複雑・ファジー小説
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.26 )
- 日時: 2016/03/22 09:02
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: a0p/ia.h)
- 参照: 有栖「ちっちゃい子ってカワイイよね!!抱きしめたくなっちゃうよね〜!!」
【ROCKIN ECHO/雪村ゆゆ】
21◆前座
ついにこの時が来た。edgeのライブの前座を務めることになったのだ。アイドルバンドのあみゅがるはさておき、サブタレ、平ポン、花筏、アルエネを差し置いてECHOだ。あたしたちは大いに喜び、香絵子はスタジオの中で湿気った花火に火をつけて、春島くんはコストコで馬鹿でかいアイスを買い、モナカちゃんはB'zの「MOTEL」を弾き始める始末(モナカちゃんはこの歌が世界で一番好きらしい)だったから、ラジオの収録から帰ってきた小川くんはかなり驚いていた。鳴らしたクラッカーの後始末をするために箒とちりとりを出すあたしに、「何があったの?」と聞く小川くんは、均整の取れた綺麗な顔の大きな瞳をめいっぱい開いている。
「edgeの幕張メッセのライブで、ECHOが前座をすることになりました!」
「うそ!? マジで!? edge!?」
小川くんの反応でまたテンションが再燃したのか、再び飛び始める香絵子、今度はMステのテーマ曲を弾き始めるモナカちゃん。いつも大人しい小川くんもこれは嬉しかったみたいで、あたしたちは手を取り合って喜んだ。嬉しい。
「やった! 何やる!? edgeの前座だって!」
「ね、すっごく嬉しい! もっと有名になるチャンスだよ!」
そもそもedgeのボーカル三岐原くんが、前々から香絵子と交流があったらしい。確かラジオとかで一緒になったことがあったんだっけ。香絵子の対人能力の高さにはいつも驚かされるな。彼女は中高時代イケてないバンドの希望の星だ。ECHOばんざい、ECHO最高。
「今からこのへんのタワレコ回ろうぜ! サイン残さないと!」
「むしろあの上の方に飾ってもらお! アー写も取り直そうぜ!」
普通にスタジオを出ると途中で会うであろう店長に嫌味を言われるので、私たちは廊下の大きな窓から外へ出た。小川くんはこの前免停になったけど、たぶん運転してもばれないから車に乗り込む。四人乗りの車に無理やり五人押し込んで、優雅に助手席に座ったあたしは、後ろに詰め込まれた三人をバックミラー越しに見て笑った。すぐ近くのショッピングセンターまで、飛ばしてもらおう。
「いやー、でもほんとにすごい! 僕まさかedgeと同じ舞台に立てるなんて......」
端っこで既に泣きそうな春島くんは、いざステージに立ったらどうなるんだろう。緊張で倒れられても困るんだけどな。
それはそうと、気がかりなことがある。香絵子は今からもっと忙しくなるだろうし、私も実はベース雑誌のインタビューやラジオなどで予定は多い。ECHOで集まることなんて、週に一二度くらいになってしまうのだろうか。売れてるバンドってたまに不仲説が流れたりするし、そんなものなのかもしれないけど、できればECHOはずっと仲のいいままがいい。edgeよりも目立つ気満々の香絵子たちを見ながら、私はそう思っていた。ふと平ポンのことがよぎる。ECHOって、そのへんの立ち位置でゆるくやってるほうが、性にあってるのではないだろうか。
これからECHOは有名になるんだから、小川はあんまりスキャンダルしないように、と香絵子は念を押す。それならモナカちゃんも自己満足なギターソロばかり弾くのをやめた方がいいし、春島くんもステージで気が狂ったようにはしゃぐのをやめた方がいい。あたしや香絵子にだって直すところは沢山あるはずだ。世に知られるということは、そういうことだった。
ECHOが、ECHOではなくなるような気がしたけれど、それならそれでいいのかもしれない。音楽に正解はないけれど、今までの「普通のバンド」から逸脱したECHOが、ついに普通になる時が来たのだと思った。