複雑・ファジー小説

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.15 )
日時: 2017/01/25 21:47
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JY7/FTYc)

【第一章 魔術編】
〜〜第三話:黒猫のニーナ〜〜

締め切っていたカーテンを開けた。
世界が黄金に包まれている。
虹だ。
やけに世界が澄みきって見える。
ああーー吐き気がする。
カーテンを素早く閉じた《彼》は、足元で何かがもぞりと動いたような気がしてゆっくりと視線を落とした。
彼の黒革の靴に額を擦り付けるようにして、シャム猫がまとわりついていた。
気持ち良さそうに目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「邪魔だ」

革靴で蹴り上げる動作をすると、猫は悲鳴のような声を上げて部屋から逃げ出した。
舌打ちしてから彼自身も部屋から外に出る。雨上がりの湿った空気が僅かに露出している素肌をぬるりと撫ぜた。

「……これだから雨上がりの朝は嫌いなんだ」

数ヶ月ぶりの外の空気を浅く吸って吐き出す。

「でも……久々に退屈しないで済みそうだ」

丘の上から見下ろす世界は朝露に濡れていた。
暗闇に逃げ込んだ猫はオッドアイの瞳を爛々と輝かせ、彼を見つめていた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.16 )
日時: 2016/06/25 08:56
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

++++++++

「え? キリさんがいなくなった?」

イズミは電話越しに驚きの声を上げていた。
電話の主はユメノ皇女の専属メイド、ウィンクであった。

「城内は兵士たちが目を光らせているし……そんなことって、あるのか?」

半ば独り言のようにつぶやき、訝しげな表情を浮かべる。
電話を通して、ウィンクも不安げな声を漏らした。

『分からない。とにかくウェルリア兵のみなさんが捜してるみたいなんだけど……。また何か分かったら報告するね』
「ありがとう、姉さん」

ごめんねイズミちゃん、と言って、ウィンクは申し訳なさそうに電話の向こうで首を垂れた。

「……そういえば姉さん。風の噂でアスカ王子が目覚めたと聞きましたが」
『そうなの! こないだ隣国のミラ王女様が……』
『キャーーッ!』
「っ!?」

ウィンクの声に被さるように、突如遠くの方から確かに聞こえた。
女性の悲鳴だ。

「姉さん? どうしました?」

慌てて受話器を両手で掴み、急くように姉に話しかける。
電話の向こうからは、しばらく物音や人々の会話がぼそぼそと聞こえるのみだった。

「姉さん? 姉さんっ?」

しばらくして、ようやく応答があった。

『イズミ………ちゃん』
「姉さん? 何があったんです」
『ごめんね、何かあったみたいだから落ち着いたらまた連絡するわ』
「待って……!」

ブツッ……
一方的に電話を切られ、イズミはしばらく受話器を握りしめたままその場に立ち尽くしていた。
周囲の環境音がざわめきとなって急激にイズミの元に帰ってきた。
カウンターの向こうから、枯れ木のような指を伸ばしてジュリアーティが電話のコードを引っ張った。

「おい、小僧。何うずらボンヤリしとるんじゃい」
「……師匠」

イズミの薄い唇が開かれた。
ジュリアーティの眉がぴくりと動く。


「すみません、僕、今からウェルリア城に行ってきます」

言うやいなや、イズミは壁に掛けていた茶色のコート羽織ると乱暴に扉を開け喫茶店ジュリアーティを飛び出していった。
ジュリアーティはそんなイズミの背中を見つめ、ぼそりとつぶやいた。


「なるほど。世界の均衡が崩れる……とな」

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.17 )
日時: 2016/07/06 08:28
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

街のはずれまでやって来たイズミは、そこで馬車を拾い、ウェルリア城がある湖に続く森付近で降ろしてもらった。
その道中で御者に「城なんかへ、一体何しに行くんだい」と聞かれ、イズミは思わず固まってしまった。

確かに、自分の身なりは城に呼ばれるようなものに見えないし、御者が不思議に思うのも無理はない。
イズミはしばらく黙ったのち、何を答えるでもなくにっこりと微笑み返した。
御者はそれ以上何も聞いてこなかった。

お礼とともに運賃を支払い、あとは城を目指してひたすら歩き続ける。

湖の中央に築かれたウェルリア城は、外敵から完璧に守られていた。
ゆえに、簡単に外部からの侵入は許さない。
外壁から城内に続く入り口は一つ。しかもそれは、ある一定の時間にしか開かれないようになっていた。
それは、湖の道が開かれる時間帯だ。
学者曰いわく潮の満ち引が関係しているらしい。
ある時間になると、突如として湖が干上がって一本の道が現れる。
その道をゆくとウェルリア城へたどり着くことが出来るのだが、それ以外は湖を渡るため船が必要になる。

イズミはどうしたもんかと湖のほとりでしばし佇んでいた。
ウェルリア城は、目と鼻の先にある。しかし、侵入することは安易には出来ないだろう。

けれども、一刻も早く城内にいるウィンクたちの無事を確認しなければならなかった。


電話越しに聞こえた声。
消えるはずの無いキリさんが失踪——
そして、アスカ王子の目覚め——



(……嫌な予感がする)

明白な理由は無いが、何かが気にかかるのは、自分の第六感が何かを感じとっているからだろうか。


(気のせいだと良いんだけど……)

第一章 魔術編-黒猫のニーナ ( No.18 )
日時: 2016/06/25 09:00
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

それよりも、だ。
まずはどうやって城内に侵入するべきかが最重要課題だ。

正面突破、というわけにもいかない。
自分には《前科》がある。

とはいうものの、革命以前にこの国を統治していたファーン家の生き残りを軍へ引き渡したということで国からそれ以上のお咎めを受けることは無かったが、それでもこれ以上城を敵に回すようなことをすれば今度こそ監獄行きである。
ただでさえ反政府軍の動きが活発化している今、軍は常時警戒している。
そこへ自ら飛びこもうなんて、バカのすることだ。

知り合いのツテを頼るか……
イズミの脳裏に浮かぶ、優しげな《あの人》の顔。ヨハン=ファウシュティヒ。
彼はこのウェルリア王国の国王のために使役する兵士の統帥であり、イズミの育ての親であった。
とはいうものの、とある事件以降、顔を合わせていないのだが。

(まだ——会うことは出来ない)

「あれ、イズミじゃないか」
「え……?」
「久しぶりだね。何してるんだい、こんなところで」

目の前に現れたのは、ノートパソコンを片手に抱えたノアルであった。
丸眼鏡の奥に見える目がまんまるく見開かれている。

「——ノアル君じゃないですか。お久しぶりですね。こんなところで何してるんですか」
「それはこっちのセリフだよ。イズミ……噂で聞いたよ。ようやく《こっち側》に戻ってきたって」
「どこからの情報ですか。ノアル君らしくないですね、ガセネタなんて掴まされて」
「ガセネタなんかじゃないよ。なんたって、当人から聞いたんだから。あの、モトロ博士にね」
「…………で、博士はなんて?」

ノアルは手にしていたパソコンのブラウザの光で眼鏡のガラスを青白く反射させると、近くの木の幹に背中を預けた。

「色々聞いたよ。あのファーン家の生き残りがこんな近くにいたなんてね」
「…………」
「【彼女を城に連れてきた】事実は、軍部の中でも一部しかその理由を知らされていない。秘密裏に行われたことだ。その任務を遂行したキミが今更何を言おうと——」
「あれは……僕と姉さんが生きるために仕方なくおこなったことだ。それ以外の理由なんてない」
「それでしばらく監視付きで城下町で暮らしていたのかな」

ハッとした表情を浮かべ、イズミはうつむくノアルを穴が開くほど見つめた。
しばらく沈黙が続く。
それを破ったのはやはりノアルであった。

「どこまで知っているんだ、と言った表情だね。心配しなくてもボクが知ってるのはここまでだよ。
監視が無くなった今、キミが何処で何をしようと、ボクには関係のない話だ」
「でも、僕にこんな話をして、何か言いたいことでもあるんじゃないか」
「フン……」

ノアルが顔を上げた。
その瞳は自嘲を含んだものだった。

第一章 魔術編-黒猫のニーナ ( No.19 )
日時: 2016/06/25 09:01
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

「今のウェルリア兵の実態を知ってるかい」

「いいえ」と、首を振るイズミ。

「『あの事件』で一人の兵士が行方知らずとなったろう?」
「例の子、ですか」
「それから、だ。少しずつだが兵士の中で不穏な動きを見せるものが増えたような気がする。……統率がとれていないんだ。
いくら【あのこと】を隠しても、隠し事は結局は何処からか漏れ出てしまう。
絶対的な力を持ってしても、兵士をまとめ上げることが困難になりつつある——」「何故です」

食い気味にイズミが尋ねる。

「だって……ヨハン先生がいるでしょう」

ノアルは少し拍子抜けしたようにイズミを見上げた。それから、にやっと唇を吊り上げた。

「興味があるようだね」

イズミはぐっと唇を噛んだ。


「教えてあげようか」


額から汗が滲み出てきた。
嫌な予感がした。
それでもそんな素振りは見せずに、イズミは笑みを見せ言った。

「『教えて欲しい』なんて言ったら——ノアル君のことです。どうせギブアンドテイクでしょう」
「いいや、今回のことはキミに聞いて欲しいんだよ」
「……おや。ノアル君にしては、やけに素直ですね」

嫌な予感が拭えない。

「このことはだね、イズミ。ヨハン先生が関係しているんだよ」
「…………?」
「キミも不思議に思っただろう? 今まで従順だったウェルリア兵たちが何故いきなりバラバラになってしまったのか。
——ヨハン先生が、倒れられたのだよ」
「ヨハン先生がっ……!? ……病気……か?」
「度重なる心労のせいと聞いた。その理由は……分かるな、イズミ」
「……僕は…………」
「兵士の間でも知られていない。上層部だけの機密事項だ。それをキミに伝えるということは、どういう意味か、分かるだろう。イズミ」
「…………っ」

「イズミ、ウェルリア兵士として戻ってこい」

第一章 魔術編-黒猫のニーナ ( No.20 )
日時: 2016/07/06 08:30
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

すぐ目の前で、真っ直ぐに見つめてくるノアルの視線をふいとかわして、イズミは拒絶の意を込め背を向けた。

……何度も何度も悩んだ。
夢にまで見た。けれど——


「ヨハン先生、ごめんなさい……」

そうつぶやいて、



「俺は、戻らない」


決めた。

自分にはやるべきことがあるのだと。
それは、生前素晴らしい呪術師だった父、レーゼに近づきたいという想いだった。

それに、今自分は呪術師ジュリアーティに弟子入りしている身だ。呪術師禁止令を掲げている政府とは正反対の立ち位置にある。


「…………そうか。残念だよ」

「随分とあっさりしてますね」
「フン。予想はついていたからね。ボクのパソコンもこう言っているし」

ノアルは喋りながらいじっていたパソコンの画面を、イズミに向けた。
そこには、『99.9%』と表示されていた。

イズミは、ふっと息を吐き出してから、


「ああそうです、ノアル君。最後にひとつキミに聞きたいことが」
「なんだい?」
「キミは城外のあんな森の中で、一体何をしていたんです?」
「フフッ……。なんてことはない。植物の観察だよ」

ノアルはそう言うと、パソコンを抱えて歩き始めた。黙って見つめるイズミを振り返って、声をかける。

「ついてきたまえ、イズミ」

イズミは、拍子抜けしたようにノアルの顔を見つめた。

「どうしたんだい。城に用があるんだろう?」
「……はい」


湖の畔に、城からの迎えの船が来ていた。
それに乗り込み、たどり着いた裏口から城内に入る。

「——ノアル君。外部の人物を入れたって怒られますよ」
「長々と付き合わせたお礼だよ」
「まったく……」

ノアルは不敵な笑みを見せると、「それじゃあ」と言って、地下の研究室にこもってしまった。
イズミはその背中に「ありがとう」とお礼を述べると、ゆっくりと廊下を歩き始めた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.21 )
日時: 2016/07/09 22:14
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

イズミがまっすぐ向かった先は、ユメノ皇女の寝室だった。


電話越しに聞こえた、あの悲鳴が気になる——

ウィンクが電話をかけてきたのはユメノの寝室からだったはずだと、イズミは目の前のドアを見つめた。
しかし、ドア越しに大きな物音が聞こえてくるでもなく……

「開けるか」

はやる気持ちを抑えて慎重にドアノブを回す。


「————っ!?」


扉を開けると、同時に模擬刀を振りかぶられ、すんでのところでそれを避けた。
イズミはそのまま部屋に飛び込むと、室内を見渡して、まず自分に切りかかった人物を捉えた。

「……って、姉さん……?!」
「良かったあ、イズミちゃんかぁ……」
「…………ええ」
「良かったわ。良かった……」

模擬刀を手にしたウィンクが安堵のため息をつく。
その背後には、床にへたり込んでいるユメノとミラの姿があった。

異様な光景だ。
どう見ても、普通ではない。


「どうしたんです!? 何があったんです」
「あぅ……い、イズミしゃん……」

ユメノが声を震わせながら、部屋の隅を指差す。何か黒いものがゴソゴソ蠢いている。
イズミは隠し持っていた短刀を堅く握りしめ、三人に下がっているように指示し、気配のする方へ歩み寄っていった。

カリカリカリ——
何かをひっ掻く音がする。

更に近づいていくと、カーテンの後ろに影が見えた。
イズミがカーテンをガッと引っ張ると、同時に黒い塊が勢いよく飛び出してきた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.22 )
日時: 2016/07/08 07:19
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

「…………」
「ネコ?」


それは、黒猫だった。

「わあ……このネコちゃん、左右で目の色が違いますよお」

模擬刀を脇に置いて、ウィンクが笑顔で黒猫を抱える。
ウィンクのいうとおり、左右の目はそれぞれ緑と金色の瞳が輝いていた。

「なんだ……ただのネコだったのだな」

緊張から脱したユメノは、息を大きく吐き出した。
同じようにへたり込んでいたミラは、

「『ただ』のネコなんかじゃ——ないですわ」

ぼそりとつぶやいて、立ち上がった。
ユメノが不思議そうにミラを見上げる。ミラはそのままウィンクに近づいていくと、表情を微動だにせずに黒猫を抱え込んだ。


「あのっ……ミラ様……?」


ウィンクが半ば不安げにミラを見た。

ミラは、持ち上げた黒猫の瞳をしばらくの間、穴が開くほどに見つめていた。

その様子は、まるで何かを伝え合っているようにも見えた。


「ミラ? 何してるのだ?」

おずおずとユメノが尋ねる。
ミラは微動だにしない。
——と、しばらくした後、不意にミラが破顔した。


「やっだー。あなた、ニーナアルフレッドシュタインポルナレフじゃなあ〜い!」

「…………」
「…………はい?」

全員の頭の上に一斉にハテナマークが浮かぶ。

「この子、ニーナアルフレッドシュタインポルナレフっていうの」
「…………」
「に、にぃな……?」

なおも困惑する三人に、ミラは満足そうに頷く。

「それで……その、ニーナぼ、ぼるふ——」
「ニーナちゃんはっ!」

ミラは三人に向かって、ずいっと顔を突き出した。

「ニーナちゃんは、ミラちゃんの飼い猫なの」

ミラの言葉に同意するかのように、黒猫のニーナが、なぉーんと鳴いた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.23 )
日時: 2016/07/09 22:13
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

「はぁ」
「きっとワタクシの後を追ってきたんだわ。んーっ。さすがミラちゃんの飼い猫だわっ」

鼻先と鼻先を擦り合わせて、ミラはニーナに笑みを見せた。
イズミは振り上げた短刀をたもとに仕舞うと、湧き上がった疑問を口にした。

「でも、一体どうやって隣国からここまで——」
「おだまりなさい」

強い口調でそう言われ、さすがのイズミもぐっと言葉に詰まった。

しかし、

すぐに「何でこんなことを言われなくてはならないのか」と、正常な疑問を抱く。


「ワタクシのニーナを侮辱する気ですか」
「なにもそこまで……」
「いくらイケメンな殿方とはいえ、今のは聞き捨てなりませんわね——あっ!」

と、

何の前触れも無く突然ミラの腕からスルリと猫が抜け出した。
今までおとなしく抱かれていたのに、ニーナは何を聞きつけたのか、小さな耳をピクリと動かし、わずかに開いていたドアの間からスルスルと廊下へ飛び出していった。


「待って! 待つのよ、ニーナ!」

ミラが声を荒げその後を追う。

イズミたちは腑に落ちない表情を浮かべお互いを見やると、すぐさま後を追いかけるのだった。


++++++++++

「なんだ……?」

ミラの後を追って辿り着いたのは、廊下の突き当たりだった。照明は電球が切れかかっているのか薄暗く、天井についているわずかな明かり取りの窓からの陽の光で周囲の状況が把握出来た。
目の前にはアンティーク調の鏡が静かに佇んでいた。
それは、赤い絨毯に続く鏡の間であった。


「ユメノ様……こんな鏡、ありましたっけ」
「いや。記憶違いでなければ、こんなのは……」


ユメノとウィンクは眉を寄せて目の前の鏡を見つめた。自身の姿がくすんだ鏡の表面に映し出されている。
イズミは唇を噛み締め、鏡の中の自分を見つめた。


(何故だ。……イヤな感じがする)



Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.24 )
日時: 2016/07/11 10:17
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: N0L12wyN)

ミラは薄暗い鏡の間でしゃがみこんだまま動かなかった。
ユメノがひょこひょこと近づいていって、鏡の前でうずくまる彼女に呼びかけた。

「ミラ? どうしたのだ?」

ミラが顔を上げた。
それから素早く振り向くと、ユメノのスカートにしがみついた。

「ユメユメ〜〜っ。ワタクシのっ、ワタクシのニーナがああっ」

そう言って、ミラはユメノのスカートに顔を押し付けたままわんわんと泣き始めた。
ユメノは、困ったと言わんばかりにウィンクとイズミに視線をやった。ウィンクもイズミも顔を横に振ったので、ユメノはひとまず何があったのかと問いかけた。

「なあ。ミラはあの黒猫を追いかけて、ここまで来たんじゃなかったのか?」
「だって……」

すすり泣きながら彼女が指した先は、鏡だった。

「ニーナちゃん、鏡の中にいっちゃったんだものぉ」
「はい?」

一斉に、ミラを見つめる目が点になった。

「何を言っている、ミラ。鏡の中には入ることは出来ぬぞ」
「でも、でもっ……!」
「いくらお前が魔法使いだからって……」
「でも、ワタクシは本当にぃ……!」

その時——イズミは確かに《感じた》。
これまでに感じたことのない悪寒を。
《何か》がこの鏡の間に満ちている。
……何故、今まで気づかなかったのか。
鏡の間だけではない、城全体をむしばんでいる。
ウィルア国王を快く思っていない反政府軍どものものか——いや、違う。それ以上の憎悪を感じる。

しかし、どうして城内から——


「何してるんだ」

背後から声をかけられた。
ハッとして振り返ると、逆光で塗り潰された黒い人影がこちらを見つめていた。

Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.25 )
日時: 2016/07/13 09:09
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: CVGC9rYr)


「兄上っ!」


ユメノが嬉々として声をあげた。

「ユメノ、それにミラまで……。お前ら、こんな廊下の隅で何やってるんだ?」

アスカが訝しげな表情を浮かべて立っていた。
ミラはアスカの声を聞くやいなや、ぐいぐいと袖で目元を拭い、スッと立ち上がった。

「アスカ様、ご機嫌うるわしゅう。いえ、少しワタクシの飼い猫が迷い込んだだけですわ」
「黒猫?」
「ええ。珍しいオッドアイなんです。右目が緑、左目が金色で……」
「それで、見つかったのか」
「いえ……それが、その子……」
「実はそれらしい猫をさっき向こうで見かけたんだ。オッドアイなんだったら、間違いない」
「え? でも……」
「こっちだ。行こう、ミラ」

アスカは一歩踏み出すとミラの手を握りしめた。ミラはカッと赤面したがまんざらでもない様子でアスカに連れられて廊下の先へ行ってしまった。

取り残されたユメノ、ウィンク、イズミはその場で呆然と立ち尽くしていた。


「今の……アスカ王子、ですか」
「ええ。ミラ様のおかげですっかり元気になられて」
「お目覚めになられたのは、本当だったのか……いや、でも……」

何か、腑に落ちない。


「さ、ユメノ様、イズミちゃん。我々も戻りましょうか」

ウィンクが笑顔で二人を促す。
イズミは立ち去る前に、もう一度古ぼけた鏡を振り返った。

薄暗い中で鏡は暗闇だけを映し出していた。