複雑・ファジー小説

Re: “BLOODY EMPIRE”ブラッディ・エンパイア ( No.2 )
日時: 2016/02/01 23:55
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)









 目苦ましく七色の幻光を放ち、回る幾つものミラーボール。

 反響する、耳を突く金切りする雑音のようなボリュームの音楽。

 薄暗いホールを満たす何十人もの若者たち。

 皆、身体全体を奮わせ、シャウトしながら踊る狂う。

 ステージには奇抜な化粧と衣装で身を固めたバンドマンたちが力の限り歌を絶叫する。

 ここはディスコか、ライブハウスなのか。

 皆一様に、何かに陶酔した雰囲気を醸し出している。

 尋常ではない。

 まさに狂気。

 そしてステージ場のボーカリストが拳を高く突き上げると、ホールの天井に設置されていたスプリンクラーが一斉に稼働し始め、大量の水を降り注ぐ。

 赤い液体を。

 ホール全体に、観客に、処構わず降り注がれる真っ赤な錆色の水。

 鼻をつく特有の臭い。

 それらを全身に受けとめ歓喜する観客たち。

 全員が大きく口を開け、浴びるように飲み干す。

 身体全体を赤く染め、恍惚に身を浸る。

 異様な光景。

 普通のライブ会場などではないのは明白だった。

 ただひとつ共通点があるとすれば、ここにいる者すべての口には、とても鋭い二対の犬歯が生え揃っていることか。

 それと薄闇に浮かぶ無数の紅い瞳。

 興奮の坩堝と化したホール。

 この世為らざるの者たちが雄叫びを放つ。
 
  


 尋常ではない。


 尋常であるはずがない。

 
 ここは人為らざる者たちの集会場。


 潤すは哀れな贄どもから絞り出した命の恵み。











 ————その時。






 ホールに連なる巨大な鉄扉がけたたましい轟音を響かせる。
 
 まるで粘土のように柔らかく変形し、形を歪ませ、ひしゃげ、吹き飛んだ。

 その場の誰もがピタリと動きを止め、一点に視線を向ける。

 いまだ止まない音楽と鮮血の雨。

 ポッカリと空いた深淵の入口からゆったりとした足音が鳴る。

 何かが勢いよくホールの真ん中に放り投げられた。

 ドサリ、と打ち捨てられたそれは会場の警備をしていた二メートル以上の長身の黒服の用心棒。

 屈強な体躯を誇るガードマンの首の無い身体は燃えるように灰となった。

 
 同時に闇から低い男の声。


 「・・・匂うぜ。薄汚ねえ濡れた犬どもの匂いがここまでしやがる」


 ヌッと大扉の残骸を踏みしめ、現れた全身黒尽くめのサングラスの大男。

 逆立てた銀髪を後ろに撫で付けたオールバックの長身痩躯。

 幾重にもベルトを巻き付けた拘束具を模したようなコートで身体を覆っている。

 片手には先ほどの用心棒とおぼしき黒服の頭部が無残な有り様でわし掴まれている。

 静まり返っているホール。

 場違いな喧騒だけが虚しく響く。

 突然乱入した謎の男に観客たちは殺気だっているのか、警戒を露わにしている。

 黒尽くめの男が小首を傾げる。

 「・・・どうした? パーティーを続けろよ、んん?」

 男が異形たちの前に掴んだ頭部を見せつけ、握り潰し、灰にした。

 

 
 それが合図になったかのようにホールの観客たちが一斉に叫びを上げる。





 「ハンターだっ!!」


 「狩人が嗅ぎ付けやがったっ!!」


 「生きて帰すなっ!!」



 「「「殺せっ!!! 殺せっ!!! 殺せっ!!! 殺せっ!!!」」」

 






 凄まじい怒轟と罵声。

 充満し、膨れ上がった殺気が一気に爆発し、場を飲み込んだ。

 ホールに居た観客たちが牙を剥きだし、異形の群れと化す。

 狙うは宴を邪魔した愚かな獲物。









 


 「・・・さぁて、『アイツ』と合流するまえに、この街の大掃除と洒落込むか」


 黒尽くめの男は小さく首の関節をコキコキ鳴らすとサングラスを懐にしまう。






 そして、鋭く細まれた灰色の瞳が金色を佩びた。