんな日くらいはハメ外したっておれは良いと思うぜぇ?」
 
 鈴のなるような可愛らしい声に似合わない粗雑な口調。ぱっちりとした水晶のような目は煽るように、もう片方の少女の方を見ており、くるりんと巻かれた、ふわふわとした茶色の髪は、黒色の猫の耳が付いたパーカーから零れ出ている。
 
 そんな男勝りな彼女を嗜めるように、これまた別の意味で女の子らしくない格好をした少女は言う。
 
観鈴かりんがハメを外しすぎなんだよ…。仮にもアイドルなんだ。どこでファンが見てるか分からないんだから、しっかりしてくれよ…」
「へーへー。分かってますよー、っと。…でもまぁ、やしろ嬢ちゃん、口調くらい"本来の喋り"に戻せばいいだろ?ストイックすぎやしやしないかい?」
 
 今日の社の格好は、オフホワイトの長袖シャツに紺色のタイ、そして黒色のスキニーパンツという、パッと見では女性にはとても見えない格好だ。観鈴がそう言うと、社は観鈴の目を見ずにうつむきながら答えた。
 
「これは……私の"けじめ"だよ。この服も、口調も、全部……己を戒める為にある。二度と思い上がらないように」
「…………チッ」
「それに、私なんかが可愛い格好しても全然可愛くないだろう?…誰にも需要なんてないし、誰にもそんな私…好きになってもらえない」
「…………」
「だから、いいんだ!!私はこのままで」
 
 そんな彼女の言葉を聞いて心底不快そうに、舌打ちをする。……何を言っているんだ。そんないじらしいことを言って。アンタのことを見ている男共なんていくらでもいる。おれがそういう人間を何人蹴散らしたと思ってるんだ?自分の価値を理解しろ!!アンタは、アンタは!!!
 
「………………十分、可愛いだろうがよ」
「?……何か言った?」
「別に!!何でもねぇよ!!!ほら!!目的地だ、降りるぞ!!」
 

 
 目的地は貴氏高校。
 


「は!!生のアイドルなんて見たこともねぇシロート共に目に物見せてやんよ!!」
 
 

運命の出会いは、すぐそこにある。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.57 )
日時: 2017/08/13 20:43
名前: 羅知 (ID: 9KPhlV9z)



「い、意外と派手なんだな……衣装」
「そーう?ボクは普通だと思うけどなッ!!それよりサイズはどう?問題ない?」
「いや、それは別に大丈夫だが…」
 
 休んでいたせいで衣装合わせが終わっていなかった馬場は、まず始めに衣装合わせを衣装班とシーナの手によって、されることになった。シーナはキャスト班だったが裁縫の知識を持っている貴重な男性陣だということで衣装班と兼ねている。劇は午後2時から。それまでに不具合があれば調整をしなくてはいけない。大きなうさ耳に、ハイカラな柄の帽子。そして可愛らしいウサギ尻尾を付けた馬場は、なんだか滑稽だった。微妙な顔をしている馬場を見て、濃尾は指を指して大爆笑している。
 
「あはははははははっ!!馬場、なんだよ、その格好!?面白、面白すぎでしょ……ふふふ……」
「の、濃尾……、そんなに笑ってやるなって……」
「は?うさ耳も女装もしない帽子屋さんは黙っててよ」
 
 あまりに馬場が可哀想だったので
 、少し嗜めたら睨まれてしまった。まぁ確かにオレの格好は比較的無難で、特に突出した所はない。そんなオレから何を言われたって嫌味にしか聞こえないのだろう。甘んじて濃尾の叱責を受けていると、後ろからクスクスという馬場の笑い声が聞こえてきた。
 
「ふっ……ふふふ……はは…面白いなぁ、相変わらず」
 
 見ると馬場が手で顔を隠すようにしながら、声を抑えて笑っていた。口はこれ以上笑うのを堪えるかのように噛み締められていたが、それでも抑えきれず笑い声が漏れている。
 
(こんな笑い方する奴だったっけ)
 
 以前の馬場はもっと快活に、笑うことをあえて見せているかのような笑い方をする奴だった。いつも笑顔といえば聞こえはいいけれど、逆に言えば笑顔以外の表情を見せず、感情的とは言いがたかった。
 
 だけど今日の馬場はどうだろう。なんだかいつもより色んな表情を見せてくれている気がする。少し戸惑ったような顔。顔を隠す程に破顔して笑う様子。それは今までの馬場では見れなかったことだ。
 
 よく分からないけれど、この一週間で馬場の中で何かあったのかもしれない。もしかしたら今日限りの文化祭効果かもしれないけど。
 
 でもどちらにしたって馬場もオレ達と同じように今日の文化祭を楽しみにしていたってことなのだろう。オレはそれを嬉しく思う。あっー!!と叫びたくなるような気持ちを言葉に変えてオレは馬場に言う。
 
「馬場!!今日の劇、頑張ろうな!!」
 
 突然大声を出したオレに、また驚いたような顔をした馬場。そしてまた同じように、いやそれ以上に馬場はオレのその言葉に笑顔でオレの目をまっすぐに見て答えた。
 
「…………ああ!!!」
 
 濃尾がオレ達のそんな様子を見て、不満そうに頬を膨らませている。仲間外れで寂しいんだろ?とオレが冗談混じりに言うと、別に、といってぷいとそっぽを向いた。
 
 あぁもう素直じゃない奴ばっかりだ。
 
 そっぽ向く濃尾を無理やり輪の中に引っ張りこんで、オレはまた大声で笑った。
 
 ∮
 
「え、え!?また品薄ゥ!?ちょっと待ってよ、今から買ってくるから!!」
「何故女神がこんなに働かなくては、ならぬのだ!!わらわもお菓子食べたいぃ……」
「ボクもう疲れたよ……なんでこんなことしてるんだっけ。忘れちゃった」
 
 キャスト班が大詰めの練習をしている午前中、それ以外のメンバーは教室の方の展示であるカフェの運営に勤しんでいた。キャストが抜けているせいで、ただでさえ忙しいのが余計に忙しくなっている。
 
 この"オレ様"、荒樹土光が出張らないといけないくらいには。
 
(ったく……紅の野郎、マジで何してやがんだ…。知らねぇ餓鬼共にヘコヘコすんのは疲れんだよ!!あぁクソったれ!!)
 
 厳密に言えば、紅が来れなくなった理由は知っている。体調を崩したのだ。無理もないだろう、なにせここ数日ずっとあの男は寝ていなかったのだから。そして餓鬼にヘコヘコをするのだって本当はそこまで苦じゃない。全てを欺いて、爪は隠して、過ごす。それがオレの生き方だ。だから今更疲れなんかしない。オレにとってそれは呼吸するのと同義なんだから。
 
 無性に苛々する理由は別にある。
 
 あの男。オレに"ココ"を任せる時、へらへらと笑って……ごめん、と言いやがった!!オレはお前と違う。お前みたいに、不器用にオレは生きていない。お前と違って、オレは、オレはずっと一人で生きてきたんだ。このくらいのことぐらい簡単にやれる。お前はずっと仲間と共にいた。あんなお人好し共だ。お前が頼めばきっと力を貸してくれただろう。
 
 なのに、お前は!!
 
 
「……荒樹土、とやら。どうしたんじゃ?」
「……は……あぁすいません!!あまりの忙しさにぼぅとなっていました」
「それならいいが……おぬしは別にうちのクラスの人間じゃないからの。体が優れないのなら裏に回っていてもいいんじゃぞ?」
 
 いつの間にか動きを止めてしまっていたらしい。口調のおかしな金髪の小柄な女子生徒に心配されてしまった。そんな変な奴に心配される筋合いはない。オレは女子生徒に笑顔で答えた。
 
「ふふ。……大丈夫ですよ。今私が抜けたらこの教室、回っていかないでしょう?それに人の役に立つこと、私好きなんですよ」
 
 オレがそう言うと、女子生徒は無表情でオレの顔をじっと見てぼそりと言い放った。
 
「薄っぺらな奴じゃの」
「…………はい?」
「まるでこの今焼いてるクレープの生地のように"薄っぺら"じゃ。全てを偽って生きて、何が楽しい?仲間を軟弱と言い捨てることで何が救われる?……もっと素直に生きればよい。さすればおぬしは救われるであろう」
 
 それだけ言うと少女はまた自分の作業に戻ってかしゃかしゃと生地を混ぜ始めた。……不気味な女だ。まるでオレの人生を見てきたかのような物言いだった。気味が悪い、それに尽きている。
 
「……えーと、何さんでし」
「大和田雪じゃ。女神と呼ぶがよい」
「…………えっと、大和田さん。さっきの言葉、冗談ですよね?」
 
 かしゃかしゃと混ぜる手を止めず、大和田雪は首を横にふった。
 
「"真実"で、あったであろ?」
「……それに、正直に答えるとでも?」
 
 そう言ったオレを、ちらりと一瞥すると大和田雪はまた作業をしながら首を横へふる。そしてぽつりと誰に言うでもなく呟いた。
 
 
 
「別に、神の下で蠢く有象無象どものことなど気にもしない。わらわはただ"見えたもの"を言葉にしているだけじゃ」
 
 
「だから、この教室でどんな"惨劇"が起ころうとも」
 
 
「わらわには、関係ない」
 
 
 それは酷く冷たい声色だった。一瞬の静寂。しかしそれはすぐに崩れる。
 
 がしゃんと金属の割れる音が響く。
 
 どうやら教室の中央で割れたらしい。客と沢山置かれた机の間にバラバラに割れたコップがあった。近くには客として来たのであろう、まだ高校生ぐらいの女子二人組と、店員用のエプロンをした茶髪の髪の女子生徒がコップを挟むようにして立っている。
 
「あぁ!!大丈夫ですか、御二人とも?すぐに片付けますから--------」
「---------小鳥ちゃん?」
 
 客として来ていた少女の片方の方が、そう尋ねるように言う。何を言っているんだと思い、上を見るとそれはどうやらエプロンを着けた女子生徒の名前らしい。エプロンの女子生徒の方をしっかり見て、続けざまに彼女は言った。
 
「……小鳥ちゃん、だよな?中等部の時、同じクラスだった」
「…ボクは、小鳥だけど……」
 
 それを聞くや否や彼女は嬉しそうに笑う。
 
「私だよ!!愛鹿社だ!!ほら、変な双子が四人いただろ?男の双子と女の双子!!その中の一人!!忘れっぽい小鳥ちゃんでも覚えてるはずだろ?なにせ小鳥ちゃんは--------」
「止めて!!!!」
 
 
 愛鹿社。確か、紅がこの数日調べていた少女の名前だ。ということはこの少女が愛鹿社なのだろう。旧友に会えたことが嬉しいのか随分朗らかに笑っている。しかし対するエプロンの女子生徒は久しぶりの旧友に会えたというのにどこか困惑した表情を浮かべている。その顔のまま、小鳥ちゃんと呼ばれた女子生徒はゆっくりと口を開いた。
 
 
「…………君のことなんて、覚えてない」
 
 
 
 その言葉はとても悲痛なものだった。
 
 
 
「でもそれ以上は言わないで」
 
 
 そう言ってエプロンを脱ぎ捨てると彼女は教室から出ていった。その目には涙が浮かんでいた。
 

  あんなに楽しそうに笑っていた愛鹿社は、何が起こったのか分からないようで呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.58 )
日時: 2019/02/28 07:29
名前: 羅知 (ID: MTNmKKr2)


 
 これはいつかの教室の風景。花香る14歳の春。
 
「…社ちゃん、楽しそうだね」
「そ、そう見える?じゃあ私、楽しいのかもしれない」
「……ふふ、なにそれ。社ちゃんが楽しそうで、ボクも嬉しいよ。で、××君と何喋ってたの?」
 
 ボクがそう言うと社ちゃんは顔を真っ赤にした。バレバレだ。社ちゃんが楽しそうな時は大体"彼"が絡んでるんだから。
 
「……××がね、前髪切ったの気付いてくれて……可愛いね、って」
「………そんなこと?」
「そ、そんなことって!!私にとっては凄く嬉しいことなんだよ!!小鳥ちゃんだって、満月さんにそう言って貰えたら嬉しいでしょ?」
 
 満月さんに?そんなことあるはずがない。だってあの人がボクのことを気付いてくれてるはずがない。あの人は人気者だ。ボクみたいな多数大勢の一人に目を配ってる暇なんてない。でももしそんなことがあったなら。
 
「……うーん、やっぱりボクには分かんないや」
「…………えー??分からない?」
「うん。ボクのキュンキュンするツボってちょっと人とは変わってるのかもね」
 
 そうやって顔を見合わせて笑う。そんな毎日をボク達は送っていた。楽しかった。凄く楽しかった。忘れっぽいボクでも、あの日々は絶対に忘れることができない。
 
 
 
 
 "あんなこと"が、なければ。
 
 
 
 
 
「…………やっぱりフラれちゃうんですね、ボクは」
 
「」
 
「別に良いですよ、満月さんと雪那せつなさん。美男美女のカップルで二人お似合いでしたから」
 
「」
 
「…………どういうことです?」
 
「」
 
「ッ!!……信じないッ!!信じませんよボクは!!だって"そんなの"は"間違ってる"!!"お二人"だから!!"お二人"だからボクは許せたのにッ!!そんなんじゃ!!」
 
 そう言ってボクは走った。何処までも何処までも走った。目の前にある現実から逃げるように、その事実を否定するかのように。走った。がむしゃらに走っていった。
 
 
 何処へ向かおうとしていたのだろう。そして、きっと何処に行くことも出来なかったのだろう。
 
 
 
 何処にも行くことの出来なかった、ボクの心は。記憶は。
 
 
 
 耐えきれず、その"事実"を忘れることを選んだのだ。
 
 ∮
 
「どうして…………?」
「…………」
「喋り方が、変わったから?髪が前より短くなったから?何年か経って私のことなんか嫌いになったから?」
「…………」
「だから……だから、あんな風に言ったの?」
 
 結局、近くに立っていた眼鏡を掛けた大人が差し出してくれた紅茶を一杯だけ飲んで、おれ達はあの場を後にした。人前では随分気を張っていたようだけど、社は泣く寸前だったのだろう。今横で歩きながら涙をぼろぼろ流す彼女を見てそう思う。
 
 社は誰よりも格好いいけど、とても女の子だ。だからこそおれが、アイドルとして周りに媚を売ってでも、社を傷付ける者から守る壁を作り、社を守っていけたらいいと思う。
 
「……嬢ちゃん、気にすることないぜ」
「…………」
「忘れっぽい子なんだろ?またうっかり忘れてるだけかもしれねぇじゃねぇか」
「…………」
 
 そう慰めるけれど、彼女の悲しそうにな顔は晴れない。鼻をすすり、俯いたままでいる彼女を見てるとこっちまで辛くなってくる。
 
「………なぁ、笑っててくれよ。嬢ちゃんが泣いてるとこっちまで悲しくなっちまうぜ」
 
 おれがそう言っている間にも社の目からは涙が零れ続けていたけれど、それをぐいっと拭って社はおれの方を見た。
 
「……ごめん。顔洗ってくる」
 
 それだけ言って、社はすっくと立った。
 
「……先に行ってて、いい。間に合うように、行くから」
 
 そう言って社は何処かに走り抜けていった。
 
 ∮
 
「もう、本番かぁ……緊張するねッ!!」
「……でも、良い緊張感だ」

 本番まで十五分前。体育館の舞台裏ではぴりぴりとした緊張感がオレ達の周りを包む。だけど不思議と笑顔が浮かんでくる。大丈夫、何故だか根拠のない自信がオレ達にはあった。
 
「僕の女装がこの学校中の人に見られるとか……正直言って死にたいけど、まぁ頑張るよ」
 
 女装を嫌がってたりなんだかんだあったって、最終的に濃尾の演技が一番様になっていた。練習を乞いにいっていただけある。
 
「って…………あれ?」
 
 そう言って鞄をガサガサと何かを探す濃尾。きょろきょろと慌ただしく動き回っている。
 
「?……どうした、濃尾?」
「…………赤の女王の、王冠が、ない。……ごめん、教室に忘れた、かも」
 
 そう言う濃尾の目はうるうるとしている。女王の王冠は赤の女王を象徴するアイテムだ。それがないとどうしても、赤の女王というには足りないといった風になってしまう。明らかに濃尾は焦っていた。当たり前だ。自分のせいで劇が駄目になってしまうと思ったら、誰だって焦るだろう。濃尾は誰よりも真面目に練習をしていた。直前にこんなミスがあったら、気に病んで台詞に影響が出るかもしれない。
  場が騒然とした、その時。
 
 
 
「大丈夫だ。濃尾君。俺が取りに行ってくる」
 
 
 
 騒然としていた場は静まりかえり、凛とした声が響く。
 
「俺と濃尾君の出番は後だ。それまでに戻ってくる、安心してくれ」
 
 そうやって濃尾の顔を見て、優しくにっこりと笑った馬場は、そっと濃尾の頭に手を乗せると、素早い所作で教室へと走り抜けていった。
 
 ∮
 
「……なんですか、ガノフ君。本番前ですよ」
「…あぁ、忙しい時にすまなかったな。でもどうしても今言いたかったんだ」
 
 体育館から少し離れた手洗い場で菜種知とガノフは、集まっていた。本番前だから時間がない、そう言ったのだけれど、すぐに済ませる。彼がそう言ったので菜種知はその誘いに了承した。
 
「"言いたいこと"?なんですか……それ?」
「ああ」
 
 
 
 彼は、彼女の目をしっかりと見て至極真面目にこう言った。
 
 
 
 
 
「文化祭が終わったら、伝えたいことがある」
 
 
 
 
 その瞬間まるで時が止まったような感じがした。しかし、目が合ったのは数秒だけで、すぐさま彼は顔を赤くして目を逸らしてしまった。
 
「……そ、それだけだ。劇、頑張ってくれ。客席で応援している」
 
 
 
 そのまま逃げるように客席の方へ走り抜けてしまった彼に、菜種は彼よりももっと赤い顔でぼそりと呟いた。
 
「…………それだけ、って。本当に"それだけ"ですか。ばぁか。ヘタレですね。これは本当ですよ。ばぁか、ばぁか!!」
 
 
赤い顔を誤魔化すように、頬をぱんぱんと叩いて彼女は体育館に戻った。
 
 
「……本番中に、赤くなっちゃったら、どうしてくれるんです」
 
 
 赤く、熱くなった頬はまだ冷めそうにない。
 
 ∮
 
 何故だか分からないけれど、泣かせちゃいけないと思った。どこか兄と似ているあの子に、あんな顔をさせるのは間違っていると思った。そう思った瞬間、行動していた。喋っていた。無意識に走っていた。
 
(全部、あの男のせいだ)
 
 "俺"は"馬場満月"でいなくちゃいけないのに。"オレ"はいてはいけないのに。ずっとそれだけの為に生きていかないといけないのに。
 
『…テメェが、"何者"になりたかろうがオレ様はどうでもいいけどなぁ。テメェが今回の為に書いた脚本はどうした?書いたら、それで他人にポイなのか?ちげぇだろ。なら今回だけは、文化祭の時だけは、テメェは"テメェ"でいろ。そのあとはどうしたって構わねぇ』
 
『……どっかで聞いた話だがな、演劇は楽しむもんなんだってよ。演じてる側が楽しまなきゃ、観てる側は楽しくなんねぇんだと。聞けばお前、脚本を通常じゃあり得ねぇ速度で書ききったって言うじゃねぇか。やる気満々だなぁ、オイ。……それなのに"無理矢理演じた性格"で楽しめるのか?お前みたいな真面目人間が。出来る訳ねぇよなぁ?』
 
『……せいぜい楽しんでこいよ。"神並クン"。この病院に籠って、テメェの帰りを待ってる連中を泣かせるよりかはよっぽど有意義なことだと思うぜ?……まだ"演劇を楽しむ心"は忘れてねぇんだろ』
 
 あの胡散臭い男は急にそうやって口調を変えたかと思うと、そう言って"オレ"を勢いよくぶん殴った。とんだ詐欺師だと思う。こんな知り合いを持っている紅のことが余計に嫌いになった。そして、そんな"提案"に乗ってしまった自分が余計に嫌いになった。だから何度も何度も自分を傷付けた。そんなオレを見てあの男は言った。
 
『そんなに自分を傷付けるのが楽しいのかよ、紅みたいな奴だなぁ、気味が悪い。……そんなに"自分"が、嫌ならこう考えろ。テメェは"神並の振りをした"馬場満月"だ。それならテメェは"テメェ"じゃねぇ。"馬場満月"だ。そうだろ?』
 
 馬鹿みたいな作戦だと罵ってやりたかったが、悔しいかなオレはそうすることで確かに心が楽になった。何より演じることがも大好きだった"オレの心"が、沸き立っているのを感じた。
 
 だから。今回限りは俺は"オレ"なのだ。濃尾日向の悲しい顔を見たくないのも、演劇を成功させたい気持ちも、どうしようもなく演じてることを楽しんでる気持ちも全部全部全部。
 
 ……演技だ。演技なんだ。そうじゃなきゃやってられない。自分でもおかしなことを言っているのは分かっている。だけど。だけど。だけど。
 
 
 
 
 "オレ"は。
 
 
 
 
 
 
 
 
  「……白夜ゆきや?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 聞き慣れた、声。ずっとずっと、待ち望んでいた声。
 
 
 
 
 
 愛しい人が、"オレ"を呼ぶ声。
 
 
 
 
 
 

「ね、ねぇ!!白夜だよね!!私だよ!!社!!か、髪短くなったんだね……満月さんにそっくりで、私間違えそうになっちゃった……でもすぐ分かったよ!!だって私ずっと白夜の近くにいたんだから!!」
 
 
 
 
 
 振り返っちゃいけない。
 
 
 
 
 
 
「えっ、と…………その格好何?こ、コスプレなの?でも、白夜は満月さんと一緒に別の私立に行った……って聞いたんだけど?…この学校の、生徒なの?もしかして」
 
 
 
 
 
 
 
 振り返ったら、戻れなくなる。
 
 
 
 
 
 
 
「……お嬢さん、どうしたんだ?誰かと間違えてるんじゃないか。俺の名前は"馬場満月"。一年B組の馬場満月だ」
「な、何言ってるの!?白夜!!分かんない、私分かんないよ!!"馬場満月"って何?それにその格好、アリスの三月兎の服でしょ?じゃあ、なに?白夜があの脚本を書いたの?……ねぇ答えてよ!!」
 
 
 
 
 
 
 振り返らず、そのまま言う。
 
 
 
 
 
 
「…………じゃあ、劇があるから俺はもう行くな」
「待って!!待ってよ、白夜!!やっと会えたのに!!ずっと待ってたのに!!……約束は?私と一緒に演劇してくれるっていう約束はどうなったの?どうしてこんな所にいるの?ねぇ待って、待って、待って、待ってよぉ…………!!」
 
 
 
 
 
 
 
 オレは彼女から逃げた。
 "あの時"と同じように、"演劇"を理由にして逃げていった。
 
 
 
 
 悲しいくらいにあの時と同じで、今はただ演劇に入り込んでこの胸のざわめきをふさいでしまいたかった。


第五話【yourname】→【whitenight】

神並兄弟お誕生日おめでとう ( No.59 )
日時: 2017/08/15 12:05
名前: 羅知 (ID: 9KPhlV9z)

●第一馬を終えて&読者の皆様へ



当たる馬には鹿が足りない、をここまで読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。作者の羅知らちです。諸事情により、更新を停止させて貰ったり、なかなか更新出来ないことも多くありましたが、それでもこの作品を見捨てることなく見続けてくれた読者の皆さんには感謝してもしきれません。

四章構成でお送りするこの作品は、第一馬を終えたことにより、この作品の起承転結の"起"が終わりました。一段落はつきましたが、この話はやっと始まったばかりなのです。馬場も、濃尾も、そして愛鹿の物語も、やっと第一歩を踏み出しました。彼らの行く道は茨だらけで、決して幸せなものではありません。しかし私は苦しみの先にこそ、光が希望があると思うのです。絶望があるからこそ、希望がよりいっそう輝くのだと思います。

これから、読者の皆様が見ていて痛々しいと思うような描写が多くあります。それだけは予め予告します。

それでも良いといってくれる読者の皆様がいる限り、私は頑張りたいと思います。なにより、この作品を完成させることは私の悲願です。



長くなりましたが、当たる馬には鹿が足りないをこれからも応援宜しくお願いします。






補足。タイトルにもありますが、八月十五日は作中に出てきた神並兄弟の誕生日だったりします。彼らのことを心の中だけでもお祝いしてくれたら嬉しいです。次回第二馬は、幕間の話を書いた後に始まります。お楽しみに。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.60 )
日時: 2017/08/29 06:15
名前: 羅知 (ID: /BuoBgkT)

幕間【文化祭後日譚】



 
 
 過ぎ去ったことはもう戻らない。
 
 それを僕達はとうに知っているはずなのに、どうして何度も同じ過ちを繰り返してしまうのだろう。どうしてまた、馬鹿みたいに涙が止まらなくなるんだろう。
 
 ∮
 
「みんなお疲れ様!!劇も教室もオレ達が一番大盛況だったと思うぜ!!」
 
 文化祭が終わったその日の夜の打ち上げで、焼き肉の匂いが立ち込める店の個室の中、開口一番に尾田は笑顔でそう言った。あほ丸出しな気の抜けた笑顔だった。だけど見ていて不思議と苛々しなかった。むしろどこか心が安らいでいくような---------そんな笑顔だった。
 
 結論から言うと文化祭は大成功だった。僕達の劇に見ていた観客は拍手喝采を起こし、何人か泣いている人もいたかもしれない。それを見て、こんなものが見れるなら女装も少しいいかもしれないな、なんて僕が冗談混じりに言うと椎名が食いぎみに同意してきたので、やっぱり女装はもうしない。
 
 
 
 まぁ、でも、やっぱり。
 
 
 
 凄く、楽しかった。そう思ったことは紛れもない事実として僕の心に刻み付けられたのだった。
 
 
 
 
(…………)
 
 
 

 
 ただ一つ心残りがあるとすれば、愛鹿社と会うことが出来なかったことだ。劇が終わると見知らぬ僕達と同年代の少女が愛鹿からだと手紙を渡しにきた。可愛いのにやけに眼光の鋭い子だったと思う。不機嫌そうに僕に手紙を渡すとそそくさと彼女はその場を後にした。後から聞いたことなのだけれど、彼女は当日飛び入りで参戦した超人気アイドルの『新嶋セズリ』だったらしい。椎名辺りから大変羨ましがられた。アイドルというには笑顔の欠片もなかったような気がするけど、きっとアイドルにも色々あるのだろう。そこら辺スルーしてあげよう。
 それにしてもアイドルの友達がいるなんて、愛鹿は何者なのだろう。もしかして家族が芸能関係だったりするのだろうか。何にしてもアイドルをそんな小間使いにするような愛鹿は相当の大物だろう。
 
 
 
 
『良い劇だった。 愛鹿』
 
 手紙には簡潔にそう書かれており、裏には彼女の携帯の連絡先が書かれていた。彼女ならここをこうしろとか、あそこは良かっただとかを色々言いそうな気がしていたので少し拍子抜けだったけれど、きっと疲れていたのだろう。彼女は演劇の練習で忙しいのだ。
 
 
「何難しい顔してんだよ!!濃尾!!」
「……あ、ごめん」
「馬場も濃尾も打ち上げだっつーのに暗い顔してんなよ!!特に馬場!!ほら笑顔笑顔!!」
 
 
 そうだった。今は打ち上げの最中だった。なんだかぼーっとしている僕達に、そう言って尾田はいーっと口を引っ張って僕に無理やり笑顔を作らせた。横を見れば僕と同じように浮かない顔をした馬場がいた。伏せ目がちに下を向き、口元はかろうじて笑ってはいるがどこか不自然だ。
 
 そんな僕達を見て尾田は、はー!!っとため息を吐くと仕方がないなぁ、と言ってぱんぱん!と手を叩いた。
 
 
「「え」」
 
 
 
 尾田のその拍手を合図に、いつの間に準備していたのだろう。わらわらと花束を持って現れたのは一年B組のメンバー達。バラ、アイリス、デイジー、パンジー、チューリップ、青いボンネット、スミレ、オランダカイウユリ、等々色とりどりの花がその腕に抱えられている。
 
 
 
 
「馬場。今回の一年B組の出し物が大成功したのはお前のおかげだよ。馬場が体力を削ってでも書き上げたあの台本がなかったらここまでのものはできなかった」
 
 
 
「---------本当に、ありがとう!!」
 
 
(……恥ずかしい奴ら)
 そんな赤面間違いなしの台詞を台本を読むわけでもないのに素面で言えてしまうなんて。コイツらはなんて馬鹿なんだろう。ねぇ、可笑しいよね馬場。何言ってるんだって嗤ってやろう---------。
 
 
 
 
 ほろり。
 
 
 ほろり?
 
 

 
 (---------------あ、れ?)
 
 
 
 
 
 馬場は、泣いていた。
 自分でも泣くなんて思ってなかったようで、落ちた涙を口をぽかんと開けたまま、驚いたような顔で見つめている。そんなちんけな台詞で泣くような奴じゃないだろ?何、何でそんな顔してるんだよ馬場。嗤おうよ?なぁ?
 
 
 
 
「…………あれ、なんで…」
(……おかしいよ)

 
 
 
 馬場。どうしてそんな顔するんだよ。止めてくれよ。お前はこんなときでも"馬鹿みたいな笑顔"でこたえて、そんな、そんな"本気"みたいな涙を見せる奴じゃ-----------------
 
 
 
(違う、違うんだよ。これじゃあ)
 
 
 
 "僕の馬場満月"はこんなんじゃない。目の前にいる"馬場満月"は"僕の"じゃない、ちがう、ちがうちがうちがうやめてやめてやめて。僕の"理想"を壊さないで。



 
 
(いつからだった?)
 
 




 "馬場満月"は変わっていた。気が付いてた。本当は気が付いてたんだ。だけど僕は"コイツ"を手放したくなくて。"コイツ"がいなくなったら僕は。
 
 


(……"コイツ"って誰だ?)
 
 


 僕は、誰のことを言っている?笑顔馬鹿野郎のコイツ、首を絞めていたコイツ、文化祭の時の妙に優しかったコイツ、……今目の前で涙を流しているコイツ。
 

 そして。
 
 
 



 
『……また、あいましょうね。"やくそく"、ですからね?』
 
 

 
 
(違う、これは"コイツ"じゃない)
 
 
 


 
『…もう、絶対に置いてなんか、いきませんから、安心して、下さいよ』
 
 


 
 
(……違う、僕は"そんな言葉"聞いていない)
 
 
 
 
 


 僕は、濃尾日向は、そんなこと"覚えちゃ"、いない。あんな優しい声なんて知らないし、あの温もりだって感じたことなんてないし、あの"記憶"だってきっと"他の誰かの記憶"なんだし、だから、違う。違うったら違う。違う違う違う違う違う。僕は僕は。
 
 




 
(…………"ヒナ"、は)
 
 
 
 
 
 
 "ヒナ"はずっときらわれていきてきた、だからあんな"いとしさ"がだれかからむけられるわけないんだもん。ヒナはわるいこだからみんなすきになってくれるはずがないんだから。だからあいなんていらない。なくなってしまうあいなんていらない。ヒナがわるいこだからヒナがわるいこだからみんなどこかにいっちゃうんだから。それならヒナは、ほしがらない。ほしがるわるいこにはならない。なのに。
 


 
(…………ここ、は)
 
 
 
 


 あったかい。
 



  こんなの、ヒナは

 


  しらない。
 
 
 

  ここはヒナのいていいばしょじゃない
 
 
 
 
 もどらなきゃ
 
 
 
 
  もどらなきゃ
 
 
 


 
「…濃尾?そんなにふらふらしてどこに行くんだよ?便所か?」
 
 
 
 
 
 
 ヒナの"いばしょ"はここじゃない
 
 
 
 
 
 いかなきゃ
 
 
 
 
 
 
  あのばしょに、いかなきゃ
 
 
 
 ∮