複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.29 )
日時: 2016/04/04 23:41
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: pGaqjlta)
参照: 葵「今日は葵ちゃんの誕生日なんだよ。 プレゼント、いっぱい貰っちゃったなぁ。」

【ROCKIN ECHO/春島征一】
24◆ともだち(2)
 今日はゆゆちゃんと二人で飲みに来ている。香絵子さんはあみゅがるの三人と、最中は平ポンのみんなと、小川くんはサブタレのメンバーと急に用事が入ったらしく、居酒屋BIGのカウンター席には僕とゆゆちゃんがぽつんと座っているだけだった。別に興味もない野球中継が流れている中、ファジーネーブルを飲みながらゆゆちゃんが呟く。

 「友達が少ないって損よね、私も平ポンあたりについていけばよかった」
 「僕も花筏と仲良くしてたら高級料理とか食べられたんだろうなぁ」

 ゆゆちゃんはどうか知らないが、僕にALTER ENEMYという選択肢は最初からなかった。後輩バンドに混ざって飲みに行くなんて、なんだか同期に馴染めない人みたいで嫌じゃないか。

 「店員さん、チャンネル変えてよ」

 ゆゆちゃんが、暇そうに新聞を読んでいる店長に言う。店長は無言でチャンネルを切り替えた。出てきたのは「完璧歌いきりまショー」とかいう番組。ゆゆちゃんは満足したみたいで、そうそう、これこれ! と嬉しそうにしている。歌詞を一度も間違えずに完唱できると100万円、という企画だった。
 僕が出れば確実に100万円取れる自信があるな。中学の頃から音楽にどっぷりな僕は、メイヘムから森山直太朗までバッチリ網羅しているはずだ。たぶん。

 「そういえば、ゆゆちゃんってどんな歌聴くの?」
 「んー、いろいろ」

 オレンジ色の甘そうなお酒は、すでにグラスにほとんど入っていない。
 日本のサブカル界隈で、ゆゆちゃんはちょっとした有名人だ。独自のファッションセンスも持つゆゆちゃんは、近いうちにブランドも立ち上げたいと言っている。新しい時代のために、まだ見ぬ女の子を探すという趣旨のコンテストである「ミスkD」の審査員としても出向いていくし、サブカルっぽいフェスがあれば京都の方まで飛んでいく。
 ECHOがバラバラになったとき、一番うまくやっていけるのは多分ゆゆちゃんだ。次点で医学部に途中まで通っていた最中。小川くんもピアニストとしての仕事はあるだろう。香絵子さんも、また予備校の事務をすればいい。結局最後に加入した僕が一番、ECHOにしがみついている。三年後には隣にいないかもしれないゆゆちゃんは、何も知らずにテレビを見て笑っていた。
 なんだろう、この一曲書けそうな、哀愁みたいな気持ちは。BIGの店長さんもまたルーズな人で、僕らはいつもやりたい邦題散らかしていく迷惑な客だ。店長は僕らの前に缶ビールを二本だけ置いて、新聞に夢中になっている。その横で、僕はゆゆちゃんに話す。

 「ゆゆちゃん、ECHOって、ずっとECHOのままだよね。僕達、ずっと一緒に音楽やるんだよね」
 「当たり前じゃん」

 思わずぶつけてしまったメンヘラっぽい台詞にも、真面目に答えてくれるゆゆちゃんは本当に話していて楽だ。いや、逆に申し訳なくて、今すぐ目の前のまずそうな焼酎を一気飲みしてアル中で死んでもいいやってくらいだ。そんな僕を他所に、ゆゆちゃんは続ける。

 「誰かが死ぬか殺されるか、その時まで私たちはECHOでしょ」
 「そうだよね、うん、そうだよ」

 自己暗示のように繰り返す。何度も何度も。僕らは音楽をやっていくしかなかった。そして、それを鮮やかで、フォトショも加工もしない無修正のまま世に発信しなければいけなかった。小川くんのスキャンダルも、香絵子さんが実はedgeのボーカルとデキてるって噂も、最中の有名私大中退も、全部ひっくるめてECHOだ。僕はそれを決していいとは思わないけど、悪いとも思わない。飾る必要なんてない、泥臭さこそロックだ。

 「こういう雰囲気の居酒屋でさ、『ロックは死んだ』なんて愚痴ってるおっさんを、ぶっ飛ばすようなロックがしたいね」

 ゆゆちゃんはそう言って柔らかく微笑む。横目で見る完璧歌いきりまショーでは、ウルトラソウルを完唱した芸人が100万円を獲得していた。
 グラスの中にもう酒は入っていなくて、仕方なく缶ビールを開ける。酔いが回ってきてふらふらしてきた。小川くんだったらこんな時、ゆゆちゃんをホテルに連れ込むんだろうけど、僕は当然そんなことも出来なくて、ただ缶ビールの底を眺めている。それだけでよかった。
 普段から甘い酒ばかり飲んでいるゆゆちゃんは、缶ビールに口をつけて苦そうにしていた。時刻はもう午前0時を過ぎているのに、まだ自分の家へは帰りたくはなかった。