複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.3 )
日時: 2016/02/19 15:49
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)

【ROCKIN ECHO/最中次郎】
◆2 東京
 夜中に春島と二人で、スタジオを出てコンビニに行った。なんとなく、一番近いところじゃなくて少し距離があるところを選んだ。
 最寄りのセブンでは「春のパンフェスタ」が開催されている。キティちゃんのコップを貰うためにシールを三十個集めなければいけないから、メンバーにも声をかけてなるべくシールが付いた対象商品を買ってきてもらうようにしていたのだが、今日は対象商品の野菜ミックスサンドイッチよりもファミマの弁当が食べたかった。

 「......いいの? セブンじゃなくて。欲しかったんじゃないの、キティちゃんのやつ」
 「一日くらいサボったって大丈夫だろ」

 生気のない濁った瞳が、「ていうか、なんでそんなにサンリオのコップが欲しいんだよ」と言いたそうにしている。そんなのどうでもいいだろ、今使ってるコップは元カノと一緒に買いに行ったペアのコップなんだよ。そんなもん早くさよならしたいに決まってるだろ。
 コンクリートジャングル東京に桜は咲かない。田舎にいた頃はよく、友達と自転車を飛ばして夜に集まって、「お花見」と称した火遊びをした。あの時の空はとても広く壮大に見えたのに、東京の空はセンスのない小学生が図工の時間に書いたみたいだ。
 東京に星はないけれど、と隣で歌い出す春島を眺める。こいつは一度歌い始めたら曲が終わるまで黙らないから、俺がひとりで喋ることにした。

 「なあ、なんで『東京』ってタイトルの曲はいっぱいあるのに、『千葉』ってタイトルの曲はないんだよ」

 舞浜とか、曲のネタにするには絶好だと思う。片側には夢の国があって、もう片側には普通に会社とかビルとかがあって、まるで異世界との境界線にいるみたいだ。空港の自動販売機に感銘を受けて一曲書いた事のある春島ならわかると思うけど、こういう些細なところに曲作りのヒントが転がってたりすることもある。
 東京は、俺が暮らしていた、テレビもないラジオもない東北の田舎よりもずっと広い気がした。でも、本当は狭くて、鉄線が絡み合う窮屈な場所だと知った。最後のアメリカンスピリットにライターで火をつけると、間奏に入った春島に「歩きタバコやめてよ」と注意された。

 「いいだろ、誰も居ないんだし。お前もいる?」
 「いらない。僕セブンスターだし」
 「おっさんかよ」

 吐いた煙が登っていく。どうせ綺麗じゃない空だ、煙一つ増えたところで何も変わらない。

 「そういえば、小川は何吸ってんの?」
 「クールじゃない?」

 さっきまで歩きタバコがなんたらかんたら言ってた春島も、ポケットから箱を取り出して、オレンジのライターで火を付けている。道に誰もいないから、良いと思ったのだろう。
 小川とは、俺らのバンドのキーボードで、俺ら二人の敵。元ピアニストの小川は、生まれ持った高身長とイケメンスマイル(笑)と、バンドマンという特権を武器にして、女性タレントやモデルに手を出しては、フライデーに載っている。俺達ふたりには出会いなんて全くないのに、一体どこで小川は女性と知り合っているのだろうか。
 そしてさらにムカつくのが、小川は金を持っているモデルに何十万もする服やバッグを買ってもらっていることだ。小川はそれをすぐにオークションに出して、稼いだ金で他の女と食事に行く。こんなゲスを極めたような奴に、清らかな乙女たちが群がる理由がわからない。俺と春島は顔を見合わせて笑った。まあバンドマンなんて、みんなそんなもんだよなぁ。

 「それでも小川はリーダーとか、ゆゆちゃんには手を出さないから、いいやつだと思うよ、僕は」
 「......あの二人とモデルだったら、俺だってモデル選ぶけどな」

 俺の返答に、ぷは、と吹き出した春島は、酒でも入っているのかいつにも増して上機嫌だった。
 リーダーは男よりバンドに力を注いでいるし、雪村は誰と付き合っているのかわからないし、あの二人は論外だ。どうせ付き合うなら、あみゅーず・がーるのメンバーと付き合いたい。それか、平ポンのエミちゃん。女の話題になるとあまり喋らなくなる春島も、これには賛同してくれた。

 「東京って、意外と狭いよなあ。このまま彼女ができなくて一生売れないバンドマンだったらどうしよう」
 「その時はその時だろ。僕は今から宝くじ買っとくよ」

 ラジオ番組を持ってて、夏フェスにも出られて、もうバンド活動は十分な気もするんだけどな。かといって、就職する気にもならないから続けてるだけってわけでもなくて、もちろんedgeみたいに、もっと有名にもなりたいし、今はただ続けるしかないみたいだ。
 夜のファミマは明るかった。リーダーと雪村にビールを買っていこう。たまには小川も労ってあげよう。そう思って冷蔵庫が並んでいる売り場に近づこうとすると、雑誌コーナーの週刊誌の見出しに、「モデルの鈴美チカ、元ピアニストのバンドマンと熱愛か」と書いてあった。春島と話し合った結果、小川にビールは買っていかない事になった。