複雑・ファジー小説
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.31 )
- 日時: 2016/04/30 20:04
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: エミ「音楽も本も、私の世界観を表現できたらそれでいいかなって」
(不定期連載・ロックは死んだと誰かは言った)◆1
ジャズが死んだ。その知らせが私の耳元に入ったのは、五月病でぐってりしていた2022年某日。我々にゴールデンウィークなどはない。祝日をマッキーで塗りつぶしたカレンダーは、さながら戦時中の月月火水木金金のようだ(余談だけど、これって「月曜から夜ふかし」と「Mステ」が週二で見れて結構幸せじゃないですか?)。
届いた手紙の差し出し主は、有名なお偉いさんの音楽プロデューサー、青木音蔵さん。手紙には「ジャズが死んだので、送別会を来週行います」。一緒に手紙を見ていたゆゆが、ぱちんと手を打って叫んだ。
「......や、やっと! あたしたちの時代が来るのね! ジャズが死んだ、これからはロックが息を吹き返して、2020年代はあたしたちのものになる!」
最中みたいなことを言うんだなぁ、と思いつつも、私もゆゆと同じ気持ちだった。
正直のところ、私もジャズにはうんざりしていたのよ。代表格はWONTED。最近服屋で流れてるナンバーワン(二位はサブタレ)。
有名な音楽ブログの「アンダーグラウンド・タイムズ」でも、今のロックバンドでまともなのはedgeだけ、平ポンはサブカル御用達、ALTER ENEMYはこれから伸びる(かもしれない)くらいにしか書かれていない。edgeに関してはもはや言葉を並べる必要もないので、最近みんなが注目しているのはもっぱら「ジャズ」だった。
WONTEDっていうジャズバンドは、そのてっぺんにいるような奴ら。なんだか見るからに人が良さそうで憎めないボーカルトランペット、あみゅーずがーるに姉妹が居るという驚異のギター、それに負けず劣らずの、雪村ゆゆが尊敬の意を示すレベルのエグいベース、驚きの若さに嫉妬したくなるドラム、小川の100倍くらい良い子そうなキーボードで構成されている。うーんキャラ濃い。平ポンもそうだけど、昨今の音楽業界は面白い人が多いね。
でも、なんでジャズがいきなり死んだんだろう? WONTEDは今人気絶頂期だ。誰かが不倫とかして解散? いやいや、ECHOじゃあるまいし。頭にそんなことは浮かんだけれど、「ジャズの送別会」っていうなんとも魅力的な単語に私の頭と心は完全に持っていかれた。どんなロックパーティーになるんだろう。今のうちに披露する曲を決めておかなきゃね。これからは、ロック一強時代の始まり。ジャズの将来を見込めなくなった青木さんは、超絶ロックバンドのECHOを見てさらにもう一段階上のステージに連れて行ってくれるんだろう。やっとECHOが上の舞台に上がる日が来たのね。武道館でライブとかできるのかな。
「どしたの、二人ともそんなにはしゃいで」
ここで、スタジオに帰ってきた男子三人衆。今日は三人でスポーツジムに行ってきたらしい。仲がいいのはいい事だけど、それ私の金で契約してるんだよね。
「聞いて、青木音蔵さんのパーティに呼ばれたの!」
ゆゆはそんな私の心境を無視して、手紙を見せる。
こんなの嬉しくないわけがない。私たちは、いつぞやの「edgeの前座に決まった時」並に喜んだ。ECHOの時代が、始まろうとしている。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.32 )
- 日時: 2016/05/05 01:03
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: 霞「たまに、昔のギターの方が好きだったって言うファンがいるんだけど、どういうことなんだろ?」
(ロックは死んだと誰かが言った◆2)
ジャズが死んだらしい。
もっとも、ジャズというのは音楽のジャンルのことではなくて、有名な音楽プロデューサーの青木音蔵さんの飼い猫の名前なのだが。
「猫が死んだくらいで、大規模に送別会することもなくなーい?」
昼下がり。平成ポンデライオン。私。隣でサイダーを飲んでいた霞に問うと、彼女も私と同じ意見だったようで、
「そうそう、ほんとそれ。お偉いさんってなんか緊張するから嫌いなんだよね、葬式ってなればもっとマナーとか気にしなきゃいけないしさ」
と面倒そうに言った。
確か、アルターエネミーあたりには猫好きな子がいた。その子は誘われたら行くだろうけれど、正直私は青木さんの猫に会ったことも無いし、どちらかというと犬派だから霞同様気乗りもしない。
多分これをほかのメンバーに話したら、瀬佐くんは「いーじゃん、お酒も飲めるし美味しい料理出るし」と楽観的に言うだろうし、高橋くんはこっち寄りで、「それに行くくらいなら家でB級映画でも見てた方がまだマシだ」と言うだろうし、朝縹くんは「楽しそうだから賛成!」ってはしゃぐだろう。葬式だから楽しくないよと私が言っても、朝縹くんは結局何でも楽しくしてしまうから結果オーライというやつだ。
ところでこの送別会って、みんな呼ばれてるのかな。
一度青木さんと会っただけの平ポンが呼ばれているということは、edgeはもちろんのこと、ECHO、あみゅがる、サブタレ、アルターエネミー、花筏、その他もろもろもきっと呼ばれている。なんか、夏フェスみたいなラインナップだ。猫だけでedgeを呼べるなんて凄いなあと私は思いながら、霞と同じ味のサイダーをストローで啜った。
数時間後。ファッション雑誌のインタビューを受けていた瀬佐くんと、今度のドラマの打ち合わせをしていた高橋くんと、そのへんをジョギングしてくるつもりが間違って電車に乗ってしまってプチ旅行をしてきた朝縹くんがスタジオに揃ったので、例の話をすると、やっぱりさっきの予想通りの反応を、三人とも見せた。ひとつ違ったのは、朝縹くんにはきちんと死生観があって、そっか、青木さんの猫かわいそうだねって言ってたこと。
「しかし、紛らわしい手紙だな。これだとロッキンエコーあたりが、『ロックは死んだ』的なノリだと勘違いして今頃騒いでたりしてな」
「えー、そうかな。ECHOは意外と高学歴揃いだし。それはないよー」
興味がなさそうに手紙を見ながら言う高橋くんと、その背中をポンポン叩きながら、後ろから手紙を覗き込んでいる朝縹くん。
KO大医学部中退の最中くん、紅山学院大卒の小川くん、フェイリス女学院在学中のゆゆちゃんは確かに高学歴かもしれないけど、香絵子ちゃんは高卒だしハルシィに至っては中卒なんだけどな。ていうか、この話に学歴は関係ないでしょ。
「ジャズが死んだ、ねえ」
瀬佐くんがぽつりと呟いた。
大学の頃、瀬佐くんはジャズのサークルを掛け持ちしていたらしい。そんな彼が言うには、「ジャズはこれから派遣を握るかもね」だって。
ロックバンドは、edgeだけが飛び抜けて人気で、その後ろにECHO、アルエネ、サブタレ、花筏あたりが居て、あみゅーず・がーるはどちらかというとテレビタレント寄りで、平ポンはまったく違う世界観を形成している。
そんな淘汰されたような音楽業界で、本格的なジャズをやり始めた、「WONTED」っていうバンド。これからはこのバンドが流行るらしい。
「......そのうち、ロックは死んだなんて言われて、ロックの送別会なんてのがあるかもね」
サイダーを飲んで、外を見る。人でたくさんの、灰色の五月。これからの収録が終わったら、またみんなそれぞれの仕事へ向かうのだろう。
昼下がり、時間はゆっくりと流れていく。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.33 )
- 日時: 2016/05/15 23:13
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: 朗楽「交友関係は、浅く広くが一番。深入りすると面倒なことが多いよね〜」
(ロックは死んだと誰かが言った◆3)
ジャズの葬式イベントをわざわざでかいセレモニーホールでやるなんて、青木さんはどんだけ金持ちなんだよ。
遅く来たせいで駐車場はやたらと混んでいて、香絵子さんは近くのスーパーに車を止めに行った。僕は待つつもりだったけれど、ギターを担いだ最中と、クラシカルなレースのミニワンピースでばっちり決めているゆゆちゃんと、特に何もしていないのに謎のカリスマ感を漂わせている小川くんは足早にホールに向かってしまう。
僕もあとを追いかけようとして、車を降りて走ると、後ろの香絵子さんはおい春島待てこら、と大声で僕を呼んだ。なんで僕だけ怒られるんだろう。
セレモニーホールの前には、見た事のある顔ぶれが集まっていた。あみゅーずがーるの三人や、黒の着物に身を包んだ花筏夜想曲、その奥で誰かと話しているのはedgeである。夏フェスみたいなラインナップだが、今日は例外にみんな黒の喪服を着ている。
そこから少し離れたところにいて楽しそうに話しているのは、平ポンとWONTEDだ。横にいるアリスさんをはじめとするサブタレのみなさんは、小川くんに気づいて手を降る。それにつられて、端の方にいたALTER ENEMYもこっちを向く。憎きジャズの葬式だというのに、みんないつも通りである。むしろ、このぽかぽかした雰囲気は何だろう。これからジャズをぶっ殺すんだぞ。なぜかアルエネの加賀美さんだけは悲しそうに俯いているが、彼女そんなにジャズが好きだったっけ?
「ROCKIN ECHO、参上!!!」
セレモニーホールの前にいた人たちがこっちを向く。ご丁寧にポーズなんか決めている三人は、葬式とは思えないほど晴れやかな表情をしている。
その後ろから、青ざめた顔の香絵子さんが走ってくるのが視界の端に写った。なんとなく嫌な予感がして、僕はみんながいるホールの方を向く。
そこには呆れた顔をしている人が数人、呆然としている人が数人で、僕らを歓迎しようとする人はいなかった。なんだこれ、本当の葬式みたいじゃないか。
平ポンの高橋くんが、「な、言っただろ」と隣の朝縹くんを見る。
やっと追いついた香絵子さんは、息を切らして「ジャズは死んでなかった」と言った。
□
「猫かよ! 猫なのかよ!」
ギターを持ったまま憤慨している最中と、ふてくされているゆゆちゃんと、あんな馬鹿をやらかしておいて周りに爽やかな顔で挨拶をしている小川くんと、二人で深刻な顔をしている僕と香絵子さん。
僕らはセレモニーホールの出入り禁止を喰らった件について、まだ外で愚痴をこぼしていた。
しかしなんと小川くんだけは、特別にこれから入場が許されるらしい。青木さんに頼まれて、ピアノ演奏の担当者に選ばれていたのだ。「主よ、人の望みの喜びよ」の楽譜には、「ジャズの葬式」と大きく赤ペンで書かれている。
「ジャズの葬式って言うから、あんなに武装してきたのに」
ゆゆちゃんの足元には、クラッカーとマラカスが転がっている。
香絵子さんは、「死んだのは猫だけど、殺されたのは、私たちの方かもよ」と吐き捨てた。
□
「いやー、それにしてもお前らの先輩はどうなってるんだよ! 気を衒いすぎてスベるって、ロックンローラー的に一番恥ずかしいやつじゃん」
「うっせ、ほっとけよ。キャリアが上で同じレーベルってだけで、別に直接教わってるわけじゃないから。一緒にすんな」
「僕は嫌いじゃないけどね。今回はやりすぎだけど、面白いじゃん、彼等」
「目が離せない、ってか? あいつらは、ロックよりもポップミュージックとしての側面が強いだろ。お騒がせばっかのアイドルと同じようなものだよ」
「edgeの前座としては、優秀だったよ。私生活のことまでは、あまりよく知らないけどね」
「すいませーん! そこのみなさん、一緒に写真撮りませんか?」
振り返ると、そこには可愛らしい女の人が立っていた。記憶をたぐり寄せるに、彼女はサブタレニアンの結城葵さんだろう。
送別式は和気藹々とした雰囲気で終わり、今は外に出てみんなで話している。これから何人かで集まってご飯を食べに行こうとしたところだ。
断る理由もないので、彼女のスマホの画面に収まるようにみんなで集まって、ピースサインをした。ありがとうございます、と笑顔を浮かべて去っていく結城さんは、次はあみゅーずがーると花筏夜想曲の方へ向かっていった。
誰が死んだと言っても、ロックは多分死なない。ROCKIN ECHOは、たぶんこのロック氷河期だから、死んでしまうのではないかと不安になったのだろう。じゃないとジャズが死んだと勘違いなんてしなかったからな。
明日も明後日も、その次の日も、音楽は生きている。
(おわり)