複雑・ファジー小説

Re: 【第三部 開幕】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.7 )
日時: 2017/01/25 21:20
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: mnPp.Xe.)

【第一章 魔術編】
〜〜第二話:目覚めの声〜〜

「では、仕方が無い。詳しい事情を聞こうか」

ユメノは自身のお気に入りのふかふかな椅子にもたれかかって、開口一番、そう言った。
その身体は、ほとんど椅子に埋もれていた。

「……で、ミラ。結局お前は何しに来たのだ?」

ミラはフフンと得意げに鼻を鳴らして、キラキラした瞳をユメノに向けた。

「お姉様って呼んでくれて、良いのよ♪」
「却下する」
「ユメユメったら、つれなあーい」
「だから、ユメユメと呼ぶなと言っておるだろっ!」

そんな二人のやりとりを、ただ、ハラハラと見つめるしかないキリであった。

「もしかして、国王様に呼ばれたのですか?」
「そうね」

ミラはウィンクの言葉に同意して、ソファで優雅にお茶をすすった。
からになったカップをテーブルに置き、急に真面目な顔つきになる。


「アスカ様を助けて欲しいと、国王様からお手紙がありましたのよ」

Re: 【第三部 開幕】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.8 )
日時: 2017/01/25 21:26
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: mnPp.Xe.)

「父上からだとっ?」
「……ええ」

睫毛を伏せて、ミラが頷く。
しばらくテーブルの上のカップを見つめ、神妙な顔つきのままユメノの顔を見つめる。
そして。

「——おかわりが欲しいわ」
「は?」
「だから、ティーのおかわりが欲しいのよ。全部飲んじゃったの。くださる?」
「オマエはっ……相変わらず……」

震えるユメノの横を抜けて、ウィンクが銀のポットを持ったまま腰を屈め、細かい装飾が目を惹くカップに紅茶を注いだ。
妙な緊張感に包まれた室内に、こぽぽぽと液体が注がれる音が響く。

「どうぞ」

差し出されたカップを満足そうに見つめたミラは、ウィンクに「ありがとう」とお礼を述べるやいなや、カップに口をつけた。「うーん……お味はまぁまぁかしら」。
そうして、話を再開した。

「つまりね——アスカ様が大変なことになっているから、ワタクシたちの力を貸して欲しいと言われたのよ」
「あー……ンン、なるほどな」

納得したと言いたいが、不服そうなユメノの様子に、キリは「あのぉ」と尋ねた。

「アスカが目覚めないのを……この子の力でどうにか出来るの?」
「アスっ……あん、もおっ! 我慢出来ないわあっ!」

途端、これまで溜めていたものを爆発させる勢いでミラが立ち上がった。

「ずっとずっと思ってたのだけれどっ!」
「なに……うわっ! ち、近い……デス」
「アナタ。見たところこのお城の新入りの様ですけれど、一体何者なんですのっ? しかもアスカ様を呼び捨てに……っ! 言っておきますけど、『許嫁』だなんて寝ぼけたことおっしゃっても、ワタクシ、信じませんからね! こんな一般人ふぜいがっ!」
「あのぉ…………」
「なにっ!? なんとか言ったらどうなの!」
「うっ……」

ミラの迫力に押されて、キリの心はすでにポッキリと折れそうだった。
ここまでの話を整理するに、ミラがアスカの正式な婚約者であることは間違いなかった。そして彼女は隣国のセルリー王国の王女であるという。
一方でキリは、確かに、【自分が何者なのか】まだ告げていなかったことに気がついた。自分が何者なのかと疑問に思われるのも、もっともだと思った。
しかし、ここで本当のことを言うべきなのだろうか。


自分は、ウェルリア城に軟禁されている身だというのに——。

Re: 【第三部 開幕】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.9 )
日時: 2016/06/25 08:47
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

キリは、その昔、ウェルリア王国の頂点に君臨していたファーン家の一人娘であった。
しかし、今から10年前に起こったクーデターによりファーン家は滅亡。その時の事件の首謀者であったライベル=ウィルアが、現在この国の王としてこの地を治めているのだが——

ファーン家唯一の生き残りであるキリがウェルリア城に軟禁されているのは、つまり彼女の中に流れる血が原因だった。
ファーン家の生き残りがいつ反旗をひるがえすか分からない——近年盛り上がっている反勢力も恐れての、現政府側の策であった。

キリとアスカが出会ったのは、偶然か、それとも必然なのか。
知らなかったとはいえウィルア家の第一王子であるアスカとの出会いは、キリからすれば、運命のイタズラとしか思えなかった。
二人の関係は、一言で表すならば敵対する立場にあった。
けれども——
《あの日》、アスカに告げられた言葉。


『血筋なんか関係ない』
『お前は、お前のままでいいんだ。オレは、【キリ】が好きなんだ』


頭の中で彼の言葉を反芻して、思わず顔がほころぶ。
その言葉に、幾度救われただろう——。


お礼が言いたい。

私はあの時はうまく伝えられなかったけれど。今ならちゃんと言葉にして返事するのに……。
ちゃんと、直接会ってお礼が言いたい。

——でも彼は今、深い眠りについている。
目覚めてほしい。そう願い続けているのだけれど、いつになったらその願いは神様に届くのだろうか。
イズミに連れられてウェルリア城に軟禁されて以来、キリはまともにアスカの顔を見ていなかった。
風の噂で、アスカ王子は自室のベッドで横になっているらしいと聴いた。あれから一度も目覚めないのだという。
ある人は悪魔に魂を食い尽くされたのではないかと言った。またある人は、反勢力側の呪術師に呪いを掛けられたのではと言った。
もっとも、国王の前でそのような言葉を吐いたら即刻クビだ。
使用人同士でそういった幾つもの憶測が飛び交っていると教えてくれたのは、メイドのウィンクであった。

呪い。悪魔。
これらが存在するとして、では一体どうやって形なきものに立ち向かってゆくのだろうか——キリがふと疑問に思った時、

目の前で顔を歪ませていたミラが動いた。


キリの身体が、【宙に浮いた】。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.10 )
日時: 2018/02/06 16:18
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bp91r55N)

「————!?!」

最初、キリは自分の身に何が起きたのか理解出来ないでいた。
天井にはりつけにされる形で眼下にある赤い絨毯を呆然と見つめていた。
先ほど自分が座っていたソファがやけに小さく見える。ユメノとウィンクが目を丸くして、こちらを見上げている——そこまで把握して、キリは自分が宙に浮いているのだと悟った。

(けど……なんで?)

「あらあら。不思議すぎて声も出せないのかしら?」

はるか彼方から声がした。
キリが声のする方に顔を向けると、ミラが腰に手を当てて踏ん反り返っていた。

「おーっほほほほほ! アナタは今、天井にハリツケにされているのよ!」

見ればわかる、とユメノは思わずつぶやいた。

「この大魔術師、ミラ様の逆鱗に触れたのだからっ!」
「ダイマジュツシ……?」

そう口にした途端、キリは高さ三メートルほどある高さから一気に急降下していた。内臓が空中に置き去りにされたままのような、妙な浮遊感。そのまま、床に叩きつけられる……! 眼前に床が迫ったところで、キリはついに両目を硬く硬く瞑った。
——ピタリと降下が止まった。

「……。…………?」


恐る恐る片目を開けると、僅か数センチ先に赤い絨毯が広がっていた。パチンと指を弾く音がして、キリはそこからゴツンと絨毯に顔をぶつけた。
呻き声を上げ、うつ伏せの状態から顔だけを上げる。目の前に木の棒のようなものを携えたミラが鼻を鳴らして仁王立ちしていた。

「何者なのかしら」

頭の上から降り注ぐ、尖った声。
キリはまた呻き声を上げて、鼻をさすりながら上体を起こした。

「うう……私は……」

本当のことを、言うべきか、否か——

「……その前に、アナタは……何者なの?」
「んなっ?」

予想だにしない返事に、ミラは素っ頓狂な声をあげていた。

「なんですって……?」
「私を育ててくれた人が言ってた。人に名前を聞く前に、まずはキチンと自分から挨拶しなさい、って」

キリの真っ直ぐで澄んだ瞳から目をそらし、ミラは軽く咳払いをすると、

「……ま、まあ、そうとも言うわね……。確かに、しっかりアナタに挨拶出来てなかったわね」

バツの悪そうな声をもう一度空咳で誤魔化し、それから大きく息を吸ってキリの方を向いた。手にしていた木の棒をスカートの中に突っ込むと、スミレ色のドレスの裾を持ち上げ軽く頭を垂れて、

「ワタクシ、セルリー王国の第一皇女ミラと申します」
「セルリー王国?」
「アナタ……セルリー王国を知らないんですの?」
「うん」
「まあっ……」

その顔には愕然とした表情が露骨に浮かんでいた。

「ユメユメっ。この子、本当にアスカ様の未来のお嫁様候補ですの? ちょっと常識が無さすぎじゃなくて?」
「えっ……えっ……!?」
「ああ、うむ。そうだな……。キリは島の出身だからウェルリア国に関する知識があまりないのだ」
「島……?」
「あ、あの」

そこでキリは、ようやく自分の名前を名乗ることが出来た。

「私、キリ。ラプール島の、キリだよ」

そう言って、赤くなった鼻をゴシゴシと擦る。危うく自己紹介のタイミングを逃すところだった。

「ふうん」

未だ納得のいっていない様子だが、ミラは、

「ラプール島のキリ……」

眉をひそめながら、ぽつりとつぶやいて、

「プンッ。ミラちゃんはね、アナタみたいな横取り女の名前なんて覚えないんだからねっ」
「だったらなんで名前を聞いたのだ……」

ユメノがあきれ返った顔でミラを見つめる。

「あのぉ……ところでユメノちゃん。セルリー王国っていうのは……」
「うむ。我がウェルリア王国の友好国だ。父上同士が仲良しで、今回もこうして駆けつけてくれたらしいのだ」
「『今回』、も?」
「おーっほっほっほ。まあ、ワタクシの力をもってすれば、アスカ様を救い出すことなんてお茶の子さいさいですわ!」
「力?」
「んもうっ。鈍いわね、この子」

ミラは両腕を組んで、プンプンと頬を膨らませた。

「ワタクシは、いわゆる魔法が使える血筋に産まれたんですの。それで今回、アスカ様が原因不明の厄介な出来事に巻き込まれているとお聞きして……そうですわっ! こうしちゃいれませんの!」

ハッと表情を切り替え、ユメノに食らいつく。

「それよりも! ユメユメっ。愛しのアスカ様はどこ!? どこにいるの!!」
「それでしたら、ミラ様。案内致しますわ」
「頼みましたわウィンクさん。待っててね! アスカ様ぁ」

我先にと部屋から飛び出したミラを追いかける一行。
その時キリは、何故かヒリリと痛む心にただただ首をかしげるのだった。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.11 )
日時: 2016/06/25 08:49
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)


ひたすらに変わり映えのしない廊下をゆくと、真紅の絨毯が途切れた先に、アスカの寝室があった。
扉の前では厳めしい顔をした兵士が二人、後ろ手に槍を構えて直立していた。
ウィンクが声をかけると、兵士の一人が黙ったまま扉を開けた。窓辺から差し込んだ光が扉の隙間から漏れ出た。兵士の横を通り抜け、キリたちはウィンクを先頭に真っ直ぐアスカの元に向かった。


白い天蓋が吊るされた大きなベッドに人が横たわっていた。


キリは浅い息を吸って、吐いた。

青白い顔をしたアスカが胸の前で手を組んで、眠っていた。その姿は眠っているというよりも、ただそこに《存在》しているといった方が正しい気がした。
キリは、城に軟禁されるようになってから初めてアスカと対面した。
これまでウィンクから近況報告をしてもらっていたキリは、こうして直接アスカと会うことは一切無かったのだ。


「……待っててアスカ様、ミラが今、助けて差し上げますからね……」

キリはハッと顔を上げた。
中々直視出来ずにいたが見ると、それまでアスカにすがるようにして号泣していたミラが呼吸を整えて、例の杖を掲げていた。

キリは嫌な予感に身を震わせ、ミラの肩をつかもうと手を伸ばしてウィンクに押し留められた。


「アスカ様……」

ミラの瞳孔がすうっと窄んだ。


「【セルリー王国ミラが問う。汝の望むものは何ぞ。私が望むものはこの者の真の姿——】」
「何、してるの……?」
「キリさん。今は静かに」

ウィンクがキリの口もとに人差し指を押し当てた。


「【ウェイズ】!」

と、アスカを中心に強い風が巻き起こった。
周囲にいたキリたちは瞬間顔を覆い、はためくスカートを必死で押さえた。
轟々と耳元で唸る風の音。それに混じって聴こえたのは、一体誰の声なのか——。


「アスカっ……!」


ぴたりと風が止んだ。
ベッドの上には先ほどと変わらず、アスカが寝そべっていた。

だが、その眼は、確かに虚空を見つめていた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.12 )
日時: 2016/05/26 11:02
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: sluLeqWs)

ぼんやりとした眼を宙に彷徨わせ、しばらくしてから左右にゆっくりと視線を振る。

「……あれ」

その声には若干の戸惑いが含まれていた。
彼の目の前にいる女性たちは皆、呆気にとられた表情でこちらを見つめている。

「俺……」

不安げなアスカにいち早く飛びついたのは、ユメノだった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をアスカの胸元にうずめ、ユメノは人目をはばからず泣き出した。
ミラは両手を胸の前で組んでひたすら「アスカ様ぁ」とつぶやき、ウィンクも安堵の表情で彼らを眺めていた。
しかしキリは、何故だかアスカを直視することが出来なかった。それに、他のみんなのように素直に喜べない自分がいた。

(なんで……? あんなに話したいって思ってたじゃん。あんなに会いたいって……思ってたハズなのに……)

キリは、弾かれたようにアスカに背を向けると、逃げ出すように部屋を後にしたのだった。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.13 )
日時: 2017/01/25 21:30
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: mnPp.Xe.)

++++++

アスカが目覚めてから数日が経った。
どこか鬱屈とした空気を抱えていた城内は、王子が目覚めたことで元気を取り戻したようだった。
ユメノも前に比べて笑顔でいる時間が特段に増えたし、それを見つめるメイドたちの雰囲気も和やかなものだった。
一方でキリは、特に代わり映えのしない毎日を送っていた。
あれからアスカには一度も会っていない。それどころか、顔も合わせなかった。

(逃げてるわけじゃない……んだけど)

アスカを目覚めさせた当人、セルリー王国のミラは、いまだウェルリア王国に滞在していた。
帰国日は未定らしい。
それで良いのかという声も聞こえてきそうだが、そもそもキリには簡係のないことだった。
いつものように朝食を終え、気晴らしに城内の庭園に散歩に行こうと思い立ったキリは、部屋の外に立っていた兵士に許可をとって廊下に出た。
軟禁されているとはいえ、キリの身はどちらかといえば自由なものであった。というのも、ウィルア国王の実の娘でもあるユメノが国王に直々に懇願してくれたため(なんでも、泣いてわめいて頼んでくれたらしい)、そこまで堅く縛られていなかった。
過去に家出したアスカを捜すために城下町の橋を爆破させた件も含め、実の子供にどこまでも甘い父親である。
さすがに、キリが行動出来る範囲は決められているが、庭園と図書室、食堂といった場所は厳しい監視の目がなく自由に過ごせる場所であった。
気分が優れないとき、もやもやする時は、必ず訪れる庭園。
庭師のおじさんが剪定せんていしている以外、普段庭園を訪れる人は皆無に等しかった。

しかし、
今日はそこに《先客》がいた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.14 )
日時: 2016/06/25 08:52
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

澄んだ星空を思わせる紺色の瞳を太陽の光で輝かせ、ジッと名も知らぬ花を見つめていた。
碧緑色の柔らかな髪が風になびく。
キリはスカートがはためくのをそのままに、しばし彼を見つめていた。
ぱちり——と視線が合う。
キリは慌てて顔を背けると、そのまま立ち去ろうと庭園を後に——

「——キリ」

アスカがその名を口にした。
びくりと身体を震わせて、キリはゆっくり振り返った。

「やっと、顔見てくれた」

眉尻を下げ、笑顔を見せるアスカ。
キリは気まずい様子でしばらくそわそわと肩を揺らした。

「————やっぱり……キリ、元気無いみたいだけど」

そう言って優しくキリの手をとるアスカだったが、キリは反射的にその手を払いのけ、そのまま猛然と走り出した。

顔が熱い。



——なんだ、今のは。
何……? なになに、今の!?

混乱でぐちゃぐちゃになった頭をふるふると振って、キリはとにかく城内を駆けた。
怒られたって構わない。むしろ、誰かにガツンと何かしら言われたかった。


と。
突然頭の中に声が響いた。


『……こっち……だ……』

つと、立ち止まる。

「誰…………?」

『キリ……おいで』
「いつもの声じゃない……? ————ハッ」

気づくと、目の前に全身鏡があった。木製アンティーク調の細かい装飾が施された鏡だ。
くすんだ鏡の表面に映る自分を見てると、だんだんボーッとしてくる。

虚ろな目をして、キリはそのままふらふらと鏡に向かって歩いていった。
もう、何も考えなかった。
考えられなかった。
鏡に触れる。
指先が、まるで水面に吸い込まれるかのごとく徐々に鏡の世界へ入り込んでゆく。

「待ってて……」

意図せず漏れた言葉は、静寂を揺らめかせたのだった。

——————。
————

——カツン。


誰もいない空間に靴音が響く。

その影から現れたのは、

アスカであった。