複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.19 )
日時: 2016/03/09 01:31
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)
参照: 瞬平「飼育員も楽しかったけど、昔から大好きだった音楽に没頭してる今が一番楽しいかな」

【平成ポンデライオン/朝縹一嶺】
16◆港町
 ラジオの企画でエミちゃんの一人旅に付き合うことになったんだけど、エミちゃんは一人でどこかに行っちゃうし、霞ちゃんもそれを追いかけて行ってしまった。朗楽くんはさっきまではここにいたのに、もう姿が見えなくなっている。たぶんECHOさんかサブタレさんにでもあげるお土産を買いに行ったのだろう。残った僕と貴臣くんは、みんなが帰るまで小さな港町をぶらつくことになった。
 海の見える小さな店で買ったソフトクリームを食べながら、じりじりと真夏の日が刺す歩道を歩いていた時、貴臣くんはこんなことを言い出した。

 「前から思ってたんだが、あいつらの自由奔放さは一体なんなんだ? エミが居なくなると同時に霞も居なくなる。朗楽の奴も単独行動ときた。協調性の欠片もねえ奴らだ」
 「んー、いいんじゃない? みんな、楽しそうだし」

 いつも一歩引いた位置から平ポンを見ている貴臣くん。きっとここにエミちゃんがいれば、素直にごめんと謝るだろう。霞ちゃんがいれば、「協調性がないのはあんたもでしょ!」と叱るかもしれない。そんなことを思いながら、僕はどこまでも続く海と、水色の綺麗な空を見上げた。今日はいい天気だ。

 「みてみて、海ちょーきれい! しかもいい天気ー」

 いつも東京の騒がしい街にいるから、こんなにも世界が広いことを知ると、安心するし嬉しい。雲がひとつもない空だって、いつもはビルで全然見えない。エミちゃん達はどう考えるかわからないけど、僕はこんな雰囲気の街も東京と同じくらい好きだ。

 「空も海も、俺達が生まれる46億年前にはあったんだ。今更有難がる必要ないだろ」

 今は五月のはじめなのに、真夏みたいな暑さにうんざりしている貴臣くんはそう言う。俳優業もこなしているだけあって、そんな言動すらも絵になるな、とこっちも暑くてぼやけてきた頭で考えていた。
 貴臣くんは俳優でもある。ECHOのゆゆちゃんや、あみゅーず・がーるの三人によると、「めちゃくちゃ悪役が似合う俳優」。そんな言い方をすると、まるで貴臣くんの性格が悪いみたいじゃないか、と僕はちょっと不満だった。同じベースパートで、比較的平ポンと親交の深いゆゆちゃんですら、貴臣くんのことをあまり知らないみたいだ。
 でも実際、貴臣くんが悪役で出た映画やドラマは面白いみたいで、ヒットを飛ばしている。前に一度だけ、すごくホワイトな映画の主演をやったことがあるけどそれはビックリするほど売れなかったらしい。その映画が見たくて僕は何度も聞くけど、貴臣くんはタイトルも教えてくれないから、見ることは出来なかった。

 空はとても高くて、海は大きくて広い。ここでソフトクリームを食べている僕の存在は小さい。エミちゃん達にもこの景色を見せてあげたいのに残念だ。今はどこにいるのだろうか。僕も貴臣くんも、携帯を車に忘れてきてしまった。お互いネットやSNSにあまり手を出していないからだろうか、こういうところは良く似ている。

 「いつくるんだろうねー、みんな」
 「知るかよ」

 暑くてアイスと一緒に溶けそうになってきた。今年の夏はフェスにライブに忙しくなるだろう。
 エミちゃんや霞ちゃんは、今が一番のチャンスだと話している。この夏を頑張れば、平ポンは次の段階に進むことができるかもしれない。そうなると、46億年前からある空や海を見ている時間もなくなってしまう。空や海は昔からあるけど、僕がこの目で水色の空と、どこまでも続く大きな海を見るのは、あと何回なんだろう。波の音がすぐ近くまで聞こえてくるような気がした。

 「海を見るのも、最後かもしれないねえ」

 気がつけばつぶやいていた。溶け始めたソフトクリームがコーンを濡らしていく。貴臣くんと話しながら、味わって一口ずつ食べたのは失敗だった。もっと早く食べないと、全部溶けてしまう。
 いつかは僕らも溶けてなくなっちゃうからね、と付け足してみる。すると貴臣くんは、

「お前はいつも変だけど、時々途轍もなく変なことを言うな」

 と不思議そうな顔をしていた。