複雑・ファジー小説
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.10 )
- 日時: 2018/02/06 16:18
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bp91r55N)
「————!?!」
最初、キリは自分の身に何が起きたのか理解出来ないでいた。
天井に磔にされる形で眼下にある赤い絨毯を呆然と見つめていた。
先ほど自分が座っていたソファがやけに小さく見える。ユメノとウィンクが目を丸くして、こちらを見上げている——そこまで把握して、キリは自分が宙に浮いているのだと悟った。
(けど……なんで?)
「あらあら。不思議すぎて声も出せないのかしら?」
はるか彼方から声がした。
キリが声のする方に顔を向けると、ミラが腰に手を当てて踏ん反り返っていた。
「おーっほほほほほ! アナタは今、天井に磔にされているのよ!」
見ればわかる、とユメノは思わずつぶやいた。
「この大魔術師、ミラ様の逆鱗に触れたのだからっ!」
「ダイマジュツシ……?」
そう口にした途端、キリは高さ三メートルほどある高さから一気に急降下していた。内臓が空中に置き去りにされたままのような、妙な浮遊感。そのまま、床に叩きつけられる……! 眼前に床が迫ったところで、キリはついに両目を硬く硬く瞑った。
——ピタリと降下が止まった。
「……。…………?」
恐る恐る片目を開けると、僅か数センチ先に赤い絨毯が広がっていた。パチンと指を弾く音がして、キリはそこからゴツンと絨毯に顔をぶつけた。
呻き声を上げ、うつ伏せの状態から顔だけを上げる。目の前に木の棒のようなものを携えたミラが鼻を鳴らして仁王立ちしていた。
「何者なのかしら」
頭の上から降り注ぐ、尖った声。
キリはまた呻き声を上げて、鼻をさすりながら上体を起こした。
「うう……私は……」
本当のことを、言うべきか、否か——
「……その前に、アナタは……何者なの?」
「んなっ?」
予想だにしない返事に、ミラは素っ頓狂な声をあげていた。
「なんですって……?」
「私を育ててくれた人が言ってた。人に名前を聞く前に、まずはキチンと自分から挨拶しなさい、って」
キリの真っ直ぐで澄んだ瞳から目をそらし、ミラは軽く咳払いをすると、
「……ま、まあ、そうとも言うわね……。確かに、しっかりアナタに挨拶出来てなかったわね」
バツの悪そうな声をもう一度空咳で誤魔化し、それから大きく息を吸ってキリの方を向いた。手にしていた木の棒をスカートの中に突っ込むと、スミレ色のドレスの裾を持ち上げ軽く頭を垂れて、
「ワタクシ、セルリー王国の第一皇女ミラと申します」
「セルリー王国?」
「アナタ……セルリー王国を知らないんですの?」
「うん」
「まあっ……」
その顔には愕然とした表情が露骨に浮かんでいた。
「ユメユメっ。この子、本当にアスカ様の未来のお嫁様候補ですの? ちょっと常識が無さすぎじゃなくて?」
「えっ……えっ……!?」
「ああ、うむ。そうだな……。キリは島の出身だからウェルリア国に関する知識があまりないのだ」
「島……?」
「あ、あの」
そこでキリは、ようやく自分の名前を名乗ることが出来た。
「私、キリ。ラプール島の、キリだよ」
そう言って、赤くなった鼻をゴシゴシと擦る。危うく自己紹介のタイミングを逃すところだった。
「ふうん」
未だ納得のいっていない様子だが、ミラは、
「ラプール島のキリ……」
眉をひそめながら、ぽつりとつぶやいて、
「プンッ。ミラちゃんはね、アナタみたいな横取り女の名前なんて覚えないんだからねっ」
「だったらなんで名前を聞いたのだ……」
ユメノがあきれ返った顔でミラを見つめる。
「あのぉ……ところでユメノちゃん。セルリー王国っていうのは……」
「うむ。我がウェルリア王国の友好国だ。父上同士が仲良しで、今回もこうして駆けつけてくれたらしいのだ」
「『今回』、も?」
「おーっほっほっほ。まあ、ワタクシの力をもってすれば、アスカ様を救い出すことなんてお茶の子さいさいですわ!」
「力?」
「んもうっ。鈍いわね、この子」
ミラは両腕を組んで、プンプンと頬を膨らませた。
「ワタクシは、いわゆる魔法が使える血筋に産まれたんですの。それで今回、アスカ様が原因不明の厄介な出来事に巻き込まれているとお聞きして……そうですわっ! こうしちゃいれませんの!」
ハッと表情を切り替え、ユメノに食らいつく。
「それよりも! ユメユメっ。愛しのアスカ様はどこ!? どこにいるの!!」
「それでしたら、ミラ様。案内致しますわ」
「頼みましたわウィンクさん。待っててね! アスカ様ぁ」
我先にと部屋から飛び出したミラを追いかける一行。
その時キリは、何故かヒリリと痛む心にただただ首をかしげるのだった。