複雑・ファジー小説

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.35 )
日時: 2017/01/25 21:59
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JY7/FTYc)

【第二章 異世界編】
〜〜第一話:リークの受難〜〜


このままじゃいけない、とリークは思った。
自分に嘘をついて普通の生活を続けていても、どこかでそれを否定的に捉えてしまう自分がいた。
思春期特有の病なんじゃないかとせせら笑うも、ちゃんとした明白な理由があることも確かだった。

同僚のフィアルが行方不明になったという事実だ。

ウェルリア兵になるには、志願した子どもが十歳になる年に育成学校に入学し、二年間で立派な課程を修める必要がある。
その中でリークとフィアルは辛く厳しい訓練を受け、それを耐え、共に乗り越えてはれてウェルリア兵の一員になった。
そうして憧れの任務を全うしようと夢見ていた矢先に、あろうことかフィアルが姿を消してしまう。
それも、ただ行方をくらませたのではない。
不義の容疑をかけられての失踪だ。
国を裏切る行為の末、親友だと思っていた自分には何の声掛けも無く、そのままいなくなってしまった。
そのことが、リークには信じられなかった。
白くて細っこいアイツが、『あんなこと』をしでかしたなんて——

だからこそ、会って話がしたい。
と、リークは思った。

一体何があって世間から姿を消さなくてはならなくなったのか。
直接、フィアルから聞き出さなければ。

一番近くにいた俺が気づけなかったのは、自分自身にも責任があると、リークは思っていた。

悶々とする日々を過ごして、ある日リークは決意した。

『フィアルを捜しに行こう』。

昔から「バカだ」とよく言われた。
自分でも、馬鹿な上に単純だと思っていた。

悪いものは、悪い。
正しいことは、正しい。
困っている人がいれば助ける。

だからこそ、正義を正す者はカッコいいと思ったし、国を守る兵士がカッコいいと思ったから、ウェルリア兵に自ら志願した。

オレは単純なんだ。

周りからなんと言われようと、リークは、自分がやると決めたことは最後までやり遂げるたちだった。
今回も、そうだ。
周囲は誰も何も言わないが、皆この件に関して避けているのは明らかだった。
仲間がいなくなったんだぞ? 何故誰も、何も言わない? 何故捜しにいかない?

『フィアルを捜し出す』。
そのためには時間が必要だ。

オレは単純なんだ、だから——

リークは『有給』をとった。

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.36 )
日時: 2017/01/04 12:56
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JY7/FTYc)

「たのもーっ!」

拳を握りしめたリークが訪れたのは、呪術師として有名な老婆がやっている喫茶店だった。
噂で聞いたことがあったが、本当に存在したとは——
リークはざわつく胸をおさえ、未知への世界へ足を踏み入れた。

チリリン——と軽いベルの音を鳴らし、扉を開く。薄暗い店内には七つの丸テーブルが置かれ、仕事終わりの労働者たちがそのうちの三つを陣取って酒を煽っていた。
ここまで来るのにトボトボと一人寂しく夕暮れの中歩いてきたリークは、溢れる熱気と雑踏に圧倒されてしばし扉の前で面食らっていた。
もうもうと立ち込めるタバコの煙でむせ返り、
(このまま帰ってしまおうか……)
つい弱音を吐きそうになったが、ぶるぶると頭を振って、拳を握り締める。

——いや。こんなところで負けていちゃ、ダメだ。俺!

そう自分を鼓舞し、オーナーを捜して店内の右側に位置するカウンターを覗きこむと、その奥にギラリと光る目を見つけた。リークは思わずヒッと喉を引きつらせた。

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.37 )
日時: 2017/01/30 00:12
名前: 明賀 鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JY7/FTYc)


ウェルリア王国は、呪術師の存在自体が禁忌であった。
その昔、呪術師が国を混乱に陥れようとしているという噂が広がり、政府は呪術師の一切の活動を禁じた。そのため、呪術師は皆、表舞台から姿を消した。
が、中には、裏でひっそりと活動している者もいる。ジュリアーティもその一人であった。
呪術師ジュリアーティ。しなびれた顔からは感情が読み取れない。ただ、くぼんだ目がギラギラとこちらを睨みつけていた。

「あの……」

汗ばんだ手を握って、リークはついに口を開いた。

喫茶店に入ってから、かれこれ半刻が経とうとしていた。
喫茶店にやってきたリークは、ひとまずカウンターに座り、急かされるように注文を聞かれ、とっさに慣れないコーヒーを頼んだ。
運ばれてきたコーヒーの苦味に顔をしかめながら、カウンター越しに老婆を盗み見る。
老婆は、気づいているのだろうか。ピクリと身体を震わせ、しばしこちらを見た後、またうつむいた。
そうしているうちに、もう一時間が過ぎようとしていた。

このままじゃダメだ——

リークは覚めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、恐る恐る声を上げた。

「あの……貴女あなたが、呪術師さん。ですよね」

瞬間——空気が凍りついた。
周囲の温度が一気に下がった、ような気がした。
リークは背中に鋭い視線を感じて、思わず身震いをした。振り返ると、数人の男たちがこちらを見ていた。その目はどれも冷たく、兵士であるリークも思わず硬直してしまうものだった。

(これは……ヤバいんじゃないか)

この場から立ち去ろうかとも考えたが、下手なことをして、彼らに袋叩きにされる図が目に見えて想像できた。
じゃあ、どうする……?
空っぽの頭で、どうにか良い策はないかと思案する。
頭の中が真っ白だ。
いけない。
呪術師だなんて、表立って云う言葉じゃない。それは重々わかっていた。

これだからいつもバカだって言われるんだ、オレは。
ごめん。フィアル。助けるって云ったけど、やっぱりオレ一人じゃ……。

「…………そうか」

突然、耳元で囁かれた。
ぞわりと鳥肌がたった。
気配なんて感じなかった。
みると、すぐ目の前にしわくちゃの老婆の顔があった。

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様- ( No.38 )
日時: 2017/11/22 18:19
名前: 明賀鈴@ただいま (ID: zL3lMyWH)

「どぅわっ!」

不意を突かれて、リークは思わず仰け反っていた。
ウェルリア兵として厳しい鍛錬を積んだリークでも、その気配に気づくことは出来なかった。

(なんだってんだ……このバアさん……)

怖気づいて、そのまま帰ってしまおうかとも考えたけれど、ぐっと堪えて言葉を紡ぐ。


「あっ……いや、あの、オレは、その……」
「…………」

じっと見つめられる。
そのまま見つめていると、魂ごと吸い込まれてしまいそうなーー

「ハッ——」

いけない。
呼吸するのも忘れていた。
己をも忘れてしまいそうな、惹きつけられる『何か』がある。
長い間一緒にいたら、それこそ、取り込まれてしまいそうな——

「——お前」

老婆の声に、リークは反射的に姿勢を正した。
身構える隙もなく老婆の嗄れた声がリークを責める。

「…………来るのが遅い」
「……へ?」

予想だにしなかった言葉に、リークはただ呆然とするしかなかった。

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様-【更新再開】 ( No.39 )
日時: 2017/11/23 23:14
名前: 明賀鈴 (ID: mnPp.Xe.)

この呪術師……俺が来ることを予知していたのか。

だったら——

話は早い。


「なあ、フィアルを助けてくれ! 呪術師なんだろ!」

冷たい視線を感じる。

「……それが人にものを頼む態度かえ?」

ボソリと、だがしっかりとリークの耳に届く声で呪術師は云った。

「ぐ……」

小さく震える拳を握り締める。

「……あの、お、俺の友人を、た……助けたいん……です。力を貸してくださいお願いします。何でもしますんで」
「何でも?」

ジュリアーティの片眉が吊り上がる。
しばし、沈黙が続き——

「良いじゃろう」
「本当か! ……あ、いや……本当、ですか」
「ただし、ワシのお使いに付き合ってくれたらな」
「は?」

お使い? と小さく口の中でつぶやくリークに、老婆は間髪入れず続ける。

「貴様、イズミとは知り合いじゃったな」
「しっ……知り合いなんてもんじゃねえ! なんでそこでイズミなんだ! 関係ねぇだろ!」
「お前さんの友人がそこにいるとしても、か?」
「…………どういう意味だ?」
「イズミは今、そこにおる。こちらが表と云うならば、そうさなあ……そこは、【裏】の世界というべきか」
「何云ってんだ?」
「イズミに伝えて欲しいんじゃ」

老婆の濁った瞳がまっすぐリークを見つめる。

「『世界の均衡が崩れる』とな」
「き、きん……こう? 何云ってんだよ。訳わかんねぇ」
「ゴチャゴチャ云わずにしっかり伝えて来ぉ。お前さんがお前さんで無くなっても良いのか!!」
「っ……」

目の前の老婆が云っている言葉の半分も理解が追いついていないが、リークは老婆の気迫に、これは只事ではないのだと悟った。

「お前さんの尋ね人もそこにおる」
「…………アイツが、イズミと一緒にいるってのか?」
「ボウズ。こっちゃ来い」

老婆は、それ以上会話する気はないようだった。
一方的にそう告げると、店の奥へと姿を消した。
しばらく呆然と立ち尽くしていたリークだったが、こっちに来いと云われたのを思い出し、周囲の視線を感じながらカウンターの奥へと消えた老婆の後を追いかけるのだった。

Re: 【第三章】ウェルリア王国物語-鏡の世界の王子様-【更新再開】 ( No.40 )
日時: 2018/02/06 13:03
名前: 明賀鈴 (ID: b9lAghYk)


そこは、一言で表すと非常に異質な空間だった。
窓はひとつも無く、暗闇を照らすのは仄かに灯る蝋燭ろうそくだけだった。
頼りない灯を頼りに、リークは更に部屋の奥へと進んだ。
扉を開けた瞬間、一国を守る立派な兵士である彼でもさすがに度肝を抜かれた。
焔に揺らめく自身の影が、無限に存在していた。そこは、全面鏡張りの部屋だった。

「ここは……」

思わず溜息が漏れる。

「頼んだぞ」

どこからともなく老婆の声がした。そうかと思えば次の瞬間、リークはすべての意識を手放していた。