複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.13 )
日時: 2016/02/28 09:14
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: xV3zxjLd)
参照: 次郎「大学に未練はないぜ。その事で揉めた両親とはまだ和解してないけどな」

【花筏夜想曲/鼓神楽】
11◆合同練習(2)
 凪と神無と三人で近くの和食料理店で早めの昼食をとってスタジオに戻ると、もうほとんどのメンバーが集まっていた。ECHOは食後の一服、という感じで窓を開けてタバコをふかしていて、あみゅーず・がーるの三人は少し離れたところで楽しそうに喋っている。あみゅがるのメンバーの神宮寺が「あら、おかえりなさい」と俺たちに微笑んでいて、返答に困っていると、凪が彼女に軽く挨拶を返してくれた。その様子を見ていたECHOの最中が言う。

 「はぁ、俺も春島なんかに付いてかないで花筏夜想曲と飯食べたら良かったぜ。いいもの食ってきたんだろ?」
 「左様じゃ! 今日の昼食は、ミシュラン一つ星の和風料理店『竜夜』での。美味じゃったぞ」

 ドラゴンナイト...? と頭の上にハテナマークを浮かべている、ECHOの春島。きっと今彼の頭の中では、月の光と星の空と火の鳥が友達のように踊っていることだろう。この春島という奴は英語系の学校を出ているか、もしくは帰国子女なのだろうか。さっきから俺達の音楽や言葉をことごとく英訳してくる。花筏夜想曲は和に重きを置いたバンドなので、できれば外国の言葉に変換せず、日本の言葉で聞いて欲しい。

 「あ、みんな集まったー? スタジオいっぱい借りといたから、ここからは各パートで練習ってことにしまーす! それぞれ他バンドのいいとこをたくさん吸収してくださーい! 解散!」

 どこから持ってきたかわからない、黄色のメガホンで叫ぶのは、ECHOの清藤だった。彼女はこのバンドのリーダーらしく、ボーカルの春島を置いて前に出てくることが多い。しかし、合同練習ってこんな軽いノリで良いものなのだろうか。てっきり俺は講師でも呼んで、セミナーみたいなことをすると思っていた。
 ノリと適当でここまでやってきた、みたいな感じのECHOを見ていると、俺達のバンドのメンバーはいかにしっかりしているかがわかる。俺が今までやってきたことは、何もかも、寸分狂わず間違っていない。そういう事を自覚できるという点で、彼らはとてもいい反面教師だなと思った。

 女子三人でワイワイしているドラムパートとベースパート、話が弾んでいそうなキーボードはすぐに用意されたスタジオへ向かった。次いでギターも別室へ移動する。ホワイトボードに書かれた「練習スタジオ」によると、俺達に割り当てられたスタジオは、最初に集合したこの場所らしい。一番広いところだ、と軽い優越感に浸っていると、あみゅがるの矢羽田が突然こんなことを言い出した。

 「こういうとき、一番先にすることがなくなるのがボーカルパートなのよ。楽器には基本練習とかスケールがあるけど、歌い方なんてそれぞれみんな違うでしょ」
 「だからといって、練習をしないわけにはいかないだろ?」

 俺は持ってきた歌い方指南の教本をリュックから出した。これはとてもためになる本で、バンドのコーラスの桜にも貸したら見違えるように上手くなったから、ぜひ他バンドも活用して欲しいと思ったのだ。

 「花筏夜想曲ってコーラスいたっけ? いいわね、豪華で。あみゅがるは随時新メンバー募集してるけど、プロデューサーが全部落とすのよ」
 「いや、花筏にコーラスパートはない。ギターの桜がコーラスも担当してるんだ」

 ふーん、弾きながら歌うのって結構難しいのよと矢羽田は言う。
 女性は苦手だ。特に、このようなキャピキャピした、学校で言うとクラスの上位カーストに居そうな女は特にだ。どこを見て話せばいいかわからなくなる。矢羽田はしっかりこっちを見て話すから、余計にどうしていいかわからなくなった。

 「あの子って京都の生まれ? あみゅーずの香美波さんとはまた違う方言話すけど。ギターの他に和楽器とかも弾けるの凄いよね」

 大人しくしていたECHOの春島が助け舟を出すように聞いてきた。彼の言うとおり、桜は京都の名門の生まれで、幼い頃から三味線や琴を習っていたらしい。ギターの腕前もかなりのものだ。桜は花筏の自慢のギターパートだ、と俺は思っているし、公言してきている。

 「ああいうシンプルに上手いギターもいいけど、平ポンの霞ちゃんのギターも味があっていいと思わない? 初期の頃はあのエグいベースに音負けてたけど、最近じゃあ独特の魅力が出てきてさ、僕好きなんだよ」

 春島は俺の持ってきた教本片手にそんなことを話した。平成ポンデライオンといえば、凪がよく聴いているバンドだ。音や歌詞、世界観が面白いと言って、前はCDを借りてきていたから、俺も何度か聞いたことがあった。
 素人には分からない良さだという感想を持ったことは覚えているが、ギターがどうとか、ベースの音だとかには気を配ったことがなかった。俺自身がボーカルだから、ボーカルしか聞いていなかったのかもしれない。これが職業病というやつなのだろうか。
 同じく矢羽田もぽかんとしている。「春島くんって結構マニアックなんだね」と言って、愛想笑いのような曖昧な笑顔を浮かべていた。すると春島は途端に焦り始めて、とっさに考えたような言葉をしゃべり出した。

 「う、ううん? 普通の音楽も聴くよ。ドライブとか行く時は、もちろんSubterranean流すよ」
 「なんでSubterranean限定なんだよ」

 矢羽田にマニアックなんだね、と言われたことがショックだったのか、春島は慌てて言葉を取り繕い始めた。彼も女性に免疫のないタイプと見た。かといって、こんなにわかりやすい奴に親近感はわかない。俺は教本を捲りながら、発声練習のやり方、の欄を探す。

 「Subterranean、私好きよ! 中学生の時、サカナクションとか聞いてたからかな。ああいうお洒落なサウンドのバンドも良いのよね」
 「......だよね、いいよね、Subterranean! メンバーも可愛いし、最高だよね」

 ぎこちなく微笑む春島と、嬉しそうに語る矢羽田。それだけならまだいいけれど、「鼓くんは普段どんな歌聞くの?」と俺にまで話を回してくるのはやめてほしかった。普段なら、そんなこと喋ってる暇があるなら練習をしろと一喝してやるところだが、よく考えるとこの二人は花筏夜想曲のメンバーではない。無理に練習に付き合わせる必要は無いのだ。ええと、よく聞く音楽か、と思い返してみて、

 「よく聴くというか、目標にしてるのはやっぱりedgeだな。いつか同じ舞台に立てたら良いと思っている」
 「やっぱedgeはかっこいいもんねー! 私も好き、歌うまいし!」

 模範解答のようなことを口に出してみる。実際、edgeはそれなりに聴くものの、一番聴くと言ったら自分たちの曲なのだ。過去の曲を聴いて、足りない部分を探し、改善していくことに毎日努めている。ECHOはほとんど自分たちの楽曲を聞かないらしいので、それもまた驚いた。春島によると「好きな歌が多すぎて、自分らの歌なんか聞いてる暇ないんだよね」らしい。彼らは一度作り上げたものに関しては放置主義なのだ。あみゅーず・がーるは言わずもがな、他人の作った曲を歌っているから曲作りのことについては詳しくない。また、他のバンドより花筏夜想曲が優れていることを実感してしまった。合同練習も、悪くないものだ。

 「あのedgeのボーカルは本当に上手いな。俺も見習わなければ」
 「そうそう、ほんと。ECHOなんてみんなボーカルできるからさ、僕の立場ないんだって。特にゆゆちゃんは荻野目洋子みたいな歌声しててほんとに上手いんだよ。僕がもしECHOからはぐれたら花筏に入れてよ」
 「......残念だが、人手は足りている。あみゅーず・がーるに入れてもらってくれ」
 「あみゅがるもルックス審査厳しいし、そもそもガールズバンドなんだから男が来たら即突っぱねるわよ。それに今プロデューサーが、Subterraneanから葵ちゃんをキーボードとして引き抜こうとしてるの。二人もいらないでしょ」

 えー、みんな冷たいなぁと春島は笑う。俺はファンに「女装が似合いそう」と言われる程度には、細めの体型をしていると自分では思っているけれど、春島はたぶん俺より身長が低いし体も丈夫そうには思えない。顔立ちも割と中性的な部類だから、本気で頑張ればあみゅーず・がーるは無理でも他の緩いガールズバンドには入れてもらえそうだぞ、と適当なことを思ってみる。

 「......あ、そうだ。よかったら連絡先教えてくれない? さっきの演奏、二バンドとも良かったし。今度対バンしよ」

 話題も尽きてきた頃だった。しばらくは三人でバンドのことについて話していたが、次第に話すこともなくなってきて、矢羽田はコンビニへ出かけた。残った春島と「ライブのMCは難しいから、正直人に任せたい」という話をしていたら、想像以上に時間が経っていたらしい。いつの間に帰ってきたのか、スマホを持った矢羽田がいたので驚いてしまった。

 「ももこさん、対バンなんてそんな軽く決めていいの? ECHOってライブじゃあステージからコンドームばら撒くバンドだよ」

 至極真面目な表情で春島は言うので、飲んでいたペットボトルの水が喉に引っかかってむせそうになった。こいつは女性に免疫があるのかないのかさっぱり分からない。「ふーん、じゃあ対バンのときはやめてねって香絵子ちゃんに言っといて」で流してしまう矢羽田もおかしい。やっぱり俺は、他のバンドよりも花筏の方が身にあっている。
 早く帰りたいと思った瞬間に、別のスタジオからドラムパートが帰ってきて、「もう終わりの時間かな? これからドラムはみんなでご飯行くから梅ちゃん借りてくねー」と主催者の清藤がまた黄色いメガホンで叫ぶ。
 その後簡単な挨拶をして、俺達は解散になった。今回の練習で何があったか、あとで凪たちにも聞いてみよう。俺にほとんど収穫がなかった分、他のメンバーたちは何かを持って帰ってこられていればいいなと思いながら、凪が呼んだタクシーに乗った。