複雑・ファジー小説
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.4 )
- 日時: 2016/02/19 15:50
- 名前: りちうむ (ID: Ft4.l7ID)
【ROCKIN ECHO/小川徹明】
◆3 ギャップ
春島と最中がコンビニに行ったから、残った俺達は小さいテレビでライブのDVDを見ていた。さっきまでは、ドラムとベースとキーボードという間抜けな構成でセッションをしていたのだが、香絵子が「やっぱボーカルとギターないと何やってるかわかんないよ」などと言い出したので、二人が帰るまで休憩時間となって今に至る。
元吹奏楽部のくせに、香絵子は「土台となるパートのタテが合わないと、メロディパートがヘボく聞こえる」ということを知らない。お前は吹奏楽部で一体何を学んできたんだよ。黒のクラシカルなベースを丁寧に拭いているゆゆに目配せするが、そういえばこっちは中高通して生粋の帰宅部だった。もうやめた、めんどくさい。
それからはしばらく取り留めのない会話をしながら、最中が録画したアメトークを見ていたのだが、香絵子の提案で、「Subterranean 202Xツアーライブ」を見ることになった。
「ここにきてSubterranean? マジ?」
「あー、そういえば小川ってサブタレのアリスちゃんと知り合いなんだっけ?」
香絵子は古いDVDプレイヤーを弄りながら言う。へぇ、あの子服装とかオシャレで良いよね。ゆゆもそれに続いた。
ここで説明すると、Subterraneanとはバンドの名前である。夏フェスの常連で、最大手音楽番組のWステにも出演し、映画の主題歌にも抜擢された、それなりに地位のあるバンド。サウンドはテクノポップやプログレ系のオシャレさがあって、日本の意識高い系ピープルを中心に人気が出ている。俺もこんな「いつまで経っても90年代洋楽ロック!」みたいなバンドじゃなくて、Subterraneanに入りたかった。そっちの方がモテそうだし。
映し出された画面。会場いっぱいの、黄緑のペンライト。赤青黄のレーザービームのような光がステージを照らす。そのど真ん中に立っている、モノトーン調のワンピースを着た女と、楽器を持ったメンバー四人。ドラムソロから始まるキャッチーな曲に会場の熱気も最高潮で、案の定、ライブ大好きな香絵子は見入っている。
長いイントロの後、ついに歌い出した女性ボーカルは、マイクを持って微動だにせず、透き通った声を会場に響かせる。メロディにふわりと乗せたようなウィスパーボイスは、生歌になってもクオリティが下がることは無く、思わず息を飲んだ。後ろのベースはジャズ寄りの動きを展開し、キーボードも曲に良いスパイスを加えている。人気が出るバンドとは、こういうものだと思い知らされた。......この曲が終わるまでは。
「凄いね、この人たち」
「......いや、もうちょっと見てろよ」
きょとんとしている香絵子。ゆゆは事情を知っているのか、苦笑いで画面から目を逸らす。
キーボードの、スケール練習のようなメロディでその曲は終わった。その瞬間、さっきまで微動だにせずに歌っていたボーカルの女が息を吸い込んだと思うと、マイクを掴んで叫び出した。金切り声のような、ハウリングのノイズが響く。うるさい。
『どうもーー!!! 八乙女有栖でーーっす!! 今日始めて来たよーって人ー! 結構いるねーー!! まさかSubterraneanにこんな喋る奴いると思わなかったでしょ!!! 埼玉といえば、この前私ウィキペディアでーーー!!!』
ハウリングが連発して、もはや何も聞こえなくなっても気にしない。画面の中の女は、さっきまで大人しく歌っていたのが嘘のように、身振り手振りまで加えて騒ぎ始める。ファン達も動揺することなく、イェーイなんて盛り上がってるの、一種の宗教じゃないのか、これ。
そこからは、埼玉の名産の話が続いた。「やっぱ草加せんべいめっちゃ美味いから今日も持ってきちゃったー!」と喋りながら(というかほぼ叫びながら)、ステージでせんべいを食っている、オシャレ系バンドのボーカル八乙女有栖は、真っ赤な口紅が落ちるのも気にしない。
そしてやっと二曲目が始まったかと思うと、今度はまた大人しいウィスパーボイスに戻って歌い始める。足下には草加せんべい。もうここで普通の人は、八乙女有栖という人間がわからなくなる。いや俺もわからない。
「なるほど、こういうギャップが人気の秘訣なのね」
何を勘違いした。肩までの黒髪を揺らして歌っている有栖を見ながら、香絵子は頷いている。二曲目が終わるとまた長いハイテンションMCが始まって、きゃんきゃん金切り声が聞こえてくる。
「小川、あんたってなんかギャップある?」
香絵子は長い金髪を指で弄びながら言う。ある? と言われて作れるものでもないし、あったとしても有栖ほど強烈ではない。どう返答しようかと思っていると、ゆゆが話に入ってきた。
「小川くんはあるでしょ、真面目そうに見せかけて実はフライデー常習犯」
まだベースを拭いているゆゆは、いたずらっぽく笑っている。ゆゆだって同じくらい週刊誌に載ってるくせに。
「まさか小川、Subterraneanにも手出してないわよね?」
香絵子が疑り深そうな目でこっちを見る。
俺は自分の中で、「ミュージシャンには手を出さない」と決めている。バンドやってる女なんて総じてめんどくさいのばっかりだ。モデルとかタレントとか、頭の中に何も詰まっていないような女が一番いい。これを最中に話すと「お前はゲスの極みかよ」と言われ、春島に話すと「なんで? 趣味合う子が一番いいじゃん」と言われる。バンドマンなんてこんなもんなんだよ。
「俺は置いておくとして、ゆゆは?」
「んー、別にー?」
ゆゆはギャップに頼らなくても売り出していけそうだな、と言った後で思った。そもそも、女子高生のような儚げな容姿で、ベーシストというのが既にギャップとして確立しているような気がした。春島や最中は花形楽器としてバンドの顔でいてくれてるし、もしかしたら一番地味なのって香絵子なんじゃ......
こんど、有栖と香絵子を会わせてみよう。面白いことになるかもしれないな、と思った。