複雑・ファジー小説
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.26 )
- 日時: 2016/12/22 11:18
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Fbf8udBF)
【第一章 魔術編】
〜〜第四話:鏡の番人〜〜
キリは、頬に暖かいものを感じて意識を取り戻した。
「ん……なに……?」
なんだか、こそばゆい。
「くすぐったいよ。アス……カ……?」
言いながら薄目を開けると、艶やかな毛並みが美しい黒猫がそこにいた。
キリの頬を必死に舐めている。
キリは、さっきの自分のつぶやきを思い返して思わず頬を染めた。
「ネコ……」
黒猫は、にゃおんと鳴くとキリにすり寄ってきた。
キリは黒猫の毛並みを揃えるように撫でつけると、柔らかい笑みを零した。
そうしてから、はたと周囲を見回す。
「って、ここ、どこ?」
どうして自分はここにいるのか。
というか、ここは一体どこなんだろう——。
キリは唇を突き出し、目の前の黒猫に聞いてみた。
「ねえ、キミは知ってる? ここがどこなのか」
『にゃおん』
「……って、いくら困ってるからって私、黒猫に話しかけたりなんかして……」
「ここはどこなんだ?」
「私の方こそ知りたいんだけどぉ……って、ええっ?!」
——ね、ネコが喋った……!?
キリは慌てて黒猫に向き合った。
よくよく見ると、左右の目の色が違う。
「き、キミ、喋れるの……?」
黒猫は、大きな目をパチパチと瞬いて、キリを見つめ返している。
「うう〜ん。気のせいか」
「気のせいにするな」
「ひいっ。やっぱり、しゃしゃしゃべったぁぁあ」
「前を向け、バカ」
「…………へ?」
一瞬で頭の中にはてなマークが出現した。
そのまま顔を上げると——
見知った顔の少年が腕を組んで立っていた。
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.27 )
- 日時: 2016/12/22 11:24
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Fbf8udBF)
寝癖で少しだけ跳ねた髪。
ふてくされたような表情を浮かべた彼は。
「あ……アスカ……?」
「そうだよ。ったく——」
大きくため息をついて頬をかくと、そのまま近づいてきた。
「オレだけじゃ、なかったんだな」
「もしかしてアスカも?」
「ああ。気づいたらここにいた」
「……ここ、どこなんだろ」
二人して周囲を見回してみたが、カラフルな花が一面に咲き誇り、どこまでも果てしなく続いていた。
「ちょっと歩いてみる?」
キリが立ち上がってそういうと、アスカが大きな声でそれを制した。
「バカッ。うかつな行動は危険だって何度言ったら分かんだ!」
キリがムッとなって振り返る。
「『何度も』ってね。言われたのは今回が初めてだけどねっ!」
「——いつも思ってたんだよ!」
「なっ……」
キリの口の端がヒクつく。
「……じゃあ言わせてもらうけどねっ。バカって何よ! バカって! 会って早々……もうっ。バカって言った方がバカなんだよ〜っ!」
そういうなり、キリは花畑を一直線に駆け出した。
名も知らぬ小さな花が踏み荒らされてゆく。
「オイ……ちょっと待てって……!」
後ろの方から困ったようなアスカの声が聞こえてくるが、そんなものお構いなしだ。
キリはとにかく真っ直ぐ走り続けた。
何故か心がぽかぽかしていたのだが、それは、全力疾走したから身体が温もったのだと自己解釈した。
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.28 )
- 日時: 2016/12/22 11:55
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Fbf8udBF)
「…………あれ?」
しばらく走ると、目の前にドアが現れた。
しかしその周りに壁はなく、ドアだけが完全に取り残されていた。
試しにぐるりとドア周辺を一周回って見たが、何の変哲もない、ただのドアだった。
「なんだこれは……」
キリが唸っていると、少し遅れて、アスカが大きく肩で息をしながらやって来た。
「ねえアスカ」
「なんだ?」
必死の形相だ。
「これ、なんだと思う?」
「ドアだな」
「そーなんだけどぉ。なんでこんな花畑の真ん中に、ドアだけあるんだろう。ヘンだよね」
「不自然っちゃあ不自然だけど……」
言いながら、アスカはキリと同じようにドアの周りをぐるりと一周した。
「……なんてことない、ただのドアだな」
「ぱっと見、ね」
キリはその場にしゃがみ込んで、うーんと言って眉間に皺を寄せた。
しばらくして、
「開けてみよっか!」
ポンッと両手を打って、大きく頷いた。
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.29 )
- 日時: 2016/07/25 07:50
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bR6mg6od)
ひとり納得しているキリに向かって、アスカが慌ててドアの前に立ちふさがる。
「おまっ……だから、無茶な行動はヤメロって言ってるだろ!」
「無茶もなにも……まず私たち、ここがどこかも分かってない状態でさ。もしかしたら、何かの手がかりになるかもしれないし!」
「どんだけポジティブな発想なんだ……」
「発想の転換も、大事だよね!」
「満面の笑みで言うな」
キリは「まあまあ」と目の前にいるアスカを諌めてから、ドアノブに手をかけた。
「いざゆかーん!」
ギギッ……と錆び付いた音を立ててノブをゆっくり回す。
アスカは情けない表情を浮かべながら、しかしキリの行動を止めることはせず、ことの成り行きを眺めていた。
ドアを開けたその先は——なんてことはない花畑が広がって見えるはず。なのだが。
「————ッ!?」
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.30 )
- 日時: 2016/10/14 14:11
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: PBOj5esF)
「待ってください、アスカ王子」
イズミの言葉に、ミラの手を引いていたアスカの足が止まった。ミラもつられて足を止める。
しかし、アスカは立ち止まったまま顔をこちらに向けようとはしなかった。
うつむいたまま、微動だにしない。
「王子、スミマセン。いきなり引き留めてしまって」
「——いや」
「少し聞きたいことがあったので」
「そうか」
そう言ってアスカは再び歩き出した。
「何の用だ?」
「いえ。ごくごく簡単な質問です」
「…………。着いたぞ、ミラ。ここだ」
一行は、扉が開いたままの部屋の前で立ち止まった。
「入室する前に——王子。僕の名前をおっしゃって下さい」
「……?」
「なにを言っておるのだ、イ……」「ユメノ様」
イズミが珍しく語気を荒げる。
「スミマセン。不躾な質問で。……王子、僕の名前はなんですか? それだけお答えいただけたら、と」
「…………なに言ってんだ?」
「答えられないんですか? 残念ですね。小さい頃からの仲だと思っていたのですが」
アスカの身体が僅かに震えた。
「おかしいと思ったんですよ。久々にお会い出来たと思ったのに、王子ときたら僕に一切見向きもせずに『黒猫捜し』……ですか」
「あっ……」
ウィンクが口元を押さえて、小さく驚きの声をあげた。
「あなた【アスカ王子】じゃないですね」
- Re: 【第三部】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.31 )
- 日時: 2016/07/31 12:02
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ySW5EIo2)
「ま、待つのですわ!」
それまで、黙ってアスカに手を引かれていたミラが叫んだ。
「この方はアスカ様よ!」
「何を根拠に——」
「ワタクシがアスカ様を目覚めさせました。確かにアスカ様ですわ」
「ミラ皇女、あなたが?」
「空っぽだったアスカ様の身体に、ワタクシの魔法で魂を呼び戻したのですわ」
「……本当に、アスカ王子の魂を呼び戻したんですか?」
ミラがキュッと眉を吊り上げた。
「あなたっ! セルリー王国の魔法を侮辱する気!?」
「いえ。そんなつもりはありません。ただ前に、少し気になることを耳にしたので——」
「気になること……それは、なんなのだ?」
「魂がどこかに封じ込められている場合、呼び寄せの魔法を使っても、呪縛が強固だったら動かすことは不可能……なんです」
「アスカ様の魂が縛られている?」
「ミラ皇女。あなたが呼び寄せたのは、本当にアスカ王子の魂でしたか?」
「ワタクシ……は……。いえ。あれは確かに、アスカ様……の……。っ痛い!」
握られた手が。
瞬間、強く握りしめられた。
「アスカ、さ……ま?」
「…………。……ミラ」
————怖い。
違う。
この人……。アスカ……様?
「…………だれ、ですの?」
「俺は、【アスカ】だよ」
「なぜ、ワタクシの名前を知ってるんですの……?」
「————」
その表情は、ゾッとする冷たさだった。
誰もがその背中を冷たく凍った氷で撫ぜられたような、悪寒が走った。
——気がついたら。
イズミとユメノ、ウィンク、そしてミラは、
扉の向こうに押しやられていた。
- Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.32 )
- 日時: 2016/08/18 13:41
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: GDWSGe53)
++++++++++++
「っどわあ!」
キリがとんでもない声をあげる。
ドアを開けると、そこから転げ落ちるようにして四人の人物が立て続けに現れた。
それらを目視して、キリが更に声を張る。
「いっいっイズミさんっ、ユメノちゃんっ、ウィンクさんっ……と…………!」
「ミラちゃんですっ——わっ!」
「どわあっ、出たああっ!!」
「なによっ! 人をバケモノ扱いしないで欲しいわっ!」
ドアから転げ出た四人は折り重なるように倒れ込み、その一番下敷きになってしまったミラは押し潰される前に必死にそこから這い出ていた。
スカートをたくし上げ憤慨した様子でその場に立ち上がって、叫ぶ。
「ここは一体、どこですのっ!」
「……その前に、です」
ぶつけた額をさすりながら、イズミが冷静な口調で言う。
「キリさん、ご無事でなにより」
「い……イズミさん……」
「ッアアァアアア!!!!」
「へっ!?」
さすがのキリも、ウィンクの叫び声にはたじろいでしまった。
「ウィンク、さん。どしたの……?」
「ああぁあ……アスカ! 王子っ!」
叫びながら、アスカに突進する勢いで近づいていき、そのまま両手でアスカの頬を引っ張って更に叫んだ。
「ほそそそそほっ、ほほホンモノっ……ですかっ?!?」
「ホンモノっ……だっ……!」
頬を引っ張られながら、アスカはすでに涙目になっていたが必死に歯を食いしばって堪えていた。
「らからぁ(だから) ……っ! はなひぇ(離せ)!」
アスカの懇願は、ウィンクにしっかと届いたようだった。
「これは失礼いたしましたわっ…………!」
慌てて飛び退くウィンクに代わって、間髪入れずに飛びついたのはミラであった。
「アスカ様ぁあああ!」
「ってえぇええ! 今度はなんだああぁ」
飛びついた際の衝撃が強すぎたため、アスカはミラに押し倒される形で花畑にバフッと全身埋もれていた。
「アスカ様ぁ。良かったですわ。ミラが失敗したばっかりに……でも、ホンモノの、アスカ様……っわぁああん」
「……? …………!?」
首の後ろに腕を回す形で抱きつかれ、耳元で思いっきり泣かれて、アスカは未だ状況を飲み込めていないようだった。
- Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.33 )
- 日時: 2016/08/26 00:21
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 1HWfNnl0)
その横でキリがボソリとつぶやく。
「良かったね。【許嫁】と再会出来て」
「キリ。お前っ……」
アスカが怒ったような、困ったような表情でキリの名前を呼んだ。
キリは素知らぬ顔でユメノと再会の喜びを分かち合い、そんなアスカを背中越しにあしらうのだった。
「……ゴホン」
バツの悪そうな顔をして、イズミが咳を一つ。
「ところで……ここはどこなんです?」
「それが、私たちにも分かんないの」
ユメノと共に地面にしゃがみ込んでいたキリが、イズミを見上げて言った。眉がキュッと寄っている。
イズミは肩をすくめた。
と、まるでキリを慰めるかのように、先ほどの黒猫が擦り寄ってきた。
キリがくすぐったそうな声をあげた時だった。
「っアァアアアァア!?」
「?!?」
叫んだのは、ミラだった。
先ほどから、泣いたり叫んだりと、忙しい人である。
「その猫ちゃんっ……!」
「…………?」
「ニーナアルフレッドシュタインポルナレフじゃ——」
ものすごい勢いで猫を抱きかかえ、ジッとその瞳を覗き込み、
「————違ったわ」
すぐに結論を出した。
「でもでも、その猫ちゃん、両目の色が違いますよ。その、にぃなぼるっ……」
「ニーナ、ですわ」
「そうです。ニーナちゃん」
「確かにユメユメのメイドさんが言う通り、ワタクシのニーナは両の目の色が違いますわ。でも……右目が金色で左目が緑。この猫はニーナじゃないわ」
「ミラの猫は、右目が緑で、左目が金色——だったか」
「そうよ〜。さっすがワタクシのユメユメちゃんっ!」
「……もう、好きに呼ぶがいい」
ユメノが疲労感たっぷりにつぶやく。
「でも、オッドアイの猫なんて珍しいのに……」
「ですね」
ウィンクとイズミは同じように腕組みをしながら、じいっと、キリと戯れる黒猫を見つめた。
キリが黒猫の頭を撫でながら、ふと思いついたことを口にする。
「なんかそのニーナってネコちゃん、この子と鏡合わせみたいだね。なーんて」
「鏡……。まさか……」
イズミがハッと顔を上げた。
- Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.34 )
- 日時: 2016/08/27 17:53
- 名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: XgzuKyCp)
「僕らがいるこの世界はもしかして……」
「アッハハハ。何言ってんだよイズミ。ここが『鏡の世界』だって言いたいのか? んなバカなこと——」
「————あっ」
「……なんだよ、キリ」
「私、鏡に吸い込まれたかも……。って、朧げな記憶、だけど……」
「キリまで、何言ってんだよ」
「でも……」
「あのなあ」
ため息で前髪を揺らして、アスカは眉をひそめた。
「んな空想を描くよりも、とりあえず、これからどうするか。だろ?」
「でも、ここがどこなのか分からなければ、行動しようがありませんよ。王子」
「……ぐっ……」
「僕も『ここ』が鏡の世界だと決めつけはしませんが、でも、否定する気にもなりませ ん。もしかするとその可能性も、なんて……アハハ。王子の言う通り、バカらしく思えてきますね。
でも……王国周辺の土地を全て把握しているつもりですけど、僕の知る限りウェルリア王国内にこんなに広大な花畑がある場所なんて心当たりありませんし、何より、城内の扉がこんな所に繋がっていたなんて……」
「イズミちゃん。そうよ」
ウィンクが珍しく真面目な顔つきで頷いた。
「ここに来てしまったのは、王子のニセモノのせい。得体の知れないヤツに連れて来られたのよ。ヤツはアスカ王子にそっくりだった。でもヤツは、アスカ王子じゃなかったのよ。ねっ!」
「いや、オレに『ねっ』って言われても……」
「王子。何か心当たりがあるんじゃあありませんかっ?!」
「って、肩をそんなに揺さぶるなって、ウィンク! オレは何の心当たりもっ……、無いっ……ての……!」
「ホントですかあああっ?!?」
「ひとまず、この辺りを少し散策してみますか」
イズミの言葉に同意した一行は、揺さぶられているアスカと揺さぶり続けているウィンクを置いて、周囲の散策を開始したのだった。