複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.17 )
日時: 2016/03/02 22:49
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
参照: 縁「edgeだからって敬遠することないのにさ、本当の友達がずいぶん減った気がするよ」

【ROCKIN ECHO/最中次郎】
14◆ともだち(1)
 ロック氷河期のこの時代だ。新しくロックンローラーになる奴より、ロックに失望して辞めていく奴の方が多い。俺が去年までバイトしていたセブンイレブンの、同僚の仲西っていう奴もバンドマンだったが、今年の四月に解散してしまったと聞いた。
 思考停止した若者はedgeを崇拝し、ちょっと頭のいい奴らは洋楽に流れ、それ以外の人間が少しだけ聴くくらいのレベルになってしまった現代のロック業界で、生き残るのは難しい。逆に言うと、edgeってどんだけすげぇんだよ。そんな気持ちを押し込めるように、缶コーヒーを開けて飲み干した。

 「難しいんだよなぁ、ロックで食べてくのは」
 「私たち、食べるためにロックしてるわけじゃないじゃん」

 市ノ葉はギター仲間だった。青森であったロックフェス、「冬の魔物」で共演して以来、空いた時間に飯を食いに行くような間柄が続いている。たまにライブハウスで会った時はedgeのギターを真似て遊んだり、互いがテレビに出演した時は感想をラインで送りあったりしていた。さっぱりした性格で飾り気がない市ノ葉は話していて楽だ。あみゅーず・がーるとか、サブタレとか、花筏の女子に比べると断然話しやすい。
 コーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨てたが、狙いが外れて床に落ちた。市ノ葉は「なにやってんの?」と呆れたように言いながらも、転がってきた缶をちゃんとゴミ箱に入れた。意外と真面目な奴なのだ。

 夕方の公園のベンチに座る。ECHOも平ポンもこれからが一日の始まりだ。これからECHOは新曲のレコーディングがあるし、市ノ葉はラジオの収録がある。平ポンの中でも、エミちゃんと市ノ葉はメディア露出が多いほうだ。特に市ノ葉は、ギターの腕が壊滅的なももこさんをカバーするためにと、あのあみゅーず・がーるからスカウトが来たことがある。「ギタリストの女子」で、「ちょっと有名」ということで市ノ葉が選ばれたのだろう。こいつは顔立ちこそ整っているが、私服はパーカーに短パンだし、アイドルって感じでもない。あみゅがるのスカウトさんは誰でもいいんだなあといった感じが伺える。

 「あんた、今失礼なこと考えなかった?」
 「いーや、別に」

 感が鋭いな、と思いながら視線を逸らした。気も逸らすために、edgeのファーストアルバムの曲なんか歌い始めてみる。タバコに火を付けて煙を吐く。

 「edgeか。なーんか知ってる歌だと思った」
 「まあな」

 夕方の空に登っていく煙を見ながら言葉を交わした。平ポンもECHOも知名度的には同じくらいだから、話が合う。週刊誌に載っていた「バンドマンが選ぶ、今一番殺したいバンドマンランキング」上位陣の話でも心置きなく盛り上がれる。実はぶっ殺してえんだよな小川。

 「......でも、やっぱりedgeは凄い。やってる事が全部新しいんだもん。あれが革新者ってヤツだと思う」

 真剣な目をして言う、市ノ葉の言う通りだった。時代を引っ張っていくのはいつもあんな奴らだ。わかっている。初めてニルヴァーナを聴いた時のような衝撃があいつらにはある。
 今このedge一強時代、バイトせずに食っていけるバンドマンなんて、一割も居ないんじゃないだろうか。俺だって去年までそこのセブンでバイトしてたし、春島はパチ屋で働いてたし、平ポンのエミちゃんもバンドの収入の他に本を出したりして稼いでるからな。
 しかし市ノ葉は、この状況に頭を落とすことはない。気楽そうに言葉を続けた。

 「たださぁ、今この中堅どころっていうの? そんなポジション、けっこう好きなんだよね。メンバーとの関係も良いしさ。平ポンって、一位に躍り出るようなバンドでもないし」

 それはECHOもだ。ECHOと平ポンは、立ち位置ややりたい事が似ている。メンバーの緩い感じもECHO程ではないがある。好きなことだけをして売ってきたECHOと平ポンは、切っても切れないような関係だった。だからこれからもお互い、こんな緩い感じでやっていけたら良い。平ポンが爆発的に売れたら俺はアンチに寝返るからな、と言おうとしたけれど、それはやめておいた。代わりにこんな一方的な約束をする。

 「絶対売れるなよ」
 「なにそれ」

 夕暮れ時。適当に挨拶を交わして別れた。レコーディングの予定時間まであと三十分しかないが、どうせECHOのことだから三人くらいは遅れてくる。駅の方へ歩き出した。