複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.2 )
日時: 2016/02/19 15:46
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)

【ROCKIN ECHO/清藤香絵子】
◆1 スタジオより

 「やっぱ、人生そううまくいかないものよね」

 ぽっかり空いてしまったスケジュール帳を見ながら、私は呟いた。生放送の予定が、ボツになってしまった。せっかく有名になるチャンスだったのに。
 千葉の田舎から上京して、一番最初に借りた思い入れのある古いスタジオの一室は、今や我がバンド「ROCKIN ECHO」の貸切状態になっている。
 私たちのメジャーデビューが決まった時、店長さんは自分のことのように喜んでくれた。しかし、気が大きくなって「いつでも一番いい部屋を無料で貸出してやる」なんて言ってしまったのは間違っていたと思う。今もはやここはスタジオとしての機能を果たしていない。山積みの人生ゲーム、床に転がるビールの缶、ぐちゃぐちゃの灰皿、誰かが勝手に持ち込んだソファー、お風呂用の小さなテレビ、食べ終えて箸が刺さったままのカップラーメン。一人暮らしの大学生かよ! と突っ込みたくなるほどの荒れ様だった。バンドマンと付き合ったら駄目ってよくananに書いてあるけど、本当その通りだと思う。

 「リーダー、そんな怒んなくても良いじゃん」

 緑色のソファーに転がって、有名音楽雑誌「ロキノンジャパン」を読んでいた、メンバーの最中次郎が面倒くさそうにこっちを見る。そうそう、ほんとそれー、と他のメンバーのだるそうな声も飛んでくる。
 元はというと、こいつがラジオで「好きな女性の下着の色は?」っていう話題で三十分の枠を全部取ってしまったのが全ての元凶だった。
 さっきNHKから電話が来て、真面目な生放送の音楽番組への出演がなくなったことを聞いた時、まっさきにこれを思い出した。......いや、今思うと多分それだけじゃない。女性メンバーの雪村ゆゆはフライデーされるし、ボーカルの春島征一は匿名掲示板でクスリやってる疑惑とか言われてるし、ビジュアル担当の小川徹明は女性タレントに手を出すし、ちょっと売れだした途端すぐこれだ。「この衰退したロック業界に旋風を起こしてやる」って誓って組んだバンドなのに、今や「これだから最近のロックは」って言われるバンドの代表格なのがROCKIN ECHO。
 こんなんじゃダメだ。練習もしないでダラダラして、酒ばっかり飲んで、警察に補導されてやっとのことで自宅に帰りついたあとは昼まで眠る、そんな奴らの音楽に共感するファンなんているわけない。次のライブで発表する予定の新曲はどうするのよ。アルバムは? アルバムを出すとしたら、ツアーは? 考えることは山積みなのに、五人分を全部私一人で消化しなきゃいけない気がして、こっちのやる気も削がれてくる。ああ、早く有名になってソロ活動したい。

 「早く夏フェスになんねーかなー。edgeと顔見知りになって、あわよくばインスタに写真上げたりしてくれないかなー」

 ロキノンジャパンの、「全国ツアー決定! edge特集」という記事を見ながら、ギター担当の最中は窓も開けずにアメリカンスピリットをふかしている。
 うちらECHOは、日本のロック最大のフェスである夏のロキノンフェスタ、通称夏フェスに今年初出場が決まった。そこは今のロック界のトップのedgeや、読者モデルから異例の歌手デビューを果たしたきゃろらいんぽむぽむなど幅広く出場している、日本のロックミュージシャンの憧れのような場所だった。だから今年出場が決まったECHOは喜び勇み、文字通り狂喜乱舞したんだけど、こんなだらけきったバンドが出てもいいのだろうか。もっと真面目に夢を追いかけてるバンドもあるんじゃない? なんて、私が言ったら終わりか。

 「edgeかー、僕達もコネがあればあれくらいビッグなバンドになれたのに」

 アンプに繋いでいないベースと、煮えきらないキーボードを従えて「ホテル・カリフォルニア」を口ずさんでいた春島が言う。ボーカルの彼には彼なりのプライドがあるらしくて、たとえそれが鼻歌でも、歌っている歌を途中で止めて話に入ることは滅多に無かった。よほどこの話に入りたかったらしい。
 edgeは、この衰退した日本のロック界に一大旋風を巻き起こしたバンドだ。「やりたかったことを全部edgeにやられてしまった」と不満気なキーボード小川は、冷蔵庫から冷えた梅チューハイを取り出す。女子かよ。
 セッションが突如終わって暇を持て余したらしい。黒髪を背中まで伸ばした、ぱっちりした瞳の女性ベーシスト雪村ゆゆが、雑誌をのぞきながら言った。

 「あたしもedgeのライブは見に行きたいなぁ。ギハラくんはかっこよくて歌うまいし、鍛冶屋さんはライブでも全然ミスしないみたいだし、高村くんはファンサービスいいらしいし、柊くんはMC面白いらしいし...」
 「「「うるせぇビッチ!」」」

 男性メンバー三人分の罵声を浴びつけられた雪村ゆゆは、特に気にする素振りも見せず、いちごオレを飲んでいる。「お前フライデーされるの何回目だよ」とか、「そろそろ週刊センテンススプリングに特集組まれるぞ」とか言いたい放題の男性陣には見向きもしない。「美少女すぎるベーシスト」として話題になったゆゆには、私のおかげでバンドが売れたという絶対的な自信があるし、実際ライブにはゆゆ目当てのキモオタも多いから、モテないバンドマンの意見などどうでもいいのだろう。

 「あ......そういえば、あのボツになった生放送、確かedgeも出てたよな」

 まだロキノンジャパンから目を話さない最中が言う。edgeとの差が開くわね、とゆゆも続けた。またひとつ、有名になるチャンスを失ったのかと悟った。私たちは、いつになれば彼らと同じ舞台に立てるのだろうか。こんなことしている暇なんてないのに。
 再び始まったホテル・カリフォルニアのゆるいセッションが、耳をすり抜けていった。