複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.18 )
日時: 2016/03/06 10:42
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: w4lZuq26)
参照: 武明「子供に音楽をやらせようって気はあんまりないね。みゆきはすっかりその気なんだけどさ」

【ROCKIN ECHO/清藤香絵子】
15◆事故
 「みんな! いきなり集めたりしてごめん。今事故があって......!」

 夜中の公園に集まったECHOの三人の目は怒りと不快感に満ちていた。約一名、出来上がった奴がいるけどそれは気にしないで話を続ける。

 「なんだよ、こんな時間に呼ぶなよな! 俺は毎日八時間睡眠取らなきゃ次の日機嫌が悪いんだよ!」
 「睡眠不足はお肌の大敵なのよ......? 香絵子も女なんだからちょっとはわかるでしょ......」
 「かえこさーん、僕だけ遅れてごめんー。埼京線で吐いちゃってさ。たはー」

 スウェットのままの最中、目を擦っているゆゆ、替えを貰ったのか、見たことのないユニクロっぽい服を着てる春島。この状態では明らかに話になりそうにないけど、私は伝えなくてはならないことがある。

 「小川徹明、酒気帯び運転で逮捕されました......」



 タクシーで向かった先は、小川が飲んでいた店。住宅街の近くにある隠れ家的な店だった。平ポンの瀬佐くんと一緒に飲んでいたらしく、彼から一件だけラインが入っていた。「小川ちゃん逮捕なう!」いや逮捕なう! じゃねえよ! と思いながら、彼が待っているという場所を探す。

 「あ、いたいた! 瀬佐くん!」
 「やっほ〜! ECHOさんこんばんは! はじめましてだったよね?」

 ゆゆはまだ眠そうにしている。最中は少しずつ目が冴えてきたのか、小川が人身事故、と今更驚いている。論外な春島は、平ポンの瀬佐さんサインください、と勝手にはしゃいでいる。
 雑誌の付録のような粗末なゴムで、長い髪をまとめたラフな格好の瀬佐さんは、私たちに事件の全貌を説明してくれた。

 「小川ちゃんも、ばかだよね! 俺ちゃんやめとけって言ったのに、車で帰ろうとしてさ。スピード違反で捕まって、アルコール見つかったからって今、パトカー乗っていっちゃった」

 あーあ、小川くん前科持ち。ゆゆが吐き捨てる。
 小川はもともとハメを外すほど飲むタイプではなく、飲み潰れたECHOの他メンバーを各家まで送ってくれることもあったのだが、今回は瀬佐くんが全て奢ってくれたらしい。それでタガが外れて飲みすぎたのか......と私は瀬佐くんを見た。彼は誰もいない、街頭だけがぼんやり光る夜中の道路をふらふら歩いている。

 「小川ちゃん、まーた週刊センテンススプリングに載るんじゃないのー。お騒がせバンドマン、俺ちゃんは嫌いじゃないよーん」
 「俺ちゃんは嫌いじゃなくても、バンド全体の経営には問題ありまくりなんだって!」

 瀬佐くんも酔っているのかと思ったけれど、よく考えると彼はこれが平常運転だ。私はため息をつく。これから私たちも警察署行かなきゃ。今しがた調べた結果によると、酒気帯び運転は罰金50万円以下らしい。小川はスピード違反こそしたものの、事故を起こしたわけではないから、もう少しは安くなりそうだけど。あーあ、せっかくECHOとして稼いだ分がパーだよ。誰もいない夜中の歩道はやけに気味が悪い。いつも馬鹿みたいに騒がしい最中が黙ってるからなのか、ゆゆがいつになくだるそうにしているからなのか。

 「半分だとしても、25万か......」

 小川のバカ。そんな大金ぽんと出せるわけない。ただでさえECHOはギリギリで経営しているのに。今のご時世、ロックで満足にご飯が食べれるのはedgeくらいではないだろうか。もしかしたら、明日からまたみんなでバイト始めなきゃいけないのかと思うと、頭が痛くなりそうだ。
 「小川が人轢いたってマジかよ!」と若干情報が違う最中、キャバは嫌だからねと嘆くゆゆ、僕はロックスターだから何百万でも出すさと呂律の回っていない春島を無視して私は瀬佐くんに話しかける。

 「何円くらいになりそう?」
 「さーね? ひとつ言えるのは、立派な犯罪で前科になるってこと。免許は確実になくなるねー。よくて10万くらいじゃない?」
 「そんな......」

 もっと楽観的な答えを予想していたのに、瀬佐くんはわりと現実的だ。俺ちゃんも酒大好きだけど、ルールや節操はちゃんと守るからね〜。変に伸びた脳天気な声がすり抜けていく。
 どうしていいかわからなくなっていた時、ぽん、と肩を叩かれた。

 「だから、今回は授業料だと思いなよ! 俺ちゃんがちょっとだけ出しておくから、とりあえずその後ろのヤバそうな三人は帰りな?」

 ひらひらと手を振られる。これから第二千六百二十五回目のECHO会議を行って、一人あたりの負担額を話し合う予定だったのに。驚いて瀬佐くんを見上げると、彼はへらへらと笑顔を浮かべていた。

 「授業料って......!」
 「小川ちゃんと飲むのは楽しかったからねー! これくらい出してあげるよ」

 瀬佐くんはポケットからよれた財布を取り出した。それはびっくりするほど厚みがあって、罰金ならすぐに払えてしまいそう。念のため私も警察署についていくと言い張ったが、「一緒にいたのは俺ちゃんだし!」と瀬佐くんは、少し先の警察署に向かって歩き始めてしまった。追いかけようにしても、この状態の三人を置いてはいけない。
 瀬佐くんの姿が見えなくなるまで呆然としていたけれど、やっと我に返った私はまたタクシーを呼んだ。すでに立ったまま寝そうな三人を後ろに乗せて、私が助手席に乗る。しばらく夜中の道路を走っているとピコンと携帯が鳴った。瀬佐くんから、「18万円無事に支払ったなう!」との着信。いや支払ったなう! じゃねえよ! と思いながら、私は今度会った時のお礼を考え始めた。