複雑・ファジー小説

Re: ROCK IN ECHO!! ( No.9 )
日時: 2016/02/23 07:38
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)

【花筏夜想曲/御園梅】
◆8 前日
 「ろっきん、えこーとは何ぞや?」

 いつだって和装を好む凪さんは、今日のようなラフな場面でも、椿の柄が入った赤色の着物風なワンピースを着ている。凪さんは舞台に出る時はもちろん、打ち合わせやラジオの収録でも品のいい鮮やかな色の着物を着てくる。動きにくいはずなのに、凪さんはいつもしなやかに行動するから、「服装がダサい」と言われがちな私は密かに凪さんを尊敬していた。

 「ミュージシャンなのに、ECHOを知らないのか? 最近CMにタイアップされたじゃないか。相変わらず疎いな」

 切れ長な金色の猫目が、きっと凪さんを睨む。
 こっちはボーカルの神楽くん。体が細くて、女の子の格好をさせたら似合いそうな黒髪の男の子だ。彼は本当に練習熱心な人で、細い体躯からは想像出来ないほどの声量を誇る。問題はその凄まじい練習を私たちにも求めてくるところで、彼の完璧主義にはメンバーみんな、ほとほと困り果てていた。
 しかし凪さんだけは疎い、と言われても穏やかな微笑を崩さない。余裕たっぷりの凪さんは、逆に神楽くんをからかうように言う。

 「それなら、201X年にデビュー、ファーストアルバムの『卒業』をリリースし、202X年にはセカンドアルバムの『夏を撃ち殺して』をリリース。現在『心中とワルツ、全国ツアー』を行っているバンドの名前も、そなたなら分かるよのう?」

 ぱさ、と扇子を開く音がする。口元に鮮やかな色の扇子を当てて、くすくす笑っている凪さん。

 「なっ......なんだよ、いきなり!」
 「正解は、『平成ポンデライオン』じゃ」

 楽しそうに笑いながら凪さんは言う。名前は知ってた、と言いたそうな、悔しそうな神楽くん。凪さんは神楽くんをからかうのが好きだ。たまに度が過ぎて神楽くんが本気で怒ったり、年齢のことを指摘された凪さんが怒って出ていったりするけれど、大抵の場合はしばらくすると治まる。私と神無と桜はすっかりこのルーティーンのような言い争いにも慣れて、今じゃあ口論の隣で楽器の練習をしていることもあった。

 「......で、そんECHOがどないしたん?」

 ギターのチューニングをしていた桜が、上機嫌な凪さんに問いかけている。ああ、そういえば元はECHOの話をしていたんだっけ。桜はとても真面目な子で、バンドの歯止め役というか、ストッパー役を果たしている。
 清楚な印象の桜は外部のバンドからも好感を持たれており、「VIP感がありすぎて扱いにくい」凪さんや、「堅物すぎて扱いにくい」神楽くんや、「市松人形みたいで扱いにくい」神無や、「そもそも顔見せろよ」な私を差し置いて、ひとりでテレビ出演を果たすこともある。あみゅーず・がーるの神宮寺さんと交流があるからなのかなぁ。ちょっとだけ羨ましい。

 「ろっきんえこーというバンドが、花筏夜想曲と合同レッスンをしたいらしい、とのことじゃ」
 「たまには他のバンドの世界観や練習に触れる事も必要だな。参加しよう」

 瞳を輝かせる神楽くん。待って待って、さすがに決めるのが早すぎだよ。ベースを拭いていた神無も「えっ、まじ......?」と相当乗り気じゃなさそうな返事。仲間を見つけた私は、こっそり神無に耳打ちした。

 「ねえ神無、さすがに会ったことも無いようなバンドと合同で練習するってどうかと思わない......?」
 「別に。どっちでもいい......」

 ぼんやりと虚空を見つめながら神無は言う。ああだめだ、神無はいつもこんな感じだ。小柄で、長い黒髪を腰まで伸ばし、いつもだるそうにしている(それでも、最近ステージに立つ時はちょっと笑うようになった)神無は、練習場所として借りているスタジオに設置された、大きなソファーから離れない。寝そべったり昼寝をしたり、もはや神無専用スペースとなったソファーに近付くと、かなり嫌そうな顔をされるので、私は渋々床に座るけど、足が痛くなってくる。凪さんみたいに座布団を持参してくるのが偉いのかな。ちゃっかりしている桜は店員から椅子を借りていて、神楽くんは座る必要が無いので、私だけがなんだか損した気分。もうずっとドラムのイスに座ってようかな。
 神無がダメだと悟った私は、今度は桜に話しかけた。

 「桜、さすがに今回は止めた方が良くない? ECHOって、話したこともないバンドだよ」
 「神楽くんの提案なら、ウチも賛成するけど......」

 桜はいじらしそうに言う。こっちもダメだ。なんだか桜は、神楽くんには甘い気がする。ふと凪さんを見上げると、ぴたりと目が合った。

 「今は神楽の言う通り、他のバンドを見て視野を広げることも大切じゃ。妾も合同レッスンの件、賛成するぞ」

 そういうことなら、と言うしかない。凪さんまでそっちの味方につかれては、もう私は諦めるしかなかった。
 明日に突然決まった合同練習。私は少し気乗りしなかったけれど、みんなが良いって言うなら仕方ないか。他のバンドの方に迷惑をかけないように、ちゃんと練習しておかないと。