複雑・ファジー小説
- Re: “BLOODY EMPIRE”『ブラッディ・エンパイア』 ( No.3 )
- 日時: 2016/02/01 23:20
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: HhjtY6GF)
コツ、コツ、コツ・・・
ロングブーツのヒールがコンクリートの床石を叩く音が聞こえる。
ヨーロッパ形式の洋館が立ち並ぶ、深い夜の街並み。
通りに人の気配は無く、円い月の明かりだけが長い影を落とす。
コツ、コツ、コツ・・・
月の斜影を縫うようにひとりの女が街道を歩む。
腰元まである長い黒髪。
べルトで覆われたダークバイオレッドコートがボディラインをより引き立たせ、蠱惑的な魅力を放つ。
それだけ見れば際立ったファッションで片付くが、後ろ腰のホルスターに長躯の銃身が顔を覗かせているのがこの女性が常人ではないことに気付かせられるだろう。
コツ、コツ、コツ・・・コツ。
女が街道の突き当りにあるひと際豪奢な造りの屋敷の前で歩みを止める。
巨大なアーチ状の門扉にはふたりの門番の男が自動小銃を小脇に抱えて警戒にあたっている。
「なんだ? 何か用か、女」
目の前で立ち止まる奇妙な出で立ちの女に門番の男のひとりが訝しげに眉を顰(ひそ)める。
「この屋敷はこの街、この界隈の市場を取り仕切る、ドン・グラシモ様の邸宅だ。一般人が興味本位で無闇に近づいていい場所では無いぞ。命が惜しければ早々に立ち去れ」
男が自動小銃を女に向けると、もうひとりの門番の男がやれやれとかぶりを振り、口を挟む。
「まあ、待てよ。この女、商売女かもしれん。ドンに呼ばれた娼婦のひとりじゃないのか? よくよく見れば相当の別嬪だぞ、こりゃ」
男が好色そうな笑みを浮かべて月影で隠れた顔を覗き見る。
隣の男に触発されたのか、こちらの男も少し窺い見る。
少しうつ伏せ気味に顔を下げていた女は深紅の口元を和らげ、男たちを真正面に捉えた。
月の女神もかくやという白く美しい相貌の微笑。
堕天使か悪魔か、紅く輝く魔性の双眸を讃えて。
「・・・こ、こりゃあ、驚いた・・・」
「・・・ああ・・・」
その途端、ふたりの男たちは魂が抜けたようにダラリと棒立ちになった。
目が虚ろで焦点が合わず、だらしなく口元が開いたままだ。
そんな腑抜けた男たちに女がクスリと笑う。
「門、通っていいわね?」
脳を溶かすような美麗な声がハミングし奏でられ、女が確認するように問う。
すると、男たちは何も疑念を抱くことも無く、当たり前のように道を開けた。
「・・・ああ、大丈夫だ・・・」
「・・・今、開く・・・」
男が門柱の一角にあるボックスを開くとパスコードを打ち込んだ。
ギィイイ、と軋みながら巨大な門扉が左右に開く。
「はーい、ご苦労様。それじゃあね」
ひらひらと掌を振り、女が門を潜る。
黒紅の女が消え去った後もふたりの門番の男はいつまでも立ち尽くしたままだった。