複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【血の楔篇】  ( No.118 )
日時: 2017/03/09 19:37
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: VEQd3CZh)

——……最初は、とても酷い人だと、思った。
——でも、それは、僕を気遣ってくれていたのだと若輩ながらも肌で感じた。











11

「うおっ、何だ、空間が……」
『物語が終わりつつあるのね』

 今まで何とか天があり地がある空間が捻じれてきていた。思わず小さな悲鳴を上げる虎功刀に落ち椿は対して驚いてはいない様子で答えた。
 夜明はじっと天井とは言えない上を見上げた。其処には覚えているものもあれば覚えていないのもある藻琴が要人結社に来てからの日常や任務での思い出がカメラのフィルムの様に並んであった。
 そんな夜明に落ち椿は感心したのか「へえ」という声を上げた。

『流石社長様ね。そう。此の思い出は全てあなたのおかげで作られているものよ。素晴らしい人よあなたは。あの悲劇から無感情だった藻琴(このこ)を此処まで色取り取りにさせてしまえるんですもの! 夜明(あなた)は藻琴にとって世界。夜明(あなた)は藻琴にとって全てなの。この世界で一番の家族だもの」
「…………」

 興奮したように早口で囃し立てる落ち椿など気にも留めず、夜明は頭上の藻琴の思い出を見上げていた。眩しそうに、目を細めながら。すると、今でもよく覚えている光景が、思い出が夜明の目に入った。



——……わ、私を此処で働かせてください!!


……純粋無垢、清廉潔白な少女の姿が、目に入った。
 其れを見た瞬間、夜明は虎功刀の元へ歩み寄った。そんな彼女に虎功刀は訝し気に見る。

「虎功刀、じっさまに言われてと思われるサーバルはある?」
「勿論あるけど……」
「これか」

 虎功刀が取り出すより早く、夜明は彼の背中に背負われていた竹刀袋から刀身の黒いサーベルを取り出した。そんな夜明に落ち椿はギョッとして慌てだす。

『何をしているの? 幾らあなたが本気を出したって私が許可を出さない限り空間(ここ)からは出られないわ!』
「知るかよ」

 そう短く言い放つ。その瞬間、夜明の一振りによって捻じ曲がった空間に大きな裂け目が生まれる。再び予想外なことが起きたことが信じられない落ち椿は今度は言葉も出なかったのだ。

「もううんざりだよ昔話は。……それに、家族はわたしじゃないだろ!」

 次の瞬間、黒い裂け目から強烈な突風が吹き荒れる。虎功刀、月雲、落ち椿は抵抗する間もなく黒い裂け目から起こる突風に吸い込まれていった。
 空間にはもう何も残ってはいなかった。その空間も生命体がいないと見るや、すぐに姿を消した。
——まるで、解け落ちていく雪の様に。