複雑・ファジー小説

Re: 【第三部 開幕】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.5 )
日時: 2018/02/06 16:15
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bp91r55N)

【第一章 魔術編】
〜〜第一話:黒の少女〜〜

「なあ。キリはどっちが良いと思う?」

突然問いかけられて、キリは跳ねるように身体を震わせてしまっていた。
桃色の髪をふわふわと揺らして、微笑みながらこちらをじっと見つめる少女につくろった笑みを返す。

目の前で腕組みをして仁王立ちしている少女は、ウェルリア王国第一皇女のユメノ=フィファルーチェ=ウィルアだ。齢は御年七歳だが、しっかりした物言いは皇女としての素質を暗に示していた。
キリはしばらくぼんやりとユメノを見つめて、それから、自分が皇女の寝室に呼び出されてこの場にいることをはたと思い出した。

「あ……ゴメンごめん、ユメノちゃん。ぼーっとしてたや」
「もおー。しっかりして欲しいぞ、キリ」
「えへへへ……ゴメン。で、なんだっけ?」
「ユメノの今日の服なのだっ。ウィンクがさっき、これとこれを持ってきたのだが。どっちが良いかな?」

寝室のクローゼットを背にネグリジェの裾を翻しながら一回転してみせ、ユメノは再度キリに聞いた。
その手にはフリルをふんだんに使った薄桃色のジャンバースカートがしっかりと握られていた。もう片方の手には、緑のラインがアクセントとなっていて白を基調としたワンピースが握りしめられていた。

「なあ、どっちが良い?」

ユメノに詰め寄られ、キリは思わず唸った。
色気より食い気を自負しているキリは、寝室の扉近くに控えているお世話係のウィンクに懇願するがごとく眼差しを送った。が、特に助けるそぶりも見せずにウィンクはにっこり微笑みを浮かべてみせた。


これは……。

キリの中で、むくむくと一つの思いが湧きあがる。

……もう、頼れるものは、自分のセンスしかない。
がんばれ。ファイトだ、キリっ!

すーはーすーはーと深呼吸を繰り返したキリは、目の前に掲げられたワンピースをじいっと見つめて——


いや……まてよ。

そこでキリは、湿った掌を強く強く握りしめた。

下手な答えを出してみろ、相手は一国の皇女様だ。きっと、意に沿わない答えを出せば、即牢屋行きだろう。否、もしかすると……。


恐ろしい考えがよぎり、キリはぶんぶんと激しく頭を振った。

ウウン、落ち着いて、キリ。ユメノちゃんはそんな残忍な子じゃないよ。そりゃ……少しワガママかな? と思う時もあるけど。でも、涙もろくて優しくて、お世話係のウィンクさんのことが大好きだし。いっつもからかってばかりだけど、お兄ちゃんのこともなんだかんだ言って大好きなんだろうし……。

「————コラっ! キリ!」
「う、わっ!」

突然大声で名前を呼ばれて、キリは驚きのあまり反り返ってソファを乗り越え真っ赤な絨毯が敷かれた床に頭を打ち付けていた。

「……な、何……?」
「誰が、あんな不甲斐ない兄上のことを大好きだとお!?」
「…………。……??」
「何を言っておるのだあっ、キリっ!」
「へ……? あれ……?」

キリは、何が起こったのか理解が出来ないでいた。目を白黒させて床に頭を打ち付けたままの状態でしばらくの間考え込んで、

「………………もしかして私、考えてたこと全部口に出しちゃってた?」
「ええ。全て」

キリの言葉に毎度のウィンクが肯定する。
ありゃ、マズイ……。と、頬をひきつらせたキリであったが、ふと気がつくと眼前にユメノの顔が迫っていた。
倒れ込んだキリに馬乗りになるようにして、ユメノが迫っていた。

「あのな? キリっ。ユメノはな? 兄上のことなんか、ぜんっぜん好きじゃないのだ」
「ユメノちゃん、顔っ。顔近い、よ——」
「あんな…………ひっく。ユメノたちに心配をかけさせるような、男、なんて…………」

その時。
キリの顔に、一粒の雫が落ちた。

ハッと息を飲んだ。

長い睫毛を瞬かせてユメノの顔を見つめると、少女は唇を噛み締め、必死にソレを堪えていた。

「ユメノちゃん……」

今にもこぼれ落ちそうな、大粒の涙。
キリもつられて泣きそうになった。
そうだよね、お兄ちゃんのアスカが目覚めなくなってから数ヶ月……辛いよね……。

——でも。泣いちゃダメだもん。

ぐっと奥歯を噛み締めて、キリはユメノの白い頬をそっと片手で撫でた。


——刹那。

「どこですのおおーーっ!」

バタバタバタとやかましい靴音を立てて現れたのは、ドレスに身を包んだ煌びやかな少女であった。

Re: 【第三部 開幕】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.6 )
日時: 2017/01/25 21:15
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: mnPp.Xe.)

「げっ……この聞き覚えのある声は……」

眼前で眉をしかめるユメノの目からは、すでに涙はひっこんでいた。

「このお部屋かしらーっ!」

バーン!
物凄い音を立てて部屋の扉が放たれる。
キリとユメノは、ただただ呆気にとられていた。
扉の前ではウィンクが困ったように眉根を寄せて——けれどもそこはさすがメイドさん。突然の来訪者を、笑顔で迎え入れる。

「………………。アラ?」

来訪者はキョロキョロと室内を見回し、カクンと首を傾げた。

「アラアラアラ?」

目を瞬かせて、微動だにしない三人を順繰りに見ていく。

「ここは、何処かしら?」
「……それはこっちの台詞だぞ」
「って、アラーっ! 誰かと思ったら! ユメノンノンじゃなーい」

両手を広げて喜びの声を上げる少女を前に、ユメノは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「その呼び方はやめろと言ったはずだぞ。ミラ」
「んん〜そうだったかしら。じゃあ、ユメユメねっ」
「却下っ」
「ツレないのね〜〜っ。ユメるんるんっ」
「…………ウィンク。早くコイツをつまみ出せ」
「あーん! 待って待って!」

少女はぱたぱたと両手を振り上げると、薄紫色のドレスの裾を持ち上げ、丁寧にお辞儀をした。

「ワタクシ、正式なお誘いがあって遥々セルリー王国から赴いたっていうのに。ユメユメったら酷いわね」
「正式なお誘いで来たっていうなら、どうして迷子になっているのだ? 案内係はどうした」
「そんなの〜〜、待ってられないわよ!」

カツカツと高いヒールを鳴らして、少女は近くの椅子にドッと腰を下ろした。
ボリュームのあるドレスの下で、スレンダーな足を組み直す。

「なんてったって、愛しのアスカ様のためだものっ」
「アスカの……?」

それまで、蚊帳の外にいたキリは、ついその名を口にしていた。
そして——
それは、一瞬の出来事であった。
少女はギラリと鋭い眼光でキリを射抜き、そのままツカツカと物凄いスピードでキリに詰め寄った。

「ア・ナ・タ。今、なんて言ったかしら?」
「…………ふへ?」
「さっき、呼び捨てにしたわよね」
「ああ。アスカのこと?」
「『ア・ス・カ』……ッ!」

気のせいだろうか。彼女の目が先ほどよりもガッと一回り大きく見開かれた。

「ああああぁああ、アナタっ、ウェルリア王国第一王子っ、正統な後継者様であるアスカ様を呼び捨てにっ……。アナタっ……アスカ様のなんなのっ……!」

動揺を隠そうともせず甲高い声で叫ぶ。キリに鋭く突きつけている人差し指が大きく震えている。
端から傍観していたユメノがニヤニヤと笑みを浮かべながら、キリの代わりに答えた。

「可哀想なお前に教えてやろうか。その子はな。兄上の愛する『未来の花嫁サマ』なのだ〜〜!」
「なっ……なっ…………」

一瞬、妙な沈黙が訪れた。
しかし、それは本当につかの間の出来事であった。

「なんですってええーー!」

雷に撃たれたような衝撃音が聞こえたような気がした。
彼女の叫びは、ユメノの寝室にそれはそれは大きく響き渡ったのだった。


それからしばらくして、



「ミラちゃんは、ぜぇえったい、認めませんからねええっ!」

涙目になりながらも、ミラはかろうじてそう訴えた。
対してキリは、

「えーっとおお……ユメノちゃん。あのぉ、今更なんだけど、この人は……?」

困り果てた様子で、迫り来る少女を両手で押し留めながらユメノに尋ねた。
重たい口ぶりのユメノ。ようやく言葉を発してみせた時、少女が食い気味に答えていた。

「ワタクシは! セルリー王国の王女で、アスカ様の『許嫁いいなずけ』よっ!」
「…………ええええええええっっ?!?」

今度は、キリの驚きの声が寝室に木霊す番であった。