複雑・ファジー小説
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.14 )
- 日時: 2016/02/29 07:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: XnbZDj7O)
- 参照: ゆゆ「料理は好きでよくお菓子とか作るの、メンバーにあげたりは絶対しないけど」
【平成ポンデライオン/野田原エミ】
12◆昼下がり
「ああもう、なんでわかんないかな......! 使ったものは片付けてって言ってるでしょ! エミ、マスキングテープ床に置きっぱなしにしないで! 一嶺はどこいったの?」
「相変わらず騒がしい女だ。こっちがようやく曲作りする気になったってのに」
昼下がり、スタジオ。平成ポンデライオン。私は床に置きっぱなしにしていたマスキングテープを拾いながら、些細な言い合いをしている霞と高橋くんを見ていた。
空気には色があると思う。家族がいる暖かい実家はオレンジ。朝のホームルームが始まる前の教室はライトブルー。今このスタジオは淀んだ色だ。でも霞と高橋くんは、すぐに仲直りする。二人とも私が思っている以上に大人なのだから。霞は高橋くんを尊敬しているし、高橋くんも音楽に対して真摯な霞のことはわかっているだろう。無関係を装って、私はコンビニで買った文学誌を広げた。これはECHOのハルシィのエッセイが載ってるって聞いたから、すぐに買っちゃったもので。
多分これは、高橋くんは好まないだろう。彼は伊藤計劃や小野不由美が好きだ。手軽に読める歌詞みたいな、短歌や俳句が好きな私とは違って、彼は設定が練られた本格的なSFを好む。だから、これはあとで朝縹くんに見せてあげよう。私の勧めたものを熱心に読んで、丁寧に感想まで伝えてくれる彼は、勧める側にとって、とても嬉しい存在だった。
口喧嘩は終わったものの、スタジオには張り詰めた空気が漂っている。エミたちがだらしないからダメなんでしょ、と不満そうな霞と、黙って曲作りに戻る高橋くん。どちらともこれ以上怒らせると面倒なことになるなと思って、私は文学誌に視線を落とす。
「あれ、俺ちゃんの煙草隠したの誰〜?」
緊張感なんてあったものじゃない。間延びした声がスタジオに響いて、私は思わず文学誌から顔を上げて振り向いてしまう。さっき霞が買ってきた、お菓子の詰め合わせのラッピングのリボンで長い髪をまとめている瀬佐くんがやってきた。
「あぁ、ごめん。私よ」
彼は一日二箱くらい吸っている気がする。同じボーカルパートとして、喉にはお互い気を使っていかなくてはならない。しかし、ヘビースモーカーの瀬佐くんは煙草をやめるのをとても嫌がる。だからたまに隠してみたりするのだけど、全然効果はなくて。
「ECHO」という銘柄の安い煙草を彼に手渡した。午前中はレコーディングを頑張ったから、今日だけはいいかと思いながら。......あ、ECHOで思い出した。
「ねぇ、みんな!」
「なに?」
三人分くらいの「なに〜?」が一気に聞こえてくる。ランニングに出かけていた朝縹くんもちょうど今帰ってきた。
「えーっとね、ECHO主催のロックフェスに呼ばれてるんですけど、どうします?」
立ち上がって、文学誌をまた床に置いて、私はみんなを見渡す。平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。朝縹くんと霞にテレビ番組の大食いグランプリからオファーが来た時も、あみゅーず・がーるのプロデューサーさんが霞をスカウトしに来た時も、こうしてきた。みんな無関心そうに見えても、バンドの為にちゃんと話し合ってくれるから、私はこの時間を大切にしている。
「ROCKIN ECHO? あのポップバンドか?」
高橋くんは言う。霞も、「なんかあの人たち、かなりスキャンダラスなバンドだけど大丈夫なの?」と続く。瀬佐くんと朝縹くんは、基本的にほかのメンバーの意見を尊重する人たちだから、うん、とかそうだね、とか、みんなの言葉に相槌を打っている。
ECHOとの出会いは、去年青森であったフェスの「冬の魔物」まで遡る。日本のサブカルチャーにおいて最大手のフェスで、サブカルバンド枠で呼ばれた平ポンやECHOは真冬の青森に出向いた。その時私はECHOのみんなと意気投合して、遊びに行くことが多くなった訳だけど、他のメンバーはECHOと聞いても、いまいちピンと来ないだろう。
社交性がずば抜けているドラムの香絵子ちゃん、元ピアニストで、桜田みゆきと同じ舞台に立ったことのある小川くん、不器用だけど一番ロックをわかってる、歌ってない時は可愛いボーカルのハルシィ、男性にも引けを取らない激しいベースラインを弾くゆゆちゃん、メロディアスなソロがかっこいい最中くんと、ECHOはしっかりした実力派バンドだ。見た目やスキャンダルにばかり気を取られている人が多すぎるだけで、本当はとてもいい人たちなのに。平ポンとも馬が合うだろう。
「私はいいと思ったんだけど、みんなはどう?」
「僕はさんせー! 楽しそうだし、ためになるかもしれないし!」
元気よく右手を上げて、無邪気な笑顔を浮かべている朝縹くん。彼は私より30センチ以上背が高くて、いつも見上げないと目線が合わないけれど、すごく楽しそうに笑うから私は首が疲れてでも彼の笑顔が見たいと思っている。
平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。でも大抵の場合、みんな「好きにしろ」って言ってくるから私が決めることになっている。香絵子ちゃんに連絡を入れようと緑色のスマホを取り出した。返事はもちろん、イエスだった。