複雑・ファジー小説
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.11 )
- 日時: 2016/03/09 02:03
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)
- 参照: 香絵子「昔からじゃんけんは弱かったな。ECHOが売れないのも私のせいかな」
【ROCKIN ECHO/春島征一】
10◆合同練習
二日酔いも覚めるほどの顔ぶれだった。右から左まで全部有名人。花筏夜想曲と、あみゅーず・がーるが、僕の目の前にいる。その事実だけでくらくらしてきたってのに、「春島くん、顔色悪いよ。二日酔い?」と穏やかな顔で聞いてくるゆゆちゃんには参ってしまう、呑気なものだ。
「花筏夜想曲さん、ROCKIN ECHOさん、こんにちは。あみゅーず・がーるの矢羽田です」
薄いピンク色の髪を腰まで伸ばした可愛らしい女の人が笑顔で挨拶する。彼女は何回もテレビで見たあみゅがるの矢羽田ももこさんだった。隣には空さんと香美波さんもいる。うわ、空さんやっぱりスタイル良すぎ。僕より身長高いんじゃないか、と思っていると、なにやらそこだけ平安時代にタイムスリップしたかのような格好をしている花筏夜想曲も続いて挨拶をした。
「花筏夜想曲だ。今日は宜しく頼むぞ」
ライブじゃないんだから、と隣で最中が呟く。花筏夜想曲の皆さんはきっちり着込んだ和服で登場した。
メンバーはそれぞれ華やかだったりお淑やかな色の着物を着ている。花筏夜想曲に関してはあまり聞かないタイプの音楽だなという感想を持っていたが、舞台の外でも世界観を確立している、なかなか凄いバンドだと思った。
今挨拶した鼓神楽くんはサラサラな黒髪を後ろでまとめた真面目そうな人で、本能でECHOとはタイプの違う人だと感じる。良い意味で自由で緩いECHOとは違って、彼はきっちりしていそうだ。
「それじゃあ、挨拶はここらにして、まずは各バンドの演奏を聞いてパート練習としましょうか」
主催者ということになっている香絵子さんが、ぱんぱんと手を叩いてみんなの注目を集めた後、広いスタジオに設置されたステージを指さした。もしかして、香絵子さんは他のバンドの生演奏が聞きたかっただけなんじゃないのかと思ってしまうが、もともとこの合同練習は「あみゅーず・がーるの女の子とお近づきになりたい」という僕と最中の下心から生まれたものである、文句は言えない。
香絵子さんはくじ運が恐ろしく悪い。花筏の玲瓏さんが作った、当たりにはケーキ、ハズレには爆弾の絵が書いてあるくじで、一発目で爆弾を引き当ててしまったのである。一回目に演奏するのはECHOに決まった。次いであみゅがる、最後に花筏夜想曲となった。
「ろっきんえこーというバンドについて、妾はあまり詳しくなくてな。演奏を聞くのが楽しみじゃ」
「奇遇ね、弦条さん。私も知らなかったのよ」
楽器を設置している間に、花筏のキーボード弦条凪さんと矢羽田ももこさんが話しているのが聞こえた。ECHO知らないでミュージシャンやってるって正気かよ。その近くで、みんなが座れるようにパイプ椅子を出している空さんを見て、やはりメディアで見る通りの優しい人だと安心する。空さんを手伝うのは、狐のお面をかぶった花筏の女の子。もう一人、花筏の市松人形みたいな女の子が面倒くさそうに壁にもたれかかっている。爆弾くじを作成した玲瓏さんは、あみゅがるの香美波さんと楽しそうに話していた。あれ、あみゅーず・がーると花筏夜想曲って、元から仲良かったんだっけ?
「たしか仲良かったと思うよ、桜ちゃんと香美波ちゃんは元から友人関係だったし、凪さんとももこちゃんも話合いそうだしね」
すでにこのスタジオにいるすべての女性メンバーのラインをゲットしたという小川くんが、キーボードの線を繋ぎながら言う。待て待て、それじゃあECHOだけのけ者、ぼっちじゃないか。そう言おうとして、やめた。ECHOの別名は「学生時代が暗かった人の集まりバンド」だった、他人と仲良く交流なんて諦めた方が良かった。
準備を終えて、譜面台に楽譜の束を置く。今日は何をやるの? と香絵子さんに聞く。
今年中には出す予定の、ECHO2ndアルバムのタイトルは「高4」で、その収録曲でCMにも起用された「千葉」をてっきり披露するものだと思っていた。しかし、香絵子さんが僕らにこっそり耳打ちした内容は、「3rdシングルのB面」。ECHOの3rdシングル、「遊園地」のB面はその名の通り「B面」というタイトルの曲だ。A面の「遊園地」が恋人を連れて遊園地でデートするという、ECHOにしては明るいテーマに対して、B面はそのカップルの女性に恋する哀れな男の、主役になれない事を嘆くバラードで、ファンからの人気は高いが一般受けはまずしないだろうな、という曲。なんでここにきてB面、と言いたくなるが、最中がイントロのギターを弾き始めてしまったので後には引けない。念のため楽譜を全部持ってきてよかった、と思いながら、歌い出しの言葉を音に乗せた。
歌っていると時間はすぐに経つ。あっという間に一曲終えてしまって、アウトロのキラキラした音のキーボードが消える。僕は疲れてため息をついた。
「ほぉ、なかなか見事なものじゃったぞ」
上品に手を叩いているのは、花筏の凪さん。この逆ギレみたいな歌詞と、いつもよりサウンドが刺々しく、キーボードのキラキラした音が悲しさを物語るこの曲が、一般に受けた瞬間だった。
「やっぱり、ECHOは音源より生で見るものだな」
あみゅがるの空さんも感心しているようだ。拍手をもらうと、やっぱり気持ちがいい。
こんなに褒められると、僕まで嬉しくなってくるじゃないか。そう思いながら後ろを向くと香絵子さんも嬉しそうに微笑んでいる。「この曲を選んだこと、失敗じゃなかったでしょ?」と。最近のECHOは正統派ロック寄りになってきていたから、これくらいのインパクトをいつも忘れないようにしなきゃと言って、ボロボロの楽譜に何かを書き込んでいる。さっきはくじ運が悪いなどとボロクソに言ったが、香絵子さんは大したものだ。
(一旦切ります)
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.12 )
- 日時: 2016/02/27 09:02
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Uj9lR0Ik)
- 参照: 征一「メンバーとカラオケに行くと、僕にマイクが回ってこないんだよね。僕、ボーカルなのに」
◆
「それじゃあ聞いてください、あみゅーず・がーるで、『恋するスイーツ☆パニック』!」
ピンクのおもちゃみたいなギターを持ったももこさんが紹介した曲は、とてもロックバンドの曲名には思えない。中学の頃の国語や英語が2だった僕は、この曲が恋しているのかパニックなのか、どっちなのかが分からなくて、それが気になって仕方が無い。しかし一旦曲が始まってしまうと、おもちゃ箱のようなメロディや、やたら上手なリズム隊、ももこさんの可愛い声にすべてがどうでもよくなった。あみゅーず・がーる、めちゃくちゃ可愛いな。
完璧に合いの手を入れる香絵子さんと最中に若干引きながら、(花筏夜想曲の神楽くんと神無さんも引いてた)空さんはやっぱりかっこいいなぁ、なんて思っていたら、やっぱりすぐに曲は終わってしまった。ううん、悪くは無いんだけど、ももこさんの他にもう一人ギターを雇うか、それかキーボードを入れたら、もっと音に厚みが出てかっこよくなると思うな。リズム隊にももこさんが押されてしまっている気がして。香絵子さんや最中は生であみゅがるの演奏が聞けたのが相当嬉しかったみたいで、涙すら浮かべながら壇上のメンバーと握手していた。
「そんなに喜んでくれると、ウチも嬉しいわ」と笑顔を浮かべている香美波さんを見ていると、あみゅーず・がーるは立派なアイドルだな、と僕は感嘆してしまう。
「次は俺達か。楽譜は全員分持ってきたぞ、何をやろうか」
「......黒嵐。楽だから......」
市松人形みたいな花筏の女の子が、(神無さんというらしい)珍しく意見を提供した。
中学の頃の国語や英語の成績が2だった僕は、「黒嵐」の意味がわからない。せいぜい黒い嵐をブラックストームと訳すのが精一杯で、アクモンのブライアンストームかよ! と自分に自分でツッコミを入れているうちに、準備は終わりそうになっていた。
隣に座っていた最中が、ちょんちょんと僕の肩を叩く。「あの狐のお面かぶってる人って、マンウィズアミッションとかリスペクトしてるの?」なんて小声で耳打ちするから、思わず吹き出してしまった。バツが悪そうに僕を見る香絵子さんと、ちょっと黙って聞いてなさいよねと注意するゆゆちゃんと、キーボードを設置している凪さんを見て、あれはFはあるな、なんて喋っている小川くん。やっぱりECHOは自由すぎてダメだ。僕は何も悪くないのに怒られてしまった。
「ほら、始まるよ」
流れ出した優雅なメロディーで、騒いでいたECHOは一瞬で静かになった。和楽器のゆったりとしたメロディーがロック調に変わっていく。歌い出したボーカルの鼓くんは、ロックに合うような高めの声をしていて、聞いていて心地がいい。和楽器とロックって、意外と相性がいいのだ。各メンバーの演奏技術も申し分ない。これは確かに流行るな、と確信した。
曲が終わっても呆然としていると、香絵子さんが「いやー、やっぱ上手いですね!」と拍手しながらステージに駆け寄る。これくらい当たり前だ、なんて顔をしている花筏のメンバーからしてみると、ECHOの演奏もあみゅがるの演奏も粗末なものにしか聞こえなかったのだろうかと思うと憂鬱になるな。
各パートごとの練習に入る前に、香絵子さんが腹が減った、チキンクリスプが食べたいと言い出した。俗世の食べ物に興味がなさそうな凪さんは違う店がいいと言い、あみゅがるの三人はスイーツ食べ放題がいいと意見が分かれたので、また玲瓏さんが作成したくじで決めた結果、「各自好きな店に行って、一時間後に帰ってこい」ということになった。女子達を誘う小川くんや、スイーツ食べ放題に目がくらんでいるゆゆちゃんや香絵子さんを差し置いて、僕は最中と近くの牛丼屋に出かけた。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.13 )
- 日時: 2016/02/28 09:14
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: xV3zxjLd)
- 参照: 次郎「大学に未練はないぜ。その事で揉めた両親とはまだ和解してないけどな」
【花筏夜想曲/鼓神楽】
11◆合同練習(2)
凪と神無と三人で近くの和食料理店で早めの昼食をとってスタジオに戻ると、もうほとんどのメンバーが集まっていた。ECHOは食後の一服、という感じで窓を開けてタバコをふかしていて、あみゅーず・がーるの三人は少し離れたところで楽しそうに喋っている。あみゅがるのメンバーの神宮寺が「あら、おかえりなさい」と俺たちに微笑んでいて、返答に困っていると、凪が彼女に軽く挨拶を返してくれた。その様子を見ていたECHOの最中が言う。
「はぁ、俺も春島なんかに付いてかないで花筏夜想曲と飯食べたら良かったぜ。いいもの食ってきたんだろ?」
「左様じゃ! 今日の昼食は、ミシュラン一つ星の和風料理店『竜夜』での。美味じゃったぞ」
ドラゴンナイト...? と頭の上にハテナマークを浮かべている、ECHOの春島。きっと今彼の頭の中では、月の光と星の空と火の鳥が友達のように踊っていることだろう。この春島という奴は英語系の学校を出ているか、もしくは帰国子女なのだろうか。さっきから俺達の音楽や言葉をことごとく英訳してくる。花筏夜想曲は和に重きを置いたバンドなので、できれば外国の言葉に変換せず、日本の言葉で聞いて欲しい。
「あ、みんな集まったー? スタジオいっぱい借りといたから、ここからは各パートで練習ってことにしまーす! それぞれ他バンドのいいとこをたくさん吸収してくださーい! 解散!」
どこから持ってきたかわからない、黄色のメガホンで叫ぶのは、ECHOの清藤だった。彼女はこのバンドのリーダーらしく、ボーカルの春島を置いて前に出てくることが多い。しかし、合同練習ってこんな軽いノリで良いものなのだろうか。てっきり俺は講師でも呼んで、セミナーみたいなことをすると思っていた。
ノリと適当でここまでやってきた、みたいな感じのECHOを見ていると、俺達のバンドのメンバーはいかにしっかりしているかがわかる。俺が今までやってきたことは、何もかも、寸分狂わず間違っていない。そういう事を自覚できるという点で、彼らはとてもいい反面教師だなと思った。
女子三人でワイワイしているドラムパートとベースパート、話が弾んでいそうなキーボードはすぐに用意されたスタジオへ向かった。次いでギターも別室へ移動する。ホワイトボードに書かれた「練習スタジオ」によると、俺達に割り当てられたスタジオは、最初に集合したこの場所らしい。一番広いところだ、と軽い優越感に浸っていると、あみゅがるの矢羽田が突然こんなことを言い出した。
「こういうとき、一番先にすることがなくなるのがボーカルパートなのよ。楽器には基本練習とかスケールがあるけど、歌い方なんてそれぞれみんな違うでしょ」
「だからといって、練習をしないわけにはいかないだろ?」
俺は持ってきた歌い方指南の教本をリュックから出した。これはとてもためになる本で、バンドのコーラスの桜にも貸したら見違えるように上手くなったから、ぜひ他バンドも活用して欲しいと思ったのだ。
「花筏夜想曲ってコーラスいたっけ? いいわね、豪華で。あみゅがるは随時新メンバー募集してるけど、プロデューサーが全部落とすのよ」
「いや、花筏にコーラスパートはない。ギターの桜がコーラスも担当してるんだ」
ふーん、弾きながら歌うのって結構難しいのよと矢羽田は言う。
女性は苦手だ。特に、このようなキャピキャピした、学校で言うとクラスの上位カーストに居そうな女は特にだ。どこを見て話せばいいかわからなくなる。矢羽田はしっかりこっちを見て話すから、余計にどうしていいかわからなくなった。
「あの子って京都の生まれ? あみゅーずの香美波さんとはまた違う方言話すけど。ギターの他に和楽器とかも弾けるの凄いよね」
大人しくしていたECHOの春島が助け舟を出すように聞いてきた。彼の言うとおり、桜は京都の名門の生まれで、幼い頃から三味線や琴を習っていたらしい。ギターの腕前もかなりのものだ。桜は花筏の自慢のギターパートだ、と俺は思っているし、公言してきている。
「ああいうシンプルに上手いギターもいいけど、平ポンの霞ちゃんのギターも味があっていいと思わない? 初期の頃はあのエグいベースに音負けてたけど、最近じゃあ独特の魅力が出てきてさ、僕好きなんだよ」
春島は俺の持ってきた教本片手にそんなことを話した。平成ポンデライオンといえば、凪がよく聴いているバンドだ。音や歌詞、世界観が面白いと言って、前はCDを借りてきていたから、俺も何度か聞いたことがあった。
素人には分からない良さだという感想を持ったことは覚えているが、ギターがどうとか、ベースの音だとかには気を配ったことがなかった。俺自身がボーカルだから、ボーカルしか聞いていなかったのかもしれない。これが職業病というやつなのだろうか。
同じく矢羽田もぽかんとしている。「春島くんって結構マニアックなんだね」と言って、愛想笑いのような曖昧な笑顔を浮かべていた。すると春島は途端に焦り始めて、とっさに考えたような言葉をしゃべり出した。
「う、ううん? 普通の音楽も聴くよ。ドライブとか行く時は、もちろんSubterranean流すよ」
「なんでSubterranean限定なんだよ」
矢羽田にマニアックなんだね、と言われたことがショックだったのか、春島は慌てて言葉を取り繕い始めた。彼も女性に免疫のないタイプと見た。かといって、こんなにわかりやすい奴に親近感はわかない。俺は教本を捲りながら、発声練習のやり方、の欄を探す。
「Subterranean、私好きよ! 中学生の時、サカナクションとか聞いてたからかな。ああいうお洒落なサウンドのバンドも良いのよね」
「......だよね、いいよね、Subterranean! メンバーも可愛いし、最高だよね」
ぎこちなく微笑む春島と、嬉しそうに語る矢羽田。それだけならまだいいけれど、「鼓くんは普段どんな歌聞くの?」と俺にまで話を回してくるのはやめてほしかった。普段なら、そんなこと喋ってる暇があるなら練習をしろと一喝してやるところだが、よく考えるとこの二人は花筏夜想曲のメンバーではない。無理に練習に付き合わせる必要は無いのだ。ええと、よく聞く音楽か、と思い返してみて、
「よく聴くというか、目標にしてるのはやっぱりedgeだな。いつか同じ舞台に立てたら良いと思っている」
「やっぱedgeはかっこいいもんねー! 私も好き、歌うまいし!」
模範解答のようなことを口に出してみる。実際、edgeはそれなりに聴くものの、一番聴くと言ったら自分たちの曲なのだ。過去の曲を聴いて、足りない部分を探し、改善していくことに毎日努めている。ECHOはほとんど自分たちの楽曲を聞かないらしいので、それもまた驚いた。春島によると「好きな歌が多すぎて、自分らの歌なんか聞いてる暇ないんだよね」らしい。彼らは一度作り上げたものに関しては放置主義なのだ。あみゅーず・がーるは言わずもがな、他人の作った曲を歌っているから曲作りのことについては詳しくない。また、他のバンドより花筏夜想曲が優れていることを実感してしまった。合同練習も、悪くないものだ。
「あのedgeのボーカルは本当に上手いな。俺も見習わなければ」
「そうそう、ほんと。ECHOなんてみんなボーカルできるからさ、僕の立場ないんだって。特にゆゆちゃんは荻野目洋子みたいな歌声しててほんとに上手いんだよ。僕がもしECHOからはぐれたら花筏に入れてよ」
「......残念だが、人手は足りている。あみゅーず・がーるに入れてもらってくれ」
「あみゅがるもルックス審査厳しいし、そもそもガールズバンドなんだから男が来たら即突っぱねるわよ。それに今プロデューサーが、Subterraneanから葵ちゃんをキーボードとして引き抜こうとしてるの。二人もいらないでしょ」
えー、みんな冷たいなぁと春島は笑う。俺はファンに「女装が似合いそう」と言われる程度には、細めの体型をしていると自分では思っているけれど、春島はたぶん俺より身長が低いし体も丈夫そうには思えない。顔立ちも割と中性的な部類だから、本気で頑張ればあみゅーず・がーるは無理でも他の緩いガールズバンドには入れてもらえそうだぞ、と適当なことを思ってみる。
「......あ、そうだ。よかったら連絡先教えてくれない? さっきの演奏、二バンドとも良かったし。今度対バンしよ」
話題も尽きてきた頃だった。しばらくは三人でバンドのことについて話していたが、次第に話すこともなくなってきて、矢羽田はコンビニへ出かけた。残った春島と「ライブのMCは難しいから、正直人に任せたい」という話をしていたら、想像以上に時間が経っていたらしい。いつの間に帰ってきたのか、スマホを持った矢羽田がいたので驚いてしまった。
「ももこさん、対バンなんてそんな軽く決めていいの? ECHOってライブじゃあステージからコンドームばら撒くバンドだよ」
至極真面目な表情で春島は言うので、飲んでいたペットボトルの水が喉に引っかかってむせそうになった。こいつは女性に免疫があるのかないのかさっぱり分からない。「ふーん、じゃあ対バンのときはやめてねって香絵子ちゃんに言っといて」で流してしまう矢羽田もおかしい。やっぱり俺は、他のバンドよりも花筏の方が身にあっている。
早く帰りたいと思った瞬間に、別のスタジオからドラムパートが帰ってきて、「もう終わりの時間かな? これからドラムはみんなでご飯行くから梅ちゃん借りてくねー」と主催者の清藤がまた黄色いメガホンで叫ぶ。
その後簡単な挨拶をして、俺達は解散になった。今回の練習で何があったか、あとで凪たちにも聞いてみよう。俺にほとんど収穫がなかった分、他のメンバーたちは何かを持って帰ってこられていればいいなと思いながら、凪が呼んだタクシーに乗った。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.14 )
- 日時: 2016/02/29 07:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: XnbZDj7O)
- 参照: ゆゆ「料理は好きでよくお菓子とか作るの、メンバーにあげたりは絶対しないけど」
【平成ポンデライオン/野田原エミ】
12◆昼下がり
「ああもう、なんでわかんないかな......! 使ったものは片付けてって言ってるでしょ! エミ、マスキングテープ床に置きっぱなしにしないで! 一嶺はどこいったの?」
「相変わらず騒がしい女だ。こっちがようやく曲作りする気になったってのに」
昼下がり、スタジオ。平成ポンデライオン。私は床に置きっぱなしにしていたマスキングテープを拾いながら、些細な言い合いをしている霞と高橋くんを見ていた。
空気には色があると思う。家族がいる暖かい実家はオレンジ。朝のホームルームが始まる前の教室はライトブルー。今このスタジオは淀んだ色だ。でも霞と高橋くんは、すぐに仲直りする。二人とも私が思っている以上に大人なのだから。霞は高橋くんを尊敬しているし、高橋くんも音楽に対して真摯な霞のことはわかっているだろう。無関係を装って、私はコンビニで買った文学誌を広げた。これはECHOのハルシィのエッセイが載ってるって聞いたから、すぐに買っちゃったもので。
多分これは、高橋くんは好まないだろう。彼は伊藤計劃や小野不由美が好きだ。手軽に読める歌詞みたいな、短歌や俳句が好きな私とは違って、彼は設定が練られた本格的なSFを好む。だから、これはあとで朝縹くんに見せてあげよう。私の勧めたものを熱心に読んで、丁寧に感想まで伝えてくれる彼は、勧める側にとって、とても嬉しい存在だった。
口喧嘩は終わったものの、スタジオには張り詰めた空気が漂っている。エミたちがだらしないからダメなんでしょ、と不満そうな霞と、黙って曲作りに戻る高橋くん。どちらともこれ以上怒らせると面倒なことになるなと思って、私は文学誌に視線を落とす。
「あれ、俺ちゃんの煙草隠したの誰〜?」
緊張感なんてあったものじゃない。間延びした声がスタジオに響いて、私は思わず文学誌から顔を上げて振り向いてしまう。さっき霞が買ってきた、お菓子の詰め合わせのラッピングのリボンで長い髪をまとめている瀬佐くんがやってきた。
「あぁ、ごめん。私よ」
彼は一日二箱くらい吸っている気がする。同じボーカルパートとして、喉にはお互い気を使っていかなくてはならない。しかし、ヘビースモーカーの瀬佐くんは煙草をやめるのをとても嫌がる。だからたまに隠してみたりするのだけど、全然効果はなくて。
「ECHO」という銘柄の安い煙草を彼に手渡した。午前中はレコーディングを頑張ったから、今日だけはいいかと思いながら。......あ、ECHOで思い出した。
「ねぇ、みんな!」
「なに?」
三人分くらいの「なに〜?」が一気に聞こえてくる。ランニングに出かけていた朝縹くんもちょうど今帰ってきた。
「えーっとね、ECHO主催のロックフェスに呼ばれてるんですけど、どうします?」
立ち上がって、文学誌をまた床に置いて、私はみんなを見渡す。平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。朝縹くんと霞にテレビ番組の大食いグランプリからオファーが来た時も、あみゅーず・がーるのプロデューサーさんが霞をスカウトしに来た時も、こうしてきた。みんな無関心そうに見えても、バンドの為にちゃんと話し合ってくれるから、私はこの時間を大切にしている。
「ROCKIN ECHO? あのポップバンドか?」
高橋くんは言う。霞も、「なんかあの人たち、かなりスキャンダラスなバンドだけど大丈夫なの?」と続く。瀬佐くんと朝縹くんは、基本的にほかのメンバーの意見を尊重する人たちだから、うん、とかそうだね、とか、みんなの言葉に相槌を打っている。
ECHOとの出会いは、去年青森であったフェスの「冬の魔物」まで遡る。日本のサブカルチャーにおいて最大手のフェスで、サブカルバンド枠で呼ばれた平ポンやECHOは真冬の青森に出向いた。その時私はECHOのみんなと意気投合して、遊びに行くことが多くなった訳だけど、他のメンバーはECHOと聞いても、いまいちピンと来ないだろう。
社交性がずば抜けているドラムの香絵子ちゃん、元ピアニストで、桜田みゆきと同じ舞台に立ったことのある小川くん、不器用だけど一番ロックをわかってる、歌ってない時は可愛いボーカルのハルシィ、男性にも引けを取らない激しいベースラインを弾くゆゆちゃん、メロディアスなソロがかっこいい最中くんと、ECHOはしっかりした実力派バンドだ。見た目やスキャンダルにばかり気を取られている人が多すぎるだけで、本当はとてもいい人たちなのに。平ポンとも馬が合うだろう。
「私はいいと思ったんだけど、みんなはどう?」
「僕はさんせー! 楽しそうだし、ためになるかもしれないし!」
元気よく右手を上げて、無邪気な笑顔を浮かべている朝縹くん。彼は私より30センチ以上背が高くて、いつも見上げないと目線が合わないけれど、すごく楽しそうに笑うから私は首が疲れてでも彼の笑顔が見たいと思っている。
平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。でも大抵の場合、みんな「好きにしろ」って言ってくるから私が決めることになっている。香絵子ちゃんに連絡を入れようと緑色のスマホを取り出した。返事はもちろん、イエスだった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.16 )
- 日時: 2016/03/01 23:10
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
- 参照: 徹明「私服はZARAで買ってるよ。服には結構金使っちゃうんだよね」
【Subterranean/結城葵】
13◆彼女
「葵ちゃん、次はどこ行こっか? お金なんて気にしないで、全部僕が払うから!」
「ばーか春島てめえ、葵ちゃんはまだパフェ食べてるだろ? ちったぁ待ってろよ早漏!」
「午後は俺とドライブに行こうか。こんな奴らなんて神保町駅に放り出してさ」
昼下がり、ファミレス。超絶美少女葵ちゃんの隣には二人、手前の座席に一人男子がいる。彼らはROCKIN ECHOというバンドの男性メンバーで、この前テレビ番組の「Rock Music Japan」、通称RMJで共演した。
前からスキャンダラスで面白いバンドだと思ってたから、キーボードの小川くんにライン聞かれた時はすぐに教えちゃった。ECHOって今ちょっと流行ってきてるし、ちょっとは良いお財布になってくれるかなと思って。そしたらこの人たち、予想以上にちょろくて、今日も「ご飯食べに行きませんか?」って誘っただけなのに朝からいろんなお店連れていってくれて、もちろん全額奢り。うーん、やっぱりバンドマンってバカで最高。隣の席にセシルマグビーとリズリサの大きな袋があるけど、これ全部買ってもらっちゃった。明日アリスちゃんにも報告しなきゃ。今度はアリスちゃんと、御影ちゃんを連れてきて、六人でトリプルお財布デートね。
「ねえねえ、葵ちゃん今度はマルキュー行きたいなぁ」
「了解!」
三人の声が揃う。ちょろいなぁ。なんか、可哀想になっちゃうほど。
ボーカルの春島征一くんは、亜麻色の肩につくかつかないかくらいの癖っ毛をずっと弄っている。視線も安定しないし、服装も「前日にHAREでちょっと買い足してきました!」って感じの、背伸びした高校生男子みたい。ライブではあんなに叫ぶし、歌って踊って飛び跳ねるのに、プライベートで会うとただの照れた笑顔が可愛い大学生って感じ。いっそのこと舞台の外でもあの気違いみたいなノリを貫いてくれたら、葵ちゃん的にもっとポイント高かったのに。なんかもったいないや。
ギターの最中次郎くんは、バンドマンにありがちなマッシュヘアーに、鋭い三白眼を持っている。ガラス窓やショーウィンドウを見る度に前髪を直すから、春島くん同様かなり緊張してるのが見て取れる。服装は一言で言うとバンドマンって感じで、パーカーの中に着てるのは多分ニルヴァーナかなんかのTシャツ。街角インタビューで彼の写真を見せて、「この人の職業なんだと思う?」って聞いて回れば、きっと100人中100人が「バンドマン」って答えるよ。
キーボードの小川徹明くん、彼が一番マシかな。さらっさらのプラチナブロンドの髪は綺麗に整えられてるし、顔立ちも整っているし、優しそうな雰囲気がある。服装も清潔そうなワイシャツに高そうなジャケットだし、多分一番お金持ってそう。車を持ってる、大学を出る予定、ピアノが弾ける、と彼氏にする条件を充分持ってるから調子に乗って、タレントやモデルに沢山手を出してるらしくて、週刊誌に定期的に載っているけど、なんかその気持ちちょっとわかるなぁ。
「俺が払っておくから、先に店出てなよ」
小川くんが優しげに微笑んでいる。その後ろでは会計レジで、買った荷物を床に置かないように頑張って持っている春島くんと、財布を取り出して小銭を探している最中くんがいた。お言葉に甘えて、葵ちゃん先に外に行ってまーす。
◆
一番高くて可愛い洋服が売っているフロアで、白のスカートを翻す。試着室から出てきた可愛い可愛い葵ちゃんを見て、三人ともすっかり目がハートになってるから面白い。これ全部買いまーすと店員さんに言うと、若くてお洒落な店員さんは嬉しそうに微笑んだ。ちらりと見えたワンピースのタグには、4万5000円って書いてある。ちょっと高いかな? ECHOは稼いでるし、可愛い葵ちゃんのためならこれくらい笑顔で出してくれるよね?
「似合ってるよ、葵ちゃん! 世界一可愛いよ!」
「やっぱり可愛いなぁ、うちのバンドの女性陣なんて目じゃないぜ」
「白もいいけど、いつもライブで着てるようなゴスロリも見たいなぁ。これ着てみない?」
わかりやすくハートマークを飛ばしてくる三人を見て、安心する。この反応なら買ってくれるよねー。鏡に写った葵ちゃんは、三人が言う通りとってもとっても可愛い。ーー間違っても、男には見えない。
「葵ちゃん、次はあっちのお店がいいなぁー!」
高級ブランドのお店を指さして、必殺のスマイルをお見舞いする。こんなにちょろい男はなかなか居ない。まだまだ貢いでもらうからね。
マルキューを出て、山手線に乗って(可愛い上に有名人の葵ちゃんは、もちろん注目を浴びたし何回もサインしてあげた)、日も暮れてきたしちょっと疲れたから、最後は小さな公園で休憩することになった。噴水があって、天井付きのベンチがあって、ちゃんとデートしてる恋人達が何人か居たけれど、気にせずに空いている大きなベンチに座る。10個以上ある大きな紙袋を持って歩いてくる三人に手を振った。
琴也くんにLINEしとかなきゃ。千葉ニュータウン中央駅前まで迎えに来てって。さすがに一人じゃあこんな多荷物持てないからね。彼車持ってるし、かなり便利なんだよね。
「そういえば、葵ちゃん」
「ん? どうしたの?」
未だに話しかける度に緊張していそうな春島くんに、返事をする。できるだけ優しげに、気立てよく接してあげるとこういうタイプはすぐ落ちる。
「俺達の中から一人選んで付き合ってくれるって話だったけど、誰にする?」
普段より0.5割増しくらいでカッコつけている最中くんを見て、はっとした。そんな約束したっけ? いや絶対してない。思い返してみると、一つだけ思い当たる節があった。昨日通話した時に寝ぼけてたから、その時、もしかしたら、そんな約束をしちゃったんじゃないか。
「誰にする? もちろん俺だよね?」
ニコニコしている小川くんが今は怖い。どうしよう、葵ちゃんバンドマンと付き合うなんて絶対嫌なんだけど。なんか自分に酔ってそうだし、将来性ないし......。どうしよう、逃げだそうにも、買ってもらった服を放置したままにするのはもったいない。三人は期待の眼差しでこっちを見ている。葵ちゃんそんな約束してないって今更言ったらどうなるだろう?
ああ、あんな寝落ち寸前みたいな状況で通話しなきゃ良かった。なんて思っていた、その時。
「葵ー! 迎えに来たぞー」
いつも啓発書ばっか貸してくる意識高い系の極みみたいな人だけど、今は後光が指した救世主に見えた。Subterraneanのメンバー、琴也くんが沢山の紙袋を持って立っている。隣には御影ちゃんもくっついていて、救われたと思って安堵する。
「三人ともごめんねっ? 葵ちゃん、あの人が彼氏なの! でも今日は楽しかったからまた遊んで欲しいなぁ、じゃあね〜!」
急いで車に飛び乗る。三人は驚いていたのか怒っていたのか分かんないけど、たぶんこの後に及んでも可愛い葵ちゃんに見とれてる。助手席に紙袋をたくさん積んで、隣に御影ちゃんを乗せて、琴也くんの運転する車は動き出した。千葉ニュータウン中央駅前に三人を残して、車はSubterranean共同スタジオへと走り出す。
「葵ちゃん、またいっぱい洋服買ったの?」
お人形のような御影ちゃんが、助手席の紙袋を見て言う。ちらりと見えたワンピースのタグには、5万7000円って書いてある。
あの調子なら、ちょっと言い訳すればまた引っ掛けられそうだ。御影ちゃんとアリスちゃんも連れていけば尚更ね。営業スマイルではない本心の笑顔を浮かべて、御影ちゃんに言う。
「今度は御影ちゃんも一緒に行こ。アリスちゃんも連れてさ」
よくわかっていなさそうな御影ちゃんが頷く。ECHO、本当にいいバンドだからもっと売れればいいのになぁ。そう言うと、大体を察した琴也くんにため息をつかれた。街の中心部を出た車は、スタジオに向かって進んでいく。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.17 )
- 日時: 2016/03/02 22:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
- 参照: 縁「edgeだからって敬遠することないのにさ、本当の友達がずいぶん減った気がするよ」
【ROCKIN ECHO/最中次郎】
14◆ともだち(1)
ロック氷河期のこの時代だ。新しくロックンローラーになる奴より、ロックに失望して辞めていく奴の方が多い。俺が去年までバイトしていたセブンイレブンの、同僚の仲西っていう奴もバンドマンだったが、今年の四月に解散してしまったと聞いた。
思考停止した若者はedgeを崇拝し、ちょっと頭のいい奴らは洋楽に流れ、それ以外の人間が少しだけ聴くくらいのレベルになってしまった現代のロック業界で、生き残るのは難しい。逆に言うと、edgeってどんだけすげぇんだよ。そんな気持ちを押し込めるように、缶コーヒーを開けて飲み干した。
「難しいんだよなぁ、ロックで食べてくのは」
「私たち、食べるためにロックしてるわけじゃないじゃん」
市ノ葉はギター仲間だった。青森であったロックフェス、「冬の魔物」で共演して以来、空いた時間に飯を食いに行くような間柄が続いている。たまにライブハウスで会った時はedgeのギターを真似て遊んだり、互いがテレビに出演した時は感想をラインで送りあったりしていた。さっぱりした性格で飾り気がない市ノ葉は話していて楽だ。あみゅーず・がーるとか、サブタレとか、花筏の女子に比べると断然話しやすい。
コーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨てたが、狙いが外れて床に落ちた。市ノ葉は「なにやってんの?」と呆れたように言いながらも、転がってきた缶をちゃんとゴミ箱に入れた。意外と真面目な奴なのだ。
夕方の公園のベンチに座る。ECHOも平ポンもこれからが一日の始まりだ。これからECHOは新曲のレコーディングがあるし、市ノ葉はラジオの収録がある。平ポンの中でも、エミちゃんと市ノ葉はメディア露出が多いほうだ。特に市ノ葉は、ギターの腕が壊滅的なももこさんをカバーするためにと、あのあみゅーず・がーるからスカウトが来たことがある。「ギタリストの女子」で、「ちょっと有名」ということで市ノ葉が選ばれたのだろう。こいつは顔立ちこそ整っているが、私服はパーカーに短パンだし、アイドルって感じでもない。あみゅがるのスカウトさんは誰でもいいんだなあといった感じが伺える。
「あんた、今失礼なこと考えなかった?」
「いーや、別に」
感が鋭いな、と思いながら視線を逸らした。気も逸らすために、edgeのファーストアルバムの曲なんか歌い始めてみる。タバコに火を付けて煙を吐く。
「edgeか。なーんか知ってる歌だと思った」
「まあな」
夕方の空に登っていく煙を見ながら言葉を交わした。平ポンもECHOも知名度的には同じくらいだから、話が合う。週刊誌に載っていた「バンドマンが選ぶ、今一番殺したいバンドマンランキング」上位陣の話でも心置きなく盛り上がれる。実はぶっ殺してえんだよな小川。
「......でも、やっぱりedgeは凄い。やってる事が全部新しいんだもん。あれが革新者ってヤツだと思う」
真剣な目をして言う、市ノ葉の言う通りだった。時代を引っ張っていくのはいつもあんな奴らだ。わかっている。初めてニルヴァーナを聴いた時のような衝撃があいつらにはある。
今このedge一強時代、バイトせずに食っていけるバンドマンなんて、一割も居ないんじゃないだろうか。俺だって去年までそこのセブンでバイトしてたし、春島はパチ屋で働いてたし、平ポンのエミちゃんもバンドの収入の他に本を出したりして稼いでるからな。
しかし市ノ葉は、この状況に頭を落とすことはない。気楽そうに言葉を続けた。
「たださぁ、今この中堅どころっていうの? そんなポジション、けっこう好きなんだよね。メンバーとの関係も良いしさ。平ポンって、一位に躍り出るようなバンドでもないし」
それはECHOもだ。ECHOと平ポンは、立ち位置ややりたい事が似ている。メンバーの緩い感じもECHO程ではないがある。好きなことだけをして売ってきたECHOと平ポンは、切っても切れないような関係だった。だからこれからもお互い、こんな緩い感じでやっていけたら良い。平ポンが爆発的に売れたら俺はアンチに寝返るからな、と言おうとしたけれど、それはやめておいた。代わりにこんな一方的な約束をする。
「絶対売れるなよ」
「なにそれ」
夕暮れ時。適当に挨拶を交わして別れた。レコーディングの予定時間まであと三十分しかないが、どうせECHOのことだから三人くらいは遅れてくる。駅の方へ歩き出した。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.18 )
- 日時: 2016/03/06 10:42
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: w4lZuq26)
- 参照: 武明「子供に音楽をやらせようって気はあんまりないね。みゆきはすっかりその気なんだけどさ」
【ROCKIN ECHO/清藤香絵子】
15◆事故
「みんな! いきなり集めたりしてごめん。今事故があって......!」
夜中の公園に集まったECHOの三人の目は怒りと不快感に満ちていた。約一名、出来上がった奴がいるけどそれは気にしないで話を続ける。
「なんだよ、こんな時間に呼ぶなよな! 俺は毎日八時間睡眠取らなきゃ次の日機嫌が悪いんだよ!」
「睡眠不足はお肌の大敵なのよ......? 香絵子も女なんだからちょっとはわかるでしょ......」
「かえこさーん、僕だけ遅れてごめんー。埼京線で吐いちゃってさ。たはー」
スウェットのままの最中、目を擦っているゆゆ、替えを貰ったのか、見たことのないユニクロっぽい服を着てる春島。この状態では明らかに話になりそうにないけど、私は伝えなくてはならないことがある。
「小川徹明、酒気帯び運転で逮捕されました......」
◆
タクシーで向かった先は、小川が飲んでいた店。住宅街の近くにある隠れ家的な店だった。平ポンの瀬佐くんと一緒に飲んでいたらしく、彼から一件だけラインが入っていた。「小川ちゃん逮捕なう!」いや逮捕なう! じゃねえよ! と思いながら、彼が待っているという場所を探す。
「あ、いたいた! 瀬佐くん!」
「やっほ〜! ECHOさんこんばんは! はじめましてだったよね?」
ゆゆはまだ眠そうにしている。最中は少しずつ目が冴えてきたのか、小川が人身事故、と今更驚いている。論外な春島は、平ポンの瀬佐さんサインください、と勝手にはしゃいでいる。
雑誌の付録のような粗末なゴムで、長い髪をまとめたラフな格好の瀬佐さんは、私たちに事件の全貌を説明してくれた。
「小川ちゃんも、ばかだよね! 俺ちゃんやめとけって言ったのに、車で帰ろうとしてさ。スピード違反で捕まって、アルコール見つかったからって今、パトカー乗っていっちゃった」
あーあ、小川くん前科持ち。ゆゆが吐き捨てる。
小川はもともとハメを外すほど飲むタイプではなく、飲み潰れたECHOの他メンバーを各家まで送ってくれることもあったのだが、今回は瀬佐くんが全て奢ってくれたらしい。それでタガが外れて飲みすぎたのか......と私は瀬佐くんを見た。彼は誰もいない、街頭だけがぼんやり光る夜中の道路をふらふら歩いている。
「小川ちゃん、まーた週刊センテンススプリングに載るんじゃないのー。お騒がせバンドマン、俺ちゃんは嫌いじゃないよーん」
「俺ちゃんは嫌いじゃなくても、バンド全体の経営には問題ありまくりなんだって!」
瀬佐くんも酔っているのかと思ったけれど、よく考えると彼はこれが平常運転だ。私はため息をつく。これから私たちも警察署行かなきゃ。今しがた調べた結果によると、酒気帯び運転は罰金50万円以下らしい。小川はスピード違反こそしたものの、事故を起こしたわけではないから、もう少しは安くなりそうだけど。あーあ、せっかくECHOとして稼いだ分がパーだよ。誰もいない夜中の歩道はやけに気味が悪い。いつも馬鹿みたいに騒がしい最中が黙ってるからなのか、ゆゆがいつになくだるそうにしているからなのか。
「半分だとしても、25万か......」
小川のバカ。そんな大金ぽんと出せるわけない。ただでさえECHOはギリギリで経営しているのに。今のご時世、ロックで満足にご飯が食べれるのはedgeくらいではないだろうか。もしかしたら、明日からまたみんなでバイト始めなきゃいけないのかと思うと、頭が痛くなりそうだ。
「小川が人轢いたってマジかよ!」と若干情報が違う最中、キャバは嫌だからねと嘆くゆゆ、僕はロックスターだから何百万でも出すさと呂律の回っていない春島を無視して私は瀬佐くんに話しかける。
「何円くらいになりそう?」
「さーね? ひとつ言えるのは、立派な犯罪で前科になるってこと。免許は確実になくなるねー。よくて10万くらいじゃない?」
「そんな......」
もっと楽観的な答えを予想していたのに、瀬佐くんはわりと現実的だ。俺ちゃんも酒大好きだけど、ルールや節操はちゃんと守るからね〜。変に伸びた脳天気な声がすり抜けていく。
どうしていいかわからなくなっていた時、ぽん、と肩を叩かれた。
「だから、今回は授業料だと思いなよ! 俺ちゃんがちょっとだけ出しておくから、とりあえずその後ろのヤバそうな三人は帰りな?」
ひらひらと手を振られる。これから第二千六百二十五回目のECHO会議を行って、一人あたりの負担額を話し合う予定だったのに。驚いて瀬佐くんを見上げると、彼はへらへらと笑顔を浮かべていた。
「授業料って......!」
「小川ちゃんと飲むのは楽しかったからねー! これくらい出してあげるよ」
瀬佐くんはポケットからよれた財布を取り出した。それはびっくりするほど厚みがあって、罰金ならすぐに払えてしまいそう。念のため私も警察署についていくと言い張ったが、「一緒にいたのは俺ちゃんだし!」と瀬佐くんは、少し先の警察署に向かって歩き始めてしまった。追いかけようにしても、この状態の三人を置いてはいけない。
瀬佐くんの姿が見えなくなるまで呆然としていたけれど、やっと我に返った私はまたタクシーを呼んだ。すでに立ったまま寝そうな三人を後ろに乗せて、私が助手席に乗る。しばらく夜中の道路を走っているとピコンと携帯が鳴った。瀬佐くんから、「18万円無事に支払ったなう!」との着信。いや支払ったなう! じゃねえよ! と思いながら、私は今度会った時のお礼を考え始めた。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.19 )
- 日時: 2016/03/09 01:31
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)
- 参照: 瞬平「飼育員も楽しかったけど、昔から大好きだった音楽に没頭してる今が一番楽しいかな」
【平成ポンデライオン/朝縹一嶺】
16◆港町
ラジオの企画でエミちゃんの一人旅に付き合うことになったんだけど、エミちゃんは一人でどこかに行っちゃうし、霞ちゃんもそれを追いかけて行ってしまった。朗楽くんはさっきまではここにいたのに、もう姿が見えなくなっている。たぶんECHOさんかサブタレさんにでもあげるお土産を買いに行ったのだろう。残った僕と貴臣くんは、みんなが帰るまで小さな港町をぶらつくことになった。
海の見える小さな店で買ったソフトクリームを食べながら、じりじりと真夏の日が刺す歩道を歩いていた時、貴臣くんはこんなことを言い出した。
「前から思ってたんだが、あいつらの自由奔放さは一体なんなんだ? エミが居なくなると同時に霞も居なくなる。朗楽の奴も単独行動ときた。協調性の欠片もねえ奴らだ」
「んー、いいんじゃない? みんな、楽しそうだし」
いつも一歩引いた位置から平ポンを見ている貴臣くん。きっとここにエミちゃんがいれば、素直にごめんと謝るだろう。霞ちゃんがいれば、「協調性がないのはあんたもでしょ!」と叱るかもしれない。そんなことを思いながら、僕はどこまでも続く海と、水色の綺麗な空を見上げた。今日はいい天気だ。
「みてみて、海ちょーきれい! しかもいい天気ー」
いつも東京の騒がしい街にいるから、こんなにも世界が広いことを知ると、安心するし嬉しい。雲がひとつもない空だって、いつもはビルで全然見えない。エミちゃん達はどう考えるかわからないけど、僕はこんな雰囲気の街も東京と同じくらい好きだ。
「空も海も、俺達が生まれる46億年前にはあったんだ。今更有難がる必要ないだろ」
今は五月のはじめなのに、真夏みたいな暑さにうんざりしている貴臣くんはそう言う。俳優業もこなしているだけあって、そんな言動すらも絵になるな、とこっちも暑くてぼやけてきた頭で考えていた。
貴臣くんは俳優でもある。ECHOのゆゆちゃんや、あみゅーず・がーるの三人によると、「めちゃくちゃ悪役が似合う俳優」。そんな言い方をすると、まるで貴臣くんの性格が悪いみたいじゃないか、と僕はちょっと不満だった。同じベースパートで、比較的平ポンと親交の深いゆゆちゃんですら、貴臣くんのことをあまり知らないみたいだ。
でも実際、貴臣くんが悪役で出た映画やドラマは面白いみたいで、ヒットを飛ばしている。前に一度だけ、すごくホワイトな映画の主演をやったことがあるけどそれはビックリするほど売れなかったらしい。その映画が見たくて僕は何度も聞くけど、貴臣くんはタイトルも教えてくれないから、見ることは出来なかった。
空はとても高くて、海は大きくて広い。ここでソフトクリームを食べている僕の存在は小さい。エミちゃん達にもこの景色を見せてあげたいのに残念だ。今はどこにいるのだろうか。僕も貴臣くんも、携帯を車に忘れてきてしまった。お互いネットやSNSにあまり手を出していないからだろうか、こういうところは良く似ている。
「いつくるんだろうねー、みんな」
「知るかよ」
暑くてアイスと一緒に溶けそうになってきた。今年の夏はフェスにライブに忙しくなるだろう。
エミちゃんや霞ちゃんは、今が一番のチャンスだと話している。この夏を頑張れば、平ポンは次の段階に進むことができるかもしれない。そうなると、46億年前からある空や海を見ている時間もなくなってしまう。空や海は昔からあるけど、僕がこの目で水色の空と、どこまでも続く大きな海を見るのは、あと何回なんだろう。波の音がすぐ近くまで聞こえてくるような気がした。
「海を見るのも、最後かもしれないねえ」
気がつけばつぶやいていた。溶け始めたソフトクリームがコーンを濡らしていく。貴臣くんと話しながら、味わって一口ずつ食べたのは失敗だった。もっと早く食べないと、全部溶けてしまう。
いつかは僕らも溶けてなくなっちゃうからね、と付け足してみる。すると貴臣くんは、
「お前はいつも変だけど、時々途轍もなく変なことを言うな」
と不思議そうな顔をしていた。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.20 )
- 日時: 2016/03/10 22:50
- 名前: お酒さん (ID: QYM4d7FG)
あの…スレ違いで悪いのですが
荒らしとはいえ削除依頼板NO310で管理人に他ユ−ザの現住所など聞き出すのは法的、良心的にどうなの?
不特定多数の人に晒されてるわけだし…
まあ俺も荒らされたことあるから荒らしにはむかつくけどね
・追伸
この書き込みは10日以内に削除します
スレ汚し失礼しました
*****************************
直接の書き込み失礼します。副管理人です。
今回たまたま削除で確認していた際このレスに気づきましたので、また現在管理人連絡掲示板に書き込めないため(管理人対応待ちです)書き込みます。
スレ主さんからは削除依頼しか受けておりませんので、スレ主さんに非はありません。
スレ主さんにはかえってご迷惑をおかけし申し訳ないです。
管理人と副管理人の判断で、荒らし行為をする者に向けての警告意味もかねて回答欄に『参考まで』の追記として貼り付けました。
※「参考までに」という言葉がつく場合は、管理人や管理者の独自の判断で追記しているテキストになります。
質問ご意見スレッドの過去レスをご覧いただくとわかるかと思いますが、アクセス元公開はレアケースではなく、荒らし行為の度合い等から考えて公開した方がよいと判断すればこちらの責任で予告なく行っております。
今回のアクセス元は、このスレッドのみならず複数のスレッドに対して荒らし書き込みを長期的に行っており、管理者らも許容できるラインを超えたので公開いたしました。
当サイト管理人の責任で判断している記載ですので、削除する予定は(当該荒らし行為をしたアクセス元から今後自戒する旨の書き込みがない限り)ありません。
荒らし行為に対しては管理者らが直接対応します。
ご利用者様方に頼まれても不当だと思えばアクセス元情報は公開しませんし、頼まれていなくても適当だと思えばアクセス元の一部を公開します。
説明下手にて長文失礼します。
なにかご不明な点等がございましたら、お手数ですが管理人連絡掲示板「質問ご意見スレッド」まで(書き込み時不具合の修正がおわりましたら/おそらく本日深夜修正予定)ご遠慮なくご指摘ください。
どうぞよろしくお願いします。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.21 )
- 日時: 2016/03/11 07:22
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: lQjP23yG)
>>20
はじめまして、りちうむです。
解除依頼スレッドのNo297にて、私は荒らしレスの解除をお願いしましたが、IPを開示しろとは頼んでいません。前にも同じようなことをされたのと、他にも同じような被害に遭った方も居たので、アクセス禁止にしてもらえれば良かったのですが、IPを載せられたのは私も驚きました笑
とはいえ、私の依頼の仕方が悪くてIPを開示させてしまったのは事実です。今日中に管理人さんにIPを消してもらえるようにお願いします。
ご不快な思いをさせてすみませんでした。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.22 )
- 日時: 2016/03/11 21:10
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: xV3zxjLd)
- 参照: 真「ファンの子がバタークッキーくれると超嬉しい!いつもかじ達と美味しく食べてるよ!」
【ROCKIN ECHO(?)/清藤香絵子】
17◆昔話
友達と結成したバンドを抜けた。その時私は19歳で、もう高校も出たのだから、遊んでばかりいないで働かなくてはいけないからだと理由をつけた。実際親も、夢なんか追いかけてないでさっさと就職して欲しかっただろうし、私もバンドに将来を見いだせなかった。
地元の予備校の事務職についた私は、毎日職場と家を往復する日々を送っていた。初めて手にした給料で両親を温泉旅行に連れて行ったりした時はまだ喜びを感じていたものの、半年もすると少ない給料やムカつく上司のことを考えるだけで頭が痛くなった。
辞めたいけど、辞めたら先がない。私は苦悩の日々を送った。昔の気分に浸りたくて偶然入ったライブハウスで、春島を見つけるまでは。
edgeが流行り始めた頃だ。ライブハウスは流行りのバンドを丸パクリしたようなバンドと、一昔前流行ったバンドの真似をしていつまでも夢を諦めきれないようなバンドで溢れていた時代だった。私は一番後ろの壁に持たれて、暗いライブハウスで赤や青の光に照らされているステージを見ていた。
バンド名は覚えていない。とにかく演奏がめちゃくちゃで、初めて文化祭でライブした時の私たちみたいだったことは覚えている。しかし、真ん中の高校生みたいなボーカルが歌い出した瞬間、私は度肝を抜かれた。実力もさることながら、この歌は何かを伝えようとしているのがありありと伝わってくるような気がして、忘れていたものを一気に思い出した。もう一度音楽を始めよう、そう思った次の日に私は会社を辞めた。それほどの衝撃を受けたのだ。
次の日からはメンバー探しに明け暮れた。ちょうどその頃、流行り始めたedgeと双肩を成していたバンドの「キャタピラーズ」がドラムの不祥事によって解散した頃だったと思う。ギターボーカルの最中は学業に専念するということで一切の音楽活動を引退したかのように思われたが、私はどうしても彼を勧誘したかった。もともと私が所属していたバンドは、メジャーデビューはしなかったがそこそこな地位にいたので、何度か食事をしたり交流を重ねるうちにまた二人で音楽を始めることになった。この時ばかりは、自分のコミュニケーション能力に感謝したなぁ。
キーボードが欲しいし、ベースも足りない。当時ライブハウスで見かけた、花筏夜想曲なんかはとても華やかだった。他バンドからキーボードを見つけるという手もあったが、あまりビビっとくる人が居なくて。その頃私はバイトを始めたと思う。学生の最中とは違って、こっちは生きるための金を自分で稼がなくてはいけなかった。
偶然行った紅山学院大学の文化祭の、ミスコンでピアノの弾き語りをしていたのが小川だった。彼プロの人とも一緒に演奏したことあるらしいよ、と最中は説明する。その面々たるや、ヴァイオリニストの桜田みゆきやドラマーの柊秀、更には赤白歌合戦に出場経験も持つ歌手など大物揃いで、私達はこいつしか居ないと思いすぐにバンドに誘った。ミスコンで優勝し、気が緩んでいたのだろうか。あっさりと承諾してくれた小川には、逆に驚いてしまった。
あみゅーず・がーるも当時流行り始めていた。今ほどメディアには出ていないものの、ラジオ番組を持ち、ライブハウスをやすやすと埋める彼女らはかっこよかった。
その二番煎じと呼ばれたバンドがある。「Selen」というガールズバンド。前ボーカルがステージで手首を切ったことにより脱退し、ベースの湯村雪子がボーカルも担当するという、かなりギリギリの経営をしていたバンドだ。
湯村はこのバンドにかなりの思い入れがあったらしいのだが、ドラムの女もギターの女も稼いだ金をホストに入れてしまうような奴だった。あみゅーず・がーるのようなバンドを目指していた湯村は彼女らに愛想を尽かしたが、バンドをやめる決断はできなかった。
私たちは次に湯村を誘うことにした。「Selen」に思い入れのあった彼女は最後まで悩んでいたが、小川を見せた瞬間に承諾した。こいつもなかなか男好きな奴だな、と思ったことを覚えている。
今のECHO以上の問題児バンドSelenに居たことは、彼女の経歴の汚点になりかねない。かといって詐称するわけにはいかないので、「雪村ゆゆ」として活動することになった。
そこそこの地位にいたドラム、大物と共演したことがあるキーボード、元キャタピラーズのギター、元Selenのベース。ここまでの面子を揃えたら、春島は何も言わずに加入してくれた。こうしてROCKIN ECHOの伝説が始まったのである。
「なんか香絵子が凄い人みたいになってるけど、ほんとにあんな感じだったの?」
「んー......わかんねーな、そんな昔のこと」
「とりあえず僕は、Selenの雪子ちゃんと一緒に音楽できるって聞いてすぐ加入キメたけどね」
「いつも動機が不順だよな、お前らって」
(参照1000ありがとうございました!)
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.23 )
- 日時: 2016/03/16 17:39
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: XnbZDj7O)
- 参照: ももこ「家でごろごろしてる方が好き。遊びに行く友達なんて空と香美波くらいしかいないわ」
【Subterranean/八乙女有栖】
18◆異変
困ったことが起きちゃった。葵ちゃんとケンカした。琴也は別にどうでもいい。御影ちゃんは葵ちゃんを探しに行った。一人スタジオに残った蓮太と私は、どうしていいかわからずに黙っていた。
「......葵ちゃんが提案したあの服より、こっちの方可愛いよ。 サブタレらしいとか、らしくないとか、どうでもいいじゃん。私たちはサブタレなんだから、それにらしいとか、らしくないとか無くない?」
葵ちゃんが提案した新しい衣装は、従来のサブタレの衣装にゴシック要素を少し加えたモノトーン調のドレスだった。私は、たまには派手なのも着たいと思い赤や白の豪華なワンピースを提案した。花筏夜想曲さんっていうバンドがあるみたいだけど、あんな衣装を着てみたい。ていうか、サブタレはいつまでCOMME CA ISMの店内みたいな葬式っぽい服着るの?
「俺は葵に賛成だけどな......赤白歌合戦じゃないんだからさ」
「蓮太までそんな事言うの!? バンドに誘うんじゃなかった!!」
「そこまで言うのかよ!」
こんな時は甘いものを食べるに限る。サブタレ共用冷蔵庫には、葵ちゃんと御影ちゃんが持ってきた甘いお菓子が沢山入っている。私はそれを勝手に食べることによって、自分のフラストレーションを解消していた。だから今回もスイーツを食べたら落ち着くかもしれない。冷蔵庫の中にあった美味しそうなコンビニスイーツを取り出して、プラスチックのスプーンを開けた。
「何見てんの?」
「去年の夏フェス。勉強になる」
プリンを食べながら蓮太の方を見た。
蓮太は緑のソファーに座って、訳の分からない大きなタブレットを取り出して、動画を見ている。こいつは機械にやたら強い。もしバンドをやってなかったら、電気屋さんで電化製品とか売ってそう。家電芸人ってやつ?
「夏フェスかぁ! あれは楽しかったなー客のノリも良かったし!」
「......まぁ、あれは楽しかったな」
いつもツンツンしてる蓮太でさえこんなことを言うのだから、あのステージは本当に良かった。サブタレが一番カッコよかったって今でも思ってるしね。他のバンドなんて私に言わせれば、「今どき、まだギターなんか使ってるの?」って感じだもん。日本にはまだサブタレみたいなバンドは少ないから、売上は全部独占。そのお金でまた、可愛い衣装をたくさん作れる。
「......あ、そうだ!」
「いきなり大声出すなよ......」
私は葵ちゃんがデザインした衣装の原案が書いてある紙をつかんで、机に押し付けて、赤色のマジックペンの蓋を開けた。
モノトーン調のドレスに、一つだけワンポイントで赤を入れたらお洒落だ。ピアスでも帽子でもなんでもいい。黒と、白と、赤。トランプみたいで、すごくかっこいい。これなら今までのサブタレらしいし、私が望んでいた派手さもある。すぐに写真を撮って、葵ちゃんにラインで送った。
「蓮太、これ!!どうかな?」
「......いいんじゃね? あとは葵次第だな」
「絶対気に入る! やっぱ私って天才なんだよ!!」
メディアではよく、「天才」と呼ばれて売り出されることが多かったが、ピンと来なかった。日本にないジャンルのロックをやり始めただけで、天才って呼ばれるなんて。でも私は、よく考えると服飾デザインもステージパフォーマンスも担当している。曲作りは蓮太に任せてしまうこともあるけど、ここまでの事を一人でやっているアーティストって珍しいんじゃないかな。曲も衣装もステージも作るって、TOKIOとサブタレくらいじゃない?
「アリスちゃん! あの衣装めっちゃいい! あれでいこう!」
「......御影も、あれがいいと思うな」
意外と近くにいたらしい、五分もすると葵ちゃんと御影ちゃんは帰ってきた。あとは作るだけ。さっそくサブタレスタッフの愛沢さんに連絡した。思い立ったが吉日、善は急げというものだ。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.24 )
- 日時: 2016/03/17 21:01
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: rBo/LDwv)
- 参照: 空「たまには俺達で曲を作ってみたいんだけどな。プロデューサーは頭が硬いんだよ」
【ROCKIN ECHO/春島征一】
19◆後輩
激情派とよく呼ばれる。世間はECHOをサブカル系だとか、僕がメンヘラだとかで一括りにしようとする。どっちかっていうと誰とでも寝るゆゆちゃんの方がメンヘラだし、メンヘラに手を出す小川くんも駄目だと思うし、サブカルって枠に収めるにはECHOはメジャーになりすぎた。それに加えて、有名になるにつれて、僕は別に悪くないのにボーカルの僕だけが「これだからECHOは」と言われることが増えた。これは大変な問題だと思う。こんなんだから、僕らは後輩のALTER ENEMYにライブのチケット販売数で負けるのだ。
「......どうする?」
「どうする、じゃねえよ! 俺達より若い奴らに追い越されたんだぞ! 俺ケイオー大に戻ろっかな!」
「いいじゃん。あみゅがるみたいにアイドル的な可愛さをウリにしてる訳じゃないし、年齢なんてどうでもいいよ」
居酒屋BIGには僕達しかいない。僕らがあまりにも暴れるからみんないなくなってしまったんだと最中は言うけれど、それは流石に言い過ぎだ。今日は月曜日だから、あまり飲みに来る客もいないのだ。僕らが悪いわけでは決して無い。壁にかけられてだんだんホコリをかぶってきた、ECHOのサインを見る。
「アルエネって、ちゃんとしたバンドじゃーん。ECHOさんとはちがってさ」
さっきから浴びるように飲んでいる平ポンの瀬佐さんが言う。じゃあECHOは普通じゃないのかよ、と最中は酒に焼けた声で言い返す。
最中が居た「キャタピラーズ」は、ECHOよりもメジャーを意識した正統派なロックをやるバンドだった。ドラムの男がテレビに出てた人と不倫してそのまま解散してしまったが、当時のedgeくらい人気があったバンドだったと思う。
僕はというと、「自由区」という売れる気配もないバンドでボーカルとして使ってもらっていたけれど、ある日突然香絵子さんが後ろの三人を引っさげてスカウトしに来たので、なんのドッキリかなと思いながらも承諾して、今に至っている。自由区が今何をしているかはわからない。ネットで連日叩かれている僕らを見て笑っているだろうか。
「ところでさぁ、平ポンってどうやってあのメンバー集めたん? 積んできたキャリアも音楽性も違う五人、って面でECHOと平ポンは似てるじゃん。教えてよ瀬佐くん」
「そっちとほとんど一緒。エミちゃんとは大学の時初めて会ってバンド組んで、何人か入れ替わりはあったけど、あの子の独断と偏見で最終的に残ったのが今の五人ってわけ」
瀬佐さんはそう言うけど、違和感がある。瀬佐さんは、話すのがおっくうだから長い話を無理やりまとめてしまったかのように思えた。
「......つって、実は瀬佐さんが平ポンのリーダーって説も見たことあるぞ。エミちゃんは平ポンの二代目ボーカルだってな。先代の頃の音源は全然出回ってないから、コアなファンだけが知ってることなワケだけど」
僕が疑問を抱いたままシーザーサラダを食べていると、他バンドに詳しい最中がそんなことを言いだした。僕も知らなかった、てっきりエミちゃんが立ち上げたバンドなのかと思っていた。
「あー、それデマだって。エミちゃんはあの中でも最古参。俺ちゃんがその次、次に一嶺くん、霞ちゃんと貴臣くんは、わりと最近の人」
「マジで!?」
三人の声が揃う。瀬佐さんは、ほんとみんな息ぴったりだねえと言って全然甘くなさそうな酒を飲んだ。
「ところで、最近のECHOの曲って、なんってゆーか、The Offspringみたいだよねぇ。俺ちゃん初期の感じ結構好きだったのに、どうしちゃったの?」
「みんなのやりたい音楽をまぜこぜにしたらこうなったって感じ」
僕はオルタナティブがやりたくて、最中はヒップホップが好きで、小川くんはクラシックが得意で、ゆゆちゃんはビョークばっかり聞いている。それを香絵子さんがうまくまとめて今のECHOが出来た。初期はニルヴァーナのコピバンだなんだといろいろ言われたものだが、最近は僕達独自のものを作れてきてると思っていたんだけどな。まだまだみたいだ。
「平ポンはいくら売れてきても昔のままのノリと音楽で突っ走ってるからすげぇよな。売れてくると、どうしても大衆ウケを狙っちゃう俺達からしてみるとさ」
「初期からのファンを逃がすようなことはしたくないからねー」
平ポンはファンのマナーがいい事でも知れている。初期からのファンというと、物販やCDを買ってくれたりライブに駆けつけてくれたりする熱心なファンたちのことだ。ECHOはみんなこんなんだから、小川くん目当てのミーハーそうな女の子やゆゆちゃん目当てのアイドルオタクみたいな人たちは序の口、ビジュアル系バンドかと見間違うほどのメイクの人や香絵子さんを信仰する謎の団体なんかも居たりして、なんか変な感じのファン層を獲得している。edgeやサブタレ、花筏には女子高生もたくさん来てるみたいで、正直少し羨ましかった。
「あー、女子高生のファンを獲得するバンドになりたかった。死のっかなー」
「はいはいメンヘラおつかれ」
食べ終えた焼き鳥の串を皿に並べる。吐いたタバコの煙が上っていく。
僕らがこんなにも堕落したバンド生活を送っている理由のひとつとして、少なからず同じレーベルの後輩「ALTAR ENEMY」の存在があるだろう。彼らは僕らよりも後に同じレーベルに所属したのに、ECHOを追い抜いて今やサブタレや花筏と肩を並べる中堅バンドになっていた。ECHOや平ポンも中堅どころといえばまあそうなんだけど、彼らに比べればまだ知名度は劣るような感じで、それがまた嫌だった。
「俺ちゃんそもそもアルエネさん知らないんだけど、どんな感じなの?」
その問いに、小川と最中は答えようと二人で話し始めた。これは長くなるだろうと思いながら、僕は新しいタバコに火をつけた。時計を見ると、まだ午前0時だった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.25 )
- 日時: 2016/03/18 23:02
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: FpNTyiBw)
- 参照: 香美波「ウチ、こう見えて賭け事には強いねん。ポーカーでもしいひん?」
【ALTER ENEMY/詠田棗】
20◆ALTER ENEMY
チケットの売上数が先輩バンドに勝ってしまい、複雑な気持ちで臨んだライブも終えてみればまぁ楽しくて、気分が高揚した成り行きでバンドとスタッフさんで焼肉に行くことになった。午後十時だというのに、品川駅は人で溢れて鬱陶しい。
ついていくのは今回だけですからね、と千尋さんが言う。働きに出ている妻の菜々さんのかわりにいつも家事をこなしているらしいから、今日は一人家に残してきたのが気がかりなのだろう。しきりに携帯電話を弄って妻に連絡を取っている彼を見て、妻帯者は大変だなぁとぼんやり思っていた。
「千尋は心配性だなぁ。そんなに菜々ちゃんが心配なら猫でも飼ってみたら? 家に一人増えるだけでも、かなり心強いんだよー」
金色のロングヘアが特徴的な女子、月乃が言う。猫を「一人」と換算してしまう彼女は、ポジティブでマイペースで、場を明るくしてくれることもあれば、空気を読まない発言で暗くすることもある。
「僕も妻も家を開けることが多いので、猫はまだちょっと、って感じですね」
「えー。もったいないのー。こんなに可愛いのに」
「わっ、ちょっと、どこから連れてきたんですか!」
はっとして月乃を見ると、案の定、ふてくされたような表情の三毛猫を抱いていた。どこから連れてきたんだ、と俺も聞くと、「月乃くらいの人格者になると、猫が勝手に寄ってくるんだよ」と笑う。
「はいはい、ちゃんと前見て歩く。店着いたよ」
呆れたような顔をしているのは、実質このバンドのリーダー的存在である帝だった。
帝が調べた焼肉の店は口コミでも評判のいい有名なところで、非常に喜怒哀楽がわかりやすい月乃だけではなく千尋さんも目を輝かせている。最近はずっと忙しかったから、帝と俺とスタッフで話し合って少しだけ高級な店に行くことにしたのだ。
高そうな店だな、と俺の少し前を歩いていた和泉も言った。和泉は新しいものが大好きで、今回も「品川だったらこの前新しくできた寿司屋がいい、むしろ秋葉原がいい」なんてさっきまでは言っていたが、この店もそれなりに気に入ったようでよかった。
余談ではあるが、「正統派ロック」で売り出しているALTER ENEMYのドラマーである彼は、意外なことに「卑怯ドラム」なる手法を一切使っていない。ドラムに詳しくない俺は、「サビで裏打ちになって盛り上がってます感を出す」くらいの知識しかないのだが、2010年代のSETU-BOON、フェスの極み乙女、鍵トーク(全部うろ覚えである)に多用された手法であるこれを使わない和泉のことは素直にすごいと思っている。今でもECHOなんかはこれだし、あみゅーず・がーるもそうだ。サブタレは凛として時雨系統のエグいドラムをちっちゃい女の子が叩いているらしいが、アルエネが自称音楽通の音楽ブログであからさまに叩かれないのは彼の存在が大きい。卑怯ドラムってだけで叩かれた時代もあったし。
ふと携帯を見ると、卑怯ドラムの使い手であるECHOの香絵子さんから連絡が入っていた。「おつかれさま!」と。先に四人に店に入ってもらうように頼んで、香絵子さんに電話をかける。そういえば、頼んでおくことがあったのを忘れていた。
「もしもし、香絵子さん?」
『はーい、香絵子でーす。おつかれ、久しぶりー』
後ろではゆゆさんと征一さんの笑い声も聞こえる。きっと例の居酒屋BIGに彼女はいるだろう。前にした約束も忘れている。店に入っていく途中の月乃と目配せして笑いあった。月乃もたぶん、あの約束を思い出していることだろう。
俺は香絵子さんに言った。
「チケットの売上勝ったので、今度アルエネ全員飲み連れていってくださいよ」
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.26 )
- 日時: 2016/03/22 09:02
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: a0p/ia.h)
- 参照: 有栖「ちっちゃい子ってカワイイよね!!抱きしめたくなっちゃうよね〜!!」
【ROCKIN ECHO/雪村ゆゆ】
21◆前座
ついにこの時が来た。edgeのライブの前座を務めることになったのだ。アイドルバンドのあみゅがるはさておき、サブタレ、平ポン、花筏、アルエネを差し置いてECHOだ。あたしたちは大いに喜び、香絵子はスタジオの中で湿気った花火に火をつけて、春島くんはコストコで馬鹿でかいアイスを買い、モナカちゃんはB'zの「MOTEL」を弾き始める始末(モナカちゃんはこの歌が世界で一番好きらしい)だったから、ラジオの収録から帰ってきた小川くんはかなり驚いていた。鳴らしたクラッカーの後始末をするために箒とちりとりを出すあたしに、「何があったの?」と聞く小川くんは、均整の取れた綺麗な顔の大きな瞳をめいっぱい開いている。
「edgeの幕張メッセのライブで、ECHOが前座をすることになりました!」
「うそ!? マジで!? edge!?」
小川くんの反応でまたテンションが再燃したのか、再び飛び始める香絵子、今度はMステのテーマ曲を弾き始めるモナカちゃん。いつも大人しい小川くんもこれは嬉しかったみたいで、あたしたちは手を取り合って喜んだ。嬉しい。
「やった! 何やる!? edgeの前座だって!」
「ね、すっごく嬉しい! もっと有名になるチャンスだよ!」
そもそもedgeのボーカル三岐原くんが、前々から香絵子と交流があったらしい。確かラジオとかで一緒になったことがあったんだっけ。香絵子の対人能力の高さにはいつも驚かされるな。彼女は中高時代イケてないバンドの希望の星だ。ECHOばんざい、ECHO最高。
「今からこのへんのタワレコ回ろうぜ! サイン残さないと!」
「むしろあの上の方に飾ってもらお! アー写も取り直そうぜ!」
普通にスタジオを出ると途中で会うであろう店長に嫌味を言われるので、私たちは廊下の大きな窓から外へ出た。小川くんはこの前免停になったけど、たぶん運転してもばれないから車に乗り込む。四人乗りの車に無理やり五人押し込んで、優雅に助手席に座ったあたしは、後ろに詰め込まれた三人をバックミラー越しに見て笑った。すぐ近くのショッピングセンターまで、飛ばしてもらおう。
「いやー、でもほんとにすごい! 僕まさかedgeと同じ舞台に立てるなんて......」
端っこで既に泣きそうな春島くんは、いざステージに立ったらどうなるんだろう。緊張で倒れられても困るんだけどな。
それはそうと、気がかりなことがある。香絵子は今からもっと忙しくなるだろうし、私も実はベース雑誌のインタビューやラジオなどで予定は多い。ECHOで集まることなんて、週に一二度くらいになってしまうのだろうか。売れてるバンドってたまに不仲説が流れたりするし、そんなものなのかもしれないけど、できればECHOはずっと仲のいいままがいい。edgeよりも目立つ気満々の香絵子たちを見ながら、私はそう思っていた。ふと平ポンのことがよぎる。ECHOって、そのへんの立ち位置でゆるくやってるほうが、性にあってるのではないだろうか。
これからECHOは有名になるんだから、小川はあんまりスキャンダルしないように、と香絵子は念を押す。それならモナカちゃんも自己満足なギターソロばかり弾くのをやめた方がいいし、春島くんもステージで気が狂ったようにはしゃぐのをやめた方がいい。あたしや香絵子にだって直すところは沢山あるはずだ。世に知られるということは、そういうことだった。
ECHOが、ECHOではなくなるような気がしたけれど、それならそれでいいのかもしれない。音楽に正解はないけれど、今までの「普通のバンド」から逸脱したECHOが、ついに普通になる時が来たのだと思った。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.27 )
- 日時: 2016/03/25 20:39
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: /48JlrDe)
- 参照: 琴也「このあとの予定?スタバで資料整理して、セミナーに行くよ」
【ROCKIN ECHO/最中次郎】
22◆カラオケ
「大変ご多忙お兄さん、地球あちこちぐーるぐるー!」
edgeの前座獲得記念に、ECHOは今カラオケに来ている。無駄にいい声でアニメの主題歌を歌い上げる香絵子をよそに、平ポンのエミちゃんと、朝縹くんと、市ノ葉がデンモクで曲を選んでいた。だいたいみんな一巡はしたので、好きな曲を手当り次第に入れることになっていたのだが、アーバンギャルドと鬼束ちひろばかり歌ううちのメンヘラカラオケキラー雪村ゆゆ、銀杏BOYSらへんのエグイ曲を歌って場を凍らせる我がバンドの基地外系ボーカル春島征一、嵐とか福山とか女ウケが良さそうな歌を絶妙にチョイスしてくるピアニスト小川徹明のせいで盛り上がりに欠ける、なんてわけでもなく、なんでも適合してしまう平成ポンデライオンの三人はちゃんと盛り上がっていた。やっぱうちらと平ポンは馬が合うらしい。
「なにこれ? アニソン縛り?」
隣に座っていた小川が画面を見て言う。デンモクの予約の画面を見ると、雪村あたりが入れた「ムーンライト伝説」、ほんと誰が入れたんだよって感じの「ペガサス幻想」が並んでいた。まあ、いいって適当で。さっきも平ポン朝縹くんは洋楽縛りなのにオドループ入れてたし。踊ってない夜を知らない、一回聴くと頭から離れなくなるよなぁ。おかげでさっきまで目をギラギラさせてニルヴァーナを歌って飛び跳ねてた春島もソファーにぐったりもたれ掛かってるし、電子ドラッグの粋だよなあれって。
「ムーンライト伝説入れたのって誰?」
ファジーネーブルを飲んでいる雪村がマイクを持って立ち上がる。すると大人しくしていた市ノ葉が、「それ私」と言っておずおずと手を挙げた。あまりの不似合いさに、俺は思わず吹き出しそうになる。
「お前がセーラームーンってウケるんだけど」
「なに、私が歌っちゃダメなの?」
俺を睨みつける市ノ葉。てっきり雪村が入れた歌だと思ってたから、驚いただけさ、と言うけれど、「私だって小さい頃はセーラームーン見てたの!」と反発する市ノ葉を見るとやっぱり笑ってしまってダメだった。でも、歌い出すと市ノ葉は楽器やってるだけあってなかなか上手かった。そのギャップがまた面白い。もうダメだ。その次の「ペガサス幻想」を入れた朝縹くんの熱唱っぷりも面白くて、(ちなみに彼はめちゃくちゃ上手い)すっかり笑い疲れてしまった。もうこうなると文字通り箸が転がっても面白くなってしまって、「今日酔うの早くない」と香絵子に言われたりもした。
「みかんのうた」を歌って喉がひどいことになったので水道水を飲んでいた頃、人の歌を歌うのってなんか申し訳ないという謎理論を展開したエミちゃんは平ポンの曲ばかり歌っていた。一方他人の歌大好きECHOはZAZEN BOYSをみんなで歌うという謎の盛り上がりを見せていた。こんな夜中までカラオケで盛り上がるなんて、暇な文系の大学生かよ。三回連続で同じ歌を歌う朝縹くんや、やたら可愛い曲を選曲しては俺を睨みつけてくる市ノ葉、「安めぐみのテーマ」をハイテンションで歌う春島にもう疲れてしまった雰囲気なのに、香絵子は二次会に行こうなんて言い出す。しょうがなくついていくけれど、そういえば、明日ライブだった気がしないでもない。まいっか、このまま帰っても暇になるし。なぜかカラオケ代を全額払うことになっている小川を見ながら、俺はそう思っていた。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.28 )
- 日時: 2016/03/29 13:58
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: pGaqjlta)
- 参照: 御影「最近は花筏が気になってるの。華やかできらびやかで、とっても素敵だよね」
【平成ポンデライオン/野田原エミ】
23◆劣等
最近なんかカツカツしてないか、と高橋くんに言われてやっと気がついた。俳優業もこなしている彼だから、人の心境の変化には気付きやすいのかもしれない。私は、edgeの前座を獲得したECHOに嫉妬していた。
なんでECHOなんだろうって何度も思った。edgeが前座に誰を呼ぶのか、って話は、今までにバンド内外で何度もしてきたけど、どうせ、サブタレかアルターエネミーあたりになると思っていた。前にedgeの鍛冶屋さんがサブタレを褒めているのをギター雑誌で見ていたし、三岐原くんがアルターエネミーを褒めているのもラジオかなんかで聞いた。なのにどうしてECHOが選ばれたんだろう。平ポンが呼ばれないのは最初からわかっていたけど、それってECHOも一緒じゃないのかな。ECHOは最近またスキャンダルが出てきた気がするし。ネットでは春島くんがクスリやってるとか言われて叩かれてるし、ゆゆちゃんは大学を卒業したらすぐ結婚するのではないかと噂が立っている。小川くんだって今度は桜田みゆきの弟子である若い子に手を出したってセンテンススプリングに載ってた。バンドマンと付き合うべきじゃないっていうのを久しぶりにわからせてくれるような立ち位置だったECHOが、なんでedgeの前座として大舞台に立てるのよ。このまま一緒にサブカルフェスで活躍するような関係でいたかった。私たちだけ置いていかれるようで、本当は嫌だった。
「あーあ、ECHO遠くに行っちゃったねー」
「......私、あんな大舞台に立つと恐縮しちゃうから今のままでいいや」
帰り道。ふと呟いた言葉に、霞がこう返す。今日の深夜番組の収録で、簡単なお菓子を作った時、霞が作り上げた謎の物体は、今後罰ゲームで食べさせられる定番となるだろう。スタッフさんもその酷い出来には感動すら覚えていた。でも、不器用なりにギターと音楽を真面目にやってきた霞は今や一流のギタリストだ。
「みんなを大舞台に立たせられないの、リーダーとして申し訳ないなぁ」
「何もedgeの前座だけが大舞台じゃないでしょ? 落ち込むくらいなら、夏フェスに向けて練習増やしていこうよ」
後ろから瀬佐くんがひょっこりと顔を出す。慰めの意なのか、手にはパインアメが握られていた。ありがとう、と私はそれを受け取る。
私にはこんなに素敵なメンバーたちがいるのに、今更何が足りないのだろう。パインアメを舐めながら笑う。そういえば朝縹くんは、飴をすぐに噛んでしまう子だった。瀬佐くんがあげたパインアメも、もうなくなってしまったかもしれない。
「朝縹くん、飴まだある?」
「うんにゃ、もうないよ。噛んじゃった」
仕方ないなぁ、と私は笑う。私が昔通っていた駄菓子屋に寄って帰ろう。もうすぐ、この街にも春が来るだろう。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.29 )
- 日時: 2016/04/04 23:41
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: pGaqjlta)
- 参照: 葵「今日は葵ちゃんの誕生日なんだよ。 プレゼント、いっぱい貰っちゃったなぁ。」
【ROCKIN ECHO/春島征一】
24◆ともだち(2)
今日はゆゆちゃんと二人で飲みに来ている。香絵子さんはあみゅがるの三人と、最中は平ポンのみんなと、小川くんはサブタレのメンバーと急に用事が入ったらしく、居酒屋BIGのカウンター席には僕とゆゆちゃんがぽつんと座っているだけだった。別に興味もない野球中継が流れている中、ファジーネーブルを飲みながらゆゆちゃんが呟く。
「友達が少ないって損よね、私も平ポンあたりについていけばよかった」
「僕も花筏と仲良くしてたら高級料理とか食べられたんだろうなぁ」
ゆゆちゃんはどうか知らないが、僕にALTER ENEMYという選択肢は最初からなかった。後輩バンドに混ざって飲みに行くなんて、なんだか同期に馴染めない人みたいで嫌じゃないか。
「店員さん、チャンネル変えてよ」
ゆゆちゃんが、暇そうに新聞を読んでいる店長に言う。店長は無言でチャンネルを切り替えた。出てきたのは「完璧歌いきりまショー」とかいう番組。ゆゆちゃんは満足したみたいで、そうそう、これこれ! と嬉しそうにしている。歌詞を一度も間違えずに完唱できると100万円、という企画だった。
僕が出れば確実に100万円取れる自信があるな。中学の頃から音楽にどっぷりな僕は、メイヘムから森山直太朗までバッチリ網羅しているはずだ。たぶん。
「そういえば、ゆゆちゃんってどんな歌聴くの?」
「んー、いろいろ」
オレンジ色の甘そうなお酒は、すでにグラスにほとんど入っていない。
日本のサブカル界隈で、ゆゆちゃんはちょっとした有名人だ。独自のファッションセンスも持つゆゆちゃんは、近いうちにブランドも立ち上げたいと言っている。新しい時代のために、まだ見ぬ女の子を探すという趣旨のコンテストである「ミスkD」の審査員としても出向いていくし、サブカルっぽいフェスがあれば京都の方まで飛んでいく。
ECHOがバラバラになったとき、一番うまくやっていけるのは多分ゆゆちゃんだ。次点で医学部に途中まで通っていた最中。小川くんもピアニストとしての仕事はあるだろう。香絵子さんも、また予備校の事務をすればいい。結局最後に加入した僕が一番、ECHOにしがみついている。三年後には隣にいないかもしれないゆゆちゃんは、何も知らずにテレビを見て笑っていた。
なんだろう、この一曲書けそうな、哀愁みたいな気持ちは。BIGの店長さんもまたルーズな人で、僕らはいつもやりたい邦題散らかしていく迷惑な客だ。店長は僕らの前に缶ビールを二本だけ置いて、新聞に夢中になっている。その横で、僕はゆゆちゃんに話す。
「ゆゆちゃん、ECHOって、ずっとECHOのままだよね。僕達、ずっと一緒に音楽やるんだよね」
「当たり前じゃん」
思わずぶつけてしまったメンヘラっぽい台詞にも、真面目に答えてくれるゆゆちゃんは本当に話していて楽だ。いや、逆に申し訳なくて、今すぐ目の前のまずそうな焼酎を一気飲みしてアル中で死んでもいいやってくらいだ。そんな僕を他所に、ゆゆちゃんは続ける。
「誰かが死ぬか殺されるか、その時まで私たちはECHOでしょ」
「そうだよね、うん、そうだよ」
自己暗示のように繰り返す。何度も何度も。僕らは音楽をやっていくしかなかった。そして、それを鮮やかで、フォトショも加工もしない無修正のまま世に発信しなければいけなかった。小川くんのスキャンダルも、香絵子さんが実はedgeのボーカルとデキてるって噂も、最中の有名私大中退も、全部ひっくるめてECHOだ。僕はそれを決していいとは思わないけど、悪いとも思わない。飾る必要なんてない、泥臭さこそロックだ。
「こういう雰囲気の居酒屋でさ、『ロックは死んだ』なんて愚痴ってるおっさんを、ぶっ飛ばすようなロックがしたいね」
ゆゆちゃんはそう言って柔らかく微笑む。横目で見る完璧歌いきりまショーでは、ウルトラソウルを完唱した芸人が100万円を獲得していた。
グラスの中にもう酒は入っていなくて、仕方なく缶ビールを開ける。酔いが回ってきてふらふらしてきた。小川くんだったらこんな時、ゆゆちゃんをホテルに連れ込むんだろうけど、僕は当然そんなことも出来なくて、ただ缶ビールの底を眺めている。それだけでよかった。
普段から甘い酒ばかり飲んでいるゆゆちゃんは、缶ビールに口をつけて苦そうにしていた。時刻はもう午前0時を過ぎているのに、まだ自分の家へは帰りたくはなかった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.30 )
- 日時: 2016/04/16 12:12
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: zfEQ.qrn)
- 参照: 蓮太「ゲームは得意なんだ。学生時代そればっかりやってたからな」
【ALTER ENEMY/邑楽帝】
25◆同期
双子の姉の妃の買い物に付き合わされていたらこんな時間になってしまい、早足で駅を抜けて外に出る。これからNHKの音楽番組の収録があるから、うかうかしてはいられない。
最近、僕の所属しているアルエネは軌道に乗ってきた。音を奏でていて、前よりレベルの高いものになっているのがはっきりわかる。通り過ぎたタワーレコードには、僕らの出したCDが並んでいた。
ALTER ENEMYのジャケット写真やアーティスト写真は、現在美大で写真家を目指している僕の姉、妃が撮影したものだ。掲示板やブログでも、「アルエネのジャケ写は良い」と賞賛されているので、僕も誇らしい気分になる。
僕らのCDが飾り付けられてピックアップされている、その上に貼られているポスターにはROCKIN ECHOがいた。五人でピースして、「NO MUSIC OR DIE!?」なんて、僕らの先輩は随分攻撃的な事を言う。それでも話してみると意外とみんな礼儀正しい人なのだ。特に香絵子さんが居なければ、あのバンドはここまで人気になっていないだろう。僕らも見習わなくては......と思った時、後ろから肩を叩かれた。
「やあ、帝。久しぶりだな」
振り返る。キリッとした金色の瞳、癖のない黒髪、シンプルな服装。友人の鼓神楽だと一瞬でわかった。僕は急いでいることも忘れて、笑顔を浮かべて挨拶を返した。
神楽は花筏夜想曲というバンドで、ボーカルをやっている。和を基調としたバンドは今人気らしくて、動画再生サイトでもトップの知名度を誇っていた。
そんな花筏は、女性メンバーが四人、神楽が一人だけ男性という構成のバンドだ。神楽はあの個性的な女性達をうまくまとめているのである。バンドに五人いて、自分だけ男だと肩身が狭くないか? と思ったこともあるけれど、よく考えるとうちで唯一の女性メンバーである月乃は普通に僕らに馴染んでいる。だから、神楽もそんなものなのだろう。実際、女の子みたいな顔立ちをしているし。
「調子はどう? 神楽くん」
「まずまず、ってところだな。最近アルバムのリリースが決まったんだ」
「良かったじゃん」
店の前のベンチに腰掛けて、僕らは会話を始めた。春の心地よい風が、街路の桜をひらひらと飛ばす。
春といえば、花筏夜想曲だ。このバンドで一番ヒットを飛ばしたのは、桜を題材とした曲で、とても完成度の高い曲だった。僕はその曲を口ずさみながら、スマホで時刻を確認する。ここからスタジオまでは近いので、まだ話をしていても大丈夫だろうと判断した。
「ところで、花筏は本当に良いバンドだよね」
洗練された、シンプルなメロディーライン。和楽器の雅な響き。僕は花筏が好きだった。edgeやECHO、アルエネはロックというジャンルを地で行くようなバンドだけど、サブタレや平ポンがあるように、こんな雰囲気のものがあっても悪くない。
「俺は、アルエネみたいなロックも好きだぞ」
神楽はそう言って、僕らのCDの感想をつらつらと述べ始めた。
一番最初のギターリフのこと、回りくどい手を使わずに音楽を盛り上げてくれるドラムのこと、花筏では和楽器やキーボードに隠れてあまり目立つほうではないベースの音がはっきり聞こえること。神楽はよく聴き込んでくれたようだった。
ギターについては、僕はまだ始めて日が浅い。花筏のギターパートである玲瓏さんを見て学ぶこともあるし、edgeや平ポンのギターの技術の高さには閉口してしまうこともある。しかしこうして褒めてもらえると、素直に嬉しいものだった。
ドラムに関しては、このあたりのバンドならうちの和泉に適うものはいないと思っている。同じレーベルの先輩である香絵子さんの手法を一蹴して、独自の技術で勝負する和泉は、アルエネをそこらのバンド達から大きく引き離してくれた。ただ、先輩達並に炎上芸が得意なのは、なんとかして欲しいと思っているが。
この前もラジオで、花筏のファンに反感を買っていた。発言一つで掲示板は荒れに荒れて、今やアルエネのラジオは「いつか絶対やらかす」と話題になっている。しかし先輩の春島さんも、あみゅがるのももこさんのことを「あの葬式みたいなギター」とラジオで評価したし、サブタレの八乙女さんの「今どき、まだギター使ってるの?」っていう発言も大きな話題になった。ミュージシャンには攻撃的な人が多い。
うちのベースの千尋は、その真逆のような人だった。温和で常識的で、でも少し抜けている。月乃と並ぶムードメーカー的存在で、それでもベースのテクニックは頭一つ抜けていた。edgeの高村さんをはじめ、奇抜なライブパフォーマンスで有名になった平ポンの高橋さん、シンプルに上手い雪村さん、あみゅーず・がーるを実力派バンドに持っていけると噂されている神宮寺さんと比べてもまったく引けを取らない。
「ところで、帝はどんな音楽を聴くんだ? 俺も、最近時間が出来たからこの機会にほかのバンドの勉強をしたいと思ったんだ」
「うーん......あ、最近出てきたWANTEDってバンドは凄いよね。普段聴く音楽って言ったらさ、けっこうバラバラなんだけど」
すぐ後ろのタワレコでは、アルエネがきらびやかに飾り付けられて売り出されている。その後ろにはedgeの棚があって、ほとんど空になっていた。CDが売れなくなったこの世の中で、edgeは軽々とヒットを飛ばしていく。
そうこうしているうちに、アルエネで定めた集合時間が近付いていた。
携帯を見ると、「電車間違えたので遅れます」と千尋から連絡が入っている。何年ここに住んでるんだよ、と笑いそうになるけれど、今回だけは助かった。僕も少し遅れるかもしれないと連絡を入れて、神楽と世間話をしながら歩き出した。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.31 )
- 日時: 2016/04/30 20:04
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: エミ「音楽も本も、私の世界観を表現できたらそれでいいかなって」
(不定期連載・ロックは死んだと誰かは言った)◆1
ジャズが死んだ。その知らせが私の耳元に入ったのは、五月病でぐってりしていた2022年某日。我々にゴールデンウィークなどはない。祝日をマッキーで塗りつぶしたカレンダーは、さながら戦時中の月月火水木金金のようだ(余談だけど、これって「月曜から夜ふかし」と「Mステ」が週二で見れて結構幸せじゃないですか?)。
届いた手紙の差し出し主は、有名なお偉いさんの音楽プロデューサー、青木音蔵さん。手紙には「ジャズが死んだので、送別会を来週行います」。一緒に手紙を見ていたゆゆが、ぱちんと手を打って叫んだ。
「......や、やっと! あたしたちの時代が来るのね! ジャズが死んだ、これからはロックが息を吹き返して、2020年代はあたしたちのものになる!」
最中みたいなことを言うんだなぁ、と思いつつも、私もゆゆと同じ気持ちだった。
正直のところ、私もジャズにはうんざりしていたのよ。代表格はWONTED。最近服屋で流れてるナンバーワン(二位はサブタレ)。
有名な音楽ブログの「アンダーグラウンド・タイムズ」でも、今のロックバンドでまともなのはedgeだけ、平ポンはサブカル御用達、ALTER ENEMYはこれから伸びる(かもしれない)くらいにしか書かれていない。edgeに関してはもはや言葉を並べる必要もないので、最近みんなが注目しているのはもっぱら「ジャズ」だった。
WONTEDっていうジャズバンドは、そのてっぺんにいるような奴ら。なんだか見るからに人が良さそうで憎めないボーカルトランペット、あみゅーずがーるに姉妹が居るという驚異のギター、それに負けず劣らずの、雪村ゆゆが尊敬の意を示すレベルのエグいベース、驚きの若さに嫉妬したくなるドラム、小川の100倍くらい良い子そうなキーボードで構成されている。うーんキャラ濃い。平ポンもそうだけど、昨今の音楽業界は面白い人が多いね。
でも、なんでジャズがいきなり死んだんだろう? WONTEDは今人気絶頂期だ。誰かが不倫とかして解散? いやいや、ECHOじゃあるまいし。頭にそんなことは浮かんだけれど、「ジャズの送別会」っていうなんとも魅力的な単語に私の頭と心は完全に持っていかれた。どんなロックパーティーになるんだろう。今のうちに披露する曲を決めておかなきゃね。これからは、ロック一強時代の始まり。ジャズの将来を見込めなくなった青木さんは、超絶ロックバンドのECHOを見てさらにもう一段階上のステージに連れて行ってくれるんだろう。やっとECHOが上の舞台に上がる日が来たのね。武道館でライブとかできるのかな。
「どしたの、二人ともそんなにはしゃいで」
ここで、スタジオに帰ってきた男子三人衆。今日は三人でスポーツジムに行ってきたらしい。仲がいいのはいい事だけど、それ私の金で契約してるんだよね。
「聞いて、青木音蔵さんのパーティに呼ばれたの!」
ゆゆはそんな私の心境を無視して、手紙を見せる。
こんなの嬉しくないわけがない。私たちは、いつぞやの「edgeの前座に決まった時」並に喜んだ。ECHOの時代が、始まろうとしている。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.32 )
- 日時: 2016/05/05 01:03
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: 霞「たまに、昔のギターの方が好きだったって言うファンがいるんだけど、どういうことなんだろ?」
(ロックは死んだと誰かが言った◆2)
ジャズが死んだらしい。
もっとも、ジャズというのは音楽のジャンルのことではなくて、有名な音楽プロデューサーの青木音蔵さんの飼い猫の名前なのだが。
「猫が死んだくらいで、大規模に送別会することもなくなーい?」
昼下がり。平成ポンデライオン。私。隣でサイダーを飲んでいた霞に問うと、彼女も私と同じ意見だったようで、
「そうそう、ほんとそれ。お偉いさんってなんか緊張するから嫌いなんだよね、葬式ってなればもっとマナーとか気にしなきゃいけないしさ」
と面倒そうに言った。
確か、アルターエネミーあたりには猫好きな子がいた。その子は誘われたら行くだろうけれど、正直私は青木さんの猫に会ったことも無いし、どちらかというと犬派だから霞同様気乗りもしない。
多分これをほかのメンバーに話したら、瀬佐くんは「いーじゃん、お酒も飲めるし美味しい料理出るし」と楽観的に言うだろうし、高橋くんはこっち寄りで、「それに行くくらいなら家でB級映画でも見てた方がまだマシだ」と言うだろうし、朝縹くんは「楽しそうだから賛成!」ってはしゃぐだろう。葬式だから楽しくないよと私が言っても、朝縹くんは結局何でも楽しくしてしまうから結果オーライというやつだ。
ところでこの送別会って、みんな呼ばれてるのかな。
一度青木さんと会っただけの平ポンが呼ばれているということは、edgeはもちろんのこと、ECHO、あみゅがる、サブタレ、アルターエネミー、花筏、その他もろもろもきっと呼ばれている。なんか、夏フェスみたいなラインナップだ。猫だけでedgeを呼べるなんて凄いなあと私は思いながら、霞と同じ味のサイダーをストローで啜った。
数時間後。ファッション雑誌のインタビューを受けていた瀬佐くんと、今度のドラマの打ち合わせをしていた高橋くんと、そのへんをジョギングしてくるつもりが間違って電車に乗ってしまってプチ旅行をしてきた朝縹くんがスタジオに揃ったので、例の話をすると、やっぱりさっきの予想通りの反応を、三人とも見せた。ひとつ違ったのは、朝縹くんにはきちんと死生観があって、そっか、青木さんの猫かわいそうだねって言ってたこと。
「しかし、紛らわしい手紙だな。これだとロッキンエコーあたりが、『ロックは死んだ』的なノリだと勘違いして今頃騒いでたりしてな」
「えー、そうかな。ECHOは意外と高学歴揃いだし。それはないよー」
興味がなさそうに手紙を見ながら言う高橋くんと、その背中をポンポン叩きながら、後ろから手紙を覗き込んでいる朝縹くん。
KO大医学部中退の最中くん、紅山学院大卒の小川くん、フェイリス女学院在学中のゆゆちゃんは確かに高学歴かもしれないけど、香絵子ちゃんは高卒だしハルシィに至っては中卒なんだけどな。ていうか、この話に学歴は関係ないでしょ。
「ジャズが死んだ、ねえ」
瀬佐くんがぽつりと呟いた。
大学の頃、瀬佐くんはジャズのサークルを掛け持ちしていたらしい。そんな彼が言うには、「ジャズはこれから派遣を握るかもね」だって。
ロックバンドは、edgeだけが飛び抜けて人気で、その後ろにECHO、アルエネ、サブタレ、花筏あたりが居て、あみゅーず・がーるはどちらかというとテレビタレント寄りで、平ポンはまったく違う世界観を形成している。
そんな淘汰されたような音楽業界で、本格的なジャズをやり始めた、「WONTED」っていうバンド。これからはこのバンドが流行るらしい。
「......そのうち、ロックは死んだなんて言われて、ロックの送別会なんてのがあるかもね」
サイダーを飲んで、外を見る。人でたくさんの、灰色の五月。これからの収録が終わったら、またみんなそれぞれの仕事へ向かうのだろう。
昼下がり、時間はゆっくりと流れていく。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.33 )
- 日時: 2016/05/15 23:13
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: 朗楽「交友関係は、浅く広くが一番。深入りすると面倒なことが多いよね〜」
(ロックは死んだと誰かが言った◆3)
ジャズの葬式イベントをわざわざでかいセレモニーホールでやるなんて、青木さんはどんだけ金持ちなんだよ。
遅く来たせいで駐車場はやたらと混んでいて、香絵子さんは近くのスーパーに車を止めに行った。僕は待つつもりだったけれど、ギターを担いだ最中と、クラシカルなレースのミニワンピースでばっちり決めているゆゆちゃんと、特に何もしていないのに謎のカリスマ感を漂わせている小川くんは足早にホールに向かってしまう。
僕もあとを追いかけようとして、車を降りて走ると、後ろの香絵子さんはおい春島待てこら、と大声で僕を呼んだ。なんで僕だけ怒られるんだろう。
セレモニーホールの前には、見た事のある顔ぶれが集まっていた。あみゅーずがーるの三人や、黒の着物に身を包んだ花筏夜想曲、その奥で誰かと話しているのはedgeである。夏フェスみたいなラインナップだが、今日は例外にみんな黒の喪服を着ている。
そこから少し離れたところにいて楽しそうに話しているのは、平ポンとWONTEDだ。横にいるアリスさんをはじめとするサブタレのみなさんは、小川くんに気づいて手を降る。それにつられて、端の方にいたALTER ENEMYもこっちを向く。憎きジャズの葬式だというのに、みんないつも通りである。むしろ、このぽかぽかした雰囲気は何だろう。これからジャズをぶっ殺すんだぞ。なぜかアルエネの加賀美さんだけは悲しそうに俯いているが、彼女そんなにジャズが好きだったっけ?
「ROCKIN ECHO、参上!!!」
セレモニーホールの前にいた人たちがこっちを向く。ご丁寧にポーズなんか決めている三人は、葬式とは思えないほど晴れやかな表情をしている。
その後ろから、青ざめた顔の香絵子さんが走ってくるのが視界の端に写った。なんとなく嫌な予感がして、僕はみんながいるホールの方を向く。
そこには呆れた顔をしている人が数人、呆然としている人が数人で、僕らを歓迎しようとする人はいなかった。なんだこれ、本当の葬式みたいじゃないか。
平ポンの高橋くんが、「な、言っただろ」と隣の朝縹くんを見る。
やっと追いついた香絵子さんは、息を切らして「ジャズは死んでなかった」と言った。
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「猫かよ! 猫なのかよ!」
ギターを持ったまま憤慨している最中と、ふてくされているゆゆちゃんと、あんな馬鹿をやらかしておいて周りに爽やかな顔で挨拶をしている小川くんと、二人で深刻な顔をしている僕と香絵子さん。
僕らはセレモニーホールの出入り禁止を喰らった件について、まだ外で愚痴をこぼしていた。
しかしなんと小川くんだけは、特別にこれから入場が許されるらしい。青木さんに頼まれて、ピアノ演奏の担当者に選ばれていたのだ。「主よ、人の望みの喜びよ」の楽譜には、「ジャズの葬式」と大きく赤ペンで書かれている。
「ジャズの葬式って言うから、あんなに武装してきたのに」
ゆゆちゃんの足元には、クラッカーとマラカスが転がっている。
香絵子さんは、「死んだのは猫だけど、殺されたのは、私たちの方かもよ」と吐き捨てた。
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「いやー、それにしてもお前らの先輩はどうなってるんだよ! 気を衒いすぎてスベるって、ロックンローラー的に一番恥ずかしいやつじゃん」
「うっせ、ほっとけよ。キャリアが上で同じレーベルってだけで、別に直接教わってるわけじゃないから。一緒にすんな」
「僕は嫌いじゃないけどね。今回はやりすぎだけど、面白いじゃん、彼等」
「目が離せない、ってか? あいつらは、ロックよりもポップミュージックとしての側面が強いだろ。お騒がせばっかのアイドルと同じようなものだよ」
「edgeの前座としては、優秀だったよ。私生活のことまでは、あまりよく知らないけどね」
「すいませーん! そこのみなさん、一緒に写真撮りませんか?」
振り返ると、そこには可愛らしい女の人が立っていた。記憶をたぐり寄せるに、彼女はサブタレニアンの結城葵さんだろう。
送別式は和気藹々とした雰囲気で終わり、今は外に出てみんなで話している。これから何人かで集まってご飯を食べに行こうとしたところだ。
断る理由もないので、彼女のスマホの画面に収まるようにみんなで集まって、ピースサインをした。ありがとうございます、と笑顔を浮かべて去っていく結城さんは、次はあみゅーずがーると花筏夜想曲の方へ向かっていった。
誰が死んだと言っても、ロックは多分死なない。ROCKIN ECHOは、たぶんこのロック氷河期だから、死んでしまうのではないかと不安になったのだろう。じゃないとジャズが死んだと勘違いなんてしなかったからな。
明日も明後日も、その次の日も、音楽は生きている。
(おわり)