複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.30 )
日時: 2016/04/16 12:12
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: zfEQ.qrn)
参照: 蓮太「ゲームは得意なんだ。学生時代そればっかりやってたからな」

【ALTER ENEMY/邑楽帝】
25◆同期
 双子の姉のきさきの買い物に付き合わされていたらこんな時間になってしまい、早足で駅を抜けて外に出る。これからNHKの音楽番組の収録があるから、うかうかしてはいられない。
 最近、僕の所属しているアルエネは軌道に乗ってきた。音を奏でていて、前よりレベルの高いものになっているのがはっきりわかる。通り過ぎたタワーレコードには、僕らの出したCDが並んでいた。
 ALTER ENEMYのジャケット写真やアーティスト写真は、現在美大で写真家を目指している僕の姉、妃が撮影したものだ。掲示板やブログでも、「アルエネのジャケ写は良い」と賞賛されているので、僕も誇らしい気分になる。
 僕らのCDが飾り付けられてピックアップされている、その上に貼られているポスターにはROCKIN ECHOがいた。五人でピースして、「NO MUSIC OR DIE!?」なんて、僕らの先輩は随分攻撃的な事を言う。それでも話してみると意外とみんな礼儀正しい人なのだ。特に香絵子さんが居なければ、あのバンドはここまで人気になっていないだろう。僕らも見習わなくては......と思った時、後ろから肩を叩かれた。

 「やあ、帝。久しぶりだな」

 振り返る。キリッとした金色の瞳、癖のない黒髪、シンプルな服装。友人の鼓神楽だと一瞬でわかった。僕は急いでいることも忘れて、笑顔を浮かべて挨拶を返した。
 神楽は花筏夜想曲というバンドで、ボーカルをやっている。和を基調としたバンドは今人気らしくて、動画再生サイトでもトップの知名度を誇っていた。
 そんな花筏は、女性メンバーが四人、神楽が一人だけ男性という構成のバンドだ。神楽はあの個性的な女性達をうまくまとめているのである。バンドに五人いて、自分だけ男だと肩身が狭くないか? と思ったこともあるけれど、よく考えるとうちで唯一の女性メンバーである月乃は普通に僕らに馴染んでいる。だから、神楽もそんなものなのだろう。実際、女の子みたいな顔立ちをしているし。

 「調子はどう? 神楽くん」
 「まずまず、ってところだな。最近アルバムのリリースが決まったんだ」
 「良かったじゃん」

 店の前のベンチに腰掛けて、僕らは会話を始めた。春の心地よい風が、街路の桜をひらひらと飛ばす。
 春といえば、花筏夜想曲だ。このバンドで一番ヒットを飛ばしたのは、桜を題材とした曲で、とても完成度の高い曲だった。僕はその曲を口ずさみながら、スマホで時刻を確認する。ここからスタジオまでは近いので、まだ話をしていても大丈夫だろうと判断した。

 「ところで、花筏は本当に良いバンドだよね」

 洗練された、シンプルなメロディーライン。和楽器の雅な響き。僕は花筏が好きだった。edgeやECHO、アルエネはロックというジャンルを地で行くようなバンドだけど、サブタレや平ポンがあるように、こんな雰囲気のものがあっても悪くない。

 「俺は、アルエネみたいなロックも好きだぞ」

 神楽はそう言って、僕らのCDの感想をつらつらと述べ始めた。
 一番最初のギターリフのこと、回りくどい手を使わずに音楽を盛り上げてくれるドラムのこと、花筏では和楽器やキーボードに隠れてあまり目立つほうではないベースの音がはっきり聞こえること。神楽はよく聴き込んでくれたようだった。

 ギターについては、僕はまだ始めて日が浅い。花筏のギターパートである玲瓏さんを見て学ぶこともあるし、edgeや平ポンのギターの技術の高さには閉口してしまうこともある。しかしこうして褒めてもらえると、素直に嬉しいものだった。
 ドラムに関しては、このあたりのバンドならうちの和泉に適うものはいないと思っている。同じレーベルの先輩である香絵子さんの手法を一蹴して、独自の技術で勝負する和泉は、アルエネをそこらのバンド達から大きく引き離してくれた。ただ、先輩達並に炎上芸が得意なのは、なんとかして欲しいと思っているが。
 この前もラジオで、花筏のファンに反感を買っていた。発言一つで掲示板は荒れに荒れて、今やアルエネのラジオは「いつか絶対やらかす」と話題になっている。しかし先輩の春島さんも、あみゅがるのももこさんのことを「あの葬式みたいなギター」とラジオで評価したし、サブタレの八乙女さんの「今どき、まだギター使ってるの?」っていう発言も大きな話題になった。ミュージシャンには攻撃的な人が多い。
 うちのベースの千尋は、その真逆のような人だった。温和で常識的で、でも少し抜けている。月乃と並ぶムードメーカー的存在で、それでもベースのテクニックは頭一つ抜けていた。edgeの高村さんをはじめ、奇抜なライブパフォーマンスで有名になった平ポンの高橋さん、シンプルに上手い雪村さん、あみゅーず・がーるを実力派バンドに持っていけると噂されている神宮寺さんと比べてもまったく引けを取らない。

 「ところで、帝はどんな音楽を聴くんだ? 俺も、最近時間が出来たからこの機会にほかのバンドの勉強をしたいと思ったんだ」
 「うーん......あ、最近出てきたWANTEDってバンドは凄いよね。普段聴く音楽って言ったらさ、けっこうバラバラなんだけど」

 すぐ後ろのタワレコでは、アルエネがきらびやかに飾り付けられて売り出されている。その後ろにはedgeの棚があって、ほとんど空になっていた。CDが売れなくなったこの世の中で、edgeは軽々とヒットを飛ばしていく。
 そうこうしているうちに、アルエネで定めた集合時間が近付いていた。
 携帯を見ると、「電車間違えたので遅れます」と千尋から連絡が入っている。何年ここに住んでるんだよ、と笑いそうになるけれど、今回だけは助かった。僕も少し遅れるかもしれないと連絡を入れて、神楽と世間話をしながら歩き出した。