複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.16 )
日時: 2016/03/01 23:10
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
参照: 徹明「私服はZARAで買ってるよ。服には結構金使っちゃうんだよね」

【Subterranean/結城葵】
13◆彼女
 「葵ちゃん、次はどこ行こっか? お金なんて気にしないで、全部僕が払うから!」
 「ばーか春島てめえ、葵ちゃんはまだパフェ食べてるだろ? ちったぁ待ってろよ早漏!」
 「午後は俺とドライブに行こうか。こんな奴らなんて神保町駅に放り出してさ」

 昼下がり、ファミレス。超絶美少女葵ちゃんの隣には二人、手前の座席に一人男子がいる。彼らはROCKIN ECHOというバンドの男性メンバーで、この前テレビ番組の「Rock Music Japan」、通称RMJで共演した。
 前からスキャンダラスで面白いバンドだと思ってたから、キーボードの小川くんにライン聞かれた時はすぐに教えちゃった。ECHOって今ちょっと流行ってきてるし、ちょっとは良いお財布になってくれるかなと思って。そしたらこの人たち、予想以上にちょろくて、今日も「ご飯食べに行きませんか?」って誘っただけなのに朝からいろんなお店連れていってくれて、もちろん全額奢り。うーん、やっぱりバンドマンってバカで最高。隣の席にセシルマグビーとリズリサの大きな袋があるけど、これ全部買ってもらっちゃった。明日アリスちゃんにも報告しなきゃ。今度はアリスちゃんと、御影ちゃんを連れてきて、六人でトリプルお財布デートね。

 「ねえねえ、葵ちゃん今度はマルキュー行きたいなぁ」
 「了解!」

 三人の声が揃う。ちょろいなぁ。なんか、可哀想になっちゃうほど。
 ボーカルの春島征一くんは、亜麻色の肩につくかつかないかくらいの癖っ毛をずっと弄っている。視線も安定しないし、服装も「前日にHAREでちょっと買い足してきました!」って感じの、背伸びした高校生男子みたい。ライブではあんなに叫ぶし、歌って踊って飛び跳ねるのに、プライベートで会うとただの照れた笑顔が可愛い大学生って感じ。いっそのこと舞台の外でもあの気違いみたいなノリを貫いてくれたら、葵ちゃん的にもっとポイント高かったのに。なんかもったいないや。
 ギターの最中次郎くんは、バンドマンにありがちなマッシュヘアーに、鋭い三白眼を持っている。ガラス窓やショーウィンドウを見る度に前髪を直すから、春島くん同様かなり緊張してるのが見て取れる。服装は一言で言うとバンドマンって感じで、パーカーの中に着てるのは多分ニルヴァーナかなんかのTシャツ。街角インタビューで彼の写真を見せて、「この人の職業なんだと思う?」って聞いて回れば、きっと100人中100人が「バンドマン」って答えるよ。
 キーボードの小川徹明くん、彼が一番マシかな。さらっさらのプラチナブロンドの髪は綺麗に整えられてるし、顔立ちも整っているし、優しそうな雰囲気がある。服装も清潔そうなワイシャツに高そうなジャケットだし、多分一番お金持ってそう。車を持ってる、大学を出る予定、ピアノが弾ける、と彼氏にする条件を充分持ってるから調子に乗って、タレントやモデルに沢山手を出してるらしくて、週刊誌に定期的に載っているけど、なんかその気持ちちょっとわかるなぁ。

 「俺が払っておくから、先に店出てなよ」

 小川くんが優しげに微笑んでいる。その後ろでは会計レジで、買った荷物を床に置かないように頑張って持っている春島くんと、財布を取り出して小銭を探している最中くんがいた。お言葉に甘えて、葵ちゃん先に外に行ってまーす。



 一番高くて可愛い洋服が売っているフロアで、白のスカートを翻す。試着室から出てきた可愛い可愛い葵ちゃんを見て、三人ともすっかり目がハートになってるから面白い。これ全部買いまーすと店員さんに言うと、若くてお洒落な店員さんは嬉しそうに微笑んだ。ちらりと見えたワンピースのタグには、4万5000円って書いてある。ちょっと高いかな? ECHOは稼いでるし、可愛い葵ちゃんのためならこれくらい笑顔で出してくれるよね?

 「似合ってるよ、葵ちゃん! 世界一可愛いよ!」
 「やっぱり可愛いなぁ、うちのバンドの女性陣なんて目じゃないぜ」
 「白もいいけど、いつもライブで着てるようなゴスロリも見たいなぁ。これ着てみない?」

 わかりやすくハートマークを飛ばしてくる三人を見て、安心する。この反応なら買ってくれるよねー。鏡に写った葵ちゃんは、三人が言う通りとってもとっても可愛い。ーー間違っても、男には見えない。

 「葵ちゃん、次はあっちのお店がいいなぁー!」

 高級ブランドのお店を指さして、必殺のスマイルをお見舞いする。こんなにちょろい男はなかなか居ない。まだまだ貢いでもらうからね。

 マルキューを出て、山手線に乗って(可愛い上に有名人の葵ちゃんは、もちろん注目を浴びたし何回もサインしてあげた)、日も暮れてきたしちょっと疲れたから、最後は小さな公園で休憩することになった。噴水があって、天井付きのベンチがあって、ちゃんとデートしてる恋人達が何人か居たけれど、気にせずに空いている大きなベンチに座る。10個以上ある大きな紙袋を持って歩いてくる三人に手を振った。
 琴也くんにLINEしとかなきゃ。千葉ニュータウン中央駅前まで迎えに来てって。さすがに一人じゃあこんな多荷物持てないからね。彼車持ってるし、かなり便利なんだよね。

 「そういえば、葵ちゃん」
 「ん? どうしたの?」

 未だに話しかける度に緊張していそうな春島くんに、返事をする。できるだけ優しげに、気立てよく接してあげるとこういうタイプはすぐ落ちる。

 「俺達の中から一人選んで付き合ってくれるって話だったけど、誰にする?」

 普段より0.5割増しくらいでカッコつけている最中くんを見て、はっとした。そんな約束したっけ? いや絶対してない。思い返してみると、一つだけ思い当たる節があった。昨日通話した時に寝ぼけてたから、その時、もしかしたら、そんな約束をしちゃったんじゃないか。

 「誰にする? もちろん俺だよね?」

 ニコニコしている小川くんが今は怖い。どうしよう、葵ちゃんバンドマンと付き合うなんて絶対嫌なんだけど。なんか自分に酔ってそうだし、将来性ないし......。どうしよう、逃げだそうにも、買ってもらった服を放置したままにするのはもったいない。三人は期待の眼差しでこっちを見ている。葵ちゃんそんな約束してないって今更言ったらどうなるだろう? 
ああ、あんな寝落ち寸前みたいな状況で通話しなきゃ良かった。なんて思っていた、その時。

 「葵ー! 迎えに来たぞー」

 いつも啓発書ばっか貸してくる意識高い系の極みみたいな人だけど、今は後光が指した救世主に見えた。Subterraneanのメンバー、琴也くんが沢山の紙袋を持って立っている。隣には御影ちゃんもくっついていて、救われたと思って安堵する。

 「三人ともごめんねっ? 葵ちゃん、あの人が彼氏なの! でも今日は楽しかったからまた遊んで欲しいなぁ、じゃあね〜!」

 急いで車に飛び乗る。三人は驚いていたのか怒っていたのか分かんないけど、たぶんこの後に及んでも可愛い葵ちゃんに見とれてる。助手席に紙袋をたくさん積んで、隣に御影ちゃんを乗せて、琴也くんの運転する車は動き出した。千葉ニュータウン中央駅前に三人を残して、車はSubterranean共同スタジオへと走り出す。

 「葵ちゃん、またいっぱい洋服買ったの?」

 お人形のような御影ちゃんが、助手席の紙袋を見て言う。ちらりと見えたワンピースのタグには、5万7000円って書いてある。
 あの調子なら、ちょっと言い訳すればまた引っ掛けられそうだ。御影ちゃんとアリスちゃんも連れていけば尚更ね。営業スマイルではない本心の笑顔を浮かべて、御影ちゃんに言う。

 「今度は御影ちゃんも一緒に行こ。アリスちゃんも連れてさ」

 よくわかっていなさそうな御影ちゃんが頷く。ECHO、本当にいいバンドだからもっと売れればいいのになぁ。そう言うと、大体を察した琴也くんにため息をつかれた。街の中心部を出た車は、スタジオに向かって進んでいく。