複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.10 )
日時: 2016/02/24 18:15
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: y68rktPl)
参照: たまにこんな無意味な話が入ります。

【ROCKIN ECHO/清藤香絵子】
◆9 飲み会(1)
 美味しそうにビールを飲む最中と、ゆゆと一緒にファジーネーブルを飲んでいる小川と、カルアミルクを注文しようとメニューを開いている春島と、今日はもう一人いた。

 「電話なんかやめてさ〜、六本木で会おうよ〜」

 肩から胸に流れるような緩い三つ編み。丈の長い白のスカートに、茶色の柔らかそうなジャケット。一重で薄い唇で、どこか幼さが漂う顔立ち。平成ポンデライオンの、女性ボーカルの野田原エミだった。
 彼女は自称「ECHOと一番仲のいいバンドマン」である。それは確かに間違っていなくて、今もECHO行きつけの居酒屋「BIG」の座椅子で一緒に語らっている。酒に弱いエミは大抵の場合、飲み潰れてメンバーの朝縹に迎えに来てもらっている。私は今日も飲む前から、彼に連絡を入れておいた。たまには他のメンバーに迎えに来てもらえばいいのに、エミによると「みんな免許持ってないか免停かのどっちかで、持ってる子も夜になるとぜったいお酒飲んじゃうから車に乗れないの」らしい。

 「俺は免許ちゃんと持ってるよ。デートする時、ドライブに行きたがる女が多いからな。車内BGMでウケがいいのが、最近なら圧倒的にSubterranean。覚えときな童貞ども」

 左にゆゆ、右にエミを配置して春島と最中を見下ろしている小川。すでに酒が回って気が大きくなっているのだろうが、小川だって美容に気を遣い始めるまでは鉄道部でメガネで、ピアノが弾けることだけが取り柄の冴えない少年だったでしょ。高校の卒業アルバムなんか流出した日には小川の積み上げてきた女子人気が崩壊するかもよ。
 その事実を知っている二人は、こんなふうに煽られても余裕のスルーで、タバコに火をつけながらこんなことを言う。

 「僕はメイヘムとか流しても一緒にノってくれる女の子と付き合いたいな」
 「理想たっか! そんな女ぜってー居ねえし居たとしてもメンヘラ確定だぞ!」

 煙を吐く春島がそんな発言をして、酔いが回ってきた最中が叫ぶ。最中だってフェイス・ノー・モアのMidlife Crisisを大音量で流しながら、夜中の高速を規定速度オーバーで飛ばして免停になった経験がある。「仕方ないだろ、あの歌でアガんないほうがおかしい」って言い訳してたけど、普段からスピード違反が多かったから、免停になって当然だ。

 「あたしはまだ免許いらないかな。大学出てからでいいや」

 小川の隣にいたゆゆが、ファジーネーブルを飲みながら微笑んでいる。
 ゆゆは現役大学生で、確かフェイリス女学院っていうお嬢様学校の生徒だ。ECHOとの活動と並行しているので一年留年してしまったけれど、今でも熱心に学校に通っている。

 「そいえばさ、ECHOは夏フェス出るんだよね?」

 酒を浴びるほど入れて、卓袱台をひっくり返して、気が付いたら話題はバンドの方に向かっていた。
 甘そうな酒を飲んでいたエミに問われ、そうだよと答えると、「奇遇ね、平ポンも今回初出場」とピースサインを返される。

 「夏フェスって凄いよね。edge、あみゅがる、サブタレ、花筏、全部出るんだもん」

 edgeはたしか三年前から、あみゅーず・がーるやSubterraneanは二年前から、花筏夜想曲は去年から夏フェスに出ていた気がした。ECHOと平ポンは一年遅れだけど、「今日本で勢いのあるロックバンドは?」というと、この六つのバンドの名が上がる。それでも今はロック氷河期、一般的に普段ロックを聞かない人でも知っているバンドといえばedgeくらいしかない。特に平ポンやECHOなんて、ヴィレッジヴァンガードでは豪華に飾り付けられて売り出されているけれど、TSUTAYAに行くとedgeのオマケ程度に添えてあるくらいだ。

 「でもさぁ、ほんとロックンローラーに優しくない国になったよね」
 「そうかな? 平ポンみたいなバンドはちょっと前だと『サブカル』って一言で片付けられちゃうよ。サブカルチャーがメインカルチャーの舞台に出てくるようになってから、正当な評価をされるようになって嬉しいけどね」

 平ポンにとっては嬉しいかもしれないけど、ECHOにだって正当な評価をしていただきたい。そりゃあ、いろいろスキャンダルを起こすバンドだけど、ゆゆや小川はアイドルではないから恋愛禁止というワケでもないし、春島のシャブ漬け疑惑も嘘だ。
 ねぇ? と男子陣に相槌を求めると、三人でいつの間にか注文したシーザーサラダを取り分けて食べ始めていた。仕方が無いからゆゆの方を見ると、エミと二人で自撮りを始めていて、私はひとりでビールを飲み干す。美味しい。

 「二次会するー? カラオケ行かない?」

 こんな時は、「カラオケ」の単語を出せば、元ボーカルの四人とエミはすぐに乗ってくる。あまり知られていない話だが、ECHOを結成する前、四人は別々のバンドにいた。春島はサブカル感満載のインディーズバンドで「平成の戸川純」という異名を持っていたし、最中はドラムの男が不倫騒動を起こして解散したバンド「キャタピラーズ」のボーカルギター担当だったし、小川は弾き語りのミュージシャンとして活動していたし、ゆゆはあみゅがるの二番煎じと言われたガールズバンド、「Selen」のベースボーカル担当だった。

 「カラオケ? 行きたいな」
 「俺もー」

 シーザーサラダを食べている春島の声は弾んでいる。最中や小川も賛成なようだ。ゆゆとエミにも聞いてみると、二人ともいいねー、と言う。やっぱり私はこのバンドのリーダーであり、私の言うことはみんな聞く。
 よーし、そうと決まれば小川の車でカラオケボックスまでフルドライブよ。小川の車は四人乗りだけど、後ろにも積めば八人くらいは入りそうだ。私たちは飲み食いした金を全部「BIG」にツケて店を出る。お金なんて次来た時に払えばいい、どうせ明日も明後日もここに来るんだから。