複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.8 )
日時: 2016/02/22 01:11
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)

【ROCKIN ECHO/雪村ゆゆ】
◆7 前々日
 第二千六百二十五回目、ROCKIN ECHO会議でのことである。
 あみゅーず・がーるが、あたしたちと合同練習するために差し出してきた条件は、「もう一つバンドを呼ぶこと」。つまり、私達と練習がしたいならもうひとバンドを誘えということである。ノートの切れ端に、誘うバンドの候補として「サブレタニアン」「平ポン」「花いかだ夜そう曲」と書かれているけど、書記の春島くんは中卒だから、「Subterranean」の綴りと、「筏」と「想」って漢字が書けない。香絵子はなんで彼に書記を任せたのだろうか、ケイオー大学に一年くらい通ったモナカちゃんの方を使うべきじゃないかな。

 「それじゃあ、今から話し合いするわよ。まずはSubterraneanだけど、これについてはどう思う? 最中」

 議長の香絵子が、モナカちゃんを指差した。ECHO会議は基本的に居酒屋で行われる。座椅子の方の席を借りて、五人で丸くなって話し合うのだ。いつも途中で飲み始めてしまって、会議には決着がつかないのだけれど、それもまた一興。すいませーん、ファジーネーブルひとつ、お願いしまーす。

 「Subterraneanなぁ。実は俺、あーいうお洒落なのはロックとして認めてないんだよ。ロックっていうのは常にダサくてかっこ悪いもので、それに共感するのがファンだからさ。だからあれはテクノ。テクノポップなんだよ。ロックではない」

 わかる、超わかると春島くんは頷く。小川くんも納得がいっているようだ。ROCKIN ECHOは「学生時代が暗かった人の集まりバンド」との異名を持つくらい、全員まとめて冴えない学生時代を送ってきた。春島くんはテストの問題を学校から盗んだり同級生の女子の自転車のサドルを盗んだりして高校を退学になったし、モナカちゃんは勉強のせいで軽音楽部を辞めさせられてるし、あたしは中高通して友達が一人もいなかったし、小川くんは当時はイケメンでも何でもなくてメガネで鉄道部だったし。ただ一人香絵子だけは、吹奏楽部とバレー部をかけ持ちしてそれなりに楽しくやっていたらしいけど。
 今では毎日踊ってない夜を知らないとばかりに連日連夜ライブをして、打ち上げで酒を浴びるように飲んで、とても楽しいから、学生時代の恨みとかは全部晴らせたかな。でもSubterraneanの女子はみんなモデルみたいに可愛いから、少し話してみたかったな。香絵子はノートの「サブレタニアン」にピンクの蛍光ペンで線を引いた。

 「ジャンルが違うからSubterraneanは除外ね。次、平ポンは?」
 「あれ超いいバンドだよね。僕、平ポンの『君と油を浴びた』って歌大好きで......」

 生ビールを飲んでいた春島くんが、いきなりアルバムの七曲目くらいに入ってそうな歌の解説を始めた。鬱系の歌詞が多い平ポンは、春島くんの心を掴んでならないらしい。モナカちゃんも、「確かに平ポンのエミちゃんは可愛いからなぁ」と乗り気だ。小川くん(元鉄道部)も、穏やかな微笑みを浮かべて頷いている。しかし、香絵子が反対した。

 「ポンデライオン、今新アルバムの『心中とワルツ』のツアーの最中じゃない。怒られるわよ」

 そうだったんだ。初めて知った。平ポンは、「上手いのに歌詞のせいでなんか売れないバンド」って印象がある。それでも、やらされてる感が半端ないあみゅがる(特にボーカルのももこちゃん)や、すぐ迷走するECHOに比べたら、やりたい事だけをファンに発信している、とてもロックなバンドだから、好感度は高かった。そんな平ポンの邪魔をしてはならないから、今回は見送ることにしよう。

 「花筏夜想曲か。俺達と構成は同じだし、いいんじゃないか?」

 枝豆をもそもそ食べながら、モナカちゃんは最後に残った「花いかだ夜そう曲」を見た。花筏夜想曲は、その名の通り、歌詞も音も和を強調したロックバンドだ。ドラマの主題歌にもなったりして、老若男女から支持を得ている上に、MVや衣装にも非常にこだわりがあるから、外国人からも支持されている。「キーボードの凪さんの連絡先持ってるよ」と、交友関係の広い香絵子は早速花筏夜想曲に連絡を入れた。

 合同練習は、明後日の午後一時からに決まった。明後日の合同練習の打ち合わせで、香絵子の着信音である「あの娘は太陽のコマチエンジェル」は鳴り止まない。よく考えると、人気バンドのあみゅがるや花筏夜想曲と一緒に練習ができるって凄いことだ。ああ、楽しみ。あたしはそんな気持ちで、運ばれてきた二杯目のファジーネーブルに口を付けた。