複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【血の楔篇】 クリスマス番外編掲載 ( No.108 )
日時: 2016/12/28 18:29
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: nxCracO9)

「ねぇ、帰ろうよ姉さん。何だか此処……不気味だよ……」
「大丈夫よ、すぐ帰るし。妖刀見つけたらね!」
「やだよ〜……」

 ギィ、と重苦しい音を立てて蔵の扉は開いた。中は埃っぽく、ほとんど光が差さない不気味なところであった。子供心に藻琴はその異様さを感じ取っていた。小さな声で恐れを知らぬ姉の服の裾を引っ張り、制止したが呉羽は止まらず前に進もうとしていた。
 子供は好奇心には勝てない。
 呉羽は藻琴の忠告もそこそこに「二手に分かれて探しましょ!」と一方的に言い放ったのちさっさと蔵の奥に入って行ってしまう。

「姉さん……っ」

 藻琴は狼狽えながら一歩一歩ゆっくりと蔵の中へ進んでいく。これ以上足も踏み入れたくはないのだが、これでは本当にあるのかどうかわからない妖刀を見つけるまであのお転婆な姉は自分を解放してくれないだろう。
 藻琴は泣きそうになりながらも埃がたまった箱などを開けていく。
 どれもが木製で大きく、体の小さい藻琴にとっては箱のふたを開けるのはかなり体力がいる作業だった。

『こっち』
「……姉さん?」

 か細い女性の声が聞こえた。だが、ここにいるのは藻琴と呉羽だけだ。てっきり藻琴は呉羽が言ったのかと思ったが、妖刀を見つけ次第姉は大声で呼ぶだろう。
 それに……。
——直接耳元で囁かれたような声だった。

『こっち』
『もっと近くに来て』
『そう。そこを右に』
『そこにほかの箱より色の濃い箱があるでしょう? 開けて頂戴。可愛い子』

 藻琴の返事も聞かずに不思議な声は一方的に囁く。藻琴は何も考えずに指示に従ってしまった。そして気が付いたら指示通り目の下にはこい茶色の木製の箱があった。
 蔵に入る時よりも不気味で異様な雰囲気だ。開けたくない、開けたくない。そう思っていたが、頭とは裏腹に、手は勝手に動く。
 そして、その箱を開けてしまった。

「……これ、が妖刀……?」

 中に入っていたのは一回り大きい日本刀。鞘と刀身は別々にされていた。見た目はただの日本刀。だが、刀身の色は赤紫という異様なものだった。赤い部分は——まるで、人間の生き血をため込んでいるような……。
 危ない、逃げろ、逃げろ——……!!
 確実に体はSOSを出していたが、動かない。すると背後で、

「藻琴。妖刀見つかった!?」

 と、頭上から呉羽の声が響いた。そこでようやく藻琴の意識ははっきりと戻る。すると急いで妖刀の箱を元の場所に戻した。
 呉羽は蔵の2階にいたようだ。藻琴は顔を見上げると呉羽に笑顔で言う。

「……ううん、見つからなかったよ姉さん」
「2人とももう夕飯の時間よ。何しているの!?」

 第三者の声がする。扉から声がした。ほぼ同時に藻琴と呉羽は扉の方向に顔を向けるとそこには長い金髪の持ち主の2人の【母】、天童麗羅(てんどうれいら)がふくれっ面でエプロン姿のまま立っていた。

「お、お母さま! ち、違うの其の……」
「言い訳はいいわ! どうせ藻琴を巻き込んで何かやってたんでしょ」
「え、えーと」
「藻琴も! いつも巻き込まれてちゃ駄目よ。さ、話はあとで聞くからご飯食べましょう」
 
 力強く麗羅は米俵を担ぐように呉羽を抱える。そして開いた片方の手で藻琴の手を握る。
 少し嬉しそうに頬を赤く染めた藻琴を見て麗羅も微笑む。
 だが、ほんの少しの偶然。なんとなく後ろを振り向いた麗羅は魅入ってしまう。あの、妖刀の入っている箱を。