複雑・ファジー小説

1-2 ( No.2 )
日時: 2016/02/24 01:25
名前: クリオネ (ID: 6afFI3FF)

 覚えているのはここまでだ。時計を持っていないため、どれほど時間が経ったのかもわからないが、体感的にはボタンを押したその瞬間から、ここへやって来てしまったように思える。
 ゲームの世界に迷いこんでしまったなんて、ラノベのような事が現実になってしまったのだろうか。

「何かお困りかな?」

 市場のど真ん中で立ち尽くしていた俺を見かねたのか、屋台で果物を売っていたオヤジが店の中から声をかけてきた。
 大柄でスキンヘッドだったので、少々身構えてしまったが、声だけ聞くと気さくな感じがする。

「あの……ここってどこですか?」

「どこってここはガルチュア市場だよ。ガルチュアで一番大きな市場さ」

「ガルチュア……?」

 「ガルチュア」と聞いて俺は確信した。ガルチュアは『フロンティア』に登場する架空の地名で、冒険の拠点となる街である。
 本当にここは「ゲーム」の世界のようだ。異世界に対する不安は拭えないが、少しばかり元の世界よりも楽しく暮らせるのではないかと思ってしまう。

「それにしても変な格好だな。お前さん、どこから来たんだ?」

 オヤジは眉をひそめて俺を指差した。灰色の上下セットの部屋着は、確かにこの世界には相応しくない。この世界で暮らす人から見たら変だと思われて当然である。

「まあ……ちょっと遠くの街から」

 「東京から来ました」なんて言っても恐らく伝わらないだろう。果物屋のオヤジもこれ以上突っ込んではこなかった。

「俺の名前はダズって者だ。あんたの名前は?」

「リクっていいます」

「リクか。これも何かの縁だ! 困ったことがあれば言ってくれ。 俺きできることだったら聞いてやる」

 ダズさんは強面だが、やはり気さくで親切な人だった。ガルチュアに来て、初めて話した人がでよかったと思う。
 感傷に浸っていると、街がやたらと騒がしくなり始めた。馬の鳴き声と、数頭の馬が駆けていく足音、そしてざわめく街の人々。穏やかな雰囲気ではないように感じた。

「ありゃ、悪魔狩りの連中だな。悪いことは言わんから、奴らには近づくなよ。奴らの回りは争いばかりだ」

 ダズさんは顎を右手で擦りながら俺に忠告した。
 ダズさんの話によれば、「悪魔」はこの世界で絶対悪とされており、悪魔を崇拝することは法で禁じられている。
 一方、「悪魔狩り」はその名の通りなのだが、悪魔を退治するためには手段を選ばない連中のようで、一匹の悪魔を退治するために村を焼き払ったこともあるそうだ。これだけ聞くと、正直どっちが悪なのかよくわからない。
 また、この悪魔と悪魔狩りの設定も、『フロンティア』の設定に忠実なものだった。
 ダズさんの言葉を耳に入れながら、俺は三人の騎兵隊が小さな路地へ消えていくのを眺めていた。