複雑・ファジー小説

1-3 ( No.5 )
日時: 2016/02/24 21:11
名前: クリオネ (ID: .7qV.whT)

 ダズさんと別れた後、俺は三人の「悪魔狩り」が入っていった路地の入り口にやって来た。
 元の世界の俺は危険だと言われた場所に近づくようなことはしないのだが、この世界の非日常的な雰囲気が好奇心をくすぐる。
 細い路地を進んでいくと、市場のような賑わいは消えて暗く静かになった。しばらく細い一本道が続いたが、ようやく見通しのよい広場が目前に見えてくる。

「観念するんだな! 悪魔!」

 静まり返っていた空間に怒声が響き、俺は咄嗟に路地の壁の影に身を隠した。
声が聞こえてきた距離感からして、壁のすぐ向こうには「悪魔狩り」と「悪魔」がいるようだ。
 壁からそっと顔を覗かせて、広場の様子を伺うと、見えてきたのは全身に銀色の鎧を着た男が三人と、彼らの傍らに馬が三頭。そして小柄な若い女の子が一人いるのがわかった。
 肩まで伸びた艶のある黒い髪、ミルクティーのような褐色の肌、ルビーのような赤い瞳が特徴的な美少女だ。身に付けている黒いドレスはボロボロで、足元は何も履いていない。
 彼女は男たちに三方から鎗を突き立てられ、「悪魔」と呼ばれていた。本当にあの女の子が悪魔なのだろうか。

「我らの馬は疾風の如し。貴様ら悪魔の足よりも遥かに速い。逃げられるとでも?」

 三人の男の中で一番体格がよく、鼻の下にカイゼル髭を蓄えた男が誇らしげに言う。この男は仲間から「隊長」と呼ばれていた。

「何とか言え!」

 だんまりを続ける少女に逆上した隊長は、彼女の細い首を荒々しく掴むと軽々と持ち上げる。少女は苦しそうに歯を食い縛り、小さな足をばたつかせた。
 見るに耐えなかった俺は、気がつけば広場に飛び出していた。

「やめろっ! その手を離せ!」

 苦しげな表情を浮かべる少女と目が合う。
 先ほども言ったように、元の世界の俺なら危険だとわかっているような真似はしない。どういうわけだか、この世界は俺を強くしてくれるような気がしていた。

「なんだ貴様は」

 隊長は少女の首を締め上げたま俺を横目で睨みつける。

「たまたま通りかかった旅の者だ。いいから、その手を離せ!」

「貴様、悪魔を庇うのか?」

 隊長の注意が俺に向く。その途端、少女は自らの首を絞めていた隊長の腕を小さな手で掴み、簡単に引き離してしまった。
 挙げ句の果てには、唖然とする隊長の顔面を空中で蹴り飛ばす。
 助け出そうとしていた華奢な少女が、鎧を身に付けた男を蹴倒してしまったのだから、開いた口が塞がらなかった。

「隊長っ! ご無事ですか?」

 二人の男は倒れた隊長の側に駆け寄るが、隊長は彼らに差し出された手を、「構うな」と言って振り払って立ち上がる。
 一方で、軽々と男を倒してしまった少女は地面を滑るような速さで俺の元へとやってきた。

「お主、私を助けに来たのか?」

「そのつもりだったけど」

 結果的には俺の助けはいらなかった。

「そうか。……ならば!」

 少女は八重歯を見せて不敵な笑みを浮かべる。
 悪魔に対する恐れや、美少女と対面しているがゆえの緊張など、様々な感情から俺の体は硬直してしまった。
 彼女は俺の首に細い腕を回すと、互いの吐息が顔にかかる距離まで顔を近づける。俺の心臓は普段の三倍くらいの速さで鼓動しているのがわかった。
 少女はさらに顔を近づけ、そのまま俺は「悪魔」に唇を奪われてしまった。