複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.25 )
日時: 2016/03/18 23:02
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: FpNTyiBw)
参照: 香美波「ウチ、こう見えて賭け事には強いねん。ポーカーでもしいひん?」

【ALTER ENEMY/詠田棗】
20◆ALTER ENEMY
 チケットの売上数が先輩バンドに勝ってしまい、複雑な気持ちで臨んだライブも終えてみればまぁ楽しくて、気分が高揚した成り行きでバンドとスタッフさんで焼肉に行くことになった。午後十時だというのに、品川駅は人で溢れて鬱陶しい。

 ついていくのは今回だけですからね、と千尋さんが言う。働きに出ている妻の菜々さんのかわりにいつも家事をこなしているらしいから、今日は一人家に残してきたのが気がかりなのだろう。しきりに携帯電話を弄って妻に連絡を取っている彼を見て、妻帯者は大変だなぁとぼんやり思っていた。

 「千尋は心配性だなぁ。そんなに菜々ちゃんが心配なら猫でも飼ってみたら? 家に一人増えるだけでも、かなり心強いんだよー」

 金色のロングヘアが特徴的な女子、月乃が言う。猫を「一人」と換算してしまう彼女は、ポジティブでマイペースで、場を明るくしてくれることもあれば、空気を読まない発言で暗くすることもある。

 「僕も妻も家を開けることが多いので、猫はまだちょっと、って感じですね」
 「えー。もったいないのー。こんなに可愛いのに」
 「わっ、ちょっと、どこから連れてきたんですか!」

 はっとして月乃を見ると、案の定、ふてくされたような表情の三毛猫を抱いていた。どこから連れてきたんだ、と俺も聞くと、「月乃くらいの人格者になると、猫が勝手に寄ってくるんだよ」と笑う。

 「はいはい、ちゃんと前見て歩く。店着いたよ」

 呆れたような顔をしているのは、実質このバンドのリーダー的存在である帝だった。
 帝が調べた焼肉の店は口コミでも評判のいい有名なところで、非常に喜怒哀楽がわかりやすい月乃だけではなく千尋さんも目を輝かせている。最近はずっと忙しかったから、帝と俺とスタッフで話し合って少しだけ高級な店に行くことにしたのだ。

 高そうな店だな、と俺の少し前を歩いていた和泉も言った。和泉は新しいものが大好きで、今回も「品川だったらこの前新しくできた寿司屋がいい、むしろ秋葉原がいい」なんてさっきまでは言っていたが、この店もそれなりに気に入ったようでよかった。
 余談ではあるが、「正統派ロック」で売り出しているALTER ENEMYのドラマーである彼は、意外なことに「卑怯ドラム」なる手法を一切使っていない。ドラムに詳しくない俺は、「サビで裏打ちになって盛り上がってます感を出す」くらいの知識しかないのだが、2010年代のSETU-BOON、フェスの極み乙女、鍵トーク(全部うろ覚えである)に多用された手法であるこれを使わない和泉のことは素直にすごいと思っている。今でもECHOなんかはこれだし、あみゅーず・がーるもそうだ。サブタレは凛として時雨系統のエグいドラムをちっちゃい女の子が叩いているらしいが、アルエネが自称音楽通の音楽ブログであからさまに叩かれないのは彼の存在が大きい。卑怯ドラムってだけで叩かれた時代もあったし。

 ふと携帯を見ると、卑怯ドラムの使い手であるECHOの香絵子さんから連絡が入っていた。「おつかれさま!」と。先に四人に店に入ってもらうように頼んで、香絵子さんに電話をかける。そういえば、頼んでおくことがあったのを忘れていた。

 「もしもし、香絵子さん?」
 『はーい、香絵子でーす。おつかれ、久しぶりー』

 後ろではゆゆさんと征一さんの笑い声も聞こえる。きっと例の居酒屋BIGに彼女はいるだろう。前にした約束も忘れている。店に入っていく途中の月乃と目配せして笑いあった。月乃もたぶん、あの約束を思い出していることだろう。
 俺は香絵子さんに言った。

 「チケットの売上勝ったので、今度アルエネ全員飲み連れていってくださいよ」