複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物【血の楔篇】 ( No.106 )
- 日時: 2016/12/17 19:21
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: NzSRvas.)
「ここは……四〇元ポ〇ットの中」
『違うわ』
ゆっくりと、夜明は目を開けると目の前に広がるぐにゃぐにゃとした気味の悪い空間を見て有りの侭の感想を述べる。そんな夜明に妖刀——落ち椿は吐き捨てるように即答する。
「夜明来るの遅いヨ」
「うぷっ……。船酔いしそうな感覚だぜ……」
夜明の背後に、待ちくたびれたと顔にくっきり書いてある月雲と顔を真っ青にして口元を抑える虎功刀だった。夜明は「此奴等いつも通りだな」と呟いたが、或る疑問を抱く。
思い出せば、自分たちは泥の中に飲み込まれた。それは呉羽・笄も同様だ。だが、彼女たちの姿は見えない。顔を宙に浮かんでいる落ち椿に問う。
「……ねえ妖刀。呉羽と笄は?」
『いい質問ね。あの2人はもう一度過去を体験してもらってるわ。まあ、当人たちはそんな感覚ないんでしょうけど』
「へえ」
「んなことよりも……。俺らに過去を見せるのはいいが、出す気はあるんだろうな」
少し体調が落ち着いたのか虎功刀は威圧するように落ち椿を睨み付ける。落ち椿は日本刀の姿のまま甲高い声で暫く笑うと、真剣な声音に戻る。
『安心しなさいな。あくまで【私達】の目的は天童笄只1人。それ以外は藻琴の眼中にないわ』
「あのさー。お腹すいたんだけどなんかない?」
『無いわよ』
「流石だぜ隊長、世界一人の話を聞かない男」
キョロキョロと周りを見渡す月雲に落ち椿は呆れたようにため息を付いた。遠い目で虎功刀は感心したように呟いた。
『……じゃあ、見てらっしゃい。穢れた過去を』
8
……僕が覚えているのは3歳の時。物心ついた時には、父が政察のトップであること、包容力のある美人な母、優しい姉が世界の中心だった。だから特には疑問には思わなかったし、疑うこともなかった。
でも、ふと感じることがある。時々、使用人と父は僕を割れ物を扱うような目で見ていたことに。
「姉さん。待ってよ、何処に行くの?」
「天童家の蔵よ! 前、おじいさまが教えてくれたの」
(……蔵……?)
当時、5歳だった呉羽と藻琴。中のいい双子の姉弟として使用人や家族からも愛される存在だった。
青空が広がる初夏、呉羽は元気いっぱいに藻琴の腕を掴んで走り出す。藻琴も転びそうになりながらも何とか姉についていく。
「蔵ってなあに? 何をするの?」
「妖刀よ。凄い力を持った妖刀。天童家に代々伝わるものなんですって! ……おじいさまは絶対に入っちゃダメって言うけども……」
「え!? じゃ、じゃあ止めようよ……。なんか怖いよ……」
「男の子がびくびくしないの!」
蔵の扉の前に着き、其処から動こうとしない藻琴。むうっと顔を顰めて痺れを切らせた呉羽はまた腕を力強く引っ張って蔵の扉を開けていく。
……それが、悲劇の始まりとも知らずに。